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聖女アリーゼの不思議な旅  ~聖魔法?そんなの知らないのです!~  作者: 夕姫
第1章 聖魔法?そんなの知らないのです!

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23. 経営資金調達 ~マルセナside~

23. 経営資金調達 ~マルセナside~




 あの日から、私は睡眠時間を削って働き続けた。


 次々と運ばれてくる怪我人を完璧な『聖魔法』で癒やし、孤児たちの世話をし、泥水に塗れるような教会の雑務すらも誰より完璧にこなしてきた。


 それでも――カトリーナ教会の深刻な経営危機は、止まらなかった。


 一般の信徒たちの足が遠のいたことに続き、これまで支援してくれていた有力貴族たちまでもが、次々と出資を取り消し始めたのだ。あっという間に資金の半数を失い、オイゲン大司教様は連日のように頭を抱えている。


 納得がいかない。立派な建物も、厳格な教義も、今までと何一つ変わっていない。唯一違うのは、『聖痕』が消えた聖女をたった一人追い出したこと。


 本当に、ただそれだけのはずなのだ。


 世間では、容姿や優雅な振る舞い、そして強力な聖魔法――どれをとってもアリーゼより私の方が上だと評価されていたはずだった。誰の目から見ても明らかな事実のはずなのに、結果として巡礼祭はかつてないほどの大失敗に終わり、今も教会の傾きは直らない。


『マルセナ様は素晴らしいが、アリーゼ様がいた頃の温かさがない』


 信徒からの手紙に綴られていたあの残酷な言葉が脳裏を過り、ギリッと奥歯を噛み締めていると、私はオイゲン大司教様に執務室へと呼び出された。


「聖女マルセナ。今日もてなすライアン王子の出資が、この教会の存続にかかっている。くれぐれも粗相のないようにな」


「わかっておりますわ。第一聖女として、完璧に勤めあげてみせます」


「では行くぞ」


 大司教様と共に、来賓の応接間へと向かう。アリーゼに出来て、私に出来ないはずがありませんわ。


(ふっ……どうせすぐに、私の方が優れていることに気がつくはずですわ)


 私は心の中でほくそ笑み、完璧な笑みを顔に貼り付けて応接間の扉をくぐった。


「お待たせいたしました。本日はようこそおいでくださいました。私は当教会を預かる大司教オイゲンです。こちらは新しい第一聖女であるマルセナになります。ごゆるりとお過ごしくださいませ」


「カトリーナ教会の第一聖女マルセナです」


「これはこれはご丁寧にありがとうございます。私は隣国ランバート王国の第二王子ライアン=ランバートと言います。以後お見知りおきを……」


 ライアン王子と対面した瞬間、私は少しだけ驚きを隠せなかった。


 今までの男たちは皆、私の顔を見るなり少なからず好意や熱のこもった視線を向けてきた。しかし、目の前に座るこの王子の目には、そんなものは微塵もない。むしろ、私という人間に興味がないような、冷めた目をしている。


(何よ、その目は!!私の魅力がわからないのかしら?まぁいいわ。あとで思い知らせてあげるんだから)


「ところで、聖女アリーゼ様は辞められたと聞きましたが?」


「えぇ、もう彼女は必要なくなりましてね。これからはこのマルセナが第一聖女となります」


「そうなんですか!?最後に挨拶だけでもしておきたかったが……残念だ」


「前聖女のアリーゼも凄く優秀な聖女でした。それに負けないように頑張りますので期待していてくださいまし」


 私がニコッと微笑むと、ライアン王子も微笑み返し、出された紅茶に口をつけた。


「これはレイミアの紅茶ですか。うん、いい香りだ」


「分かりますのね?さすがはライアン王子。気高き王族というだけありますわ」


 内心、少し感心した。先程出した紅茶は、レイミア産の最高級茶葉を使ったものだ。さすがは王族……そう思っていた私の耳に、予想外の答えが飛び込んできた。


「……いや、以前聖女アリーゼ様に『ライアン王子!この紅茶はレイミアの気候が育んだ奇跡の一杯なのです!『知って納得!紅茶図鑑』に書いてあったのです!』と嬉しそうに教えてもらってね。彼女と利き茶をするのが、ここへ来る一番の楽しみになっていたくらいだよ」


 またアリーゼ……どいつもこいつもアリーゼ、アリーゼって!!いい加減にしてほしいわ!


 ティーカップを握る手にギリッと力が入りそうになるのを必死に堪え、私は引き攣りそうになる頬を無理やり引き上げて、完璧な愛想笑いを維持した。


 その後も他愛もない話をし、話が一区切りしたところで、私は本題を切り出してみた。


「あの実は我がカトリーナ教会は今経営難でして……」


「ああ。なんとなく聞いているよ。オイゲン大司教、申し訳ない。聖女マルセナ様と2人で話がしたいんだが、よろしいかな?」


 そう言うと、ライアン王子は私を連れて応接間を出た。取り残された大司教様は内心ひどく焦っているようだったが、私に任せてもらうしかない。王子を怒らせてこの教会ごと潰されるわけにもいかないのだから。


 ライアン王子はそのまま、私を連れて中庭に出た。


 雲の切れ間から差し込む柔らかな光が庭園を照らし出し、風に揺れる木々の葉がサワサワと心地よい音を立てている。


「このあたりでいいか。君も大変だろう。大司教様の前では、さぁ素の自分を見せたまえ」


「素の自分……」


 私は一瞬だけ言葉に詰まった。揺れる木漏れ日の下で真っ直ぐにこちらを見つめる王子の瞳が、隠していた本当の心を優しく暴こうとしているかのようだった。


 それが出来ればどれだけ楽か。今まで溜めていた感情が溢れ出すように……そして堰き止めていたものが壊れたかのように……。


 でも、私はその感情を必死に押し殺してライアン王子に告げた。私はそれでも、誇り高き聖女なのだから。


「……なんの事でしょう?これが素の私ですわ。私はただ、由緒正しきカトリーナ教会の為に、引き続き資金援助をお願いしたいのですわ、ライアン王子」


 震えそうになる声を必死に隠し、そう言って微笑んでみせた。


「……そうか。今回は君のその悲しいくらいの頑固さと、聖女としての責任感に免じて資金援助をしよう」


 その同情するような声に、私の心は冷たく沈んだ。ちっとも嬉しくない。王子の目は、完璧に演じ切った私ではなく、最初から最後まで『アリーゼならどうしたか』と比べていたのだから。私のほうが上だったはずなのに。悔しくて、無意識に唇を強く噛む。


 しかしこれでこの教会の窮地は脱することができる。それでも……。そんな時、ライアン王子が私に忠告をしてきた。


「君は容姿端麗で、聖女としての振る舞いも完璧。聖魔法も噂で優れていると聞く。聖女アリーゼ様と比べても端から見た聖女としては君のほうが優秀だろう。でも君はこのままなら自分で自分を駄目にしてしまうよ?それが聖女アリーゼ様と君の違いだよ?」


「!?」


「果たして、真の『聖女』とはどういう存在なのかな。それが分からないうちは、君はアリーゼ様には遠く及ばない。なにより彼女は、誰よりも楽しそうに、自由に聖女を生きていた」


「……っ」


 言い返す言葉が見つからない。そんな私の姿を見て、王子はふっと表情を和らげた。


「今の君は『聖女という檻』に自ら入り込み、息が詰まって苦しそうだ。次に会うときは、心から笑うもっと自由な君に会いたいものだ。……ただ、一応言っておくが」


 彼は背を向ける直前、意地悪く、少しだけ優しい目で私を見た。


「そうやって不器用に重たい仮面を被り続ける君の意地っ張りなところは、個人的には嫌いじゃないよ。ではまた会おう、聖女マルセナ様」


 ライアン王子はふっと優しく微笑むと、背を向けて去っていった。


(苦しい?私が?檻に入っているですって?そんなこと、あるわけありませんわ……!)


 図星を突かれた上に、かけられたことのない種類の言葉に動揺した私は何も言い返せず、ただギュッとローブの裾を握りしめて、赤くなった顔を伏せるしかなかった。


 そして執務室に戻ると、そこにはオイゲン大司教様が待っていた。


「どうだったのだ聖女マルセナ!?」


「……援助はしてもらえることになりましたわ」


「おお!よくやったぞ!さすがは聖女マルセナだ!!」


 大司教様は凄く喜んでいた。しかし、私の心境はまるで違った。


(本当にこれでよかったのかしら?)


 私は今まで頑張ってきた。努力もしてきた。それなのにこんな扱いを受けるなんて。


 ライアン王子の言葉。それは間違いなく、アリーゼより私が劣っているという事に他ならない。お情けでの資金援助。私はアリーゼに完全な負けを認めざるを得なかったのだ。

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