第56話 柚衣の催眠術を解け!
次の朝、超高級車ロールスロイスに乗り込んだ私は、当然のように草壁君の横に座った。
そして草壁君の腕にしがみつき、頭を傾けて草壁君の肩に乗せる。
「これってどういう状況?」
沙耶ちゃんが何か言ってるけど、今の私には関係ない。
だって私と草壁君はもう婚約したんだもん。
「僕の表現が曖昧だったため、柚衣ちゃんが勘違いしてしまったようで」
私はうつろな目で草壁君を見上げて尋ねた。
「花嫁修業は何からしたらいい? 茶道? 華道? お料理? ピアノ? それとも空手?」
「‥‥どうして空手が入ってるの?」
草壁君が不安そうな声でぼそっと言った。
「なるほど、これは重傷だね。完全に自己催眠にかかってるよ」
「そうなんだ。どうしたらいいと思う?」
「いっそのこと結婚したら?」
「他人事だと思って適当なこと言わないでほしいな」
草壁君がため息をついている。
「草壁君と~柚衣ちゃんが結婚したら~琉生が悲しむの~」
「でも、この二人が結婚したら野乃葉は中園君と結婚できるかもよ?」
「‥‥‥‥‥‥‥」
「野乃葉、今これはチャンスと思ったでしょ?」
野乃葉ちゃんが思いっきり首を横に振っている。
「そんなことは‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ないの~」
「否定するまでの長い間は何なのよ?」
「‥‥‥‥‥‥」
草壁君が助けを求めるような目で沙耶ちゃんを見る。
「何かいい方法はないかな? 陰の学年1位の夏上さん」
「いい方法を考えてほしかったら私のことを『沙耶ちゃん』って呼んでみな」
「え?」
「ほら呼んでみなよ」
「わかった。さ、沙耶、沙耶ちゃん。これでいいだろ?」
「もっと愛情をこめて」
「もう許してよ」
「はははは。よく言った。考えてあげるよ」
「よろしく頼む」
草壁君が再びため息をつく。
「柚衣ちゃん、学校に着いたよ」
草壁君がお腹を空かせているライオンに話しかけるように恐る恐る声をかけてきた。
「早く帰ってきてね、ダーリン」
「柚衣も行くんだよ」
沙耶ちゃんが私の腕を抱えて引っ張った。
私は草壁君の一歩後を静々と付いて歩く。
やはり、おしとやかな女性はこうでなくちゃいけないよね?
物凄い家柄の家系に嫁ぐわけだし。
「どこまでついていくのよ。あんたの教室はここよ」
沙耶ちゃんが私と草壁君を無理やり離しにかかる。
きっと羨ましいのね?
そして昼休み。
草壁君と沙耶ちゃんがこそこそと内緒話していた。
「柚衣ちゃんの様子はどうだった」
「完璧にバグってるわ。すべての授業、すべての質問に手を挙げて正解を答えていたそうよ」
「それってバグってると言えるの?」
「柚衣にしちゃ大バグりだよ。壊れたって言ってもいいね」
あまりに熱心に話しているので心配になってきた。私は2人のところへと歩を進める。
私以外の女性と仲良く話すのは許さないから。
「何の話をしているの?」
「柚衣、いつもの声と違うんだけど」
沙耶ちゃんが少し仰け反りながら言った。
「例え親友でも私の旦那様を誘惑したら許さないから」
「ついに旦那様まで昇格してるよ」
言ってもダメなら実力行使。
私は金属バットを手に持つと大きく振りかぶった。
どうして教室に金属バットが置かれているのかはよくわからないけど。細かいことはいいよね?
私の真剣モードの形相にたじろいだ2人は教室から飛び出していった。
そして放課後。
沙耶ちゃんはずっとスマホをいじっている。何してるんだろう?
『どうする?』
『ここはショック療法よ』
『ショック療法?』
『金属バットで柚衣の頭を殴ってみて』
『死んじゃうよ』
『だったら大剣で頭を殴ってみる?』
『同じだよ』
『だったら勇者の剣レベル100で』
『お願いだから僕を殺人犯にしない方向で考えてよ。夏上さんは柚衣ちゃんのことをよく知っているんだろう? 何かいい方法は思いつかないの?』
『それはよく知ってるけど。そうだ幼馴染を使おう』
『幼馴染?』
『中園君だよ。中園君に俺だけを見ろって言ってもらって柚衣の顔を殴ってもらうの』
『どうしてすべて暴力的な方向に行くの?』
『ショック療法だからね』
草壁君がまたまたため息をつく。
今日はよくため息をついているような。どうしたんだろう?
そして超高級車で帰宅。
私はこれまた当然のように草壁君にべたつく。
「参ったね‥‥」
草壁君が照れている。う~ん可愛い。
「ところで夏上さん。何の本を読んでるの?」
「今日、図書室で借りてきたんだ」
「催眠術の本?」
「そうだよ」
「でも、催眠術にはもうかかってるけど」
「催眠術の本だよ。当然、催眠術の解き方も載ってるってわけ」
「なるほど」
沙耶ちゃんは、本を閉じて私の方を向いた。
「柚衣、あたしが手を叩いたら元に戻るんだよ」
パン。
沙耶ちゃんが私の顔を覗き込んでくる。
「気分はどう?」
「とてもいいよ」
私はにっこりとほほ笑んで草壁君に強く抱き着いた。
「解けてないね?」
草壁君がため息をつく。今日何回目のため息だろう?
そして幸せの絶頂にいる私は自然と鼻歌を歌うのだった。




