『神々の紡ぐ織糸』
聖都クリスタルヘイム――南海の島々を支配する聖ゲンドラス教国の中枢は、天を衝く白亜の尖塔群と、陽光を照り返して煌めく結晶の装飾に彩られていた。
かつてない燦々たる燦爛の絶頂を謳歌する『真理の光教団』。しかし、その光芒が濃い影を落とすように、教団の深部には深く静かな傷痕が刻まれていた。恐るべき怪物、ブランガ・オデュヌの凶行。それによって一度に失われた二人の司教と一人の枢機卿――教団を支える大樹が三本同時に倒れたに等しい損失は、人々の胸に癒えぬ痛みとして残っている。
教皇ゲンドラスとの重厚な懇談を終えたばかりの二人の男が、静謐な回廊を歩んでいた。新たに枢機卿の座へと就いたスライロ・ハスラ、そして共にその任を拝したカシアン・ヴァロアである。
二人を待っていたのは、『神託の聖母』エミーナからの心遣い――離れに設けられた私的な茶会への招きであった。
柔らかな陽光が極彩色のステンドグラスを透かして差し込む静かな部屋。洗練された茶葉の上品な香りが立ち上る空間で、エミーナに促され、二人がようやく胸の仕えを降ろしたその時だった。
重厚な木造りの扉が静かに開かれ、双子の若者が足を踏み入れてきた。
今年、新たに『真理の光乙女』の称号を授けられた少女、ミタマ。そして、『明光の聖騎士』としてその勇名を馳せる少年、ツルギ。
教団の未来を背負う若き光芒を、高位たるスライロとカシアンに引き合わせておくべきだという、エミーナの細やかな深謀遠慮による顔合わせであった。
凛とした佇まいで、美しい所作の礼をとるツルギ。 しかし――その顔かんばせが視界に入った瞬間、スライロの時が完全に止まった。
「……ッ!?」
スライロは息を飲み、大きく瞳を見開いた。その瞳孔が、恐ろしいほどの動揺に揺れている。金縛りに遭ったかのように固まった身体から、胸を絞り出すような擦れ声が漏れた。
「ク、クラーク……ダナミア……」
幾重もの歳月の隔たりがある。年齢もまた大きく異なっていた。だが、その引き締まった眉根、涼やかな目元、そして全身から漂う圧倒的な気品――目の前の少年に宿る面影は、スライロの亡き親友であり、かつてダラーン王国で「国士」と崇められた至高の騎士、クラーク・ダナミアその人であった。
一瞬にして室内から温もりが消え去り、空気が凍りつく。 場の異変を察したエミーナが不思議そうに首を傾げ、困惑の色を浮かべた。
「スライロ様……? 一体どうなさったのです? クラーク・ダナミアとは、どなたのことですの?」
動揺のあまり言葉を失うスライロの横で、状況を素早く察したカシアンが、落ち着いた静かな身振りでそっと言葉を添えた。
「……今は亡きダラーン王国の将軍でございます、エミーナ様。かつてラシルの五万の軍勢に対し、わずか五千の兵で立ち向かった伝説の男……『国士』、あるいは『至高の騎士』と称えられた英傑にございます」
カシアンの過不足のない過不足のない説明を聞き、エミーナの表情がふっと和らいだ。彼女は優しく微笑むと、ツルギへと愛おしげな視線を向けた。
「まあ……そのような素晴らしい方と、うちのツルギが似ておりますの? とても光栄なことですわね」
スライロは深く、長く息を吐き出し、自らの胸に手を当てて居住まいを正した。高位の身でありながら不躾な動揺を見せた己を恥じるように、深く頭を垂れる。
「……深くお詫び申し上げます、エミーナ様。あまりの生き写しに……世には他人の空似というものがあるのかと驚くあまり、大変な失礼をいたしました」
場の気まずさを優しく包み込むように、エミーナは微笑を絶やさぬまま、今度はツルギの隣に立つ少女へと視線を移した。その瞳には、親特有の悪戯っぽい愛おしさが宿っている。
「ですが、スライロ様、カシアン様。うちのミタマのことも……どなたかに似ているとは思いません? お分かりになりますかしら」
唐突に話題を振られ、ミタマは小さな肩を「ぴくっ」と跳ねさせた。全員の視線が集中すると、ぽっと頬を朱に染め、恥じらいのあまり俯いてドレスの裾をキュッと小さく握りしめる。
静寂が再び部屋を支配した。スライロとカシアンは示し合わせたようにじっとミタマを見つめ、やがてカシアンが記憶の糸を慎重に手繰り寄せるように、ゆっくりと口を開いた。
「……ルシア様が、たいそう気に入っておられましたな。……もしや、ヴィオ様に似ていらっしゃいますかな?」
「そうなのです」
エミーナは満足そうに深く頷き、可憐に俯く愛娘の横顔を見つめた。
「私の娘ですのに、不思議とあの子に似ておりますの。ココロギも、あの子に会ってすぐに気がついて、同じように申しておりましたわ」
スライロの瞳から動揺が消え、静かな鋭さが戻る。何か運命の深淵を察したように、彼は低く問いかけた。
「もしや……すべてが偶然ではないと、エミーナ様はお考えなのですか?」
エミーナは静かに頷き、スライロの目を真っ直ぐに見つめ返した。
「はい。ルシアが転生したのは皆さんもお察しかと思います。そして此度、あの恐ろしいブランガ・オデュヌも現れました。……かつてセシリア様の侍女であった私が、なぜ教皇猊下の落とし子と出会い、結ばれたのか? なぜクラーク卿とヴィオにそっくりな子供たちが、私のもとに生まれてきたのか? ……不思議でなりませんの。いずれ、シェルランテ様が大きく成長された折に、その真意を伺おうと思っておりますけれど」
その言葉を静かに聞いていたカシアンは、窓から差し込む光を浴びながら、心の内でそっと微笑んだ。
人の知恵では推し量れぬ、巨大な運命の歯車。 一見すればただの偶然に思える出来事の数々――たとえそれらがすべて、神の手によって仕組まれた必然であったとしても。
(それならそれで、実に愉快なことではないか)
自分もまた、この壮大で数奇な運命という名の人生を、心ゆくまで謳歌しているのだから――。 カシアンは穏やかな眼差しで静かに静寂を湛えるお茶の湯気を見つめ、そっと胸の内で深く頷くのだった。




