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『転生姫のストロムホルム攻略戦』

東を覆う重苦しい雲を切り裂き、沈みゆく血のような西日が静寂の海面を赤黒く染め上げていた。 静謐を湛えていたストロムホルムの海に、地平線の彼方から突如として現れた二隻の帆船。その影は群青の波を重々しく押し分け、刻一刻と迫りつつあった。

船首に高く掲げられているのは、『真理の光教団』の『四つ葉のクローバー』の旗印。 それは単なる宗教の象徴ではない。すでにノバージェの虐げられた民の中に深く浸透させた、「強欲な支配者を倒し、民に新しい国との縁を結ぶ(月下氷人)」というルシアの救済の符呪シンボルであった。

波間に佇むストロムホルムの港を包み込んでいるのは、切れ立つ断崖絶壁と、巨岩の城壁である。交易の要衝として栄えたこの都市は、一度も侵攻を許したことがない「不落の要塞」であった。

城壁の間にはドージェ(最高執政官)の精鋭守備兵が隙間なく立ち並び、巨大な投石機が牙を剥く猛獣のごとく海上を狙っている。

「全船、減速するな! 前進せよ! あの城壁を打ち破るのだ!」

『四つ葉のクローバー』の旗が一斉に強風を孕んで打ち震え、兵士たちの士気が頂点へと跳ね上がった。次の瞬間、城砦の頂から激しい木撃音が轟き、巨大な岩塊の雨が海面を爆発させ、矢の嵐が空を覆い尽くした。

油と火炎砲が投げ落とされ、海原は地獄の絵の具で塗りつぶされていく。 だが、四つ葉の軍勢の足が止まることはなかった。

◇

絶望的な高さを見上げる城壁。 その激戦の渦中、後陣の船の甲板上で、一人の5歳の少女――ルシアが不敵に佇んでいた。

ルシアは大型投石機カタパルトの射出座席にちょこんと片膝を突き、身を低く構えていた。可憐な容姿とは裏腹に、その瞳には「演出家」としての冷徹で冴え渡る闘志が宿っている。

「ルシア様、準備完了いたしました!」 「いつでもいけます!」

配下の兵士たちが極限まで太い縄を締め上げる。生身の人間(それも5歳児)を投石機で撃ち出すという正気を疑う作戦にもかかわらず、兵士たちに迷いはない。ルシアが起こす「異能」の奇跡を確信しているからだ。

ルシアは城壁の頂を静かに見据え、細い息を吐いた。

「……今よ。放ちなさい!」

縄が一刀のもとに切断される。 重厚な開放音とともに、ルシアの華奢な体が砲弾以上の勢いで空高く跳ね上がった。 海と城壁を隔てる絶望的な高低差を、一筋の疾風となって飛び越えていく。

高度が頂点に達した瞬間、ルシアは背負っていた網を大きく広げた。特製の金属線が編み込まれた網が城壁の突起にガチリと噛み合う。ルシアは重力を完全に無視した軽やかな身のこなしで、敵の目と鼻の先――城壁の真上へと降り立った。

「な、生きた人間が――!?」

仰天する守備兵たちが一斉に長槍を向ける。だが、ルシアの「ポカポカ無双」はすでに始まっていた。

「退がりなさい、哀れな者たち!」

ルシアの錫杖が弧を描く。一閃、二閃。おもちゃを振り回すような可愛らしい動作でありながら、秘められた異能の打撃により、頭部を殴打された守備兵たちが次々と城壁の下へ崩れ落ちていく。

足場を確保したルシアは、網の端を城壁の石柱に固く結び付けた。

「登攀路(道)は開けたわ! 続きなさーーい!」

城壁の下で待機していた血気盛んな兵士たちが、歓声を上げて網に飛びついた。

「ルシア様に続け!」 「一気に登り切れ!」

その突撃に呼応し、敏捷なエミーナとセシリアも動いた。

「エミーナ、私は東側を行きます!」 「かしこまりました! 私は西の投石機を叩きます!」

城壁に登り切った二人は左右に分かれ、エミーナは防衛火力を担う投石機を次々と破壊し、セシリアは重装兵の群れを圧倒的な気迫で薙ぎ倒しながら、本丸へと続く通路を確保していく。


◇

城壁の上は雪崩れ込んだアルヴェリア兵と敵兵の乱戦となった。 振るわれる武器の柄には、すべて白地に緑の四つ葉が記された帯が結ばれている。

『真理の光教団』――。 城壁の兵たちの中には、その「四つ葉のクローバー」の紋章を見た瞬間、ルシアがあらかじめ各地に仕込んでおいた教団の噂や落雷の演出(神の怒り)を思い出し、戦意を喪失して自発的に武器を置く者も現れ始めた。

「押せ! 一気に本丸へ追い詰めるのだ!」

西日は沈み、深い紫と金色が交錯する夕闇が城砦を包み込んでいく。 ルシアは錫杖を払い、城砦の中央にそびえ立つ一際高い主塔を見上げた。そこには、このノバージェ共和国を金融と債務で支配する悪しき最高執政官リョウ・マルディが潜んでいるはずであった。

「エミーナ! ルシア! 本陣の入港を確認しました。一気に本丸へ突入します!」 「「了解!」」

二人とルシアの叫びとともに、『真理の光教団』の『四つ葉のクローバー』の旗印が城壁の最高地点に掲げられた。

夜空には肥大化した蒼白い箒星が輝きを増し、暗雲を押し払っていく。 一夜にして一国の歴史を塗り替えるルシアの『壮大な演劇プロデュース』は、いよいよ佳境である本丸攻略へと向かうのであった。

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