Band-It! ~山賊たちとの夜2「客の心に傷跡を残せ」
「バンドやろうぜ!」
タケシからの誘いに対して、兄からの返信が
「OK、やろう」だったのは、タケシも意外だった。いや、誘った方がこういうことを言うのも何だが、どうせ断ってくるだろうと思っていたのだ。
自分の目指すギター道を追求する兄が、ベースという楽器にさして愛着を持っていそうに見えない弟が、楽しそうにバンド活動をするのを内心、羨ましく思っていたのだということを、後になってタカシ本人から聞かされた。
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アマチュアバンドにはありがちなことだが、このバンドもドラマー探しには苦戦する。なにせアマチュアバンド人口の中でも、特にドラマーは人数が限られている。腕の良いドラマーとなれば、なおさらだ。そういったドラマーは2つ、3つバンドを掛け持ちしているのが、当たり前だった。
タカシ&タケシの田中兄弟も、知り合いを通じて片っ端から声をかけていったが、まだ音楽性も、活動方針も定まっていないバンドに興味を示すドラマーは居なかった。
タケシの同級生のタイガこと、竹田大河に声をかけたのは、吹奏楽部で小太鼓を担当していたことと
「8ビートなら叩けるよ」といったタイガに対し、
「8ビート叩けりゃ、何でもできるじゃん!」と半ば強引にタケシが勧誘したからだった。
最初のライヴの会場は、地元の公民館の音楽室だった。この頃はまだライヴハウスへの伝手もなく、また高額なノルマが払えるほどの経済力も、観客の動員力もなかったので、無料で使える公民館しか選択肢がなかった。
公民館の音楽室は、PAシステムこそなかったものの、ギターとベースのアンプがあり、簡素ながらミキサー卓も備えられていた。
そして、この時から既に、集客の苦戦は始まっていた。
タケシのバンド仲間にとって、既にバンド活動は過ぎ去った青春の1ページになっていた。
「行けたら行く」
かつてのメンバーや、文化祭で一緒に出演したバンドのメンバーに声をかけても、帰ってくるのはそんな当てにならない返事ばかりだった。「行けたら行く」は、婉曲な断りの返事だった。
しかも、ライヴ当日は雪だった。昼までには止んだものの、足元にはしっかり雪が残っていた。
そんな悪条件が続いたものの、ライヴには数人のお客さんが足を運んでくれた。大半が、タイガの所属していた吹奏楽部の部員たちだった。
「あいつだけは、何が何でもバンドに引き留めておこうな」
初ライヴの開演直前。集まってくれた吹奏楽部の部員たちと談笑しているタイガを見て、タカシはそう、タケシに耳打ちした。
ソウルやR&Bが好きな兄は、初ライヴ当日、心を無にして自分の好きなヘヴィメタルを弾いてくれた。当初はそう思っていたタケシだったが、実際のところ、兄のタカシは結構演奏を楽しんでいたのだと言う。
当日は音色こそ完璧とは行かなかったものの、早弾きのギターソロを難なく弾きこなしていたタカシの腕前が確かなことは、集まった吹奏楽部員たちにはよく伝わったようだった。人前で演奏するのが、ほぼ初めてだったというタカシも、緊張するどころか、これまで磨いてきたギターのテクニックを人前で披露する楽しさに目覚めてしまったようだった。
ちなみにこの時は、ヴォーカリストを見つけることができなかったので、殆どの曲を選曲したタケシがベースを弾きながら歌った。1曲だけ、往年のブラックミュージックのスタンダードナンバーを演奏したのだが、この曲だけは選曲したタイガ本人が歌った。
集まってくれたお客さんは数人だけだったし、照明の演出もなく、粗末な音響であったものの、この初ライヴはタカシ、タケシ、タイガというメンバー3人にとって、成功体験として胸に刻まれた。だからこそ、それぞれが別の大学に進学してからも、バンド活動は続くことになったのだ。
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ヴォーカルとしてヤマトを勧誘してきたのは、タカシだった。きっかけは大学の昼休み、コンコースで行われていた、アカペラサークルによるストリートライヴだったという。
WeLAというアカペラサークルで歌っている中に、1人だけ目立っている部員がいた。アカペラに限らず、合唱とは沢山の声が混ざりあうことによって完成する芸術だ。それが、1人だけ目立ってしまっている声があった。それが、ヤマトだった。
「こいつは、グループじゃなくてソロで歌うべきだ。その方が向いてるって思ったから声をかけたんだよ」
その時を思い出して、タカシはそう言った。
ヤマト自身も迷っていたのだそうだ。歌が好きで、仲間と一緒に歌いたいからアカペラのサークルに入ったのだが、何をどうやっても自分の声が際立ってしまう。興が乗って気持ち良く歌えば歌うほど、そうなってしまうようで、逆にそうならないように意識して歌うと、全く楽しくなかった。そうして、アカペラサークルを辞めようと思っていた時に、タカシに声を掛けられたのだという。
実際に合わせてみると、ヤマトの声はバンド向きだった。佇まいにも華があり、いかにも「地味な男子大学生が集まってバンドを作りました」という風情だったバンドに、顔となるフロントマンがやってきた感じだった。
メンバーの好みの音楽はバラバラだったが、好みについては比較的柔軟に対応できたので、問題はテクニック面だった。ヴォーカルのヤマトと、ギターのタカシは16ビートにも対応できたが、肝心のリズム隊のタケシと、タイガは対応できなかった。
選曲は、ヤマトの好きなJ-POPのバンドの曲が中心になった。オリジナル曲にも挑戦したが、メンバーの音楽性がバラバラだったことが、ここではマイナスに作用して、1年間の間ついに1曲も形にならなかった。
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「とにかく、何でもいいから俺たちが出演したっていうインパクトをお客さんにに残したい」
4人で活動を始めてから3か月が経った頃、タケシがそう言い出した。その頃には、なんとか都内のライヴハウスにも伝手が出来はじめ、既に数回のライヴを経験していた。
ただ、相変わらず集客では苦戦していた。タイガの高校の吹奏楽部のコネクションも徐々に縁遠くなりつつあり、初ライヴの頃のような動員力は望めなくなった。地方出身者のヤマトは、大学に入ってからの友人くらいしか伝手がなく、かつて所属していたアカペラサークルでも元々浮いた存在であったため、そのつながりでの動員は期待できなかった。
タカシ&タケシの田中兄弟に至っては、観客動員力はもはや壊滅的だった。
そんな中で思いついたのは、対バンの呼んだお客さんにファンになってもらうという作戦だった。悪く言えば「対バンの客を奪う作戦」と言ってもいいだろう。そこで、ウケ狙いのために、様々な演出をするようになった。
曲間で客席に向かって巨大なクラッカーを鳴らしたり、ステージからドリンクカウンターにビールをオーダーして演奏中に全員で乾杯したり、そんなことを繰り返した。タケシが全身にアルミホイルを巻いた姿で登場し、ヘヴィメタルの曲を演奏するなんてこともやった。
そして、それらは全て裏目に出た。その時はウケているように見えても、2度とお呼びがかからなくなった。いつしか、色物バンドとしてのイメージが定着し、こちらからお願いしても、ライヴハウスのスケジュールにブッキングしてもらえなくなった。
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「バンドとしてのまとまりもあるし、特にギターのタカシなんて上手いんだから、普通に演奏してりゃいいのに」
「それじゃ、普通なんだよ。何の印象にも残らないし、客の動員にもつながらないんだよ」
都内の下町にあるライヴハウス。オープン前の薄暗い店内で、タケシがスタッフと話をしている。
「千川さんは何て言ってる?」
「自分たちからの企画持ち込みなら、別にいいよって。貸し切り費用を安くする代わりに最低観客動員数を保証するか、動員には目をつむる代わりに正規の費用を払うか、選んでくれって」
「それなあ…最低動員は何人くらい?」
「70人。それ以上になったら、もっと割り引いてくれるって」
「な、70人…」
大学生4人にライヴハウスを1日借り切るほどの経済力はない。ここは、頑張って集客するしか選択肢がない。
「もし、達成できなかったら?」
「1人でも下回ったら、正規料金だって。まあ、俺らバイトの人件費も含まれるんだから、それくらいの覚悟じゃないとね」
「かあー、なるほどね。いや、やるよ。やりますよ。動員、頑張りますよ。で、いつなら空いてるの?」
「12月は稼ぎ時だからねえ。早くしないと埋まっちゃうよ」
「ヤマトから、年内いっぱいまでってリミットもらってるんだよ。うーんと、じゃあこの日で」
「はい、仮予約ね。正式な予約は前金もらってからになるけど、今月中に払ってくれないと、キャンセル扱いになるから気を付けてね」
「うはあ、前金のこと考えてなかったわ。いくら?」
「7万円。動員のノルマ達成したら、それ以上はかからないから安心して」
「それ、前金じゃねえじゃん。全額、前払いってやつじゃん」
「今月中だよー。現金でよろしくね」
「はいはい、わかりました。兄貴に言って何とか工面してもらうわ」
タケシは、ライヴハウスを後にした。下町と言えば聞こえはいいが、このライヴハウスは
ラブホテル街のど真ん中にある。ライヴハウスの入っているビルの1階のコンビニには、バラエティ豊かなカップルたちがレジに列をなしている。ここで飲み物や食べ物を買い込んでから、ホテルに向かうのだろう。
大学生になってから、バンドとバイトしかやってこなかったタケシには、全くもって縁のない世界が、そこに広がっていた。




