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『アルストラーナ伝記』  作者: リアトト
『ガラスと大理石の幼姫』帝国歴310年
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『転生姫、皇子との戯れ』

帝都オクタヴィアの白亜宮、その一角に佇む翡翠宮ひすいきゅうの中庭は、陽の光を受け、色とりどりの花々が咲き誇る穏やかな庭園であった。

先帝の御前琴師であったフレデリカゆかりのこの宮で、大人の目を盗み、三人の幼子たちが一堂に会していた。

「見ていらっしゃい、殿下!これがわたくしの真の力の一部ですわ!」

高らかに宣言したのは、セシリアの娘ルシアである。セシリア譲りの可憐な金髪をなびかせ、小さな手に拾い集めた色鮮やかな花弁を包み込むと、宝石のような瞳をキラリと光らせた。

ルシアが小さな手を開くと、手のひらの花弁が黄金色の光を放ち、ふわりと宙へ浮かび上がった。それらはまるで生き物のように旋回し、くるくると舞いながら可憐な大輪の花の形へと姿を変えていく。

「わあ……! ルシア、すごい!」

それを見上げるのは、徳妃ルネッタの息子であり、第四皇子であるイスファだ。同じ四歳とはいえ、三人の中で最も早い1月に生まれたイスファだが、天真爛漫なルシアの勢いに完全に押されている。目を丸くし、ちいさな手をおそるおそる伸ばして、宙に浮かぶ光の花びらに触れようと歓声を上げた。

「ふふん! どうですの? わたくしにかかれば、こんなものお茶の子さいさいですわ! 殿下、あなたにこの素晴らしい光の花束をプレゼントして差し上げますわ!」

高慢かつ誇らしげに胸を張るルシア。しかし、その威圧的な態度とは裏腹に、イスファに向ける眼差しには親愛の情を込めた満足気な笑みが浮かんでいた。

そのすぐ傍らで、イリアードとリゼリアの息子であるリアムは、庭園の木陰で静かに2人を見ていた。

「ルシア、あんまり大きな光を出すと、大人たちに見つかっちゃうよ。お母様たちにバレたら、またお説教されちゃうんだから」

リアムが呆れたように苦笑いを浮かべた。

「なにい言っていますの、リアム! わたくしが誰にも見つからないように上手に調整しているに決まっていますでしょ! 臆病者のリアムには、この芸術の素晴らしさが分からないのですわ!」

ルシアはぷくっと頬を膨らませると、宙に浮かべていた光の花弁の束を、八つ当たり気味にリアム目掛けて『えいっ!』と弾き飛ばした。

シュッ!

光の粒が猛スピードでリアムの顔前をかすめる。だが、リアムは驚く素振りも見せず、あらかじめ軌道が見えていたかのように、首をわずかに傾けてそれを完璧にかわした。小さな身体を滑らかにしならせる、驚異的な体術である。

「ほら、やっぱり危ないよ」

「……むぅ! 相変わらず可愛気のないかわし方ですわね!」

ルシアが悔しそうに足を踏み鳴らすと、それを見ていたイスファが「きゃっきゃっ」と楽しそうに手を叩いた。同じ四歳でも、二人の異能や身体能力の常識外れぶりには、イスファも感心するばかりだ。

「リアムも、すごい! くるって、避けた!」

「ふふん、殿下は分かっていますわね! でも本当にすごいのは、あの攻撃を繰り出したわたくしですのよ?」

ルシアはイスファの前にしゃがみ込むと、頭をなでなでとなで回した。「二ヶ月早く生まれたからって、威張らせませんわ」と言わんばかりの態度だが、イスファも気持ちよさそうに目を細めている。

「ねえ、リアム。殿下も一緒に遊べる運動をしなさいな。わたくしが特別に審判をして差し上げますわ」

「審判って……ルシアがやりたいだけでしょ。よし、殿下、あっちの芝生でかけっこしようか」

「うん! かけっこ!」

リアムが優しく手を差し伸べると、イスファはその手をぎゅっと握りしめた。

二人が並んで芝生を走り出す。当然、天才的な体術を持つリアムの方が圧倒的に速いが、リアムはイスファの歩幅に合わせ、転ばないよう巧みにスピードを調整して寄り添っていた。

「がんばれ、イスファ! リアムを追い抜いてしまいなさい!」

ルシアが影から声を張り上げて応援する。

「あははっ! 待ってー!」

無邪気に笑いながら追いかけるイスファの姿に、リアムもまた柔らかな笑みを浮かべた。ルシアは腕を組み、高飛車な笑みを浮かべつつも、二人が楽しそうに走る姿を満足そうに見守っている。

そこへ、ふと影が差し込んだ。

「あらあら、三人で何をなさっているのかしら?」

翡翠宮の奥から姿を現したのは、徳妃ルネッタと侍女のエミーナであった。

「「「あ……!」」」

三人の動きが同時に止まる。ルシアは慌てて背中に手を回し、残っていた光の粒子をすばやく消し去った。

「ルネッタおば様! わたくしたち、とっても仲良くお遊戯をしていましたのよ!」

ルシアはいち早く『お行儀の良い良い子』の顔をつくり、すんとすました表情でドレスの裾を摘み上げた。リアムも木剣を背中に隠し、イスファは無邪気にルネッタの元へ駆け寄っていく。

「おかあさま! お花が光って、かけっこしたの!」

「まあ、そうなの? イスファ、とっても楽しそうね」

ルネッタは優しく微笑み、イスファを抱き上げた。ルシアが密かに異能を使ったことを察したエミーナは、ハラハラしながら周囲を見回し、誰も見ていないことを確認して胸を撫で下ろす。

「ルシア様、リアム様、殿下。そろそろおやつのお時間ですよ。セシリア様もお待ちです」

エミーナが声をかけると、ルシアの瞳がパッと輝いた。

「おやつですの!? 殿下、一緒にお菓子を食べましょう! わたくしが美味しいところを選んで差し上げますわ!」

先ほどまでの澄ました顔はどこへやら、ルシアは二ヶ月兄であるはずのイスファの手を引いて、真っ先に宮の中へと駆け出していった。

「あ、ルシア、走ったら危ないよ!」

後ろから呆れつつも追いかけるリアム。

破天荒な異能の姫ルシア、頼もしく優しいリアム、そして一番年上ながら優しく皆を見守るイスファ。同じ歳である幼い三人だけのあたたかな笑い声が、秋の翡翠宮に爽やかに響き渡っていた。


登場人物一覧表

■ 主要人物・親王家

ルシア(ルシア・フォン・セレスティア)

セシリアとイリアードの間に生まれた娘。前世は「ロシュワルト伯爵家の至宝」と呼ばれたシャルロッテ。生後間もなくから強大な「念動」「念創」「念話」「テレポート(空間移動)」などの異能を発揮する。高慢・天真爛漫・我儘な性格だが、家族思いで非常に聡明。「真理の光教団」を裏から設立・統制する。

セシリア

イリアードの側室でルシアの母。リヴィエール一族の血を引き、念動や念力、気流や潮流を操る異能を持つ。「水明将軍」の称号と軍権を持つ。ルミナリア出身。

リゼリア

イリアードの正妻(親王妃)でリアムとシンシアの母。念話・念視・予知の異能を司る。深い知性と慈愛を持ち、ルシアの計画の意図を一瞬で見抜く理解者。

イリアード

セレスティア親王。リゼリアとセシリアの夫であり、リアム、ルシア、シンシアの父。武術と軍政に優れ、厳格だが家族を深く愛する子煩悩な父親。

リアム

リゼリアとイリアードの間に生まれた長男(ルシアと同日生まれの腹違いの兄/弟)。父親譲りの武術や驚異的な体術の才能を持つ。

シンシア

リゼリアとイリアードの間に生まれた次女(ルシアの妹)。

■ 親王家を取り巻く人々・一族

フレデリカ・リヴィエール

イリアードの母(大御所)。かつて先帝の『御前琴師』および婕妤であった。あらゆる異能を使いこなす「オールラウンダー」で、アクアパレスや蓮花宮などを自ら「念創」した。ルシアの最大の理解者。

ベルナデット

完璧主義者の侍女。20歳で結婚し幸せな家庭を築くため旅立った。

エミーナ

セシリアとルシアに仕える侍女。リヴィエール一族の中でルシア・セシリアに次ぐ第3位の強大な異能を秘めており、ルシアの空間跳躍を追うことができる。軍服を纏い白兵戦でも圧倒的な強さを見せる。

ロゼッタ

セシリアやリゼリアに仕える侍女。慌てん坊だが一人前の侍女へと成長する。

ベルトト

セシリアやルシア、リアムの世話をする侍女。

■ 「真理の光教団」関係者・協力者

崔厳(さいげん) / ゲンドラス・サイリュン

元燕国の宰相であり、新国を建国して王となった男。戦争に敗れて捕らわれ「ポチ」と呼ばれていたが、生後3ヶ月のルシアの手紙によって呼び寄せられ、「真理の光教団」の教祖「ゲンドラス・サイリュン」に立てられる。

スライロ・ハリス

元ダラーン王国の大臣で「至高の頭脳」と称された傑物。僻地に隠遁していたが、4歳のルシアに強引に連れ出され、サンブリアのアジール大聖堂の司教に任命される。

ヴォルフラム・フェイ

流浪の吟遊詩人であり、一騎当千の剣士。かつてアクスアルブ義勇軍で英雄ブランガ・オデュヌの「片翼」として活躍した。4歳のルシアのスケールの大きさに興奮し、服従を誓ってアンチアルマ大聖堂の司教となる。

カシアン・ヴァロア

アルストラーナ帝国の大提督(宦官)。征服艦隊を率いたが敗走し、ルシアの手助けでディヌイヤとの国交樹立やシューコルン占領を果たす。後に「名誉の戦死」を偽装され、シューコルンで教団の司教となる。

■ 帝国皇室・故郷の親族・他国関係者

アラリック

アルストラーナ帝国の皇帝。イリアードの異母兄。

ルネッタ・リヴィエール

セシリアの妹で、皇帝アラリックの「徳妃」。翡翠宮の正主。

イスファ

ルネッタとアラリックの間に生まれた第4皇子(ルシアやリアムの従弟)。絵が得意。

ロザリア

皇帝アラリックの皇后。シュタインベルク家の娘。

イスマ

アラリックとロザリアの間に生まれた第二皇子。

アルベール&エレノア

セシリアとルネッタの両親(ルシアの祖父母)。アルベールはリヴィエール商会ルミナリア支社の支社長を務める。

ボロ・ディヌイヤ

南洋の巨大王国「ディヌイヤ」を統べる圧倒的な覇王。ルシアの異能と介入により帝国との通商条約を結ぶ。

用語集一覧表

セレスティア親王国 / アクアパレス

アルストラーナ帝国領内の親王国およびその首都。運河網が張り巡らされた「水の都」。

リヴィエール一族

常人を遥かに超える念力・念動・念創・念話・予知・テレポート(空間移動)などの「異能」を血統的に受け継ぐ特別な一族。

ルシア宮

生後6ヶ月のルシアが無意識の異能で生み出した、ガラスと白大理石で構成された幻想的な小宮殿。

真理の光教団

表面上の繁栄の陰で虐げられた貧民や被搾取層を救済する名目で、ルシアが仕掛けた新興宗教組織。宗教を通じて莫大な資金を回収し、リヴィエール商会を経由して帝国の国庫へと流す巨大な経済・政治循環システムを担う。

ゲンドラス・サイリュン

崔厳が「真理の光教団」の教祖として名乗る神聖な偽名。

花の都ルミナリア

300年間戦火を免れてきた花と芸術の都市。富裕層と貧困層の二極化・固定化という闇を抱えていた。セシリアの故郷。

エレスティアル大聖堂

ルミナリアの西にあるニルニラ家の城を買い取り、ルシアの資金と指示によって「真理の光教団」の本山へと改造された大聖堂。

ブラッド・エミーナ

セレスティア水軍の新鋭高速艦。3本の斜めマストと「赤に黒百合」の紋章を掲げ、奇跡の特攻隊長・エミーナの名を冠している。

翡翠宮(ひすいきゅう)

帝都ラーナの後宮内にある宮殿。かつてフレデリカやセシリアが過ごし、現在は徳妃ルネッタと第4皇子イスファが住まう。

ディヌイヤ

南洋の果てに位置する巨石文化を持つ巨大王国。褐色の肌の戦士たちが暮らし、言語も通じなかったがルシアの異能により親交が結ばれた。

シューコルン

大陸中の富や異国の高級香辛料・絹が集まる有数の港湾都市。「金と欲望が渦巻く自由の都」であり、南洋・西海貿易の重要拠点。

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