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『アルストラーナ伝記』  作者: リアトト
帝国歴326年
129/153

『白鷺と転生姫の躍動』

寒風が吹き抜ける二月の春宮。かつてシェルランテが母体に着床したあの暖かな季節にふたたび飛来し、そのまま庭園の池のほとりに住み着くようになった一羽の白鷺は、厳しい冬の只中でも変わらぬ凛とした気品を漂わせていた。

池の縁にはうっすらと氷が張り、寒椿の深紅が薄日に照らされる中、白鷺は雪のように真っ白な羽毛をきゅっと引き締め、片足で静かに佇んでいる。


春宮の奥深くに配された、白磁と金箔の装飾が美しく映えるシェルランテの自室。絹のカーテンが風に揺れる優美な空間は今、異様なまでの熱気と激動の渦と化していた。

皇太子妃シルヴィアの愛娘であり、御年わずか二歳一ヶ月の皇孫娘シェルランテ。

愛らしい幼貌とは裏腹に、その瞳には極限の領域を目指す者特有の、冷徹なまでの鋭い光が宿っていた。彼女の手首から伸びる漆黒の跳縄が、重厚な空気を容赦なく切り裂く。

ヒュン、ヒュン、ヒュン、ヒュン!

甲高い風切り音が部屋を満たし、床に敷き詰められた最高級の絨毯を、小さな足裏が正確かつ苛烈なリズムで捉える。幼い身体に秘められた骨格と筋線維のすべてが、完璧な連動をもって連動していた。跳躍のたびに、波打つ金髪が光の粒子を振り撒き、繊細なレースのドレスがまるで咲き乱れる花びらのように躍動する。

タン、タン、タン、タン!

二重跳びから三重跳びへ。回転速度はさらに加速度を増し、残像となった漆黒のラインが、シェルランテの全身を包み込む球体となって空間を空間ごと切り刻んでいく。

自らの肉体を極限まで鍛え上げ、極限の負荷に晒す快感。幼小な身体の隅々にまで熱い血液が駆け巡り、心臓は激しい脈動を奏でていた。

「……ッ、……ふぅっ!」

短く吐き出される呼吸とともに、彼女の精神は肉体の苦痛を置き去りにして、さらなる高み——限界突破の領域へと昇華していく。思考は研ぎ澄まされ、視界からは一切の雑色が消え去り、世界はただロープの描く美しくも苛烈な軌道と、自らの鼓動のみに集約された。

視界をかすめる風圧。散り散りに跳ねる汗のしずくが、窓から差し込む陽光に透けてダイアモンドのように煌めく。二歳にして絶対の領域に足を踏み入れた幼き天才の舞は、凄絶なまでの美しさと躍動感を纏い、春宮の一角を鮮やかに支配していた。


絢爛な調度品の陰で、二人の若い侍女——ルチアとフィオナは、もはや祈るような心地でその光景を見つめていた。

「……っ、フィオナ、見て……! 今日のシェルランテ様、ロープの旋風が昨日よりさらに鋭くなっていらっしゃいます……!」

ルチアは小さな胸の前でぎゅっと両手を握りしめ、息を殺して囁いた。その瞳には、恐怖を通り越した深い崇敬の光が宿っている。

「ええ、ええ……! おいたわしいほどの苛烈さ……ですが、なんて、なんてお美しいのでしょう……!」

幾重にもたたまれたドレスの裾を握りしめたフィオナの手も、微かに震えていた。

二人の視線の先では、二歳一ヶ月の幼き皇孫娘が、人間業とは思えぬ速度で空間を切り刻んでいる。ドッ、ドッ、と床を叩く力強い跳躍の振動が、靴底を通して侍女たちの足元にまで伝わってくる。

「がんばってください、シェルランテ様……!」

ルチアは、手にした絹の汗拭き用タオルを握りしめ、声にならない声で声援を送る。本当なら「危険でございます」「おやめください」と止めに入るのが侍女の務めなのかもしれない。しかし、極限の領域へと己を追い込むシェルランテの放つ圧倒的な気魄は、周囲の誰もが口挟むことを許さない神聖な空気をまとっていた。

「ご覧になって、ルチア。あの美しい金髪に飛び散る汗のしずく……。私たちがうかうかしていられませんわ。シェルランテ様が限界を突破されたその瞬間に、完璧なタイミングで極上の冷茶とお着替えをお渡しできるよう、呼吸を合わせなければ……!」

「はい……! シェルランテ様の跳躍のテンポに、私たちの心拍も合わせましょう!」

風圧で自室のカーテンが大きくたなびき、二人の侍女の髪を揺らす。ルチアとフィオナは、疾風のごときロープの旋風の中心で気高き舞を続ける幼き主に寄り添うように、その一挙一動から一切の目を逸らすことなく、全身全霊の熱を込めて見守り続けていた。


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