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『アルストラーナ伝記』  作者: リアトト
『日出る聖なる国』帝国歴311年
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『日の出る聖なる国。聖ゲンドラス教国』

本丸主塔の最上階、重厚な装飾が施された執務室の扉が激しい衝撃とともに打ち砕かれた。

室内に充満していた甘く退廃的な香煙を切り裂き、最初に足を踏み入れたのは、5歳の少女ルシアであった。その左右を、刃の血を拭ったばかりのエミーナと、冷徹な美貌を湛えたセシリアが固めている。

部屋の奥、豪華な絨毯の上にへたり込んでいたのは、ノバージェ共和国の最高執政官リョウ・マルディであった。 巨体を震わせ、汗みずくになりながら手元の中央銀行債権や金庫の鍵を掻き集めている。

「ひ、ひぃぃ……! な、何者だ! 警備兵はどうした! 守備隊は何をしている!!」

「無駄ですよ、マルディ執政官。ストロムホルムはすでに我らが制圧いたしました」

エミーナが淡々と告げると、マルディは顔を極限まで歪めて絶叫した。

「馬鹿な……! 不落の要塞ストロムホルムが、たった一夜で落ちるはずがない! お前たちはいったい何者なんだ!?」

「ふふっ、哀れな悪党さん。教えてあげるわ」

ルシアが愛用の錫杖を床にコツンと突くと、背後のセシリアがゆっくりと一歩前に出た。

窓から差し込む蒼白い箒星の光と、月光がセシリアを照らし出す。 漆黒の髪、深い紫の衣、そして凛とした瞳。その佇まいは、数分前まで血生臭い戦場にいたとは思えないほど気高く、神々しかった。

マルディは目を見開き、ガタガタと顎を鳴らした。

「そ、その紫の衣装……まさか……! 100年前に姿を消したという、あの帝国の影……『紫苑のヴィオレット』だと……!?」

「過ちを犯し、民を利権と借金で縛り上げた愚かな支配者よ」

セシリア(ヴィオレット)の声が、澄み渡るベルの音のように室内に響き渡る。

「『真理の光教団』の導きにより、今宵、ノバージェの不当な債務はすべて破棄されます。あなたの積み上げた偽りの富は、すべて虐げられた民へと返還されるのです」

「ふ、ふざけるな! 国家の経済は金融だ! 債務だ! わしの金だぁぁ!!」

狂乱したマルディが隠し持っていた短剣を抜き、セシリアへと飛びかかろうとした瞬間――ルシアが影のように滑り込んだ。

「お母様の美しき舞台に、泥を塗るんじゃないわよ!」

ドカァン!

ルシアの錫杖がマルディの鳩尾を完璧に捉えた。異能の衝撃波を受け、巨体は壁まで吹き飛んで激突し、金庫の鍵と権利書をばら撒きながら泡を吹いて気絶した。


◇

ルシアは散らばった権利書を足蹴にし、バルコニーの大きな観音開きの窓を一気に押し開けた。

夜風が室内に吹き込み、セシリアの紫の衣服を鮮やかにひるがえさせる。 眼下を見下ろせば、城下町を埋め尽くすノバージェの民と、戦いを終えた兵士たちが本丸を見上げていた。

「ノバージェの民よ、見上げなさい!」

ルシアが甲高い声を張り上げると、民衆は息を呑んでバルコニーを仰ぎ見た。 そこには、蒼白い箒星の光を背に浴び、降臨した女神のように佇む『紫苑のヴィオレット』――セシリアの姿があった。

「見よ! 悪しき執政官は倒れた! 今宵、あなたたちを苦しめていた全ての債務は消滅し、新たな聖なる光がこの国を包み込む!」

ルシアが仕掛けた「四つ葉のクローバー」の教義と、一夜にして悪政を打ち破った奇跡。 闇夜に一夜だけ咲き誇る幻の花『月下美人』のごとく現れた女神の姿に、民衆は歓喜の叫びを上げた。

「ヴィオレット様だ……! 伝説の月姫様が我らを救ってくださった!」 「四つ葉の光に栄光あれ!! 万歳! 紫苑のヴィオレット様万歳!!」

地鳴りのような歓声がストロムホルムの夜空へと広がっていく。 民は信じて疑わなかった。一夜にして旧国家が滅び、新しく平和な世界が授けられたのだと。

バルコニーの影で、ルシアは満足そうに口元を歪めた。 (ふふ……完璧ね! 『月下美人』のように儚く美しい伝説で民の心を奪い、新しい国と民の縁を『月下氷人』として完璧に結びつけてあげたわ!)

古書『la personne de glace sous la lune(月下氷人)』の教え通り、一国を宗教と演出で塗り替えるルシアの壮大なプロデュースは大成功を収めたのである。

「さあ、お母様、エミーナ! 本国ノバージェの処理は完璧よ。次はお父様の待つサンブリア沖へ向かいましょう!」

ルシアは可憐にスカートの裾を広げて見せると、白地に緑の四つ葉が躍る自船へ向かって、ルンルンと足取りも軽やかに駆け出していった。ストロムホルムの北の樹海に超巨大都市が忽然として現れた。聖都クリスタルヘイムである。

ゲンドラス・サイリュンが教皇として国家元首になるべく、

飛ばされてやってきた。もちろんすべてルシアの異能の力である。ノバージェ共和国は『日の出る聖なる国』。『聖ゲンドラス教国』として生まれ変わったのであった。


登場人物一覧表

ルシア・フォン・セレスティア:セシリアとイリアードの間に生まれた娘。生後まもなくから驚異的な異能(念動・念創・空間移動など)を発揮する神童。前世は「ロシュワルト伯爵家の至宝」と呼ばれたシャルロッテ。高慢で天真爛漫な性格で、「真理の光教団」を陰で操る。

セシリア・フォン・セレスティア:セレスティア親王イリアードの側室でルシアの母。念動や念力、念創の異能を持つ「リヴィエール一族」の出身。「水明将軍」の称号を持つ。

リゼリア・フォン・セレスティア:セレスティア親王イリアードの正妃。念話、念視、予知を司る異能の持ち主で「水鏡将軍」の称号を持つ。リアムとシンシアの母。

イリアード・フォン・セレスティア:セレスティア親王で、アルストラーナ帝国の皇帝アラリックの異母弟。武勇に優れ、親王軍を率いる最高位の軍人。

リアム:イリアードと正妃リゼリアとの間に生まれた息子で、ルシアと同い年の腹違いの兄。父親譲りの優れた武術・体術の才能を持つ。

シンシア:イリアードと正妃リゼリアとの間に生まれた次女(ルシアの義妹)。

フレデリカ・リヴィエール:イリアードの母で、ルシアやリアムの祖母。かつて先帝の「御前琴師」であった古琴の名手で、街や宮殿を創り出せる突出した異能の持ち主(オールラウンダー)。

エミーナ:セシリアとルシアに仕える侍女(23歳)。軍服を纏って戦場にも赴き、決死隊の高速艦『ブラッド・エミーナ』にその名を残す。リヴィエール一族の血を引き、高い異能を持つ。

ロゼッタ:リゼリアやセシリアに仕える一人前の侍女(19歳)。少し慌てん坊な性格。

ベルトト(ベルナデット/一部表記):セシリアやリアムに仕える完璧主義者の侍女。

アラリック:アルストラーナ帝国の現皇帝で、イリアードの異母兄。冷徹かつ厳格な支配者。

ロザリア:アルストラーナ帝国の皇后。かつての大粛清で没落したシュタインベルク家の出身。

イスマ:アラリック皇帝とロザリア皇后の間に生まれた第二皇子(第一の血統、8歳)。

ルネッタ・リヴィエール:セシリアの妹で、アラリック皇帝の徳妃(22歳)。帝都後宮の「翡翠宮」に住まう。

イスファ:アラリック皇帝と徳妃ルネッタの間に生まれた第四皇子(4歳、ルシアやリアムの従弟)。

崔厳(さいげん) / ゲンドラス・サイリュン:元燕国の宰相で新国の王となったが敗北し囚われていた男。ルシアに拾われ、「真理の光教団」の教祖「ゲンドラス・サイリュン」として擁立される。

スライロ・ハリス:かつて滅亡したダラーン王国の「至高の頭脳」と称された元大臣。ルシアの異能と我儘により、「真理の光教団」サンブリア大聖堂の司教に据えられる。

ヴォルフラム・フェイ:流浪の吟遊詩人であり一騎当千の剣士。ルシアに服従を誓い、「真理の光教団」アンチアルマ大聖堂の司教となる。

アルベール:ルミナリアに住むセシリアとルネッタの父で、リヴィエール商会ルミナリア支社長。

エレノア:セシリアとルネッタの母。

カシアン・ヴァロア:アルストラーナ帝国の南洋侵攻船団を率いた42歳の宦官大提督。敗戦後、名誉の戦死を装いシューコルンで教団の司教となる。

ボロ・ディヌイヤ:南洋の巨大王国「ディヌイヤ」を統べる圧倒的な威厳を持つ国王。

アレス・マクウェン:セレスティア水軍の若き優秀な副官で、特攻艦『ブラッド・エミーナ』の元艦長。エミーナに想いを寄せる。

リョウ・マルディ:ノバージェ共和国の有力金融家で最高執政官(ドージェ)に就任した男。莫大な債務で国を支配したが、ルシアたちに倒される。

ジルグード:オテゲン皇国の第四王子。収容所から解放されたオテゲン民を率いて燕国の鳳山城を占領・籠城した。

用語集一覧表

アルストラーナ帝国:作中の舞台となる強大な帝国。

セレスティア親王国:アルストラーナ帝国の親王国で、イリアードが治める領地。中心都市は「水の都」と呼ばれるアクアパレス。

アクアパレス:セレスティア親王領の首都。水路網が縦横無尽に走り、フロスト・ヴァイス城や離宮、ルシア宮などの主要施設が存在する。

リヴィエール一族:常人を遥かに超える強力な「異能」の血を引く一族(念話・念視・予知・念動・念力・念創・空間移動など)。

念創(ねんそう):無から有を生み出し、記憶やイメージ通りの物質や衣服、建造物を瞬時に創造・構成する異能。

真理の光教団:ルシアの目論見と異能によって創設された新興宗教。貧民や被搾取層に救いを与えつつ、裏で莫大な富と資金を回収・循環させるポンプの役割を果たす。

ゲンドラス・サイリュン:崔厳が演じる「真理の光教団」の教祖。神々しい威厳と沈黙で信者を平伏させる。

ルシア宮:生後6ヶ月のルシアが異能(念創)によって無意識に生み出した、ガラスと白大理石でできた小宮殿。

常緑宮(じょうりょくきゅう):フロスト・ヴァイス城内にある本宮で、親王妃リゼリアが滞在する居室。

翡翠宮(ひすいきゅう):帝都ラーナの後宮内にある優美な宮。かつてフレデリカやセシリアが過ごし、現在は徳妃ルネッタが住まう。

蓮花宮(れんかきゅう):アクアパレス内にある、フレデリカの居宮。フレデリカ自身の異能によって作られた大輪の蓮が咲く幻想的な宮殿。

ルミナリア:「花の都」と称される内海の要衝都市。300年間戦火を免れて表向きは平和と繁栄を謳うが、裏では固定化された激しい貧富の格差が存在していた。

リヴィエール商会:一族が運営する巨大な商業組織。教団が回収した資金を専属取引で吸い上げ、正規の税として帝国国庫へ還元する仕組みを担う。

ブラッド・エミーナ:セレスティア水軍の高速艦。3本の斜めマストと高い機動性を持ち、特攻隊長エミーナの名が冠されている。

ディヌイヤ:南洋の果てに存在する、独自の巨石文化と褐色の肌の民を持つ巨大人間王国。

ノバージェ共和国:サン・ジルジ銀行などを通じた金融・債務取引で繁栄していたが、インフレと贅沢により「裕福なる貧困」に陥った国家。ルシアの計画により「聖ゲンドラス教国」へと再編される。

紫苑のヴィオレット(月姫):100年前に姿を消したとされる帝国の伝説の影。ルシアの演出により、ノバージェの民を債務から救う女神としてセシリアが演じた。

月下氷人(la personne de glace sous la lune):ルシアが見つけた古書に記載されていた、「人と人、国と国との縁を結ぶ仲人」を意味する概念・演劇プロデュース計画。

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