↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『アルストラーナ伝記』  作者: リアトト
『日出る聖なる国』帝国歴311年
41/140

『転生姫の鳳山総攻撃』

帝国歴311年5月。

初夏の陽光が注ぐ青空の下、燕国えんこくの栄華を象徴した王都・鳳山ほうざんは、重苦しい黒煙と殺気に包まれていた。わずか二ヶ月前、この美しき城塞都市は凄惨な過酷の渦に叩き落とされた。 アルストラーナ帝国の圧倒的な武力によって滅ぼされたオテゲン皇国。首都マグナオリオを焼き払われ、二万の民を捕虜として連行された不屈の怨念は、時間を超えて狂気の炎となり燃え上がっていたのだ。ヴェルダン捕虜収容所から解放された一万の生存者たちを中核に、オテゲン第四王子ジルグードは五万ものオテゲン民を煽動。勢いそのままに燕国へとなだれ込み、王都鳳山を陥落させたのだった。燕国の王家は一人残らず粛清され、ジルグードらは奪い取った鳳山城塞に居座り、籠城を続けていた。しかし、命運の尽きる時が迫っていた。

城郭を取り囲む見渡す限りの平原には、アルストラーナ帝国が誇る大軍団が地平線を埋め尽くしている。ヘクスハイム砦駐屯兵二万。サンブリア駐屯兵二万五千。帝国第一騎士団二万。そしてセレスティア親王軍五千。 その総勢、七万。鉄の鎧が陽光を浴びて鈍く光り、地鳴りのような行進音が大気を激しく揺さぶっている。

だが、その壮大な包囲陣の片隅、どの陣営にも属さない、他とは明確に雰囲気を異にする異彩の部隊が存在していた。


◇

「えーいっ! なんなのあのお城!あんな汚いオテゲンなんかが威張ってるのよ! 許せないわ、今すぐぺしゃんこにしてあげるんだから!」

陣中でかん高い声を響かせているのは、可憐なドレスのわずか五歳の少女――ルシアであった。 その小さな手には、腕の長さほどの、片手で振り回せる優美な銀の錫杖が握られている。

彼女は親王イリアードと、側室セシリアの間に生まれた愛娘であった。 高慢で我がまま、それでいて無邪気で天真爛漫。その幼い容姿からは想像もつかないが、彼女が掲げさせている旗印は、セレスティア親王家の『黒百合』ではない。鮮やかな白地に、緑色の可憐な『四つ葉のクローバー』が描かれた旗標――『真理の光教団』を標榜する、「聖ゲンドラス教国聖騎士団」の偽装旗であった。

部隊の人数は、わずか百五十名。

しかし、侮るなかれ。この百五十名こそ、先の4月、ノバージェ共和国の首都ストロムホルムをたった一夜で攻略・陥落させたという、恐るべき伝説を持つセシリア隊・エミーナ隊の超精鋭たちであった。彼らは今、五歳の幼い指揮官の「あたしも戦うの!」という身勝手な参戦要求と我がままに、苦笑しながら付き合わされているのだった。

「ルシア様、錫杖を振り回すと危険です。帯も少し緩んでおります」 副官代わりの青年が膝をつき、呆れ顔ながら手際よくルシアの装備を整える。

その背後では、もう一人の青年士官が、くすりと微笑みながら戦況図を見つめていた。 「ふふ、ルシア様と……うちの聖騎士団の気勢は、七万の全軍のどれよりも高いようですね」

「まったくです、ジョアアン殿。殿下がおいでにならぬのをよいことに、ルシア様はすっかり司令官気取りなのですから」

ルシアはぷくっと頬を膨らませ、両手を腰に当てて胸を張った。

「我がままじゃないもん! ルシアは聖ゲンドラス教国聖騎士団の総大将なの! ジルグードとかいうおじさんをやっつけて、ルシアがみんなにお褒美をあげちゃんだから!」

五歳の幼子の高慢で無邪気な宣言に、周囲を固める百五十名の精鋭騎士たちは顔を見合わせ、頼もしそうに口元を緩めた。彼らにとって、この小さな総大将は可愛らしくもあり、同時に戦場で絶対に守り抜くべき至宝でもあるのだ。


◇

正午、攻城の総攻撃を告げる重厚な角笛の音が、大空を突いた。

「全軍、前進! 鳳山の賊を殲滅せよ!」

帝国軍本陣からの号令とともに、七万もの兵達が一斉に動いた。巨大な投石機から放たれた巨石が鳳山の頑丈な城壁を叩き割り、轟音とともに凄まじい粉じんが舞い上がる。城壁の上からは、ジルグード率いるオテゲン残党が怒号とともに矢の雨と熱湯を浴びせかけ、壮絶な攻城戦の幕が切って落とされた。

オテゲン民にとって、この戦いはかつて故郷を奪われ、奴隷同然に強制労働させられた積年の復讐劇であった。それゆえに城壁を守るオテゲン兵の抵抗は常軌を逸した狂暴さを極め、帝国軍の先鋒を激しく押し返していた。

だが――その血煙と殺気が吹き荒れる激戦区のただ中に、異質な一集団が突撃を開始した。

「聖ゲンドラス教国聖騎士団、出陣なのです! このルシア様に続けーっ!」

身丈に合わぬ高らかな号令とともに、四つ葉のクローバー旗を掲げた百五十名が躍り出た。二人の青年士官が左右を完璧に固め、前衛の精鋭たちが鋭い槍ぶすまを形成して城門へと肉薄する。オテゲン兵が放つ黒い矢の雨は、セシリアの展開する美しくも強固な異能の障壁によってことごとく弾き返された。

「な、なんだあの奇妙な部隊は!? 幼子が陣頭に立っているぞ!」

「舐めるな、『真理の光教団』どもめ!」

城門を防衛する数千のオテゲン精鋭部隊が、嘲笑いながら打って出てきた。しかし、次の瞬間、その嘲笑は絶叫へと変わる。

「ストロムホルムを一夜で落とした我らの真価、見せてあげなさい!」

ルシアの凛とした声が響く。百五十名の精鋭たちは一糸乱れぬ連携で敵陣を切り裂き、まるで巨大な波を分かつ岩のように、群がる敵を次々と薙ぎ払っていく。

「ルシアの邪魔をするなーっ! えーいっ!」

ルシアは聖騎士達に支えられながら、片手で愛用の錫杖を次々と力任せに降りぬいていく。 オテゲン兵達は

膝横を損傷し、次々と片膝をついて聖騎士達の刃に倒れていく。

「ひえっ!? どんな怪物だあのガキは!?」

「神罰か!? 聖騎士団の神罰なのか!?」

天真爛漫な顔で容赦なく強力な一撃を叩き込むルシアの姿に、オテゲン兵たちは恐怖で顔を引きつらせた。

ルシアの巧みな指揮のもと、百五十名の隊列は流れるような動作で強力な城門前に到達。

『超新星爆発(スーパーノヴァ)!!』

ルシアは掌底を突き出し、間髪入れずに強固な城門を爆発破壊した。

轟音とともに鳳山の頑強な大城門が内側へと吹き飛ぶ。突入口を開いたのは、七万の全軍の中で最も人数の少ない、このわずか百五十名の偽装聖騎士団であった。

「城門が開いたぞ! 聖騎士団に続けーっ!」

後方に控えていた帝国第一騎士団と駐屯兵の本隊が、歓声を上げて開いた城門へと雪崩れ込んでいく。


◇

沈みゆく夕陽が、鳳山の街並みを赤く染め上げていた。

激しい市街戦の末、三十歳の野望に燃えたオテゲン第四王子ジルグードの陣営は完全瓦解。燕国を震撼させたオテゲン残党の復讐劇は、鳳山の陥落とともにここに終焉を迎えた。

破られた本丸の広場で、ルシアは長旅と戦の疲れからか、愛用の錫杖をしっかりと抱え込んだまま、母親セシリアの腕の中で小さな寝息を立てていた。

「ふふ、高慢ちきな口をきいていましたけれど、やっぱりまだ五歳の子どもですわね」

侍女のエミーナが、眠るルシアの愛くるしい寝顔を見てほほ笑んだ。

「よく頑張りましたね、ルシア。……まあ、帰ったら殿下になんと言い訳しようか、頭が痛いですけれど」

セシリアは苦笑しながら、愛娘の額にかかった髪をやさしく撫で下ろした。

「親王殿下なら『我が娘ながらあっぱれだ!』と大喜びされるか、『セシリア、エミーナ!ルシアを戦場に連れて行くなど正気か!』と青筋を立てられるかの二つに一つでしょうね」

「きっと両方ですわ」

セシリアはそっとルシアを抱き直し、風にたなびく緑の『四つ葉のクローバー』の旗を見上げた。

帝国歴三一一年五月、鳳山包囲戦。 七万の軍勢の総攻撃の、歴史的勝利の陰には、決して正史には記録されることのない、たった百五十名の精鋭と、身勝手で愛らしい五歳の「超絶総大将」の小さく大きな活躍があった。

鳳山の夜空は、穏やかな星々が静かに輝き始めていた。


登場人物一覧表

ルシア・フォン・セレスティア:セシリアとイリアードの間に生まれた娘。生後まもなくから驚異的な異能(念動・念創・空間移動など)を発揮する神童。前世は「ロシュワルト伯爵家の至宝」と呼ばれたシャルロッテ。高慢で天真爛漫な性格で、「真理の光教団」を陰で操る。

セシリア・フォン・セレスティア:セレスティア親王イリアードの側室でルシアの母。念動や念力、念創の異能を持つ「リヴィエール一族」の出身。「水明将軍」の称号を持つ。

リゼリア・フォン・セレスティア:セレスティア親王イリアードの正妃。念話、念視、予知を司る異能の持ち主で「水鏡将軍」の称号を持つ。リアムとシンシアの母。

イリアード・フォン・セレスティア:セレスティア親王で、アルストラーナ帝国の皇帝アラリックの異母弟。武勇に優れ、親王軍を率いる最高位の軍人。

リアム:イリアードと正妃リゼリアとの間に生まれた息子で、ルシアと同い年の腹違いの兄。父親譲りの優れた武術・体術の才能を持つ。

シンシア:イリアードと正妃リゼリアとの間に生まれた次女(ルシアの義妹)。

フレデリカ・リヴィエール:イリアードの母で、ルシアやリアムの祖母。かつて先帝の「御前琴師」であった古琴の名手で、街や宮殿を創り出せる突出した異能の持ち主(オールラウンダー)。

エミーナ:セシリアとルシアに仕える侍女(23歳)。軍服を纏って戦場にも赴き、決死隊の高速艦『ブラッド・エミーナ』にその名を残す。リヴィエール一族の血を引き、高い異能を持つ。

ロゼッタ:リゼリアやセシリアに仕える一人前の侍女(19歳)。少し慌てん坊な性格。

ベルトト(ベルナデット/一部表記):セシリアやリアムに仕える完璧主義者の侍女。

アラリック:アルストラーナ帝国の現皇帝で、イリアードの異母兄。冷徹かつ厳格な支配者。

ロザリア:アルストラーナ帝国の皇后。かつての大粛清で没落したシュタインベルク家の出身。

イスマ:アラリック皇帝とロザリア皇后の間に生まれた第二皇子(第一の血統、8歳)。

ルネッタ・リヴィエール:セシリアの妹で、アラリック皇帝の徳妃(22歳)。帝都後宮の「翡翠宮」に住まう。

イスファ:アラリック皇帝と徳妃ルネッタの間に生まれた第四皇子(4歳、ルシアやリアムの従弟)。

崔厳(さいげん) / ゲンドラス・サイリュン:元燕国の宰相で新国の王となったが敗北し囚われていた男。ルシアに拾われ、「真理の光教団」の教祖「ゲンドラス・サイリュン」として擁立される。

スライロ・ハリス:かつて滅亡したダラーン王国の「至高の頭脳」と称された元大臣。ルシアの異能と我儘により、「真理の光教団」サンブリア大聖堂の司教に据えられる。

ヴォルフラム・フェイ:流浪の吟遊詩人であり一騎当千の剣士。ルシアに服従を誓い、「真理の光教団」アンチアルマ大聖堂の司教となる。

アルベール:ルミナリアに住むセシリアとルネッタの父で、リヴィエール商会ルミナリア支社長。

エレノア:セシリアとルネッタの母。

カシアン・ヴァロア:アルストラーナ帝国の南洋侵攻船団を率いた42歳の宦官大提督。敗戦後、名誉の戦死を装いシューコルンで教団の司教となる。

ボロ・ディヌイヤ:南洋の巨大王国「ディヌイヤ」を統べる圧倒的な威厳を持つ国王。

アレス・マクウェン:セレスティア水軍の若き優秀な副官で、特攻艦『ブラッド・エミーナ』の元艦長。エミーナに想いを寄せる。

リョウ・マルディ:ノバージェ共和国の有力金融家で最高執政官(ドージェ)に就任した男。莫大な債務で国を支配したが、ルシアたちに倒される。

ジルグード:オテゲン皇国の第四王子。収容所から解放されたオテゲン民を率いて燕国の鳳山城を占領・籠城した。

用語集一覧表

アルストラーナ帝国:作中の舞台となる強大な帝国。

セレスティア親王国:アルストラーナ帝国の親王国で、イリアードが治める領地。中心都市は「水の都」と呼ばれるアクアパレス。

アクアパレス:セレスティア親王領の首都。水路網が縦横無尽に走り、フロスト・ヴァイス城や離宮、ルシア宮などの主要施設が存在する。

リヴィエール一族:常人を遥かに超える強力な「異能」の血を引く一族(念話・念視・予知・念動・念力・念創・空間移動など)。

念創(ねんそう):無から有を生み出し、記憶やイメージ通りの物質や衣服、建造物を瞬時に創造・構成する異能。

真理の光教団:ルシアの目論見と異能によって創設された新興宗教。貧民や被搾取層に救いを与えつつ、裏で莫大な富と資金を回収・循環させるポンプの役割を果たす。

ゲンドラス・サイリュン:崔厳が演じる「真理の光教団」の教祖。神々しい威厳と沈黙で信者を平伏させる。

ルシア宮:生後6ヶ月のルシアが異能(念創)によって無意識に生み出した、ガラスと白大理石でできた小宮殿。

常緑宮(じょうりょくきゅう):フロスト・ヴァイス城内にある本宮で、親王妃リゼリアが滞在する居室。

翡翠宮(ひすいきゅう):帝都ラーナの後宮内にある優美な宮。かつてフレデリカやセシリアが過ごし、現在は徳妃ルネッタが住まう。

蓮花宮(れんかきゅう):アクアパレス内にある、フレデリカの居宮。フレデリカ自身の異能によって作られた大輪の蓮が咲く幻想的な宮殿。

ルミナリア:「花の都」と称される内海の要衝都市。300年間戦火を免れて表向きは平和と繁栄を謳うが、裏では固定化された激しい貧富の格差が存在していた。

リヴィエール商会:一族が運営する巨大な商業組織。教団が回収した資金を専属取引で吸い上げ、正規の税として帝国国庫へ還元する仕組みを担う。

ブラッド・エミーナ:セレスティア水軍の高速艦。3本の斜めマストと高い機動性を持ち、特攻隊長エミーナの名が冠されている。

ディヌイヤ:南洋の果てに存在する、独自の巨石文化と褐色の肌の民を持つ巨大人間王国。

ノバージェ共和国:サン・ジルジ銀行などを通じた金融・債務取引で繁栄していたが、インフレと贅沢により「裕福なる貧困」に陥った国家。ルシアの計画により「聖ゲンドラス教国」へと再編される。

紫苑のヴィオレット(月姫):100年前に姿を消したとされる帝国の伝説の影。ルシアの演出により、ノバージェの民を債務から救う女神としてセシリアが演じた。

月下氷人(la personne de glace sous la lune):ルシアが見つけた古書に記載されていた、「人と人、国と国との縁を結ぶ仲人」を意味する概念・演劇プロデュース計画。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。