『この世の終末を予見した凶兆』
「敵の弓手、全滅! 城壁上の第一戦線、完全に我らが制圧いたしました!」
エミーナの報告と同時に、壊滅した投石機の巨大な木枠が凄まじい音を立てて断崖の下へと落ちていった。 東側の城壁では、四つ葉兵たちが門のかんぬきを叩き割り、重厚な巻揚機が咆哮を上げて巨大な鉄格子を引き上げていく。
「門が開いたぞ! 本隊を引き入れよ!」
セシリアの鋭い叫びが港全体に響き渡る。浅瀬で待機していたセレスティア艦から、甲冑を打ち鳴らす足音とともに兵士たちが怒濤の如く城内へとなだれ込んだ。 だが、城壁の頂上から主塔へと続く中央の大階段を見上げるルシアの表情には、いささかの甘えもなかった。
「来ます……! みんな、盾を構えなさい!」
ルシアの警告と同時に、大階段の奥深くから重々しい足音が響いてきた。現れたのは、漆黒の全身鎧を纏い、大剣を携えた精鋭の黒騎士たちであった。彼らは殺戮のためだけにその黒い刃を振り上げる。
「ふん、ルシアの作った素晴らしい筋書き(舞台)を邪魔するなんて、お生憎様ね!」
ルシアは腰を落とし、錫杖に巻かれた『四つ葉のクローバー』の帯を固く握り締めた。 黒騎士の1人が頭上から大剣を振り下ろす。空気を切り裂く凶悪な一撃。しかし、ルシアは紙一重でそれをかわすと、すれ違いざまに幼い体からは想像もつかない神速の一閃を繰り出した。
「四つ葉の威光にかけて――吹っ飛びなさい!」
ドカァン! と、異能の衝撃波を纏った錫杖が黒騎士の兜を打ち抜く。黒騎士は絶叫を上げる間もなく力なく崩れ去り、石畳の上に転がった。
「ルシア様に続け! ノバージェ兵どもを主塔へ押し返せ!」
網を登り切り、城門から突入してきた兵士たちが大階段を駆け上がる。白地に緑の『四つ葉のクローバー』の帯を目にした敵兵たちは、ルシアの神がかった無双と「神の怒り(落雷)」の噂を思い出して戦意を失い、次々に武器を置いて道を空けていった。
◇
激闘の末、大階段を埋め尽くしていた黒騎士たちも全滅し、ストロムホルム城塞の外部防衛線は完全に落ちた。
西日は地平線の彼方へと沈み、極東の空は群青から深い紫、そして漆黒の夜へと移り変わろうとしている。数日前から夜空に立ち現れた肥大した箒星が、闇夜を白夜のごとく蒼白く照らし出していた。
城壁の最頂部。高く掲げられた柱の頂に、深く傷つきながらも勇ましく翻る『真理の光教団』の『四つ葉のクローバー』の旗印。 その下で、セシリアとエミーナが息を整えながらルシアのもとへと歩み寄る。
「ルシア様、港湾部の完全制圧、完了いたしました。『四つ葉のクローバー』の威光のおかげで、我らが軍の負傷者も最低限に抑えられております」
エミーナの報告に、ルシアはふんぞり返って頷いた。
「当然でしょう! 民を苦しめる悪党を倒し、新しい聖なる国と民を結びつける……この『月下氷人』の演出に抜かりはないわ。ねぇ、お母様?」
ルシアが振り返ると、セシリアは静かに剣を鞘へと収めた。彼女の視線は、不気味な暗雲と硝煙を上げ続ける本丸の最頂塔へと向けられている。
「ええ、よく戦いましたね、ルシア、エミーナ。……けれど、ストロムホルムを落としただけでは、この戦いは終わりません。あの塔に潜む元凶を叩かねば」
セシリアの佇まいは、蒼白い箒星の光と夜風に揺れる紫の衣服も相まって、息を呑むほど幻想的であった。 ルシアは満足げに目を輝かせ、肩の錫杖をポカンと叩いた。
「ふふっ、舞台装置はすべて整ったわ。さあお母様、『月下美人』のように可憐で、民を導く伝説の女神『紫苑のヴィオレット』として……あの悪党(最高執政官)に引導を渡しに行きましょう!」
「ええ……四つ葉の誇りと、苦しむ民のために。行きましょう、ルシア!」
満天を覆う蒼白い箒星の光の下、三人は一国を一夜にして塗り替える終わりの決戦へ向け、静まり返った本丸の扉へと踏み込んでいくのであった。




