第千三百九十八話 竜と竜(二十)
(なぜだ?)
神威は、宇宙に咲き誇る桜の大樹、その花弁の海から出現する蒼竜を見つめながら、考える。
(なぜ、奴は復活する?)
これまで、何度となく、ブルードラゴンの魔晶体を完璧に破壊し尽くしてきたはずだ。竜級幻魔は、幻魔にとって神の如き存在だが、幻魔であることに違いはない。幻魔は幻魔であり、その絶大無比な魔素総量と圧倒的魔素質量、そして魔素の性質以外、なんら変わらない。
竜級幻魔が、他の等級の幻魔との力の差が次元を隔絶するほどのものだということに過ぎない。
幻魔は幻魔であって、心臓たる魔晶核から供給され、体内を循環する膨大な魔素を生命力としている純魔法知性体であることに違いはないのだ。
故に、神威は、蒼竜のすべてを破壊した。
魔晶体の欠片ひとつ残さず粉砕し尽くしたのであり、分子、いや、原子すら残らぬほどに消し飛ばしたはずだった。
なのに、蒼竜は、復活した。
それはつまり、蒼竜の魔晶核が無事だということだ。それ以外に考えられない。蒼竜だけが他の幻魔と異なる構造、生態をしているとは考えにくかったし、だとすれば、お手上げだ。
いや、いまですら、神威は、混乱さえし始めている。
蒼竜の完全無欠にして神々しくさえある姿は、大量の桜が咲き乱れる中で燦然たる光を放っていた。
星象現界・桜花繚乱。
咲き乱れる桜が、舞い踊る花弁が、ブルードラゴンの力の凄まじさと美しさを際立たせていた。
《どうしたのかしら? これでお仕舞いだなんていうつもりは、ないわよね》
蒼竜が神威の反応を窺うように問い、そして、みずからの星域を強引に拡大し始めた。
神威の星域、神威の宇宙に展開した蒼竜の星域・桜花繚乱は、その支配域の急激なる拡大を桜の木々の大増殖によって見せつけ、火花を散らせた。大量の桜が舞い踊るようにして、火花が乱舞する。星域と星域の衝突。それはまさに星象現界同士の力比べであり、魔法士としての力比べだ。
どちらの魔法技量が上か、どちらの魔素質量が上か、どちらの魔素総量が上か――。
ただ星域を拡大することだけで、それを成す。
《因縁を終わらせるといったでしょう? わたしはまだ、ここにいる。生きているのよ。それなのになぜ、なにもしてこないのかしら。わかっているわ。考えているのよね。わたしがなぜ、滅びないのか。わたしがなぜ、生きているのか。なぜ、復活するのか。倒しても斃しても、滅ぼしても亡ぼしても、終わらせても――》
「絶・葬龍砲」
神威が蒼竜の戯れ言を終わらせるために真言を紡ぎ、竜気を極大の光芒として撃ち出せば、それは一瞬にして桜花繚乱の境界に到達、激突とともに炸裂した。星域に穿たれた大穴、その中を突っ込んでいくのが、神威だ。
神威は、己が放った光芒とともに飛び立っていたのであり、その超神速の飛翔は、当然のように蒼竜も捉えている。桜の花弁が神威の視界を舞い踊り、意識を埋め尽くしていくようだった。
強制的に脳裏を灼く、星域の力。
神威が絶神威界という宇宙の支配者ならば、蒼竜は、桜花繚乱なる宇宙の支配者だ。宇宙空間に突如として出現した桜の花園。乱舞する桜の花弁の数たるや、瞬く間に数十億を超え、それらが神威を捕捉していた。
《あなたは可能性を考える。ひとつの最悪な可能性。でも、安心していいわ。わたしは、地球に〈殻〉なんて作っていないし、魔晶核を殻石になんてしていないから》
神威がブルードラゴンに肉迫したとき、その全身が千々に引き裂かれたのは、繚乱する桜の花弁による。それらが神威の全身をずたずたに切り裂き、五体をばらばらにしてしまった。
常人ならば即死。
いや、そもそも、常人ならば桜花繚乱の魔素密度に耐えられまいが。
《だって、それじゃあつまらないでしょう?》
蒼竜の足刀が神威の顔面にめり込み、頭部だけを星域の外へと吹き飛ばす。残った胴体や腕や足は、桜の花弁の爆発とともに消え去った。
頭だけの神威は、しかし、つぎの瞬間には五体満足に復元しており、己が宇宙の覇権を主張するようにして、星域の力比べに意識を割いた。
神威は、心臓を破壊されても、死なない。
竜眼が神威の第二の心臓として機能し、心臓以上の力を発揮し続ける限り、滅び去ることがないのだ。
《あなたとは、本気の戦いがしたいの。全力で、力の限り、死力を尽くして、殺し合いたいのよ》
「だから、おれに竜眼を埋め込んだのか。馬鹿馬鹿しい」
《でも、そうしなければならなかったでしょう?》
蒼竜の、旭桜の顔が、憐憫にも似たものへと変化した。
「……なんだと?」
神威は、蒼竜が星域を急速に拡大していくことよりも、その要領を得ない発言にこそ、意識を持って行かれた。よって、桜花繚乱が絶神威界と同等の質量空間を構築するに至り、神威の宇宙から弾け飛んでいった。
「いったい、どういう意味だ」
《秘密。当ててご覧なさい》
二つの星域が宇宙空間に展開、対峙する状況になり、神威は、苦い顔をした。互いに星髄に至り、星象現界の本領を発揮している。その一撃は必殺必滅の威力を誇り、肉体を粉砕するのは容易くなった。
勝負を決するのも。
だが、勝敗を付けるには、蒼竜の心臓を、魔晶核を見つけ出して、潰すしかない。
それ以外に神威に勝利の方法はなく、それがまったく見当たらないものだから、がむしゃらに戦うしかなくなってしまう。
星域をさらに拡大させ、境界面をぶつけ合えば、宇宙空間にこれまで以上に巨大な歪みが生まれ、亜空の断裂が広がっていくのだが、それを食い止める方法はない。
蒼竜は、桜花繚乱の中で神威の挑戦を待ち侘びているようであり、神威は、絶神威界ごと突っ込んでいくしかない。
拡大し続ける蒼竜の星域に対し、神威は、己が星域を急激に縮小させた。自分自身の全周囲を覆う程度にまで小さくすると、桜花繚乱が爆発的な勢いで彼の宇宙を覆った。
暗黒の宇宙空間に展開する桜の園。乱舞する桜の花弁が神威に殺到してくるが、絶神威界がそれらを弾き、爆砕の乱舞が起こる。
蒼竜が、背後の大樹、その幹を蹴るようにして飛び出した。神威と交錯する瞬間、攻防は一瞬。互いに竜気を炸裂させれば、両者の肉体が粉微塵になって吹き飛んでいった。
だが、それでも決着は付かない。
神威も、蒼竜も、瞬く間にその肉体を復元していく。
「〈殻〉を、殻石を作っていないというのなら、魔晶核があるということ」
《……子供でもわかる理屈よね。そうよ。わたしの心臓は、魔晶核は、常に一緒にあるわ。だから、わたしがこうして復活するのは、あなたが魔晶核を破壊できていないだけ。ただそれだけのことよ。極めて単純で、簡単な答えよね》
「……そうだな」
神威は、蒼竜を睨みつけるも、涼しい顔に躱される。
まるでいつかのように。
記憶が混線する。
現実と虚構が入り交じり、嘘が本当になっていくかのような感覚。
「おおおおおおっ」
神威が雄叫びを上げたのは、己が意識を叩き起こすためだ。
すると、蒼竜の翼が開き、流星群が放たれると同時に桜の花弁が乱舞した。全周囲包囲覆滅同時爆撃。だが、神威の体は傷つかない。極限まで縮小した星域が、彼を護っているからだ。
星域を星装のように使うのもまた、星髄に至っているからこそなのだが、そんなことは、どうでもよかった。
大事なのは、魔晶核。
蒼竜のそれが、いま、どこにあるのか。
『あー……ただいま通信状態の確認中……総長閣下のジジイ、聞こえますか? 聞こえたら返事を寄越しやがりください、どうぞ――』
突如、耳朶に飛び込んできた声に、神威は、ぎょっとした。思わず周囲を見回すも、周囲に満ちるは満開の桜であり、流星群だ。
「き、聞こえている……」
『ってこたあ、生きてるんだな、ジジイ……!』
間髪を容れず飛び込んできたのは、天空地明日良の声。声の調子がわずかに上擦っていて、彼がなにやら興奮していることが伝わってくる。
神威には、なにがなんだかわからない。
ここは、宇宙空間。
当然、レイライン・ネットワークを介した通信など使えるわけもない。
いや、そもそも、だ。
神威は導衣ではなく、星装を身に纏っており、転身機も持っていないのだ。仮に通信機が使えたとして、神威には届かない。
『良かった……! 本当に……良かった……!』
だが、確かに明日良の声が、神威の耳に、鼓膜に、頭の中に響いていた。




