Band-It! ~山賊たちとの夜1「バンドやろうぜ」
「やっぱり、不味かったかねえ」
「不味かったねえ」
「まさか、あそこまでドン引きされるとはね…」
深夜のファミレスのテーブルを、大学生くらいの男の子4人が囲んでいる。脇には楽器の入ったケースが置いてあり、それぞれギターとベースが入っているようだった。
「ウケると思ったんだけどなあ」
「いや、店長、マジギレしてたみたいだったじゃん」
「してたね、あれは」
「途中でPA切られるとか、さすがに初めてだったわ」
4人は、さっき出演したライヴハウスでの出来事を思い出していた。
※
「いや〜、ダメだ!腹減った!!腹減って演奏できねえわ!」
ステージで1曲目の演奏を終えた後、ベーシストがそう言うなり、アンプの裏から弁当箱を持ち出してきた。
「あ、俺も!」
「俺も!」
続いてギタリストと、ドラマーがそれに合わせるように、弁当箱を持ち出してきた。そして、3人でステージに車座になると、弁当を食べ始めた。鶏のから揚げ、豚キムチ、豚の生姜焼き…たちまち、会場内が3人の弁当の香りで包まれる。
「おいおい、お前らいい加減に…」
ここで、ヴォーカリストが「お前ら、いい加減にしろよ!」とツッコミを入れるはずだった。
しかし、その声は客席には届かなかった。
いや、正確にはPAを通さない、生声で響いた。
PAの音響が切られ、客電が灯り、ステージの照明は落とされた。そして、出演バンド入れ替えの時に流されるBGMが、あり得ない程の大音量で会場内に響き渡った。
これはどういうことなのか?ステージ上のメンバー4人がPA卓の方を見ると、PA卓のすぐ脇でライヴハウスの店長が、こちらを睨みつけていた。客電が灯っているので、その顔はステージからでもよく見えた。
仕方なく、4人はステージを撤収し、そのまま楽屋に向かった。撤収する間、客席はほぼ無言で、聞こえてくるのは店内のBGMだけだった。
PA卓の横を通る時、努めて冷静を装った店長から、こう言われた。
「ノルマ払ったら、さっさと出て行ってくれないか。君らの呼んだ客は1人も居ないから、チャージバックなしで、今すぐ清算よろしく」
まるで感情の感じられない声のトーンが、逆に恐ろしかった。
※
「俺さ、来年から就活始まるから、そろそろこのバンド抜けようと思うんだ」
それまで、一言も発しなかったヴォーカリストが、意を決したように口を開いた。
「え、気が早くない?就活って、来年だろ?」
「抜けるって今すぐ?せめてあと1回、頼めない?卒業ライヴ、企画するからさ」
慌てたドラマーと、ベーシストが引き留めにかかる。
「企画するったって、俺たち出演させてくれるライヴハウスなんて、ないじゃん。もう、いいよ。プロ目指す気なんて、まったくないし、趣味で続けるには、金も時間もかかり過ぎるんだよ、バンドは」
これまで溜め込んでいたものを吐き出すように、ヴォーカリストは続けた。その口調は、怒っているというよりも、諦観に近いものを感じさせた。
「正直に言ってくれてありがとう。ヤマトが俺たちにはもう付いていけないって思い始めていたのには、気づいてたよ。常識人だしね」
ヴォーカリスト:ヤマトの脱退の意向を冷静に受け止めるような落ち着いた口調で、ギタリスト:タカシは口を開いた。バンド内最年長の彼が、このバンド:ネオ・ダメージのリーダーだった。
「ただ、タケシの言った通り、ここまで1年間、俺たちに付き合ってくれた感謝の意味も込めて、最後に企画ライヴをやりたいと思う。だから、あと1回だけ付き合ってくれないか?金と時間が勿体ないっていうなら、リハーサルの参加は最小限でいい。もちろん、それも耐えられないって言うなら、無理には引き留めない。どうだろう?」
タケシと呼ばれたベーシストと、ドラマーのタイガが一斉にヴォーカルのヤマトの方を見る。
「年内いっぱいまでは、付き合う。ただ、次は音楽に集中させて欲しい。余計な演出はなしで頼む」
そこまで言うと、ヤマトは天を仰ぐような姿勢になった。
「俺だって歌うのは好きだ。だけど、客にウケるとか、そういうのを抜きにして、演奏と歌だけで1度、勝負してみたいんだよ」
※
このバンド:ネオ・ダメージは、もともとギターのタカシと、ベースのタケシという田中兄弟が中心となって結成された。結成当初、兄のタカシは浪人生。弟のタケシは、高校3年生だった。
兄のタカシは、いわゆるブラックミュージックが好きで、ソウルミュージックやリズム&ブルースの曲をよくコピーしていた。クリーントーンのカッティングが上手く、16ビートにも難なく対応できた。ただ、同世代にタカシの好むような音楽を聞く人が殆どおらず、またタカシも同級生たちが聞くJ-POPにはどうしても関心が持てなかったため、高校時代はバンドを組む機会に恵まれなかった。
弟のタケシは、ハードロックやヘヴィメタルを好んで聞いており、その影響で楽器を手に取った。ベースにしたのは、そういったバンドのギターソロが難し過ぎたからだ。兄のタカシのギターを借りて、何度か挑戦したが、どの曲もギターソロで挫折した。一時は楽器を諦めることも考えたが、ベースならそこまで難しくはないのではないか?と思いつき、ベースに転向した。その考えが甘かった、ということにはすぐに気づくのだが、既にベースを購入してしまった後だったので、そのままベーシストとしての道を歩むことになった。
タケシの方は比較的、音楽性に柔軟に対応できたため、高校1年生の頃にはもう、学校内でバンドを組んでいた。ギタリストやキーボーディストに比べ、ベーシストは比較的少なかったことも、タケシに味方した。
その頃は、兄弟でバンドを組むなんてことは考えたこともなかった。自室に籠って、ひたすらギターテクニックを追求する兄:タカシに対して、タケシはベースという楽器そのものよりも、仲間と演奏する楽しさを優先するタイプだった。ほどなくタケシは、「聞くのが好きな音楽」と「仲間と演奏するのを楽しむ音楽」は別モノだと考えるようになった。
高校3年になり、高校生活最後の文化祭でのステージを終えると、学校内で組んだバンドはあっけなく解散した。メンバー全員がそれなりに上達し、バンドアンサンブルもまとまってきたところだったのだが、他のメンバーは何の未練も感じさせることなく、すぐに受験勉強に向かっていった。
そんな時、兄の部屋から聞こえてきたギターの旋律が耳に飛び込んできた。
「兄貴って、結構ギター上手くねえか?」
アマチュアバンドマンの中には、8ビートまでは対応できても16ビートとなると、うまく適応できないバンドマンも多い。リズム感の体得は、ギターソロを上手く弾けるようになるよりも難しい。
「なあ、兄貴。これ、弾ける?」
兄:タカシの部屋に押しかけたタケシは、自分が好んで聞いていたヘヴィメタルバンドの、とある曲のギターソロを聞かせた。
「この音色を俺の持ってるエフェクターで再現することはできないけど…」
そう前置きしたうえで、タカシはすらすらと例のギターソロを弾きこなしてみせた。
なってこった!兄貴に頼めば、俺の好きなバンドの曲が演奏できるじゃん。その事実にタケシが気づいた瞬間だった。
「兄貴、バンドやろうぜ!」
気が付いた時は、そんな言葉がタケシの口から出ていた。




