『転生姫の東進と名案』
南海の蒼海を切り裂き、波を蹴立てて東進する軍艦の三角帆が、春の眩い陽光を受けて白く膨らんでいる。鏡のように澄み渡る碧緑の海面に、赤と黒の塗装の船体が凄まじい威圧感を放っていた。
力強い潮風が駆け抜ける南海中部の沖合。蒼天と見渡す限りの青い海を背に、一隻の美麗なる新造艦が波を打ち払いながら滑るように進んでいた。セレスティア水軍の高速艦『ブラッド・エミーナ』。やや小ぶりで洗練された舟形を持つ艦であった。
『ブラッド・エミーナ』の最大の特徴は、風を極限まで捉える3本の斜めマスト。前部に展開された巨大な三角帆の純白な帆地には、いつもならば鮮烈な『赤い黒百合』の紋章が揺らめいているはずであるが、今回は何故か『緑の四つ葉のクローバー』の紋章が染められていた。奇跡の特攻隊長――エミーナの名を冠した、決死隊の船に相応しい勇猛なる高速艦である。
その『ブラッド・エミーナ』の船首甲板。木目の美しく磨かれた甲板の尖端には、鞘に収まった細身の長剣が力強く突き立てられていた。その剣の柄に手を置き、佇んでいるのは、『真理の光教団』の純白の礼服に身を包んだ凛々しき侍女・エミーナである。左胸、右腕、背中に『緑の四つ葉のクローバー』が刺繍されている。
「エミーナは美人さんだから、どんな服も似合うわね。教団礼服姿もとびきりなのですわ!」
ルシアが目を丸くして、周囲を彷徨きながらエミーナの頭の先から足の先までくまなく観察した。愛用の錫杖の金環が時折、シャン、シャリンと小気味良い音を鳴らす。
「ルシア様。なんだか気恥ずかしいです。そんなに見ないでください」
エミーナは先ほどの凛々しい佇まいから一転して顔を赤らめ、もじもじと身を捩った。
「せっかくの航海なのに残念ですわ。私の『ブラック・ルシア』がまだ未完成なんて、遅すぎますわ!」
昨年のシューコルン沖海戦後に、ルシアが『ブラッド・エミーナ』と同型の船が欲しいと駄々をこねたのであった。軍艦を欲しがる4歳児もどうかと思うが、そうかと言ってそれを与える父親も問題である。
「ルシア様が黒い船を白紅に塗り直させて、猫の肉球を描き足させたからですよ!」
ルシアは船の名前の通り、威圧の意味で黒い船にしようと思ったのだが、せっかく作ってくれる船なので、どうせなら好きな色にしてもらおうと気が変わってしまったのであった。
「あれは猫じゃなくて、虎ですわ」 「どう見ても可愛い猫ちゃんでしたよ?」 「虎なんですってば! 虎も猫も似たようなもんですわ」
その時、マストの物見台にいる見張り兵が声を張り上げた。
「後方! 戦艦と思われる船一隻接近中! ものすごい勢いで本艦を追って来ています!」
エミーナとルシアが目を合わせた。
「母様だわ!」
『水明将軍』の称号を賜った親王側室・セシリアの乗艦『アクアライト』。重厚にして優雅な大型艦である。巨大なメインの四角マストに追い風を受けると、とてつもない加速を見せるのだ。
「兵隊さん全員分の衣装と母様の礼服。クローバーのマストも送ってあるから大丈夫ですわ。計画書とお手紙も書きましたし」
ルシアは腕組みをしながら、うろうろと歩き回った。いろいろと考えを巡らせているのだ。
やがて名案が浮かんだのか、彼女は可愛らしい手をポンと叩いた。
「そうだ! ゲンドラス・サイリュンだわ!」
ゲンドラス・サイリュンとは、花の都ルミナリアに居る『真理の光教団』の教祖の名であった。




