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ノーマジック・ノーライフ~魔法世界の最強無能者~【改題】  作者: 雷星
魔界の無能少年

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第千四百十七話 彼方より来たる(四)

 幸多こうたらえたのは、その鬼級幻魔おにきゅうげんまと思しき人型の怪物、その背中から伸びている物体であり、それは光沢を帯びた結晶質の触手のようなものだった。幸多の全身を鎧套の上からしっかりと締め付け、拘束右肩から胴体を拘束しており、抜け出せそうにはなかった。

 ただし、幻魔にしてみれば対象が機械仕掛けの物体であるという以外に情報がなく、故に警戒しているようでもあった。つまり、あまり強い力が加えられていないということだ。

 幸多が感じる痛みは、微々たるもの。

 とはいえ、幸多は、鬼級らしき幻魔に拘束されている現状を窮地きゅうちと認識しなければならかったし、絶体絶命に等しい状態だという事実を受け止めなければならなかった。

 いや、鬼級に拘束されているかどうかではない。

 この大量の、それこそ数え切れない量の幻魔が驟雨しゅううの如く降り注ぎ、破壊の限りを尽くしているかのような状況こそが、だ。

 全周囲を膨大な数の幻魔が覆い尽くしていて、隠れる場所などあろうはずもなければ、抜け出すのも至難となるだろう。幸い、幸多が、機械仕掛けの防具を身につけ、完全無能者であるが故、幻魔に黙殺されている現状、脱出できる可能性は少なからずあった。

 そして、その可能性が、潰えた。

 鬼級と思しき幻魔の外見は、若々しい男。人間と同様に五体があり、二本の足で立っている。降り注ぐ幻魔の群れが積み重なってできた黒い足場。幻魔たちは、鬼級に踏みつけられても不満ひとつ漏らさない。そのような態度を見せれば最後、命を落とすだけだ。

 この幻魔の大群は、ひとつの大勢力と見るべきであり、鬼級幻魔は、この勢力の主か、あるいは支配階級に君臨しているに違いないのだ。

 故に、足場となった異形の幻魔たちは、邪魔にならないように息を潜めているようでもあった。不興を買えば最後、すべてが終わる。

 鬼級幻魔を頂点とする幻魔の勢力は、大抵、どこも同じだ。

 鬼級の圧倒的な力を法とし、理とし、掟とする。

 力こそがすべて。

 それが幻魔世界の摂理なのだから。

 さて、幸多を触手で掴み取った幻魔だが。

 顔立ちは秀麗しゅうれい、肉体と一体化したかのような白銀の甲冑で全身を覆っており、触手らしき結晶構造物は、甲冑の装飾具のようでもあった。無数にある装飾のひとつ。

 全体的に見れば中世の騎士とでもいうような出で立ちだが、その双眸そうぼうは、幻魔らしく血のように紅く黒く、そして禍々《まがまが》しく輝いている。

「遠路遙々《えんろはるばる》地球までやってきたんだ。道中、宇宙塵スペースデブリが紛れ込んだとしても不思議ではないさ」

 そういって、銀甲冑の幻魔に話しかけたのもまた、鬼級幻魔であろう。口調から対等な関係らしく、声音から男と判断する。

 もっとも、厳密げんみつにいえば、幻魔に雌雄しゆうの別はないのだが。

 人間は、妖級や鬼級幻魔の姿形、外見だけでその性別を判断するが、実際にはそのようなものは存在しないのだという。

 幻魔は、自らを完全生命体と断言した。究極に進化した万物の霊長れいちょうであり、故に寿命などなければ、無限に生き続けるため、子を成す必要もない。成長する理由もなければ、技や術を鍛え上げる理屈もない。

 生まれ持った圧倒的な力だけで十分だ、と。

 事実、鬼級幻魔ともなれば、生来の力だけで人類を蹂躙じゅうりんするなど容易たやすい。

 人類の中でも最高峰の魔法士たちが力を合わせ、星象現界を発動してようやく対等に戦えるくらいには、生まれ持った力の差というのは大きい。

 そんな完全生物たる幻魔に性別など存在しなくとも、なんら不思議ではない。

 幸多も、便宜べんぎ上、幻魔に男女の区別をつけるものの、そこになにかしらの意味や意図があるわけではなかった。ただ、そうしたほうがわかりやすい、というだけの話だ。

 さて、幸多をスペースデブリ――宇宙のごみ呼ばわりした鬼級幻魔だが、こちらは甲冑ではなく、長衣ちょういを身に纏っていた。身長は、騎士然とした幻魔と変わらない。ただ、こちらのほうがやや細い。群青ぐんじょうの長衣と溶け合うかのような魔晶体の持ち主で、顔立ちは整っている。もちろん、幻魔特有の赤黒い眼の持ち主だ。

皇国おうこくからの進路上に宇宙都市の残骸が漂っていたとしても、なんら不思議ではありません。なんといっても、人類が宇宙に進出して百数十年が経過していますからね。宇宙都市でなくとも、人類が宇宙にばら撒いたごみなど、いくらでもあるでしょう」

 淡々と考えを述べたのは、女声じょせいの幻魔。鬼級であろうことは、その口調からも想像に容易い。鬼級が妖級以下の幻魔に対等な立場からの物言いを許すわけもない。

 つまり、

(三体目……!)

 幸多は、全身が強張こわばるのを認めながら、三体目の女幻魔に目を遣った。

 銀甲冑の騎士、魔法士の如く長衣を纏うもの、そのつぎに姿を見せたのは、人間の研究者、技術者のように白衣を身につけた幻魔だった。他の二体よりは低めの身長だが、人間よりは遥かに大きい。二メートルはあるのではないか。

 その長身が白衣と融合しているような外見であり、長い長い白髪もまた、特徴的だった。一見すると、美女である。人間社会に紛れ込んでいても、一目では判別不可能なのではないかというほどに人間に酷似した容貌ようぼうの持ち主だ。

 しかし、全体像を見れば、幻魔であることは一目瞭然。

「――が」

「が?」

「この塵に、なにか、気になることでもあるのか?」

 騎士が触手を引き寄せると、自然、幸多と幻魔の距離が縮まることになる。羽衣はごろもはとっくにがれ落ち、鎧套がいとう闘衣とういだけが幸多の身を守っている。そして、蒼煌練気そうこうれんき。全身を巡る情報子じょうほうしを総動員し、身体能力を強化。それにより、あらゆる状況に対応できるようにしておく。

 残念ながら、蒼転移そうてんいは使えない。

 なぜならば、この空間に通信環境が存在しないからだ。

 幻魔の大瀑布の真っ只中、全周囲、どこもかしこもどす黒く、破滅的だが、そんなことよりも重要なのはどこを見てもレイライン・ネットワークもなければ、エーテリアル・ネットワークの残骸すら見当たらないという事実のほうだ。

 どれだけ幻魔の大群に押し包まれようとも、鬼級幻魔が三体もいようとも、通信環境が存在し、蒼転移を使うことができる状況ならば、幸多は簡単に窮地を脱出することができる。

 だが、ここには通信環境はない。

 この現代において、通信環境が整っているのは央都とネノクニ、つまり、双界を中心とする人類生存圏だけだ。

 魔天創世の遥か以前、人類が起こした二度に及ぶ魔法大戦の影響によって、世界規模の通信障害に襲われたという話もあれば、魔天創世によって情報通信網が完全に崩壊したともいわれている。

 いずれにせよ、落下地点が人類生存圏から遠く離れていることは想像できていた以上、通信環境に期待してなどいなかったのだが。

 しかし、レイライン・ネットワークがなくとも、エーテリアル・ネットワークの残骸でもあれば、それらを復旧し、蒼転移によってある程度遠方まで移動するという方法も取ることがいまや不可能ではなくなった。

 宇宙空間でのエーテリアル・ネットワークの再構築と、地宙間情報通信網の復旧作業は、幸多にある種の自信を与えたのだ。

 しかし、現実はどうか。

 空気中にエーテリアル・ネットワークの残骸を見つけることも叶わなかった。

 幸多は、絶望的な気分の中で、三体の幻魔が幸多の鎧套に注ぐ視線を受け止めていた。彼らは、幸多を認識していない。当然だ。幻魔の通常の視覚では、幸多は完全に透明な存在なのだ。

 幸多が被っている兜の内側すらも見通せるくらいには、幸多の存在というのは、幻魔にとって完全に透明であるらしい。

 だが。

「これは違いますね」

「違う?」

「どういうことだ? なにが違う? わたしには、ただの金属の塊にしか見えないが」

「機械のな」

「うむ」

「機械の鎧です」

「機械の鎧? 鎧だからどうだってんだ?」

「そうだな。鎧だろうがなんだろうが、塵は塵だ。こんなものに興味を持つおまえがどうかしている」

「おれが悪いのかよ」

「いえ、興味深いのは、その中身です」

 白衣の幻魔は、その双眸をきらめかせると、鎧套にではなく、幸多に視線を合わせた。ついに幻魔と目が合ったのだ。幸多ははっと身構えたが遅かった。

 白衣の幻魔が手を翳すと、光芒こうぼうはしり、鎧套に直撃、幸多を凄まじい衝撃が襲った。思わず声が漏れるも、その声すら通常、幻魔には聞こえないはずだ。

 声は、音。音は、空気の振動。だが、魔素を一切持たざる音は、幻魔には届かない。

 だから、幸多の苦悶の声には、白衣の幻魔も反応を示さなかった。

 視えていても、聞こえていない。

「塵の中身?」

「なにが入っていると?」

「見てわかりませんか?」

「はあ?」

勿体もったいぶらずに教えてもらいたいものだが」

「仕方ありませんね。教えて差し上げましょう」

 そして、白衣の幻魔は、さらに魔法を放ち、鎧套を攻撃した。天翔てんしょうは最新型の鎧套である。全身を覆う装甲に用いられた魔法合金も、最新にして最硬の代物であり、生半可な方法では傷つけることも難しい。

 少なくとも、妖級幻魔程度ならば、一対一でも戦い続けられるくらいの強度を誇るのが、最新のエフ型兵装だ。

 もっとも、天翔は、飛行用の鎧套である。空中を自在に飛び回ることに重きを置き、限りなく軽量化したそれは、防御面では脆く、弱い。

 ついに幸多の全身を覆っていた装甲がばらばらに砕け散ると、騎士の触手からも解放され、地上に落下する。そして、なにかに受け止められた。

「ご覧の通り、人間ですよ」

「人間?」

「人間だと?」

「興味深くはありませんか?」

 白衣の女幻魔は、両腕で抱き留めた幸多の顔を覗き込みながら、いった。美貌びぼうの女魔がなにを考えているのか、幸多にはまるでわからない。その目が幸多を認識できているのは間違いなさそうだが、しかし、人類の天敵たる幻魔がなぜに幸多を殺さないのか。

 いくら幸多が特異な存在であるとはいえ、だ。

「そこにいるのか? 人間が」

「はい。わたくしの腕の中に」

「見えねえ……本当かよ……」

「信じられないが、科学技術庁の長官殿が虚言きょげんろうするとも思えぬ」

「そりゃあそうだ」

 騎士と魔法士には、相変わらず幸多が見えないようだった。

 鬼級幻魔であっても、幸多を視るには特別な才能、技術が必要なのだろう。

 つまり、この白衣の女魔に見つかりさえしなければ、逃げることも難しくはなかったのではないか、ということだが。

 そのような希望的観測は、瞬時に砕け散った。



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