『転生姫の縁結び』
満天を覆うかの如き箒星。 神聖なる青白き光が、漆黒の闇夜を白夜のように照らしていた。
イリアードはセレスティア艦隊を率いてアルストラーナ領サンブリア近海まで到達し、錨を下ろし停泊していた。 サンブリア港には侵攻に参加したノバージェの艦船が停泊しており、アルストラーナの出方を見て派遣したと思われる、追加のノバージェ艦隊がサンブリア沖合で停泊している。その数は合わせてこちらの3倍である。
親王イリアードは甲板に出て、夜空に見入っていた。これは自然ではない。異常現象である。 となれば、おそらく5歳の愛娘ルシアが何かしら動いているのだ。リゼリアとセシリアの念による知らせが、いつもより少ない。何か事実を隠しているに違いなかった。
イリアードは副官のアレス・マクウェンを呼びつけ、今夜、沖合のノバージェ艦隊へ夜襲を掛ける事を伝えた。アルヴェリアの兵士たちはぼやく暇もなく出航準備に取り掛かった。
満天を覆うかの如き箒星。夜空全体に肥大した蒼白い箒星は、闇夜を白夜に変えながら輝いている。それは幸運の前兆か、それともこの世の終末を予見した凶兆か。イリアードの答えは吉兆であった。
「セレスティアの勇者たちよ! 我々はこの箒星の導きに導かれ、此度の勝利も確信した! 振るい立て! 勝利は我々の手にある!!」
セレスティア艦隊率いる若き親王は力強く兵たちを鼓舞した。
◇
サンブリアの沖合。アルストラーナ帝国艦隊を殲滅するべく派遣されたノバージェ第二艦隊は、敵艦隊の3倍もの勢力である事に慢心し、明日、相手してやるとばかりに休息していた。時を同じくして、まさか本国が一夜にして消失し、長い歴史を終えたとは思いもしない。箒星は白夜のように青白い光を放ち、白夜の霹靂であった。
「敵襲撃!! 艦船多数!! 夜襲です!!」
ノバージェ第二艦隊の旗艦に、見張りの絶叫が響き渡った。
しかし、すべてが遅すぎた。白夜のごとき蒼白い光に照らされた海原を、セレスティア艦隊が恐るべき速度で突き進んでくる。風を読み、波を従えるかのような神がかった行軍。それもそのはず、彼らを率いる親王イリアードは確信していたのだ。この異常な箒星の光は、愛娘ルシアが暗に何かを伝えているのだと。
「全艦、砲撃開始! 眠れる愚民どもに、セレスティアの夜明けを教えてやれ!」
イリアードの容赦のない号令とともに、漆黒の海へ一斉に火を噴いた。
凄まじい砲撃音が白夜の海を引き裂く。油断しきっていたノバージェの艦船は、反撃の陣形を整えるどころか、錨を上げる暇さえ与えられずに次々と炎上していった。
「馬鹿な!! 敵は我らの3分の1に過ぎんのだぞ! なぜこれほど統制が取れている!?」
ノバージェの指揮官は、燃え盛る甲板の上で頭を抱えて叫んだ。
「錨をあげろー!! 応戦だぁー!! 応戦しろー!!」
その動揺は、瞬く間にノバージェ全軍へと伝染した。心の拠り所を失い、兵たちの士気は急落していくのみである。一方、セレスティア艦隊の勢いは増すばかりだった。 副官のアレス・マクウェンが、返り血を拭いながらイリアードの傍らに進み出る。
「親王、敵の旗艦を包囲しました。もはや勝敗は決しましたな……しかし、本当に宜しかったのですか? 親王妃様たちからの詳細な報告を待たず、これほどの強襲を仕掛けるとは」
イリアードは不敵に笑い、迫りくる敵の旗艦を見据えた。
「アレス、お前はまだ我が娘の恐ろしさを分かっていないな。あのルシアが動いているということは、今この瞬間にも、ノバージェの利権や領土が『ルシアちゃんのもの』に書き換えられている最中なのだ」
「はあ……」
「つまり、のんびり待っていては、この目の前の艦隊まであの子の『おもちゃ』として没収されかねん。わがままな5歳児にすべてを巻き上げられる前に、せめてこの艦隊くらいは、父親の戦果として分捕っておかねば面目が立たないだろう?」
「なるほど、そちらの危機感でしたか」
アレスはあきれ果てて深くため息をついたが、主君の言う「我が子のわがままへの警戒」が、一分の狂いもない真実であることも知っていた。
「全軍、突撃! 敵の戦艦はすべて鹵獲する! 一隻たりとも逃がすな!」
イリアードの力強い突撃の合図とともに、セレスティアの兵士たちが敵の旗艦へと飛び移っていく。 満天を覆うかのごとき箒星の光の下、サンブリア沖を埋め尽くしていた3倍のノバージェ艦隊は、一夜にしてセレスティアの軍門に降ったのである。
◇
夜が明け、水平線から昇る朝日が沈みゆくノバージェの残骸と、誇らしく翻る黒百合の旗を照らし出していた。 そこへ、水平線の彼方から新たな船影が現れる。
「敵艦5隻! 白旗を掲げています!!」
副官のアレスが双眼鏡を覗き込み、声を張り上げる。 さらにその後方から、二隻の大きな艦船が迫っていた。
「後続の船影二隻!! 国籍不明……白地に緑の四つ葉の印が見えます!!」
「船名判明しました! 『ウォーターライト』と『ブラッド・エミーナ』です!!」
旗艦『ウォータードラゴン』の甲板に歓声が湧き起こった。 接舷した『ウォーターライト』から、可憐な5歳の令嬢――ルシアが勢いよく飛び移り、イリアードの胸へと飛び込んだ。
「お父様!! ルシアは会いたかったのです!!」
「おお、我が愛しのルシア!」
イリアードは愛娘を高く抱き上げ、何度も頬に口づけを落とした。 続いて、慎み深く甲板を渡ってきた側室のセシリアを引き寄せ、その腰を抱いて優しく口づけを交わす。
「無事でよかった、セシリア。……して、ノバージェ本国はどうなったのだ?」
「ふふ、お聞きになりたいですか?」
セシリアが意味深に微笑むと、抱っこされたルシアがふんぞり返って誇らしげに口を開いた。
「あんな国、ルシアが一晩で消してあげたの! 古書にあった『月下美人』の演出で、お母様を伝説の『紫苑のヴィオレット』に仕立て上げてね! 民と新しい聖なる国を、ぜーんぶルシアが『月下氷人』として結びつけてあげたんだから!」
「げ、月下氷人だと……!?」
イリアードは思わず絶句した。冒頭でルシアが読んでいた古書『la personne de glace sous la lune(月下の氷人)』――それは単なる物語ではなく、一国を一夜にして宗教支配へと塗り替える『壮大な演劇プロデュース計画書』だったのだ。
「にゃはは! 驚いた? ルシアちゃんは完璧な『仲人(月下氷人)』なんだから!」
高らかに笑うルシアは、ふと視線を横に向けた。遅れて反対側から接舷した『ブラッド・エミーナ』から、侍女のエミーナが気恥ずかしそうに降りてくる。その視線の先には、緊張でガチガチになった副官のアレスが立っていた。
ルシアはイリアードの腕からひらりと飛び降りると、エミーナの背中をポンと押し、アレスの前へと突き出した。
「ルシアはなんでも知ってるのよ! アレス! このタコくちびるからエミーナを奪って泣かせたりしたら、即死刑だからね!!」
「へ、陛下……いえ、ルシア様!? け、結婚どころか、そんな滅相もない――っ!」
顔を真っ赤にして必死に弁明するアレス。エミーナも耳まで赤くして俯いてしまう。
「ほーら、しらばっくれてもダメ! ルシアは国と民を結ぶだけじゃなくて、あんたたちの『月下氷人(仲人)』にもなってあげるんだから!」
ルシアは腰から小さな錫杖を引き抜くと、涙目で感動と恐縮に震えるアレスの両肩へ、儀式のように優しくトン、トンと振るい下ろした。
「誇りなさい! この天才ルシアちゃんが結んであげた縁なんだから、絶対幸せになりなさいよね!」
幼い少女の完璧すぎる仲人ぶりに、イリアードは感服の苦笑いを浮かべ、天高く右手を突き上げた。
「皆で祝おう! セレスティアと、我が娘が結びし新しき若き伴侶に!!」
「「「おーっ!!!」」」
船上のアルヴェリア兵たちから、割れんばかりの祝福の歓声と喝采が沸き起こった。 朝日に照らされた海原に、四つ葉のクローバーの旗印とアルヴェリアの威光が燦然と輝いていた。




