『黄泉還りし魔王』
大陸の西、深き大河エルス川が南北を分かつ。 その北岸に広がる陰鬱な原生林『黒き森』は、かつて未開の狩猟民と凶暴な野生が支配する魔境であった。しかし十四年前――宗教国家『ノースフォレスト教国』が産声を上げたのである。
『真理の光教団』の導きのもと文明化が進み、華やぎ始めた頃、その国を乗っ取り君臨したのは一人の類まれなる青年であった。彼の名はブランガ・オデュヌ、齢二十二。 かつて二十二年前、古都アンチルマの血戦において、三十五万を超える騎馬民族グラッデェの軍勢を単身で震撼させ、覇王エスゲイ・バールの右目を抉り抜いて命を落としたとされる、あの伝説の「黒い魔王」の転生体であった。
前世の記憶と鋭敏な戦術眼、そして民を惹きつける圧倒的なカリスマ性を携えて生まれ変わったブランガは、二〇年の歳月を経て己の野望を再始動させた。彼は教国の教理を巧みに掌握し、持ち前の冷徹な智略をもって教団内部の権力闘争を瞬く間に制すると、実質的な支配者として君臨した。そして、彼の眼光はすぐさま南――エルス川の対岸に広がる豊かな大国『ジル・エルス教国』へと向けられたのだった。
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エルス川の南を統べるジル・エルス教国は、かつてオテゲン皇国第4王子としてその勇名を轟かせた男、ジルグード――現在の名、司教『ジル・オテ』によって護られていた。 ジルグードは若き日、皇国の熾烈な権力闘争と凄惨な戦乱を生き延びた後、世俗の権力と己の身分を一切捨て去った。そして『真理の光教団』の教えに救いを見出し、高潔な司教ジル・オテとして第二の人生を歩んでいたのである。彼はかつての軍事的才能を教国の防衛と民の安寧のためにのみ捧げ、エルス川の南岸に強固な防衛陣地と信仰の秩序を築き上げていた。
「司教様、北のノースフォレスト勢が、エルス川に架かる『聖石橋』へ向かって進軍を開始いたしました! その数、およそ二万!」 執務室に飛び込んできた従者の悲痛な報告にも、ジル・オテの眼差しは揺るがなかった。白銀の飾りが施された司教衣を纏い、手にはかつて数多の戦場を切り拓き、今は祈りの象徴ともなった重厚な身の丈ほどもある錫杖を携える。彼は静かに祈りを捧げると、低く重厚な声で応じた。 「来たか……。かつて大陸を血で染めた魔王の影が、再びこの地に芽吹いたか。主の光のもと、あの邪法と野望の暴浪をここで食い止めねばならぬ」
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エルス川の川面は、川霧と黒煙によって不気味に煙っていた。ノースフォレスト教国の軍勢を率いるブランガ・オデュヌは、黒い胸甲に赤いマントを翻し、漆黒の愛馬の背から対岸のジル・エルス陣営を見下ろしていた。その口元には、前世と変わらぬ不敵で冷酷な笑みが浮かんでいる。 「ふん……『真理の光』の司教か。旧時代の残党がどれほどの盾になるか、試してやろう」
ブランガが手を振り下ろすと同時に、ノースフォレスト軍の陣形から凄まじい大轟音が轟いた。前世の記憶から再現された改良型火縄銃と小型大砲の乱射である。硝煙が爆ぜ、鉛の弾丸が雨あられとなってジル・エルス軍の第一陣を穿った。 しかし、ジル・オテの率いる精鋭防衛隊もまた、一歩も引かなかった。ジル・オテは、川の地形と土塁を最大限に利用し、火器の射線を巧みに外しながら、長槍と重装盾兵による重厚な歩兵陣形でノースフォレストの渡河部隊を次々と押し返していく。 「渡河の隙を突け! 敵の鉄砲隊が再装填する間隙を逃すな!」 ジル・オテ自らが陣頭に立ち、重厚な錫杖を振るって敵の先鋒を薙ぎ払う。かつて第4王子ジルグードとして戦場を支配した武勇は微塵も衰えていなかった。その圧倒的な気迫に押され、ノースフォレスト軍の渡河作戦は一時的に足止めを食らうかに見えた。
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だが、ブランガ・オデュヌという怪物の真骨頂は、その「先を見通す冷徹な執念」にあった。敵の防衛線が固いと見るや、ブランガは一瞬の躊躇もなく、密かにエルス川の上流へ旋回させていた伏兵の歩兵隊へ合流命令を下した。川の浅瀬を強行突破した伏兵たちが、ジル・オテ軍の右側面へ雪崩れ込む。 「なに……!? 上流の難所を越えてきたというのか!」 ジル・オテの側近たちが悲鳴を上げる。包囲の罠が完成しつつあることを悟ったジル・オテは、自らの命を捨て石にしてでも部下と民を逃がす決意を固めた。 「全軍、撤退せよ! 主の光は潰えず……! このジル・オテがここで時を稼ぐ!」 ジル・オテは重厚な錫杖を渾身の力で振り回し、迫り来るノースフォレストの兵たちをことごとく叩き潰しながら、ブランガの本陣を目指して泥と血の海を突進した。その姿はまさに一頭の負傷した獅子そのものであった。
乱戦の渦中、ついにふたりの将が対峙する。黒き甲冑の若き魔王ブランガと、血に染まった白銀の司教衣を纏うジル・オテ。
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「司教よ。見事な気迫だ。だが、俺の覇道の前には足止めにもならん」 「ノースフォレストの悪鬼め……! 汝の野望、我が命に代えてもここで断つ!」 一閃された片刃の剣と、叩きつけられた錫杖が激しくぶつかり合い、金属の轟音とともに火花が散った。重圧な錫杖の一撃に対し、ブランガは最小限の動きでそれをかわすと、鋭い踏み込みから片刃の剣でジル・オテの甲冑の隙間――脇腹を深く穿ち抜いた。さらに間髪入れずに放たれた密着射撃の火縄銃の全弾が、ジル・オテの胸元を撃ち抜く。
「ガハッ……! 主よ……この地に……光を……」 かつてオテゲン皇国第4王子ジルグードと呼ばれた英傑は、激しい硝煙の吹き荒れるエルス川のほとりで膝を突き、その場に力尽きて倒れた。
司教ジル・オテの戦死により、ジル・エルス教国の防衛網は崩壊。ノースフォレスト教国はエルス川を越えて南へとその支配圏を大幅に拡大させた。 死の淵から蘇りし二十二歳の覇王ブランガ・オデュヌ。かつて大陸を揺るがした男の帰還により、西の大陸は再び血と鉄の乱世へと突き進んでいくのであった。
登場人物紹介
ジル・オテ
亡国オテゲン皇国。第4王子ジルグード。
母親の身分が低く、軍権を待たされずに戦役時は羊の放牧に出掛けていて、難を逃れた。
成長したジルグードはアルストラーナに捕えられた、強制労働させられていた捕虜収容所を襲撃。1万人のオテゲン人を、解放して故郷に連れ帰った。たがそれが仇となって、極度の食料不足に陥り、食料を得る為に5万の軍勢で燕国を襲撃し、陥落させた。
アルストラーナから報復の軍勢に包囲され、5歳のルシアとセシリア、エミーナにフルボコッコにされた。
聖ゲンドラス教国にて匿われ、『真理の光教団』の洗礼を受けて司教となった。第三次グラッデェ戦役時には聖ゲンドラス教国四つ葉聖騎士団として参戦。
ココロギの敵陣突破のファインプレーやルシアのアンチアルマ東砦のフェイントなどが炸裂し、グラッデェの本拠地を叩くべくして、東進。グラッデェの放棄したエルス川の南岸、一帯を預かり、ジル・エルス教国を建国した。




