第千三百九十七話 竜と竜(十九)
自分の流星群に飲まれた挙げ句、自爆の連鎖によって肉体が崩壊していく様は、流星のひとつひとつに込められた竜気の質量の凄まじさが招いた結果だ。超高密度に圧縮された魔素質量体。その一個一個が蒼竜の魔晶体を爆砕するだけの威力を持っていたのだ。
それらが殺到し、爆砕の乱舞を巻き起こせば、神威の宇宙が震撼した。
が、その余波すらも神威には届かない。
絶神威界。
星髄に到達した神威の星象現界は、亜空の断裂の如き星域を展開し、星域内における絶対者として神威を設定する。
その全能感にして万能感たるや、竜眼を解放した瞬間とすら比較にならない。
圧倒的にして絶対的な力が、神威の意識を拡張し、五感を冴え渡らせ、あらゆる認識を肥大、尖鋭化させている。
この小さな宇宙の隅々に至るまで神威の感覚は行き渡り、故に、蒼竜が爆砕の渦の中で速やかに蘇生し、こちらを見つめているのがわかった。
竜眼が虹色に輝き、竜鱗の装甲に光が走る。幾重にも重なる無数の紋様。複雑にして精緻、神々《こうごう》しくも幻想的な律像が多層構造の魔方陣を構築、展開されていく光景――。
神威は、右手を視線の先の蒼竜に重ねるように掲げ、手のひらを握り締めた。絶神威界の力が蒼竜に集中し、その魔晶体を圧縮、捻り潰していくのだが、竜鱗の輝きは爆発的な勢いで膨れ上がるばかりだった。
「これは……」
つぎの瞬間、蒼竜を中心とする空間に律像が十重二十重に展開したかと思うと、大輪の桜が花開くようにして竜気の閃光が神威の宇宙を灼いた。
絶大な力の爆発。
神威の宇宙、絶神威界の内側にもうひとつの異なる宇宙が誕生する光景は、神威の網膜に焼き付き、脳髄をも焦がしかねないほどのものだった。
当然だろう。
神威は、この宇宙を掌握している。あらゆる感覚でもって支配し、それ故に、新たな宇宙の誕生による影響を受けてしまった。
思わず仰け反ったのも束の間、神威は、全力でその宇宙の排除に動いた。つまりは、両腕と六翼でもって宇宙を動かし、星域に満ちる力を蒼竜の星域にぶけようとしたのだ。
だが、時既に遅し。
蒼竜の星域が、神威の星域の中に絢爛たる輝きとともに具現し、その存在を確かなものとした。
それは、満開の桜の森とでもいうべき領域であり、絶神威界の内側から領土を広げるようにして、境界に亀裂を生じさせていた。星域同士の激突が火花を生じさせ、破壊を撒き散らす。
《あなたが星髄に到達したというのなら、わたしもまた、星髄に至るは道理》
旭光の如きかがやきを放つ大輪の桜の木の下で、蒼竜は告げた。その姿は、花見に訪れた旭桜のようであり、神威の神経が焼き切れるような感覚に苛まれた。記憶が揺れる。
《なんと名付けようかしら》
蒼竜は、神威の反応を見つめながら、嬲るようにいう。
星域の中の星域がその圧倒的な存在感を示しながら拡大していけば、やがて星域同士の全面衝突となり、互いの尊厳を懸け、両者の支配権を巡る戦争となる。この空間の領有権は、自分が握っているのだと、互いに強く主張しているのだ。
激突することこそ道理であり、その力が拮抗しているのであれば、なおさらだ。
味方ならばまだしも、敵の星域を受け入れる魔法士などいまい。
ましてや、蒼竜の星域である。
そんなものを受け入れれば最後、神威は、瞬殺されかねない。
《桜花繚乱は、安直すぎる? それとも――》
「どうでもいい」
神威は、唾棄するように告げると、その瞬間には、蒼竜の眼前へと迫っていた。星域ごと押しつけるようにして桜の森の中へ突っ込み、蒼竜が目を見開く様を見る。
「おまえがなにをどう考えていようとも、おれには関係がない。おれはおまえを斃す。それだけだ」
《そうね。それがあなたの役割、あなたの使命、あなたのすべて。なら、それが終わったら》
蒼竜は、わずかに後ろに下がると、前方に桜の花弁を舞い踊らせた。乱舞する花弁が神威の接近を阻み、全身を切り刻む。蒼竜の星象現界もまた、星髄に至り、この星域を開いた。星域の力は拮抗し、故に、互いにとって致命傷を与えることも容易くなっている。
神威の胸に穴が開き、そこから大量の花弁が入り込んでいく。
《あなたがわたしを斃すようなことになったら、あなたは、どうなるのかしら?》
「どうもならんよ」
神威は、体内に雪崩れ込んできた大量の花弁によって肉体が破壊され尽くしていく中で、明言した。蒼竜の意思が星域に満ちる桜の花弁を舞い踊らせ、神威を制圧していく。
「おれは、おれのままだ」
《そうかしら。わたしは、そうは想わないけど》
蒼竜は、桜の花弁に埋もれていく神威の姿を見届けながら、いった。
《だって、あなたは、これが最後の仕事のつもりでしょう?》
大量の桜の花弁が神威の墓標を完成させるまで、時間はかからなかった。蒼竜の前方、桜花繚乱と仮に名付けた星域の中に、それは立ち尽くす。
《わたしを斃して、それですべてを終わらせるつもりなんだもの。そんなこと、許さないわ》
「おまえの許しを請う理由はないよ」
神威の声は、蒼竜の背後からだった。虚を突かれた蒼竜が振り向いた瞬間、その首が寸断され、宙を舞う頭部が神威の姿を捉えていた。竜眼から復元する最中の神威の姿。蒼竜の首を断ったのは、手刀。手刀に込められたのは、星域・絶神威界の力。亜空の断裂の如きそれは、蒼竜の魔晶体を容易く切り裂く。
さらに、爆撃。
六翼から放たれた流星群が、蒼竜の魔晶体を粉々に打ち砕き、徹底的に破壊し尽くす。魔晶体の一片すら残さぬ爆砕の嵐。桜の花弁が神威に殺到するも、神威は瞬時に飛び退き、全身に星域を纏うことでそれらを振り切って見せた。
「おれはおれだ」
神威は、告げる。
「おまえ如きに支配される謂われはない」
《随分というじゃない》
蒼竜の声が当然のように響き渡れば、桜の大樹の中からその姿が現れる。大量の桜の花弁が、彼女の復活を荘厳に演出していた。
《わたしの力がなければなにもできないくせに》
「勝手に与えて、勝手に我が物顔か。ふざけるなよ」
《ふざけているのはあなたよ、神威。わたしはあなたに与えたのよ。だったら、あなたのすべてはわたしのもの。そうじゃない?》
「わけのわからないことをいうな」
大樹の上から降ってくるなり踵落としを叩き付けてきた蒼竜に対し、空間そのもので対応した神威だったが、その空間による防御も突破され、右腕が吹き飛ばされ、右胸に穴が開いた。蒼竜もまた、星域そのものを身に纏うことによって、攻撃力、防御力を飛躍的に高めている。
星域のこのような使い方は、本来、ありえない。
竜級幻魔だからこそ、竜気の使い手だからこそ可能なのではないか、と、神威は考えるが、結論はでない。
蒼竜の尾が神威の脇腹を貫き、体内に竜気を流し込んできたが、対抗するように左手で尾を掴み、握り締めて引き千切る。透かさず、流星群の撃ち合いとなり、両者の眼前で爆砕の乱舞が巻き起こった。
《わたしはあなた。あなたはわたし。だから、終わらない。終わらせない。永遠に戦い続けましょう。永久に、踊り続けましょう》
「冗談じゃない」
神威は、爆撃の中から伸びてきた蒼竜の右拳を左腕で逸らし、踏み込んだ。そのときには右腕が完全に復元しており、全身全霊の拳の一撃が蒼竜の腹を抉る。
「おれは、ここでおまえとの戦いを、因縁を、すべてを、終わらせる」
絶神威界の力を凝縮した一撃は、蒼竜の星域に覆われた魔晶体に大穴を開け、消し飛ばした。
だが、決着は付かない。
付けられない。




