第千四百十九話 彼方より来たる(六)
「よほどその透明人間に興味があるんだな?」
そういって、幸多の顔を覗き込んできたのは、騎士である。その整った顔立ちには、ウルティマリアに対する疑問が浮かび上がっていた。
「それはもう、当然でございましょう。魔道書には、宇宙移民に関する記録は数多とあれど、地球市民に関する記録はほとんどありませんから。この透明人間くんも、もしかしたら魔天創世前後、独自に進化した人間かもしれませんし、徹底的に調べ尽くせば、皇国の発展に繋がる可能性も――」
「ないだろう」
切り捨てるように告げたのは、魔法士。吹き抜ける風が群青の長衣を揺らしていた。
「魔天創世で死滅したはずの地球人類の生き残りが、我らが皇国の発展にどのような役に立つというのか」
「それを決めるのはカリアフ卿ではなく、陛下でございます」
「……そうだが」
カリアフ卿と呼ばれた長衣の幻魔は、ウルティマリアの言を受け、鼻白んだ。
「まったくだ。陛下が透明人間の扱いを長官殿に任せたんだ。放っておけば良い。それとも、陛下に意見するつもりか?」
「いや……」
カリアフは、騎士の追撃に、返す言葉もないといわんばかりだった。
皇国の君主に従属する三体の鬼級幻魔たち、その言葉がぶつかり合う中、幸多が考えるのは、やはりどうやってこの苦境を脱するかということだけだ。
もはや、ウルティマリアだけが認識しているのではなく、全員が幸多のことを認識していた。おそらく魔法を用い、ウルティマリアと視覚を共有したのだろう。
鎧套が破壊され、身を包んでいるのは、闘衣だけだ。闘衣は、身体能力を底上げし、戦闘能力を向上させる装備だが、幸多の戦闘というのはいまや鎧套を装着することが前提となっている。
鎧套の防御能力と、機動性、そして携行兵器群による総合火力が、幸多を完全無能者ながら一端の導士へと押し上げてくれているのだ。
闘衣だけでは、この状況を打破できるものかどうか。
当然だが、転身機は使えない。転身機によるF型兵装の転送は、レイライン・ネットワークを介して行うものであり、通信環境の存在しないこの状況では、如何ともし難い。
そもそも、レイライン・ネットワークが使えるのであれば、このような状況、どうとでもなるのだが。
(レイライン・ネットワークも、エーテリアル・ネットワークも、どこにも見当たらない)
レイライン・ネットワークは、地中。それも遥か地の底を流れるものだ。かつては世界中、地球全土を余す所なく駆け巡っていたという話であり、この地球のどことも知れぬ土地にも張り巡らされていたとしても不思議ではない。
が、魔天創世の直撃、あるいは余波によって崩壊したそれを復旧するのは、幸多の独力では不可能だろう。
幸多ができるのは、エーテリアル・ネットワークの復旧作業であり、そのためには、魔素伝導管を見つけなければならない。が、魔導管の残骸もまた、どこにも存在しなかった。
青ざめた空の下、凍てついた空気が吹き抜けていく。
「ここが地球……ここが聖地……わたしたちの生まれ故郷」
「陛下やおれが生まれたのは、蒼陽銀河ですが」
「幻魔の生まれ故郷……」
「言い直した」
「一々、茶々を入れるものではないよ、オルディン卿」
「……おう」
オルディン卿と呼ばれたのが、騎士然とした幻魔である。
オルディンの発言から、オルディンと王がこの宇宙ではなく、別の宇宙の出身だということがわかったが、だからなんだというのか。
(そうようぎんが……? 銀河か……?)
だとすれば、その言葉が意味するのは、こことは異なる銀河、異なる宇宙が存在し、そこでも新たな幻魔が誕生し続けているということだ。そしてそこにこの大軍勢の本拠地があるということである。
遙か昔、人類は、宇宙に進出し、外宇宙へと旅立ったという。地球市民と宇宙移民の間に軋轢が生じず、交流が絶えず続いていれば、その後の宇宙移民の発展も知ることができたのだろうが、残念ながら、宇宙の歴史は知る由もない。
人類が進出した外宇宙のひとつが、ソウヨウ銀河と呼ばれる宇宙なのかもしれないが、確証は持てない。
宇宙に適応した幻魔たちが、独自に開拓した宇宙なのかもしれないのだ。
「あれがこの銀河の太陽……確かに紅い。紅いね」
「紅陽銀河と呼ばれるだけのことはありますな」
「蒼き太陽とはまるで違う。暖かく、柔らかい。それなのに……」
幻魔たちの王は、周囲を見回し、目を細める。この落下地点の周囲一帯を覆い尽くす結晶樹の樹海には、この騒動を聞きつけたのであろう大量の幻魔が蠢いているようであり、それは、幸多の目にもはっきりと映っていた。
霊級から獣級、妖級に至るまで、様々な幻魔がこちらの様子を遠巻きに監視している。
しかし、鬼級幻魔が四体も集まっており、中でも王の力があまりにも強大であるが故、手出しなどできようはずもないだろう。
仕掛ければ最後、瞬殺されるだけだ。
当然のことだが、この近隣に〈殻〉を持つ鬼級幻魔たちも、この事態に気づいているはずだ。気づき、戦力を手配しているのかもしれず、それらが結晶樹の樹海に潜んでいる可能性も考えられた。
「どこもかしこも幻魔ばかり。相も変わらず、幻魔戦国時代を続けているみたい」
「魔道書曰く、エベルによる統一は、魔天創世直後に崩壊、地球全土は再び戦乱に包まれた、と」
「エベルの後継者が現れぬまま百年以上が経過し、現在に至る……か」
「やはり、陛下のような力有るものが必要なのだ」
ウルティマリア、オルディン、カリアフ――三者三様に頷き、納得する素振りを見せるが、幸多にはなにがなんだかわからない。
彼らがなぜ、ソウヨウ銀河なる宇宙からこの地球までやってきたのかも、不明だ。
なにを目的とし、なにを求め、なにを考え、なにを望んでいるのか。
(蒼陽銀河……か)
白金色の光を放つ王は、静かに告げた。
「わたし……イスラリエル・レイグナス=ヴァシュタラがここに宣言しよう。この地球は、ヴァシュタリア皇国が保護し、管理下に置く、と」
(保護、管理……だと?)
幸多は、イスラリエルと名乗った鬼級幻魔の発言に顔をしかめた。ウルティマリアは、幸多の反応を見て、ほくそ笑んでいたが、そんなことはどうでもいい。
「それは困るよ」
聞き知った声は、なぜか、幸多の耳元で聞こえた。
「宇宙の果てからやってきて、いきなりそんな勝手なことをされちゃあ、地球生まれ地球育ちのおれたちの立つ瀬がない」
「なっ――!?」
ウルティマリアが愕然としたのも束の間、その両腕が寸断され、幸多が解放された。幸多は、ウルティマリアの両腕の切断面から液体のように噴き出す魔力を見ていたし、自由になったはずの自分が、つぎの瞬間にはまたしても囚われの身になっていることを理解した。
「なあ、きみもそう思うだろ? 幸多くん」
そういって、幸多の耳元で囁いてきたのは、アザゼルだった。
幸多は、アザゼルの腕に抱えられ、その顔面の一部を見た。〈嫉妬〉の悪魔アザゼルは、ぼさぼさの白髪に暗紅色の肌の持ち主だ。長身痩躯をスーツで包み込み、頭から被ったような黒い環が目元を隠している。しかし、アザゼルに抱えられたことで、黒い環の内側が覗き見えた。
やはり、幻魔特有の赤黒い瞳の持ち主だが、その目鼻立ちには既視感があった。
即座には思い出せないが、知っている。
見たことがある。
(どこで?)
疑問は、瞬時に消し飛ぶ。叫んでいた。
「アザゼル!」
「そう全力で怒鳴らなくても聞こえてるよ。それにさあ、そこはまず、ありがとう、じゃないのかな? きみの絶体絶命の窮地を救ってあげたんだからさ」
「絶体絶命の窮地は変わってないだろ!」
「……いうようになったじゃないか。成長したねえ」
なんだか感慨深そうな反応を見せるアザゼルだが、声音は軽薄そのものであり、幸多には一切響かない。むしろ、警戒を強め、敵愾心を刺激するばかりだった。そして、その眼下では、ウルティマリアが両腕を瞬時に復元していた。
やはり、鬼級幻魔の腕を切断した程度では、痛撃にすらならない。
そんなことは、最初からわかりきっているのだが。
「初めまして、地球の幻魔さん。わたしは、蒼陽銀河ヴァシュタリア皇国の聖皇イスラリエル・レイグナス=ヴァシュタラと――」
「話が長ぇ!」
獰猛な叫び声が王の声を掻き消しただけでなく、存在そのものを消し去った。
イスラリエルと名乗った鬼級幻魔が存在した座標、そこに穿たれるのは、巨大な亜空間。赤く黒く、禍々しい異形の穴。
その中から浮かび上がってくるのは、三対六枚の翅であり、髑髏模様がその存在を強く主張していた。
〈暴食〉の悪魔、ベルゼブブ。




