第千三百九十六話 竜と竜(十八)
ブルードラゴンの眼は、確かに神威の星象現界がさらなる力を発揮する様を認め、故にその爆発的な力の拡散による二次災害、三次災害を予見し、余波が宇宙規模の影響を与える可能性すらも感じ取っていた。
それは、竜眼に秘められた力の完全解放といっても過言ではない。
神威は、いまのいままで全身全霊、力の限り、それこそ死力を尽くし、蒼竜に立ち向かっていた――つもりだった。
彼としては、持ちうる力の限りを発揮していたのだから、それそのものに大きな間違いはない。
ただ、力には制限が設けられていた。
星象現界がその本質を理解できない状態で発動されれば、本領を発揮できないのも当然であり、道理であろう。
神威を中心に広がり始めたのは、亜空の断裂。限りなく純然たる竜気の衝突によってのみ生じるそれが、神威自身の意思と力によって開かれていく。そして、宇宙空間に満ちる魔素を吸収することで復元されるそれは、この宇宙全体の終焉を加速させる要因となりかねない。だが、神威は力の拡大を止めない。
己が命を燃やし尽くし、魂すらも灼き尽くさんばかりの勢いで、彼は、吼えた。
「絶神威界」
星髄へと至った星象現界、その真言を告げたとき、神威の星装を構成する竜鱗の一枚一枚が超高密度にして多層構造の律像を投影し、宇宙空間に巨大にして複雑精緻な魔方陣を描き出した。それは一瞬。そして、その刹那に律像構造を読み取った蒼竜は、存在しないはずの脳髄が焼き切れるような感覚に苛まれた。無限にも等しい情報が洪水の如く押し寄せ、意識を席巻、攪拌していく。
蒼竜の魔晶体、その結晶構造そのものに致命的な損傷が生じたのがわかったが、もはや、どうしようもない。
絶神威界は発動した。
神威を中心に構築された、超広域に及ぶ空間展開型の星象現界。一見、亜空の断裂の内側とでもいうべき星域であり、そこには、暗黒の深淵が広がり、無数の光点が見て取れた。まるで宇宙だ。宇宙空間そのものが、星域内に構築されている。その宇宙を混沌そのものの如く渦を巻き、暴れ回っているのは、竜気。
神威によって制御された、宇宙の力。
「これがおれの真なる星象現界。名は、絶神威界。相変わらず自己主張の激しい男だと思ったか?」
神威は、何倍にも肥大し、鋭敏化した感覚を制御しながら、問うた。
視線の先、亜空の断裂の内側で、蒼竜が動きを止めている。己が体を抱き締めるようにする蒼竜の反応を見れば、神威が圧倒していることは一目瞭然だ。
この星域・絶神威界は、神威の支配する宇宙である。
宇宙そのものが、異物たるブルードラゴンを排除するべく、あらゆる力、方法を用いるのは当然の帰結であり、宇宙に満ちた魔素という魔素が蒼竜を攻め立て、蹂躙し、千々《ちぢ》に引き裂こうとしているのだ。
この星域における力の流れを支配しているのは、神威だ。
神威だけが、この星域の勝者たり得る。
「こんなものが、おれの〈星〉の全体像というのはなんだか嫌なものだが」
〈星〉とは、魔法士ならばだれもが持つ魔法の元型。つまり、神威は、見たこともない亜空の断裂をすべての魔法の根源としていたということになる。
そんな馬鹿げた話があるだろうか。
《いいえ》
蒼竜が、旭桜の声で苦笑する。その声が無数に揺れて聞こえるのは、蒼竜が状態を維持することすら困難になっているからだろう。
亜空の断裂の内側のような構造こそしているものの、この星域は、宇宙なのだ。神威の宇宙。そこに満ちる力が、すべて、蒼竜を否定している。
その存在のすべてを根源から消し去ろうとしている。
蒼竜が抗い続けるも、六枚の翼、その一枚一枚がもがれ、尾がずたずたに引き裂かれていく様を見れば、もはやどうしようもないことは明らかだ。
《実にあなたらしい〈星〉の形をしているじゃない》
「……おまえになにがわかる、ブルードラゴン。おまえは、桜じゃない。おまえは、竜だ。ただの幻魔に過ぎない。この五十余年、おれに付き纏い……いや、竜眼を通しておれを監視していたようだが、所詮、その程度だ。おれの本質など、理解できまい」
《あなた自身、理解していなかったようだけど》
「……かもしれないな」
神威は、絶神威界の力の集中によって蒼竜の魔晶体を徹底的に破壊されていく様子を見つめながら、いった。圧倒的な力によって、幻魔の神が、ただ、一方的に蹂躙されている。星装の、竜鱗の装甲が剥がれ、手足がもげ、千切れていく。
ついには、胴体が寸断され、首から頭部が切り離された。
それでも、蒼竜は神威を見ている。
そして竜眼が虹色に輝き続ける様は、異様としか言い様がなかった。
勝敗が決する最後まで諦めまいとでもいうのか。
《あなたの〈星〉がこの広大な宇宙なのだとすれば、わたしの判断は間違ってはいなかった――》
蒼竜が断末魔を上げることはなく、その頭部が粉微塵になって消えると、魔晶体のほかの部分も完全に抹消した。当然、体内のいずこかにあったはずの魔晶核など、見る影もない。
蒼竜は、滅び去った。だが。
「なんだと?」
神威は、蒼竜の最後に発した言葉の不可解さに表情を歪めた。
「なにをいっている……? なにを」
星域内の一点に集中していた力が次第に拡散し、平均化していき、やがて、完全なる秩序を取り戻す。静寂の宇宙。ここには、闘争の気配すらない。
漂うのは、莫大な魔素だけだ。
散り散りになった蒼竜の竜気が、神威の宇宙に充ち満ち、いまにも溢れ出さんばかりの勢いだったが、それも落ち着いていく。
一点へ。
「……どういうことだ」
神威は、竜気が収束し、人の形を成していく光景を目の当たりにした。それはまさに蒼竜の擬人化であり、旭桜への擬態とでもいうべき姿だった。つまり、先程まで戦っていた蒼竜が、再び姿を現したのだ。
「なぜ……?」
神威が疑問符を上げた途端、衝撃が彼の腹を貫いていた。見下ろせば、蒼竜がそこにいる。無論、つい先程復活した蒼竜であり、腹を突き破ったのは、その長い脚であり、右の踵だ。竜気が炸裂し、神威の胴体を真っ二つにしてしまう。
が、そんなものは、大したことではない。
神威は、即座に体を復元すると、蒼竜の足に尾を絡みつかせた。蒼竜が神威を仰ぎ見、にやりとする。
《魔晶核も破壊したはずなのに、どうしてブルードラゴンが復活した――と、あなたは考えている。考えなさい。考えて、考えて、考え抜いて、探しなさいな。決して見つかることのない答えを、ね》
「ぐうっ」
神威は、尾ごと振り回され、弾き飛ばされると、無数の竜気弾による追撃を受けた。いわゆる流星群だ。もっとも、神威は、この星域の支配者である。宇宙に満ちる力を制御すれば、流星群による牽制攻撃など、多重結界に頼る必要もない。
星域内の宇宙に停滞する無数の光弾を見れば、神威の星域が依然、絶対的な力を発揮していることが見て取れる。
ならば、と、神威は、意思を発した。
星域内に満ちる力が、超神速で肉迫してきた蒼竜の肉体を吹き飛ばし、星域内を跳ね回らせる。その先々で自分自身が放った竜気弾に激突、爆発の連鎖にまみれていく様は、神威が圧倒的優勢であることを示しているのだが。
しかし、不可解だ。
(おれは……)
神威は、先程の光景を脳裏に巡らせた。星髄に至りし星象現界・絶神威界によって、蒼竜の魔晶体を完全に破壊することに成功した。それこそ、粉微塵に打ち砕き、魔晶核の欠片すら見いだせないほどの惨状だったのだ。
竜級幻魔ですら覆しようのないはずの結果。
絶対的な結末。
死。
滅び。
終わり。
だが、蒼竜は、さも当然のように己が肉体を復元し、旭桜の姿と声で、神威を嘲笑った。
流星群の爆発が星域のそこら中で巻き起こる中、神威は、それを一点に集約した。つまり、蒼竜の動きを拘束し、流星群を殺到させたのである。
ここは、神威の宇宙。
神威は、この宇宙における全能の存在。




