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『転生と交差する二つの粒子』

アルストラーナ帝国歴306年4月11日。


セレスティア親王国に、待ち望んだ春が訪れた。

冬の寒気はすっかりと押し流され、中心都市アクアパレスを縦横無尽に走る水路網は、爛漫と咲き誇る菜の花の黄色と、芽吹く緑を映して光り輝いている。水の都全体が生命の喜びに満ちあふれる中、フロスト・ヴァイス城の離宮は異質な緊迫感に包まれていた。

正妻のリゼリアと、側室のセシリア。二人は揃って臨月を迎え、いつ陣痛が始まってもおかしくない状態にあった。だが、周囲の侍女たちや医師たちが息をのんでいたのは、単に出産が近いからだけではない。


「……セシリア、感じるでしょう?」


離宮の陽だまりの中で、リゼリアが自分のお腹をかばいながら、隣のベッドに横たわるセシリアを見つめた。


「ええ、姉様。……私のお腹の中から、抑えきれないほどの『力』が溢れ出してきています」


セシリアは少し蒼白な顔で、しかし愛おしそうに大きく膨らんだ自らのお腹をさすった。

リヴィエール家の一族の血を引く二人は、生まれながらにして常人を遥かに超える異能を有している。リゼリアは念話や念視、予知を司り、セシリアは念動や念力、そして無から有を生み出す念創の力をその身に宿していた。その二人が肌で感じていたのは、ただならぬ強力な異能の波動だった。それは、まだ見ぬ赤ん坊――セシリアのお腹の中に宿る小さな命から発せられているものだった。生まれ落ちる前から、母親であるセシリアの強力な念動や念力を引き継ぎ、あるいはそれを超えるほどの圧倒的な念波が、うねりのように部屋全体を揺らしていたのだ。部屋に飾られたガラス花器が、赤ん坊の鼓動に同調するようにかすかに鳴動している。


「これほどの力を……生まれたての幼子が放つなんて」


侍女として控えていた完璧主義者のベルナデットでさえ、額に冷や汗を浮かべて緊張を隠せずにいた。同じく異能を持つ十五歳のロゼッタとエミーナも、息を殺してその波動の渦を見守っている。


「二人とも、予想通り……出産の始まりはセシリアからですね」


リゼリアが予知の力をかすかに働かせ、静かに告げた。

その言葉が終わるか終わらないかのうちに、セシリアの表情が劇的に強張った。


「くっ……! あああっ……!」


激しい陣痛がセシリアを襲う。


「セシリア!」


親王イリアードが駆けつけ、彼女の手を固く握りしめた。

初産であり、しかもこれほど強力な異能の波動を放つ子だ。産婆も医師も、そして夫イリアードも、難産になることを覚悟していた。胎児の持つ強大すぎる力が母体に負担をかけ、お産を阻むのではないかと誰もが危惧したのだ。

しかし、事態は誰もが予想しなかった方向へと展開した。


「あ、アアアッ――!」


セシリアが短く叫び声をあげた、まさに次の瞬間だった

ドォン! と、空間そのものが跳ね上がるような目に見えぬ波動が部屋の中央で弾けた。

重厚な木製の扉がガタガタと激しく揺れ、室内の燭台の火が一斉にゆらめく。セシリアのお腹から解き放たれた強烈な「念力」が、まるで産道をみずから力ずくで押し開き、世界の表側へと飛び出そうとするかのように作用したのだ。


「なっ……!?」


イリアードが目を見開く暇すらなかった。難産どころか、陣痛の始まりから驚くべき早さで、まるで弾丸のように、しかし母体を傷つけることなく完璧な力加減で、赤ん坊が外へと滑り出てきたのである。


「オギャアアアアッ! オギャアアアアッ!」


産声が部屋いっぱいに響き渡る。


「う、生まれた……! 女の赤子です!」


産婆が狂喜と動揺の混ざった声で叫んだ。一月の時点でイリアードの母フレデリカが予知した通り、セシリアが産み落としたのは愛らしい女の子だった。

だが、抱き上げられた赤ん坊の周りでは、依然としてあり得ない現象が起きていた。

赤ん坊が小さな手をひと振ると、バサバサッと産着の布が空中を舞い上がり、テーブルの上の水差しがフワリと浮き上がる。生まれたその瞬間に、自らの「念動」の力を本能のまま発散させているのだ。

その光景を目にしたリゼリアとセシリアは、我が子の無事への安堵とともに、背筋に冷たいものが走るような、どこか「恐ろしさ」さえ覚える圧倒的な才能の片鱗を感じ取っていた。


(この子は……成長した時、どれほど強大な異能の持ち主になるというの……?)


自分の娘でありながら、その潜在能力の底知れなさに一瞬だけ気押されるセシリア。イリアードもまた、浮かび上がる小物を呆然と見つめていた。

だが、驚愕に浸る時間は与えられなかった。


「……うっ……! あ……イリアード様……!」


今度はリゼリアが、自分の腹部を押さえて小さくうめき声を漏らした。

セシリアの赤ん坊が放った凄まじい異能の波動に誘発されるようにして、リゼリアのお腹の男の子もまた、「自分も出ていくのだ」と言わんばかりに力強く暴れ始めたのだ。


「リゼリア姉様……!」


汗に濡れたセシリアが、生まれたての我が子を抱きながら叫ぶ。


「大丈夫よ、セシリア……。私も……続けなきゃね」


リゼリアが毅然とした笑みを浮かべる。彼女のお腹からは、セシリアの子のような激しい物理的波動ではなく、静かで、しかしどこまでもどこまでも深く広がる、神秘的な精神の波動が溢れ出し始めていた。


「皆、動揺を捨てろ! リゼリアの出産に取りかかるんだ!」


イリアードの力強い一声で、混乱しかけていた室内が再び引き締められた。

ベルナデットとエミーナが素早くセシリアと赤ん坊を隣のベッドへ移し、温かいお湯を用意する。ロゼッタはリゼリアの手に寄り添い、念話の波動を同調させて痛みを和らげようと試みた。


「リゼリア様、呼吸を合わせてください。男の子です。セレスティアの未来を担う、強く優しい若君です!」


「ええ……っ……ふぅーっ……!」


リゼリアが息を整える。彼女のお腹から放たれる「念視」と「予知」の波動は、部屋にいる者たちの脳裏に、かすかな光の粒子となって届いた。

それは、満開の花畑、きらめく運河、そして豊かに栄える未来のアクアパレスの情景だった。赤ん坊が見せているのか、母であるリゼリアが見せているのか分からぬほどに溶け合った温かな未来のヴィジョン。セシリアの子が見せた「恐ろしさ」とは対照的な、すべてを包み込むような絶大な「慈愛」の力だった。


「んっ……あぁぁぁっ!」


二度目の陣痛の波が押し寄せる。リゼリアはイリアードの手を強く握りしめた。


「リゼリア! 私がついている! 頑張れ!」


「イリアード……様……!」


春の風が離宮の窓を揺らし、アルヴェリアの豊かな水の気流が部屋の中へと流れ込んでくる。セシリアの産んだ女の子の「絶対的な力」と、リゼリアの産もうとしている男の子の「絶対的な知恵と調和」。二つの異能の粒子が空間で交差し、まるで互いを称え合うように優しく共鳴し合った。


「頭が見えました! あとひと息です、リゼリア様!」


産婆の声が響く。

離宮の外では、アクアパレスの街に春の正午を告げる鐘の音が、高らかに響き渡り始めていた。その清らかな音色に導かれるように、リゼリアは最後の力を振り絞って息を吐き出した。新しい命が、今まさに、水の都の春の中に力強く産まれ落ちようとしていた。



登場人物一覧表


【前世・アルメリア帝国側】


• シャルロッテ・フォン・ロシュワルト:かつて「ロシュワルト伯爵家の至宝」と称えられた金髪碧眼の美女。エレノアの罠により「魔女」の濡れ衣を着せられ、断頭台で処刑されたが、激しい怨嗟の呪いとともに新しい命へと転生を果たす。


• メーゲル・フォン・カナルディ:カナルディ大公の嫡男で、シャルロッテの元婚約者。エレノアの言葉の毒と偽りの証拠に欺かれ、シャルロッテを魔女として断頭台へ送った。


• エレノア:貧乏貴族の娘。清楚で慎ましい微笑みの裏で狡猾に立ち回り、シャルロッテを陥れてメーゲルの寵愛を勝ち取った。


• 執刑人:アルメリア帝国の都の中央広場にて、シャルロッテの処刑を執行した人物。


【現世・アクアパレス/親王府側】


• イリアード:親王府の主。新しく生まれた二人の子の父親。


• リゼリア:イリアードの妻(性質)。男の子(リアム)を出産した。かつて生まれた瞬間に、遥か遠くの帝部にいるフレデリカへ「念話」を送ったという規格外の異能の持ち主。


• セシリア:イリアードの妻(側室)。女の子(ルシア)を出産した。我が子の持つ凄まじい念動の力に最初は不安を抱いていた。


• リアム:リゼリアとイリアードの間に生まれた男の子。「人々を力強く護る盾となり、清らかな水のように生きてほしい」という願いを込めて名付けられた。


• ルシア:セシリアとイリアードの間に生まれた女の子。「光をもたらす者」という意味を持つ。生まれた瞬間から、無意識のぐずりで周囲の物を浮遊させるほどの強力な「念動」の異能を示す。


• フレデリカ:イリアードの母。20年以上前は遠く離れた帝国の後宮に滞在していた。孫たちの誕生を祝いに本城へ駆けつけ、ルシアの異能も一族の誇るべき才能として温かく受け入れる。


• ベルナデット:親王府の侍女。完璧な足取りと所作を誇り、ルシアの念動で浮き上がったティーポットを優雅にキャッチするユーモアと気品を兼ね備える。


• ロゼッタ:お湯や産着を整え、二人の出産とその後の世話をサポートする。セシリアの侍女。


• エミーナ:ロゼッタと共に、温かなお湯や産着を整えて部屋を支える親王府のセシリアの侍女。



用語集一覧表


【地理・舞台】


• アルメリア帝国:シャルロッテが処刑された前世の舞台。中央広場には黒ずんだ木製の処刑台(断頭台)が聳え立っている。


• 帝都 / 後宮:アルメリア帝国の中心地。かつてフレデリカが滞在していた場所であり、生まれたばかりのリゼリアがセレスティアから念話を届かせた驚異的な距離の指標でもある。


• アクアパレス:物語の現在の舞台となる水の宮殿。


• フロスト・ヴァイス城:アクアパレス内にある城。太い水路群に囲まれ、美しい陽光が差し込む親王府の拠点。


• セレスティア:リゼリアやセシリアたちが暮らす、清らかな水に恵まれたこの世界の地。

親王イリアードの領土。


• クリスタリア湖:ルシアの名前の由来(輝き)として挙げられた、美しく豊かな光を放つ湖。


【血統・能力】


• リヴィエール家(あるいは親王府の血筋):生まれた瞬間から規格外の強力な異能を発現させる、特別な力を持つ一族。

• 念動(ねんどう):ルシアが発揮した、重力を無視して周囲の物体(銀製のティーポットやカップ、花瓶など)を数センチメートルほど浮かび上がらせる精神感応能力。


• 念話(ねんわ):リゼリアが生後数時間で発揮した、大陸をまたぐほどの超広域精神通信能力。相手の頭の中に直接、鮮明なメッセージを届けることができる。


• 魔術 / 魔女:アルメリア帝国において忌むべきもの、あるいは取り締まりの対象とされている力。シャルロッテはこの力を悪用して暗躍したという無実の罪を着せられた。


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