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『アルストラーナ伝記』  作者: リアトト
帝国歴326年
131/152

『決戦の海原と朧の光華』

大砲が吐き出す火光と、鼓膜を麻痺させるほどの轟音。ブランガ艦隊とアルストラーナ・ゲンドラス連合艦隊による決戦の火蓋は、落雷のような衝撃とともに切って落とされた。

聖ゲンドラス艦隊の旗艦『ブラッド・エミーナ』——その甲板に設けられた、大人の肩ほどもある特等席に、一人の二歳児が腰掛けていた。アルストラーナ皇孫女シェルランテである。彼女は幼子特有の丸みを帯びた小さな腕を組み、年齢にそぐわぬ険しい面持ちで、隣に立つ女性をジロリと睨みつけた。

(……なんか指揮取らんのか?)

無言の圧力を注がれた『神託の聖母』エミーナは、ニヤニヤとした笑みを浮かべたまま、竹筒の哺乳瓶を差し出した。

(まぁ、お茶でも飲んで落ち着いて)

そう言わんばかりの態度である。シェルランテは両手で竹筒をしっかりと掴み、ゴクゴクと麦茶を喉に流し込みながらも、不満げな眼差しを戦海へと向けた。

その時、アルストラーナ艦隊の先鋒が、予定を大幅に繰り上げて敵陣へと突撃を開始した。

「何やってんだ。死にに行くようなものじゃない……」

聖女の静謐なイメージを覆す毒づきを吐くエミーナに、麦茶を飲み干したシェルランテは小さく頷き、深く同意を示した。

アルストラーナ艦隊は大河コミュシュルツの河口マゲリュウトを拠点とするマゲリュウト第一艦隊と大河アシュロンの河口、フローラブルグ第二艦隊に分かれて編成されている。特にマゲリュウト第一艦隊艦隊は、貴族の息がかかった「お飾り」の志願兵集団である。過去二十年に及ぶセレスティア海軍の徹底的な治安維持活動により、この海域にはもはや敵も海賊も存在しない。彼らにとって遠征とは、観光がてらラシルや聖ゲンドラス教国の港町で買い物を楽しみ、沖合で釣りをして帰るだけの優雅な休暇に過ぎなかった。軍事訓練の名のもとに高給を貪りながら、無駄に高いエリート意識と、身の程知らずな功名心だけを肥大化させている。

彼らが血迷って敵と近接してしまえば、後方の味方は巻き込みを恐れて砲撃を止めざるを得ない。

その愚行をカバーするように、二番艦『ウォーターライト』が滑らかに滑り出した。各艦へと遊撃の指示を飛ばし、戦列を牽引していく。乗艦しているのは、エミーナの夫であり聖騎士団長を務めるアレス・サイリュン。教皇ゲンドラス・サイリュンの実子であり、かつてセレスティア海軍で頂点に立った男だ。その血統に違わぬ、一級の身分と卓越した将器が船の動き一つに滲み出ている。

同時に、『ブラッド・エミーナ』と同型であり、白紅百合の色彩を纏った美しい戦艦『ブラック・ルシア』が左翼から躍り出た。その可憐な船体は「乙女たちの海への大冒険」を思わせる華やかさだが、乗り込んでいる面々はまさに花も恥じらう乙女達である。シンシア、ココロギ、ミタマが優雅に陣取る中、ただ一人男性のツルギだけが、可憐すぎる船の色彩に落ち着かない様子でソワソワと身を小さくしていた。

修羅場を潜り抜けてきたセレスティア艦隊は、突出したアルストラーナ艦隊の蠢動を即座に察知。敵の反対側へと迂回し、包囲陣を形成するべく展開を始めた。得意とするブドウ弾の零距離砲撃を浴びせ、着実に敵の網目を狭めていく。

焦りを深めたブランガ艦隊が、浮き足立つアルストラーナ艦隊へ群がり始めた。エミーナは即座に異能を練り上げ、空から流星を叩き落とそうと試みたが——その術式は途中で何者かに霧散させられた。敵陣にも、極めて強力な異能者が控えているのは明白だった。

エミーナがふと隣を窺うと、シェルランテは幼い顔をいっそう引き締め、じっと戦況を見極めていた。 空間を覆う紫の結界は無意味と化したかのように、常人には見えぬ高次元の領域で、大規模な異能戦が繰り広げられている。エミーナ、シェルランテ、ココロギ、そしてシンシア。こちらが擁する超常の戦力に拮抗するだけの化け物を、ブランガ勢も揃えてきているのだ。

シェルランテが小さな胸の前で腕を組み、次なる手を案じていた、その時だった。

陣形を再構築する猶予すら与えず、敵が牙を剥いた。 『ブラック・ルシア』の甲板上、空間が歪み、灰色のオーラを纏った重装歩兵たちが次々と瞬間移動で現れる。急襲だった。

「来ます……!」

ミタマが瞬時に錫杖を二つに分離させた。右手に『空斬水鏡(くうざんすいきょう)』、左手に『東雲煌竜(しののめのこうりゅう)』を構え、深く腰を落とす。 ツルギが前線へ飛び出し、『龍鱗盾(りゅうりんじゅん)』で猛然とシールド・バッシュを叩き込んだ。ひび割れた敵の鎧の隙間へ、短尺の『東雲煌竜』を一閃。肉を潰す不快な感触とともに敵を沈める。 その背後で、ココロギが幾重もの防御壁を展開していた。甲板や船体への被害を最小限に抑えるため、不可視の障壁が光の膜となって攻撃を受け止める。

シンシアへと肉薄した一人の兵士に対し、上空から一筋の純白の影が舞い降りた。 愛鷹フェリスである。鋭利な爪から放たれた光の衝撃波が敵の兜に亀裂を入れると、フェリスは風を切って再び空の貴公子となって、舞い上がった。

隙を逃さず、シンシアが可憐に躍り出る。手にするのは月華の錫杖『朧三日月(おぼろみかづき)』。 その一振りが描く軌道は、薄雲に隠れた三日月の如く揺らめき、見切ることができない。霞のように舞い散る光の粒子が、凄惨な戦場に美しく幻想的な華を咲かせていった。

シャリン——。

神秘的な鈴の音とともに光の塊が弾けた瞬間、兵士の頭部は雲散霧消する。勢いを殺さず、シンシアは舞うように両手で錫杖を閃かせた。ココロギの死角を狙っていた別の兵士へ、三日月形の光刃が飛散し、その巨躯を真っ二つに切り裂いた。

ココロギが柔らかく感謝の微笑みを送ると、手に持った錫杖の石突を、甲板へ『トン!』と小さく突き立てた。瞬間、膨れ上がった黄金の光が炸裂し、襲い来る三体の兵士を同時に吹き飛ばす。

「逃がさない!」

船首から駆け戻ったミタマが、両手の短杖を鮮やかに交差させ、倒れ込む敵へ留めを刺していく。最後に残った一体をツルギが叩き伏せ、甲板を覆っていた緊迫した死闘は、ようやく一瞬の静寂を迎えた。

荒い息を吐くツルギのもとへ、三人が集まってくる。 ツルギは左腕の『龍鱗盾』の感触を確かめるように撫でた。かつて司教ビー・スーが愛用していた丸盾を、ココロギが改修を重ねて創り上げた名品である。中央の四つ葉の印から伸びるように、念を込めた翡翠の粒が龍の鱗の如く埋め込まれている。土属性を帯びるツルギがこの盾を手にすることで、石や岩の属性を纏う敵を圧倒的な力で粉砕することが可能となっていた。

ミタマがカチリと音を立て、分離させていた短杖を一本の長杖へと接合する。長柄となった錫杖は、まるで生き物のように眩い黄緑色の光を脈打たせている。

「フェリス!」

シンシアが澄んだ声で空を見上げた。勇敢に戦った純白の鷹が空中を旋回し、しなやかに『朧三日月』の柄頭へと舞い降りる。空の貴公子は誇らしげに翼をたたむと、愛くるしい仕草で主人の微笑みを強だるように、じっとシンシアを見つめていた。

用語集


〇フェリス

シンシアの要望でココロギが念創により、生み出した初めての生命体。白鷹。

卵で出現し、シンシアが懐で温めて孵化させた。

シンシアの要望にかなり近い鳥であるが、性格に疑問符が残るのが制作者のココロギが気にしている所である。自分は人間と思っているか、シンシアを鳥と思っているかのどちらかである。ココロギにより、専用の法具を装着している為、この世界では初!?の異能の鳥類となった。


〇『東雲水鏡(しののめすいきょう)』

『空斬水鏡(くうざんすいきょう)』は当初、シンシアが使っていたが、石属性の敵との遭遇により、攻撃力の多様性や汎用性が求められた。ココロギが『東雲煌竜(しののめのこうりゅう)』を開発し、2種類の属性が異なる武器の同時運用を提案したが、高い技能レベルを必要とする事になり、シンシアからミタマに譲られて、最強ともいえる戦闘能力を獲得した。


〇『龍鱗盾(りゅうりんじゅん)』

殉教した司教ビー・スーが愛用していた丸盾をココロギが法具へと昇華させた盾。

念のこもった無数の翡翠が龍の鱗を思わせる模様になっている。


〇『旭日神劫(きょくじつじんこう)』

ココロギの錫杖。黄金の獅子剣を模倣して作った、セシリアの『光華法錫』をベースに太陽属性をもたない大地の属性であるココロギでも力を発揮できるよう開発した錫杖である。

太陽エネルギーを最大限に吸収し、集約して放出するため、地上のあらゆるものを、

気化・炭化・燃焼させることができる。フレア爆発により周囲の物を吹き飛ばすことや、

大気の磁気圏を乱しオーロラを形成して、『紫の結界』を防ぐことが可能である。


〇月華の錫杖『朧三日月(おぼろみかづき)』

シンシアの錫杖。ココロギが旭日神劫を制作した際に、出来上がった失敗作。

属性が真逆の月属性に極寄りしていまい、本来の望んだものとは正反対のものが出来上がったのだが、月属性の持つシンシアと非常に相性が良かった。

偶発的に完成したものなので、細かい特性などは未知数であり、未知の武器である。

ひらひらと零れ落ちる光の屑や埃などの正体は不明であるが、極めて幻想的で美しい。

攻撃時には攻撃対象物が感触なく、光の塵と共に雲散霧消する。

『三日月光刃』や『満月防壁』『半月乱舞』『極光』など攻守多彩であり、

完全な闇を作る『真闇月食』なるものもできる事がシンシアによって解明されている。


〇『東雲杓子(しののめじゃくし)』

シェルランテが『東雲煌竜(しののめのこうりゅう)』を見て、ココロギに作らせた、

クリスタルロッド。幼女が好みそうな魔法少女遊びにぴったりな光るだけの水晶の棒であるが、

何か秘密がありそうである。


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