『紅蓮の残影、蒼穹の翼』
大陸を襲った悲劇が、聖都クリスタルヘイムの静寂を破ったのは、エルサ・ルーメンの都が火の海に沈んでから数日の時が過ぎた頃であった。張り巡らされたリヴィエール商会の諜報網が命がけでもたらした情報であったが、刻すでに遅く、西からの報せは絶望の彩りを帯びていた。
「そんな……ジル・オデ司教様も……ヴォルフラム枢機卿様までも……?」
ココロギは報せを記載した羊皮紙を握りしめ、その場に崩れ落ちた。溢れ出る涙が絨毯へ黒い染みを作っていく。東から西へ、苛烈な行軍をともに駆け抜けた愛すべき人々。かつて笑い合い、苦楽を分かち合った温かな記憶が、胸を抉る悲痛な激痛となって彼女を苛んだ。激しい慟哭の中、彼女は濡れた瞳を上げ、必死の声で叫んだ。
「ビー・スーさんを……ビー・スーさんだけは助けないと……っ!」
かつて過酷な旅路をともにした仲間の中で、生き残っているのはもはや南国出身の青年司教、ビー・スーただ一人であった。
凶行を重ねる魔王ブランガ・オデュヌの軍勢は、エルサ・ルーメンを焦土と化しただけでは留まらず、さらに南下を企てている――教団の参謀部はそう予測した。広大な大陸中央部に及ぶ騎馬民族グラッデェの領域は高機動を誇る兵士が蠢いており、これを追走するのは極めて非効率的である。ブランガの狙いは、豊穣なる南のディヌイヤ・ラーナ公国であることは明白であった。そして、その防衛の最前線にこそ、ビー・スーが踏みとどまっているはずだった。
「一刻を争うわ。行きましょう!」
シンシアの呼びかけに応え、ココロギ、ツルギ、ミタマの四人は、命を削る思いでディヌイヤ・ラーナ公国へと空間転移した。
◇
しかし、辿り着いた戦場で彼らが目にしたのは、あまりにも凄惨な光景であった。
かつて愛用の丸盾と短錫杖を軽快に振り回し、陽気な笑顔で周囲を照らしていた南国生まれの浅黒い肌の青年――ビー・スーの姿がそこにあった。だが、彼はすでに敵の手に落ちていたのだ。遠く霞む焦土のただ中に、硬い縄で固く縛られ、冷たい地面に跪かされたまま、力無く項垂れている。
(お願い、間に合って……!)
敵陣のただ中へ躊躇なく飛び込んだココロギは、その視線を絶望の先へと固定した。自らの「瞬間移動」の異能を用いて、一瞬だけでもビー・スーの身体を捉え、安全な後方へと転送できれば救出は成功する。必要なのは、ほんの一瞬、たった一回の隙。その千載一遇のチャンスを掴み取るため、シンシア、ツルギ、ミタマも激しい覚悟を胸に彼女の後に続いた。
だが、侵入者の気配を察知したブランガ・オデュヌが、唸るような怒りに身を震わせながら振り向いた。その巨躯から放出されたのは、大気を焼き焦がす狂乱の真紅のオーラであった。
「身の程知らずの小娘どもが……わざわざ歯向かいに来たか!」
ブランガが禍々しい大刀を横一文字に一閃すると、灼熱の火炎が旋風となってココロギを襲う。爆風と熱波が頬を撫でる間一髪の差で、ココロギは異能を発動し、空間を跳んで火炎を回避した。
「ほう……お前が噂に聞く『異能の至宝』か!」
ブランガの眼光が獰猛に光る。
「だが教えてやろう! お前の属性は『木』……我が宿す『火炎』の前には木屑に過ぎん! 燃えて炭となれ!」
次々と繰り出される豪炎の波を、ココロギは死力を尽くした瞬間移動で間一髪かわし続ける。汗と煙で視界が霞み、吐息が灼けて痛む。
(ほんの一瞬でいい……ビー・スーさんを飛ばせたら……!)
ココロギは心の中で血を吐く思いで必死に祈り続けた。
◇
その頃、シンシアたちの前には、不気味な灰色のオーラを纏った三体の重装歩兵が立ちふさがっていた。
「退きなさい!」
シンシアが意を決してクリスタルロッド『空斬水鏡』を鋭く振り抜く。澄んだ刃鳴りとともに凄絶な真空刃が飛散したが、重装歩兵の分厚い鎧表面で弾け飛ぶのみで、擦り傷一つ与えられない。
「シンシア様! こいつら……『石』属性です! 俺たちの攻撃が効きません!」
敵の大剣を剣身で受け止め、歯を食いしばりながらツルギが叫んだ。水属性を司るミタマもまた、流水の錫杖を交えながら苦戦を強いられている。固硬なる『石』に対して、ツルギの『土』、ミタマの『水』とシンシアの『風』の属性では相性が悪すぎるのだ。
しかし、相手は重厚な物理的存在感を持ちつつも、こちらは『宙』の属性をも帯びていた。そして、シンシアの真の資質は――『月』。
(……ひょっとして、私にも出来るかも……?)
シンシアは覚悟を決め、『空斬水鏡』の刃で敵の振り下ろした大剣を真っ正面から受け止めた。至近距離で激しい蒼白い火花が飛び散り、互いの息遣いが交錯する。彼女は即座に掌から突風を放ち、その反動で自身の身体を後方へ鮮やかに躍らせ、間合いを取った。
空中で着地すると同時に、彼女は右手の五本の指を大きく広げ、迫り来る重装歩兵へとかざした。瞳に秘められた月華の光が爛々と輝く。
「お願い……吹き飛んで!!」
言葉が放たれた瞬間、敵歩兵の身体の中心部で、空間そのものが崩壊するような超高密度のエネルギーが凝縮され――刹那、解き放たれた。
目も眩む閃光と轟音。超新生爆発の圧倒的破壊力が、石の巨兵を内側から爆散させ、影すら残さず四散せしめた。
(できた……! 宙の極致――超新生爆発が!)
確信を得たシンシアはすぐさま翻身し、叫んだ。
「ミタマ! ココロギの援護を!!」
「はい!!」
ミタマは即座に疾走し、シンシアは次の標的へと向かって鋭く踏み込んだ。
◇
「しぶとい奴だ……これを見ろ!」
縦横無尽に空間を跳ぶココロギを捉えきれず苛立ったブランガは、不吉な笑みを浮かべると、拘束され身動きの取れないビー・スーの背後へ立った。
「やめ――」
ココロギの悲鳴が響くより早く、ブランガの大刀が容赦なくビー・スーの背中を深々と貫いた。鮮血が舞い、ビー・スーの身体はそのまま地面へとドサリと崩れ落ちた。
「やめてぁぁぁーっ!!」
痛切な動揺が、ココロギの意識を狂わせた。ほんの一瞬、あまりの衝撃に彼女の動きが止まる。戦場において、その一瞬は命取りであった。
ブランガの放った極大の火炎が、無防備なココロギを正面から直撃する。凄まじい熱量とともに彼女の身体は一瞬にして火だるまとなった。
「あぁぁぁーーっ!!」
身をよじり、絶叫し悶えるココロギ。そこへ旋風のごとく割り込んだミタマが、霜華の術を放ち、冷気で一気に炎を消化・鎮圧した。
「ココロギっ!」
二体目の敵を片付けたシンシアが必死の形相で駆けつける。ミタマは激情を宿した瞳でブランガへ躍りかかった。
ミタマの凍てつく錫杖と、ブランガの灼熱の大刀が、物凄い勢いで激突する。
「ほほう! お前は結構手応えあるな!」
力任せに押し返し、横一文字に剣を薙ぐブランガ。ミタマはキレのある動きで紙一重かわし、応戦する。
だがその時、ツルギと対峙していた戦士が、地面にうずくまるココロギへと狙いを定め、とどめの『石雨』を飛ばしてきた。
「くっ……あ、うっ!!」
異変に気づいたシンシアは躊躇することなくココロギの身体へ覆い被さり、自らが盾となってそれを防いだ。
絶体絶命の窮地――その時、戦場となった空間に眩い光の塊が発生した。
光が弾けた中心から現れたのは、シェルランテ、セシリア、そしてエミーナの三者であった。セシリアは即座に錫杖を構え、苦戦していたツルギの助太刀へと走る。シェルランテは再び瞬間移動を重ね、倒れるココロギとシンシアの救出に向かった。
そして――『神託の聖母』エミーナが、静かにブランガの目の前へと瞬間移動し、間合いを詰めた。
「貴方の相手は私ね」
静寂をたたえた声とともに、右手をブランガの心臓を狙ってかざした。
その瞬間に宿る底知れぬ死の予感に、ブランガは本能的に両腕を交差させ、胸部を防御した。
「ぐ、あぁぁぁっ!!」
ブランガの絶叫が戦場に高く鳴り響く。
無残にも、心臓の身代わりとしてブランガの両腕が爆発を起こし、根元から吹き飛んだのだ。ブランガの巨躯はそのまま後ろへ数メートル吹き飛ばされ、地面へと激しく叩きつけられた。
「馬鹿ね。命を守るなんて……遊び足りないのかしら?」
両腕を失って血の海で悶える魔王ブランガを、残酷な『神託の聖母』は冷めた目で見下ろし、憐れみすら向けずに背中を向けた。
目配せを交わした一同と4人は、シェルランテの聖なる力によって光となり、その場から静かに消え去っていった。
登場人物紹介
ココロギ・サイリュン
錦族名「崔心木」
聖ゲンドラス教国の教皇であり、『真理の光教団』の教祖である、ゲンドラス・サイリュンの娘。
アルストラーナ帝国、帝都ラーナの皇宮の後宮の敷地内にある礼拝堂、通称『四つ葉堂』の巫女である。
教団での称号は『至高の光巫女』
『異能の至宝』とまで言われている。
後宮での愛称は『四つ葉様』
その人となりは『慈悲と友愛』そのものであるが、研究心と探究心の側面も併せて持ってその反動で天然なお馬鹿さんに見えてしまう事もある。
当初は有り余る異能の力を自分でコントロール出来ず、他人の家のトイレにテレポートしたり、して失敗ばかりしていたが、徐々に御せるようになってはいる様である。
『真理の光教団』の教義において
『心木』とは、世界――あるいは宇宙――の中心にそびえ立ち、すべての生命の魂をつなぎ止める世界樹を指す。生きとし生けるものの命の源であり、同時に「心(感情や意志)そのものを巡らせる大樹だ。天と地、現世と冥界を結ぶ軸であり、季節の巡りや人の心の調和はこの心木の脈動によって保たれていると信じられている。ゆえに心木が枯れ、傷つくことがあれば、世界中の人々の心は荒廃し、混沌が訪れると伝承されている。
ビー・スーを助ける為に
ブランガ・オデュヌの爆炎に巻かれ、全身大火傷を負ったココロギをシェルランテが念により治療した際に、身体の年齢の巻き戻しをしてしまった。
それはシェルランテの中身のルシアが存命中にココロギを外の世界に連れ出し始めた14歳のココロギのイメージが強かった為にその年齢の身体に作り変えてしまったのであった。『若返りは不可能って言ってただろ?私達にもやれよ』とルシアの母であったセシリアとセシリアの侍女であったエミーナに白い目で見られて、シェルランテは気絶したふりをしてその場を凌いだ。




