第千四百二十九話 時を司るもの(六)
「まあ、なんだ」
神威は、自分たち四人を包囲する無数の幻魔、その禍々《まがまが》しくも獰猛な視線を受け止めながら、口を開く。練り上げるは魔力、紡ぎ出すは律像。頭の中を巡る想像が世界に実像を以て現れ始めれば、幻魔たちもまた、反応を示す。
「妖級以下ばかりとはいえ、この数は多すぎるか」
「はあ?」
怒りを滲ませながら明日良が唸る。
「だれに向かっていってやがんだ? あのクソジジイ。どう思うよ、皆代」
「なんでぼくに振るんですか」
「あいつの話は聞かなくて良いぞ、幸多。結局、傷を負うのはこちらのほうだ」
「なんだそりゃ!?」
今度は、美由理の発言が信じられないといったように素っ頓狂な声を上げる明日良だったが、その全周囲には、神威とは比較しようもないほどに複雑かつ精密な律像が形成されていた。
「魔導院時代のことを忘れたっていうんじゃねえだろうな、おい!?」
「いまは関係ないだろう」
「関係大ありだ! てめえらのせいでおれたちがどれだけの損害を被ったか、忘れたとはいわせねえぞ!」
美由理への非難は、そのまま真言として発声され、明日良を中心とする広範囲の大気が轟然を唸りを上げた。物凄まじい突風が、前方にひしめいていた幻魔の軍勢を吹き飛ばし、大穴を開ける。
もっとも、それも一瞬。
あっという間に埋め尽くされて、包囲網はなくならない。
「さて、なんのことやら」
「弟子の前だからって格好付けてんじゃねえよ! 十八期の三魔女筆頭がよ!」
「筆頭はイリアで、わたしも被害者だ」
「なにがだこんちくしょう!」
怒鳴り散らしながらつぎつぎと攻型魔法を発動して見せる明日良の暴れぶりには、幸多は、あんぐりと口を開けて、見守るよりほかなかった。
吹き荒ぶ突風の連打が、大量の幻魔をつぎつぎと打ち据え、叩きつけ、吹き飛ばし、断末魔を上げさせる。
ついに全周囲の幻魔が動き出したが、時既に遅しとはまさにこのことだった。
旋回する暴風がさながら結界の如くあり、幻魔たちの魔法攻撃を寄せ付けないのだ。獣級幻魔カーシーの風弾も、アンズーの雷撃も、妖級幻魔フェアリーの風の刃も、ヴァンパイアの黒い炎も、あらゆる魔法が暴風に飲まれ、打ち消されていく。
そして、暴風圏が急速に拡大していくものだから、幻魔の包囲網そのものが崩壊していかざるを得ない。
「てめえがイリア、愛と一緒になって暴れ回っていたこと、昨日のことのように覚えてるんだぞ、こっちは!」
「案外根に持つんだな、知らなかったよ」
「そうじゃねえ! そういうことをいってるんじゃねえよ、おい!」
「じゃあ、なにがいいたいんだ?」
「てめえが幸多の前だとまるで別人だっていいたいんだよ、おれは」
「え――?」
美由理は、明日良の予期せぬ一言に虚を突かれ、絶句した。それはまさに、粗暴にして傲岸不遜、感情の赴くままに行動する天空地明日良が大得意とする、真理への到達そのものではないか。
なぜ本能に従うばかりの彼が、星将となり、軍団長に任じられたのかといえば、魔法技量、実績、人格もさることながら、感覚的ながらも物事の真実を見抜くことができるからだ。
彼のその特性があればこそ、魔導院時代には数々の難事件を解決に導き、挙げ句、三魔女の悪行の数々が暴かれたのである。
もっとも、悪行の主犯はイリアであり、美由理も愛も巻き込まれてばかりだったのだが。
「図星かよ!」
明日良は、美由理がなにやら顔を赤らめている様を横目に見て、唖然とするほかなかった。同時に暴風の結界を突破した幻魔の一群を目撃する。
「天空地軍団長!」
「明日良様と呼べ!」
「はい!?」
「そのほうが短い!」
「確かにそのほうが合理的だな」
「なんなら明日良でいい!」
「呼び捨てはさすがに……」
「様付けもどうかと思うが」
「てめえにだけはいわれたくねえが」
「真天穿槍!」
なにやら三人がくだらない言い合いをしている中、神威が真言を唱えた。完成し、発動したのは、戦団式魔導戦術。それも神威流に独自に改良したものである。
肆式・天穿槍の改良版である真天穿槍は、対空攻型魔法である天穿槍の特性をそのままに精度、威力、範囲を大幅に向上させた魔法だ。
幻魔の一群、その真下に具現した極大の魔力の槍が、急上昇することで幻魔の一群を圧倒、妖級幻魔の魔晶体を破壊して見せた。しかし、
「ふむ……」
神威は、その結果を見て、魔法の威力が限りなく低下していることを認めるほかなかった。フェアリーやピクシーたちが、半壊した魔晶体を即座に復元し始めたからだ。
そこへ、青白い光弾が殺到する。
幸多である。
「信号弾って奴か」
明日良は、幸多が右手の先から放った光弾が復元中のフェアリーの魔晶体に致命的な一撃を叩き込む様を見て、つぶやいた。
そう、致命的だ。
幻魔特有の超再生は、魔晶核から供給される膨大な魔素、魔力によるものだ。しかし、幸多の放った青白い光弾、信号弾は、その超再生を阻害した。
そして、明日良の暴風がフェアリーの肉体を飲み込み、ばらばらにしてしまった。
当然、魔晶体に護られた魔晶核も打ち砕かれ、絶命する。
「悪魔にしか通用しないわけじゃあないんだな」
「はい。ですが、天使型、悪魔型にとっては致命的なこの力は、それ以外の幻魔には、攻型魔法ほどの威力も発揮しません。いまのは、復元中だったからある程度効果が見込めただけで」
「なーるほど」
幸多の説明によってわかったのは、彼がなんの考えもなしに信号弾を撃ったわけではないということだ。フェアリーの再生を阻止することによって、明日良か、あるいは神威が止めを刺してくれると信じたのだろう。
たった半年。
されど、半年。
皆代幸多は、既に立派な導士であり、戦闘部の戦士である。
「おまえの弟子、中々やるじゃあねえか」
「だろう? 自慢の弟子だよ」
「もっと自慢していいぜ」
明日良は、阿修羅の腕の中でぐったりとしたままの、しかし、幸多の活躍、判断力の正確さに満足げな態度の美由理に大いに頷いた。
幸多の判断は、美由理の薫陶があればこそに違いない。
弟子は、師に似るものだ。
たとえ一年足らず、半年程度の関係とはいえ、美由理が時間の許す限り幸多を鍛えていたことは明日良も知っている。
美由理と幸多の間に結ばれた師弟の絆は、いまさら疑うまでもなかった。
「剛斬風鎌」
神威が、妖級幻魔の一群、その生き残りに向けて魔法を放つ。これも神威流の改良魔法だ。捌式・斬風鎌を強化した攻型魔法であり、さながら特大の鎌で切り裂かれるようにして虚空に斬撃が奔り、ピクシーやサキュバスを両断した。
「やはりな」
「なにがだよ」
神威がいいたいことを理解しつつも、明日良は問わずにはいられなかった。
ピクシーもサキュバスも、魔晶体を真っ二つにされてなお生きていた。それはそうだろう。幻魔たるもの、魔晶核を破壊されない限り、死ぬことはない。そして、妖級ならば、魔晶体が真っ二つになった程度では動じるはずもないのだ。
超再生によって復元していく中、幸多が信号弾を連射し、それを阻止、明日良が暴風を集中させ、魔晶体の破壊を加速させた。
「おれはただの人間だな」
「……良かったじゃねえか。これからは人間らしく生きていけるってこったろ?」
「まあ、そうだ」
明日良の言い方がおかしくて、神威は思わず笑ってしまった。これまでの人生を振り返れば、人間らしく生きていられた時間など、たかが知れている。
生まれる前から実験動物同然であり、生まれ落ちてからもずっとそうだった。人権などあろうはずもなく、生殺与奪の権利を握られ、管理され、監視下に置かれていた。
人間扱いされるようになるはずだった統治機構との決別後も、結局、神威だけはそうはならなかった。
竜眼を宿し、ブルードラゴンの召喚装置に成り果てていたことが判明したからだ。
だが、いまや竜眼はない。
そしてそれによって竜級魔法士の力のほとんどすべてが失われたといっても過言ではなく、全力の攻型魔法が妖級幻魔を斃すことすらままならないという事実には、認めがたい違和感があった。
とはいえ。
「そうだな」
神威は、明日良の考えに同意し、彼が嵐を司る破壊神の如く暴れ出すのを見ていた。




