25. 清廉
25. 清廉
私は扉の前にピタリと耳を当てるのです。うん、特に何も聞こえませんね。一応、聖女としての礼儀を忘れずノックしてみることにするのです。コンコンっと。……返事が無いのです。
ならば仕方ありません!私は大きく深呼吸をすると、鉄のロッドを握りしめ、バーンッ!と容赦のない前蹴りで重厚な扉を吹き飛ばしたのです!
部屋の中は、息が詰まるほど禍々しい気で埋め尽くされていました。そして、部屋の奥にあるあの人形から発せられているのが分かりました。あれが悪魔の依代という魔道具で間違いないのですね。
その人形の前に1人の男性が立っている。おそらく彼がクリスフォード=マールウッド様なのですね。
「ミルディ下がっているのです。ロゼッタ様ミルディをお願いしますです!」
「アリーゼ!?」
私はそういうと2人の前に立つ。禍々しい気が私を包み込むが、私は事前に純銀の聖水を振りかけているので少しの間は取り憑かれることはないのです。
「なんだお前は?まさかオレの前に出てくるとはな。悪魔に魅入られた愚か者か?オレが切り刻んでやる!」
「それはこっちのセリフなのです!私はただの聖女なのです!」
「聖女?ああやはり……悪魔に魅入られた愚か者かぁ!!」
そう言いながら剣を抜いて構えていますね。しかも情緒が不安定で完全に自我を失っているのです。とても危険なのです。私は純銀の聖水を悪魔の依代に振りかけるチャンスを伺う。しかしその間にもクリスフォードはどんどん距離を詰めてくるのです。
「まずはその腕からもらうぞぉ!」
私はじっと相手の太刀筋を見るのです。『図解・近接戦闘における回避術』という本に書いてあった通りにステップを踏めば、必ず避けられるはずなのです!クリスフォードが凄まじい勢いで剣を振り抜きますが、私は風のようにギリギリでその刃をかわしました!
「余裕で避けられるのです!」
見様見真似の物理回避術は大成功なのです。でも油断してはダメなのです。聖魔法が使えない今の私は、この本で得た知識と純銀の聖水だけで完璧な悪魔祓いをして見せるのですよ!
「オラァッ!」
今度は横薙ぎの攻撃ですね。さっきより攻撃速度が速いけど何とか見えているのです。これなら大丈夫なはずなのです。
私は横にステップを踏みながら後ろに下がる。その時足下に違和感を感じたのです。床をよく見ると小さな穴が空いているのです。
「!!これなのです」
私は彼をこの床の窪みへ誘導するため、あえて立ち止まりました。大丈夫、これも本で読んだ『怒れる猛獣の釣り方』の応用なのです。
「ふあぁ……あくびが出るほどの遅さなのです。そろそろ本気で来ないと、私の必殺ロッドで脳天をカチ割るのですよ?」
「ちょこまかと……舐めるなァッ!」
私の三流悪役のような挑発に見事に乗ったクリスフォードが、大振りの一撃を放とうと踏み込んだその足が、床の窪みにはまり体勢を大きく崩します。
かかったのです!これでチェックメイトなのです! 私はすかさず、隙だらけの顔面に向かって純銀の聖水を勢いよくぶちまけました!
「グワアアアッ!!!やめてくれぇえええっ!!」
よし効いてるのです!あとはあの人形を。このまま浄化を続けるのです! その瞬間部屋の空気が変わったのです。まるで地獄の底にいるような息苦しさと寒気に思わず膝をつく。
何が起きたのですか!? クリスフォードを見ると、先程までの狂気に満ちた表情ではなく、苦悶の表情を浮かべて苦しみ始めたのです。
するとどこからか声が聞こえてきたのです。
【我を滅ぼそうとする者よ、この男より動きやすそうだ。貴様の身体をよこせ……】
これは悪魔の依代の声なのでしょうか?この世のものとは思えないほど恐ろしい声。耳元で囁かれているかのような……。
私はミルディとロゼッタ様のほうを見る、どうやら2人には聞こえてないようなのです……私の身体に振り撒いた純銀の聖水の効果が切れ始めているのです……
私は震えながらも答える。
「わ……たしは……聖女な……のです。負けません!」
恐怖に震えながらも私が力強く叫んだその瞬間――私の身体の奥底から、太陽すらも霞むような凄まじく純白の光が爆発的に放たれました。
それはどこまでも暖かく、圧倒的に『清廉』な光。部屋をドロドロに覆っていた禍々しい瘴気はおろか、諸悪の根源である悪魔の依代の人形までもが、抵抗する間もなく一瞬にして浄化され、サラサラと光る塵へと変わっていきます。
悪魔の断末魔が光に溶けて消えていく奇跡のような光景を最後に、私の意識はプツンと糸が切れたように深い闇へと落ちていったのでした。
「アリーゼ!!」
「今のは……間違いなく聖魔法なのじゃ。「聖痕」のないアリーゼがなぜ……?」
遠のく意識の底で、ロゼッタ様の震える声が聞こえた気がしました。
「あんなにも強力で、清廉な光……まるで、あの大聖女ディアナのようじゃ……」
その信じられないような呟きを最後に、私の意識は完全に深い闇へと沈んでいったのです。




