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『アルストラーナ伝記』  作者: リアトト
帝国歴325年
122/154

『四つ葉堂のトマトと海の恵みリゾット』

「姫さまー!」「待って下さい。姫様―!!」

遠くから、後宮を疾走する一歳九ヶ月のシェルランテを追いかける、侍女たちの叫び声が聞こえる。これは後宮で見られる、毎朝の風物詩となっていた。

歩行路の両側に旗を持って応援に駆け付けた女官や宦官たち。

旗を振られた歓声の中、いかつい表情をした、一歳九ヶ月の皇孫女が走り抜け、その後を追う二人の侍女たちが、一見優雅に愛想笑いを浮かべながら、応援団に応えて走り去るのである。最近、シェルランテの居所、水鏡宮の女官たちはスタイルが良いとか、侍女達がシェルランテのランニングにつきあう時は、鉢巻きに『美』の一文字を引っ提げて勇ましく額に縛り付けているとかの噂も耳にするが定かではない。

ココロギはその声を聴き微笑みながら、収穫した卵を肘で支えた籠の中にいれた。

四つ葉堂の鳥小屋の雌鶏が、(今日も私の大事な卵を取り上げていくのか!)と、

恨めしそうにココロギを睨んでいる。

「ごめんね。いつもありがとう!代わりに美味しい餌をあげますね!」

ココロギは申し訳なさそうにお詫びをしながら、餌箱にトウモロコシや魚粉、米ぬかなどを

補充した。ココロギを睨みつけていた雌鶏は(それならしかたない。許してやるか!)と

なかば諦め気味にため息つくと、餌箱に嘴を突っ込み美味しそうに頬張るのであった。

ココロギは愛らしい皇孫女様の朝食を作るために、台所に戻った。

小さな釜に、研いで水に浸した米を入れ、あら茹でしたトマトを潰しながら、水と共に注ぎこむ。最後に干したホタテの貝柱、干しエビ、干しタラなどを加え、少量の塩と蜂蜜、牛乳を

混ぜて火にかける。焚き上がるまでの待ち時間。牛や山羊の世話をして、クローバー畑のウサギたちにいたずらをして嫌われた頃が、リゾットの完成間近となる。

手を洗ったココロギは厚くなった小釜を器用に2本の木の棒で、気合を入れて、

火からあげるのであった。余熱が取れるまでじっくり待ち、仕上げは溶き卵を回しいれるのである。シェルランテがやけどしない程度であり、ほんのり暖かく、玉子が半熟であれば完成である。

やがて皇孫女シェルランテが侍女2人を伴い、四つ葉堂にやってきた。

(さぁ!運動ちゃんとしたから食わせろ!)

そういわんばかりの態度で、専用椅子までのスロープをよじ登り、

厚かましい表情で待機する。だがすでに美味しそうな香りが充満していた。

 「あー、うあ!」

 お気に入りのウサギさんのエプロンをつけたシェルランテは、専用椅子に上で小さな足をパタパタと振った。テーブルの上に、湯気をふわりとまとう真っ白な深皿が置かれたからだ。

 今日のごはんは、優しく煮込まれたトマトと魚介類の乾物のリゾット。

 スプーンで一口すくい、ココロギが「ふー、ふー」と息を吹きかけて、シェルランテの口へと運ぶ。皇孫女は、こぼれそうなほど大きな丸い目をさらに見開いて、小さな唇を「あむっ」と閉じた。

爽やかなトマトの酸味を牛乳と蜂蜜が包み込み、海の恵みがぎゅっと凝縮された深いコクが広がっていく。ふんわりとした卵がお口の中で優しくほどけ、細かく刻まれた干し魚の旨味が噛むたびにあふれ出す。

「……ん!」

 シェルランテの眉毛が、ハの字から一気にきゅっと上がった。あまりの美味しさに、ちっちゃな体がピクンと跳ねる。

「美味しいですか? シェルランテ様」

 ココロギが優しく微笑むと、シェルランテはコクコクと激しく首を縦に振った。口をもぐもぐと動かしながら、両頬が嬉しそうにぷっくりと膨らんでいる。

「ま! んまー!」

 まだはっきりとは喋れないが、体全体が「美味しい!」と叫んでいる。嬉しさが我慢できなくなったシェルランテは、短い足をバタバタとさせて専用椅子をトントンと鳴らす。小さな手を「パチパチ」と叩き、満面の笑みで目を細めた。その笑顔は、まるで春の太陽のようである。

 今度は待ちきれないと言わんばかりに、自分から小さなスプーンを握りしめ、お皿のリゾットに突き立てる。

 口のまわりに赤いクリームの「ひげ」をたくさんつけながら、シェルランテは夢中でスプーンを動かし続けた。皿の底が見えるまで、幸せなもぐもぐタイムは止まりそうにない。

シェルランテがすっかりリゾットを平らげると、侍女の手に捕まりながら、振り返って手を振り水鏡宮へ帰っていった。


登場人物紹介 


皇孫女シェルランテ


皇帝イリアードと皇后リゼリアの孫。

皇太子リアムと皇太子妃シルヴィアの娘。

皇孫子ソルンの姉。

イリアードと貴妃セシリアの娘ルシアの転生した姿である。

ルシアが死の直前にリアムと『交血のイニシエート』を行い、妃のシルヴィアの体内に宿った。

リアムの持っていたリゼリアとフレデリカの血も追加で保有した為に、強力であったルシアの力よりも更に強力な異能の者として誕生した。その異常さは1歳児から既に発揮しており、皇宮の者を苦笑いさせているが、その反面どこか前向きでどこか活気に溢れているような感すらある。

毎朝、無尽蔵に部屋に作り出される宝物は、物欲を満たされ過ぎた母親シルヴィアの気前の良さで、

後宮で働く者達に惜しげもなく配られる。何かと翻弄されるが春宮で働きだがる者は後をたたない。

転生を知っているのは皇后リゼリア、貴妃セシリア、ココロギの三名だけであり、シンシアはすごい存在とだけ受け止めている。シンシアの覚醒はルシアの残した言葉である『真理の光教団』の聖書によってであり、その全てを暗記したシンシアとルシアの心の繋がりは深い。シェルランテを抱き上げた時に、

閉ざされていた門が一気に開かれシンシアは生まれ変わったように人が変わったのであった。

ルシアはそれをシンシアが生まれる前に予言しており、聖ゲンドラス教国の聖都クリスタルヘイムにて

手紙を書き残していた。

『私が愛する大切な妹シンシアへ。クリスタルヘイムに来た暁には『真光の巫女(ルークス・ヴェリタス)』の称号を与えます。あなたの姉。ルシア・フォン・セレスティア』


聖ゲンドラス教国と聖都クリスタルヘイムは、ルシアがシンシアの為に用意された国であり、聖なる都であったのだ。

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