『転生姫の義賊』
満月が冴々(さえざえ)と冴え渡る春浅き夜、古き文明の発祥地たるアルストラーナ帝国の帝都ラーナは、薄青い静寂に包まれていた。
だが、帝都の一角にそびえる、とある貴族の広大な居館だけは、重苦しい緊張感に満ちていた。貴族達は学識の乏しい者も、古今東西の宝物に対する並々ならぬ執着を持つ者ばかりだ。その強欲さは、汚職、横領、貧民から容赦なく絞り上げた金銀財宝を私邸の地下金庫へ溜め込むほどであり、この貴族も夜間に15人もの私兵を、邸宅の警備の為に雇っていた。
「おい、油断するなよ。最近帝都を騒がせている鼠ねずみがいるらしい」
「ふん、俺達が守る館に潜り込める命知らずがいるかよ」
松明を手に庭園を巡回していた私兵たちが吐き捨てる。その直後、頭上の屋根から、シャンシャン、と澄んだ金属の音が響いた。
「誰だ!?」
私兵が一斉に頭上へ松明をかかげる。 月光を背にして屋根の上に立っていたのは、深くフードを被った二人の影だった。頭部を覆う暗色のローブによって顔の容姿は影に隠れ、その正体が弱冠十五才ほどの少女たちであることなど、誰一人として気づく由もなかった。
二人の影――ルシアとヴィオの着る厚手のローブには、背中、左胸、そして右肩の三箇所に、美しくも冷徹な意匠が銀糸で刺繍されている。六つの尖角を持つ雪と霜の結晶。大陸のあらゆる都市で囁かれる義賊『六棘の霜華』の証である。
「悪徳により積み上げられた富を、本来あるべき民の手へと還しに参りました」
すっきりと通りつつも、どこか気品を漂わせる凛とした声が夜気に響く。声を上げたのは、わずかに背の低い少女――ルシアだった。彼女の手には、剣ほどの長さを持つ、杖頭に4つの金環のついた一振りの短錫杖しゃくじょうが握られている。
「チッ、ただの小娘か! 構わん、叩き斬れ!」
私兵たちが一斉に剣を抜き、館のバルコニーや庭園から襲いかかってきた。
「ヴィオ、参りますよ」
「御意に、姫様」
短く交わされた言葉とともに、二人は屋根から軽やかに舞い降りた。先陣を切った私兵が剣を振り下ろす。ルシアは身を極限まで引き、攻撃を紙一重でかわすと同時に短錫杖を叩き込んだ。 ガアン! と硬質な音が響き、錫杖の金環がジャラりと鳴る。ルシアの繰り出す打撃は、貴族の嗜みとして叩き込まれた洗練された剣術の足さばきと、鉄芯入りの重厚な錫杖が融合した流麗かつ苛烈なものだった。正確に顎を砕かれた私兵が、白目を剥いて崩れ落ちる。
一方、侍女であるヴィオの立ち回りは、まさに変幻自在の嵐だった。ヴィオが手にするのは、自身の身丈を超える長柄の錫杖。押し寄せる三人の私兵に対し、ヴィオは柄をわずかに捻った。 カチリ、と鋭い金属音が響く。長柄の頭部から引き抜かれたのは、満月の光を返して妖しく煌めく長剣だった。そして手に残った長柄と石突きの部分は、そのまま強固な金属鞘として機能する。
「なっ……仕込み剣だと!?」
驚愕する私兵の隙を逃さず、ヴィオは右手の長剣で一閃。さらに、刃をかろうじてかわした別の私兵の胸元へ、左手に持った石突きのついた鞘を深く突いた。 ドスッという重い衝撃音とともに私兵が悶絶する。 右手の剣で敵の斬撃を受け流し、左手の鞘で骨を砕く。両手で剣と鞘を別々に操る巧みな連撃に、私兵たちは術術すべすべなく討ち取られていった。
「ひいっ! な、なんだコイツらは! 化け物か!?」
十五人いた私兵は、わずか数分のうちに全滅した。庭園と廊下には気絶した男たちが転がり、静寂が再び館を支配する。ルシアとヴィオは静かな足取りで館の奥――絢爛豪華な応接の間へと踏み込んだ。 そこには、腰を抜かして震える肥満体の男、グラッデェ貴族がいた。
「あ、悪党め! 私の宝物に手を出す気か! あの黄金の杯も、古代の宝石も、すべて私が価値のわかる者として集めたものだ! 学のない貧民どもに渡してどうする!」
男の見苦しい叫びに対し、ルシアは静かに短錫杖の先を突きつけた。フードの影から見つめる瞳には、蔑みすら浮かんでいない。
「学の無さを誇り、命の重みを解さぬ貴方こそ、真の愚者です。……これ以上、口を開かないでいただきたい」
「ひっ……!」
ルシアが身に纏う圧倒的な威厳に気押され、男は泡を食って倒れ伏した。ヴィオが素早く男の身を縛り上げ、猿ぐつわを噛ませる。
その後、二人は男が執着していた地下金庫を開け放ち、積み上げられていた溢れんばかりの金貨や宝飾品を黒い袋へと手際よく詰めていった。
「ルシア様、回収を完了いたしました。これで明日、貧民街の者たちは暖かい食事と服を手に入れられるでしょう」
「ええ。参りましょう、ヴィオ」
二人は館の屋上へと駆け上がり、帝都ラーナの夜景を見下ろした。 早春の冷たい風が吹き抜け、二人のフードとローブの裾を大きく揺らす。月明かりに照らされた『六棘の霜華』の紋章が、銀色に怪しく、そして美しく輝いていた。
姿を隠した二人の少女――身分という籠を抜け出し、悪徳の富を砕く義賊の刃。 二人は一度だけ顔を見合わせて頷き合うと、満月が照らす帝都の闇の中へと、影のように跳躍していった。




