『春寒の海峡、誓いの陽光』
薄墨色の空が微かに開け始める刻限、大河アシュロンは沈黙のなかで蠢いていた。
三月の河口――南海へ注ぐ巨大な水脈の終端は、春という言葉が持つ華やかさとは程遠い。寒気は未だ水面に粘りつき、大陸の奥から引き摺ってきた水流が、潮の満ち引きに押し戻されながらも、どこまでも鈍い銀色を放っている。
川幅はすでに水平線へと消え去り、対岸の影すら見えない。ここは河というよりも、淡水と海水がせめぎ合う戦場であった。
沖合には、霧の膜を切り裂くように無数の軍艦の影が浮かび上がる。太い角笛の音が、重く湿った空気を震わせて低く響く。
何百という軍船が、春の解凍とともに降り立ち、湖で集う渡り鳥達のように水面で群れとなっていた。
潮騒に混じって聞こえるのは、渡り鳥たちの啼き声だ。南へ去るもの、北へ向かうもの。鳥たちは泥の浅瀬に羽を休め、束の間の潮の引き際を追って小さく跳ねていた。水面を渡る風は、潮の塩気と、上流の雪解け水のたさを同時に孕んでいる。頬を撫でる風の冷たさに首をすくめると、水平線の彼方からほのかに明るい陽光の粒が落ちてくる。雲の切れ目から射し込む一本の光の柱が大水面を照らし出すと、水面は一瞬だけ、溶けた鉛のような鈍い輝きを放つ。甲板の上で空を見上げた皇女シンシアの元に、純白の鷹が気高く舞い降り、月華の錫杖『朧三日月』に着地した。
「フェリス。あまり野鳥達をいじめては行けませんよ」
純白の鷹フェリスは嗜める美しい主人の顔を見つめている。
不意に、フェリスの首と両足首に光の輪が巻かれ、
やがて実体化し、銀色に光る法具に変わる。
純白の鷹は慌てて(なんて事するんだ!)と言いたげに、バタバタと羽をバタつかせて暴れて、ココロギを見た。
「ここまで付いて来た貴方が悪いんですよ!フェリス。嫌がらないでね。この法具が貴方を守るのよ」
ココロギが微笑みながら、フェリスの顔を覗き込んだ。
理解の弱い白鷹は恨めしそうにココロギを睨んでいる。
「少し遊んでいらっしゃい。もうすぐ出航よ」
シンシアの鈴鳴りの声に。
フェリスは憂さ晴らしとばかりに羽を優雅に羽ばたかせ空高く舞い上がった。巨大な三角帆には緑鮮やかな四つ葉の紋章が風を受け揺らめいている。
聖ゲンドラス教国海軍。アルストラーナ帝国海軍。セレスティア海軍がここフローラブルグ沖に集結していた。双頭の鷲、黒百合、四つ葉の軍旗がはためき揺れている。ディヌイヤを落としたブランガ・オデュヌが大船団を率いて北上を開始したのだ。『真理の光教団』とアルストラーナ帝国は連合艦隊を組織して、これを迎え撃つ事を決めたのであった。決戦の場はシューコルン沖と彼らは定め、南の水平線に闘志を燃やした。




