第千四百十二話 生存者
まさに超新星爆発の如き大爆発は、爆心地の遥か彼方、地上からでもはっきりと見えた。
竜級幻魔ブルードラゴンの死によって生じたそれは、遥か蒼穹の向こう側に大輪の桜の花を咲かせるかのようであり、無数の桜の花弁が舞い散っていく光景は、さながら流星群のようだった。
それらが大気圏を通過しながら赤々と燃え上がり、燃え尽きていく光景は、圧倒的としか言い様がない。
筆舌に尽くしがたいとはまさにこのことだっただろう。
「ブルードラゴンは……滅び去った……?」
「ええ。少なくとも、ブルードラゴンの魔晶核が破壊されたのは間違いありません。閣下が、その手で握り潰したのですから」
麒麟は、静かに断言するも、その目は予断を許さないと言いたげだった。
神威は、確かに竜眼たる魔晶核を握り潰した。それによって蒼竜の魔晶体のみならず、神威の肉体までもが崩壊を始めたことは、当然の結果と受け入れるほかあるまい。
蒼竜の言葉は、こちらに届いていない。
が、幸多と明日良が適宜噛み砕いて説明してくれたことによって、神威と蒼竜の関係が理解できるくらいの情報はあった。
ブルードラゴンは、神威を一度、殺した。だが、なぜか、神威を蘇生し、そのために己が魔晶核を用いたというのだ。
それによって、ドラゴンが、死者蘇生という人間の魔法士では到達できない境地に容易く踏み込むほどの力を持っていたということがわかるだろう。
まさに理外の存在というべきだ。
そして、神威には、心臓の代替品として竜眼が備わった。代替品というにはあまりにも強大にして無限の可能性を秘めたそれは、神威の命であり、ブルードラゴンの命でもあった。
人間と竜が命を共有していたのだ。
どうしてブルードラゴンがそのような真似をしたのかは、説明を聞いても理解できない。
結論としては、神の気まぐれのようなもの、ということのようだが。
そして、その気まぐれが蒼竜自身の命を終わらせることとなったのは、皮肉なのか、どうか。
「閣下は……?」
「閣下は――」
麒麟は、幸多から送信されている映像が莫大な光の奔流に乱され、安定しないことに多少苛立ちを覚えながらも、覚悟もしていた。
蒼竜との命の同期。
それによって生かされていたのが神威ならば、魔晶核を破壊したということはつまり、神威の命数もまた、尽き果てるしかないのではないか。
天を仰げば、大気圏を無数の流星が彩っていた。
それらが地上に降り注ぎ、各地に損害をもたらす可能性については、ノルニルたちが計算している最中だ。
『少なくとも、央都近辺は安全みたいよ!』
『でも、ほかの地域は危険かも』
『あれだけの魔素質量体ですから、全部が全部、燃え尽きるてくれるだなんて希望的観測にもほどがありますものね』
ノルニルたちの報告に、護法院の長老たちは顔を見合わせた。
蒼竜の死とともに拡散した絶大なる竜気が、地球各地にどのような被害をもたらし、どのような事態を招くのか、想像もつかない。
そして。
『あー……聞こえるか? 地上の諸君』
「か……閣下……!」
想わず、中継機にかぶりつくように身を乗り出した麒麟の反応を見て、義一は心底安堵した。中継機から聞こえてきたのは、神威の声だ。
極めて明瞭なそれが、地宙間情報通信網の接続が安定していることを示している。
「どうやらおれは生きている」
神威は、まるで納得がいかないといわんばかりの表情で、いった。
その反応、その態度が、あまりにも不遜で、だからこそ、明日良は、なんともいえない安心感を覚えるのだった。
傲岸不遜大魔王なる異名は、なにも明日良だけのものではなかった。
本来、傲岸不遜大魔王とは、神威のことなのだ。
神威は、かつて、ヴァルハラ・ゲームでもっとも人気を誇った戦士であり、その義侠的精神あふれる熱血漢ぶりがネノクニ市民を熱狂させたという。しかし、ヴァルハラ・ゲームを終了させた神威は、統治機構に対し、極めて傲岸で不遜な態度を取り続けた。統治機構唯一無二の敵対者として、その圧倒的な力を振り翳したのだ。
それによって、傲岸不遜大魔王なる異名で呼ばれるようになったことは、歴史の教科書には載っていないが。
しかし、事情を知れば知るほど、探れば探るほど、神威に同情こそすれ、そのような異名を名付けた連中に悪感情を抱くだけのことだ。
それは、ともかく。
明日良の目は、神威の姿をはっきりと捉えていた。
「そうだな、あんたは生きてる。幽霊なんかじゃねえ」
「はい、閣下!」
明日良の喜びの声もそうだが、幸多の声もまた、歓喜に満ちたものだった。
幸多は、神威と蒼竜の戦いとその結末に至るまで、なにもできなかったのだ。ただ、見ていることしかできなかった。それが使命であり、任務であり、役割であるとはいえ、ただじっと見守っているだけというのは、案外、精神に来るものだ。
神威がどれだけ傷を負おうとも、手出しすることもできなければ、声を掛けても意味がない。仮に宇宙で使用可能な武装があったとしても、竜級幻魔には無駄だっただろう。
やはり、中継カメラの役割を果たすことだけが、幸多にできる唯一の仕事だった。
そしていまもなお、幸多は、カメラの役割を果たしている。
その目で、神威を視ているのだ。
神威の全身は、先程とは大きく変わっていた。当然だろう。竜眼の力、竜の魔力、竜気を失い、星髄に至った星象現界のみならず、通常の星象現界さえも解除されている。
黒髪に暗緑色の目を持つ、大男。右眼を閉じているのは、その役割を果たしていた竜眼を取り出したからに違いなく、復元もできていないからだろう。
神威が幻魔のように肉体を瞬時に復元できていたのは、竜眼の力あればこそだ。そしてそれこそが、神威が人間とは異なる存在になっていたことの証明であろう。
蒼竜の魔晶核によって生かされた存在。
人間に似て非なる、幻魔の如きもの。
だが、いまはどうか。
神威の肉体は、人間そのものだ。その全身を覆うのは導衣であり、漆黒のそれは、宇宙の闇に溶けるようだった。足の爪先から頭の天辺に至るまで、欠損している部位は見当たらない。
右眼以外は、だが。
神威は、右手を胸に当てた。
「心臓も、ある」
「そりゃそうだろ。なかったら生きてねえっての」
「なかったんだ」
「あん?」
「ついさっきまで、おれに心臓はなかった。竜眼が、おれの心臓の代わりを果たしていた。だからだな。肉体を粉々に粉砕されても、あっという間に復元することができ……奴とも対等に戦うことができた」
「心臓がなかったって、医務局の連中はなにしてたんだよ?」
「竜の力だぞ。いくらでも誤魔化せるさ」
「むう……そういうもんか。どう想う、皆代」
「えーと……閣下が無事なら、どうでもいいかなーって」
唐突に予期せぬ話題を振られ、幸多は、慌てた。神威の映像を地上に中継するため、その全身を見回していたのだ。
「おまえって、案外、図太いよな」
「そ、そうですかね?」
「そうだな。きみは、その図太さがあればこそだ」
「ど、どういう……?」
「まあ、なんだ。全部、終わったということだ」
「あ、話を逸らしやがったな、ジジイ」
「ぼくにもわかりましたよ、いまのは、さすがに」
明日良と幸多が食いついてくるのを少しばかりうざったそうにする神威だったが、一方で、自分が人間として完全に蘇生したことについて、考えていた。
ブルードラゴンが最後の力を振り絞って、神威の命を繋ぎ止めたのだろうが、しかし、なぜ、そのような真似をしたのか。
蒼竜にそんなことをする義理もなければ、道理もない。
理屈にも、合わない。
蒼竜は、いった。
旭桜と自分の意識に連続性はない、と。
その言葉に嘘はないのだろうが、しかし、その言動にはどうにも桜の影響が見え隠れしていたのは事実だ。声色や言葉遣いもそうだが、仕草や表情のどれをとっても桜そのものだった。それが神威を嬲るためだけとは、いまとなっては考えにくかった。
そんなことをしても、神威を怒らせるだけだ。感情の昂ぶりが魔法士の力を極限にまで増幅させることくらい、ドラゴンにわからないはずもない。
ブルードラゴンがなにをしたかったのか、神威には、見当も付かなかったし、その結末として己が滅び、神威が生き残ることとなったのは、どうなのか。
竜の眼は、この結果すら見えていたのか。




