479 『ヒロインの条件~予選五日目、サキュバス・ストリートにて②~』
来た道を少し戻り、ヤマダはカードショップでブースターパックを大量購入し、デッキの拡充を終えた。
フリーダも、「デュエルサーバンツカード」の人気カード「ブラックテクニシャンガール」のコスプレ衣装を購入して身に着けている。えげつない露出度だが、全裸よりはマシかもしれない。
「えっ、フリーダさんって、レベッカちゃんのお姉さんなんですか!? ――あ、スイマセン、もしかしたらこの話するの二回目かもですけど。おれ、ちょっと記憶がアレでして、スイマセン」
「それで、ヤマダ様はなぜレベッカを探して……?」
「いやー、もしかしたら、レベッカちゃんともう一度会えたら、もうちょっと記憶がはっきりするんじゃないかと思ってまして」
「それだけですか? もしや、レベッカとなにか約束したりとか?」
「約束ですか……? どうだろ、さっぱり思い出せません」
「いえ、いいんです。ヤマダ様、実は私もレベッカのことを探しておりまして……」
「「そのことなんだけどぉん、フリーダちゃぁんて案内人じゃなぁい? あの便利な端末は持ってないのぉん? あれでぇ、ちょいちょいって居場所を探したり、呼び出したりとかできるんじゃないのぉん?」」
ヤマダの肩にちょこんと腰掛けた褐色エルフの人形が口を挟む。
褐色エルフの人形――肉ゴーレムのハムニクちゃんを使って遠隔地からドミニクが話していることは、フリーダにも説明済みであったが、まだ慣れないのか一瞬ビクッと肩をふるわせた。
「さ、先程のお客様方に、なにもかも奪われてしまいまして……あ、この衣装は給料天引きです」
「そりゃ仕方ないね」
「「仕方ないわねぇん」」
「それで、あのー、ヤマダ様、私もご一緒してよろしいでしょうか……?」
先程の四人の少年達、おそらくは貴族の子息だろう。
フリーダが同行することで、なにかしらのトラブルに巻き込まれる可能性がないとも限らない。もちろん、今更あの程度の少年達にケンカで遅れをとるヤマダではないのだが、ここで騒ぎを起こし、「サキュバス・ストリート」のルールに抵触して記憶をまたリセットされてしまうのは非常にマズい。
かといって、ヤマダが美女の頼みを簡単に断れるはずもなく――。
フリーダは、ヤマダがかつて好きだった日本のアニメキャラクター、セーラー戦士のマコちゃんによく似ている。
そんな彼女に上目遣いで頼まれては、ヤマダはひとたまりもない。
フリーダの同行を快く承諾するヤマダであった。
レベッカには耳型の盗聴用肉ゴーレムが付着しているので、肉ゴーレムのハムニクちゃんであれば、彼女のおおよその居場所を探知することができる。
ハムニクちゃんの指し示す方向へ歩くこと数十分、ここまでこれといったトラブルに巻き込まれることもなく、ヤマダ達は巨大なサーカステントのような建物の前までやって来ていた。
「――『イッツ・ア・ハダカワールド』……?」
掲げられたおしゃれな看板を読み上げるヤマダ。
遊園地のアトラクションのひとつであるらしいが、この時間帯、周囲にはひとりの客も見当たらない。入口から漏れる灯りと、かすかに聞こえる陽気な音楽によって、辛うじてここがまだ営業時間中なのだと知ることができる。
「ここにレベッカが……?」
「「多分ねぇん」」
このアトラクション「イッツ・ア・ハダカワールド」の中にレベッカがいるらしい。
そう見当を付けて歩き出そうとした、まさにその時――。
「あっ!! フリーダのやつ、いやがった!!」
「あいつ、服着てやがる!! くそっ、舐めやがって!!」
「おい! 待てよコラ! そこから動くんじゃねぇ!!」
「けへへ!! 泣かしてやるベー!! ひぃひぃ泣かしてやるべー!!」
フリーダを追いかけていた四人の少年達に見つかってしまう。
こうなってしまっては是非もない、四人まとめてジジイになってもらおうか――と、ヤマダは彼らを迎え討つ決心を固めるが、当のフリーダに腕を引かれて立ち止まった。
「え?」
「ヤマダさん、アトラクションの中へ! 考えがあります」
そう言うやいなや、フリーダは胸の谷間から取り出した罠カード「媚薬ローションシャワー」を使用した。
次の瞬間、少年達の進行方向にローションの雨が降り注ぐ。
ヌルヌルローションに足をとられて、次々と転倒する少年達。
そんな彼らの怒声を背中に聞きながら、ヤマダとフリーダはアトラクションの中へと駆け込んだ。
状況は未だ余談を許さない。少年達もすぐに体勢を立て直し追ってくることだろう。
そんな切迫した状況にもかかわらず、ハムニクちゃん越しにドミニクが余談を挟んできた。
「「こんなときになんだけどぉん、ダニエルくぅんが魔王ケルピーに遭遇しちゃったわぁん」」
「え!?」
詳しく話を聞きたいところではあったが、今はそれどころではない。
無人の受付を素通りし、案内表示に従って進むと、室内であるにもかかわらず細い川が流れている。「おれ、なんかここ来たことあるかも……」鼻をつくプールのニオイが、ヤマダの失われた記憶を刺激した。
桟橋には一艘の小舟が浮かび、客が来るのを待ち受けている。
ヤマダとフリーダが飛び乗ると、小舟は静かに桟橋を離れ、自動的に川面を滑り出した。
その直後、桟橋に駆け込んで来る四人の少年達。彼らも水着姿であるから、川に飛び込んで追って来たとすれば、すぐにでも追いつかれていたことだろう。
しかし、水に濡れることを嫌がったのか、あるいはただ頭に血が上っていたからか、彼らは愚かにも次の小舟に飛び乗った。小舟の動きは自動制御されているため、どうがんばっても先を行くヤマダ達の小舟に追いつけるはずがない。
「あの悪ガキどものこと、きっとやらかすことでしょう」
そう言って邪悪な笑みをこぼすフリーダ。
彼女の本性を見た気がして、ヤマダは思わず顔を強張らせた。
小舟は狭いトンネルを抜けて、広いホールへ出た。
同時に、陽気な音楽に合わせて大勢の合唱が始まる。
――世界中誰だって、産まれるときも、死ぬときも、ハダカ、ハダカ、ハダカ、ハダカ、丸出し世界~♪
川の流れに乗ってゆっくりと進む小舟。その両サイドの岸辺では、様々な種族の老若男女が歌っていた。全員が全裸である。
人間、エルフ、ドワーフ、猫耳や犬耳の獣人、青白い肌の魔族など、世界中のあらゆる種族の男女が素っ裸で歌っているのだ。「……てか、生歌かよ。客がいない間はなにやってるんだこの人達?」記憶を失い何度ここを訪れたとしても、ヤマダはきっと同じ感想を抱くことだろう。
そして――。
――ハダカになれば~ココロも軽い~♪
――ハダカのキミが~一番キレイ~♪
――ハダカ、ハダカ、ハダカ、ハダカ、丸腰世界~♪
この歌、知ってる……と、ヤマダは思った。
歌が、失われていた記憶をまた少し呼び起こす。「ここってさ、ここの支配人、クラウド様の私的なコレクションルームみたいなものなのさ。なんでも、世界中のあらゆる種族の男と女を集めてぇんだって」――それは、誰が言った言葉だったろうか? 少しはすっぱで、スラッと背が高く、蜂蜜色の髪をなびかせた――彼女は?
「なっ、なんだこりゃぁぁぁ!!? こんなアトラクションがあったのかよ!! みんな裸じゃねーか!!」
「っぱエルフ!! っぱエルフよ!! 貧乳こそ至高!! 至高なんよ!!」
「おおっ、なんだあれ、エッロ!! 肌が透き通るほど白い……いや、もはや青白くね!!? エッロ!!」
「おい、おいおい……アレ見ろよ!! て、天使がいるべ!! 見つけたんべ、俺の天使ちゃん!!」
背後から耳障りな大声が聞こえてきて、ヤマダは顔をしかめた。
一方で、「どうやらかかりましたね」とほくそ笑むフリーダ。
「さきほどのブースに”グーラー”という種族がいたのですが、ヤマダ様はご覧になりまして? あれは、”見る者によって理想的な異性の姿に見える”という特性を持つ、夢の世界の原住民なのです。なんのための特性かといえば……」
フリーダが一度口をつぐみ、耳を澄ませると――
「ぎゃぁぁぁぁぁぁあ!! あがっ!! あがっ!!」
「痛いぃぃぃぃ!! 止めて!! 止めて!! ひやめてぇぇぇ!!」
「ま、待てっ!! 俺は男爵家の……待って、噛むな!! 噛まないでぇぇぇ!!」
「ちがうんべ!? そうじゃないんべ!? ひっ、ひぃぃぃぃぃぃぃ!!」
――背後から、少年達の恐ろしい悲鳴が聞こえてきた。
「……すぅーぅ。ああ、スッキリ! グーラーは人食い種です。舟の上なら安全ですが、舟から降りればエサとお客の区別などつきませんので。うふふっ……あの悪ガキどもなら、絶対に舟を降りると思っていました。いえいえ、大丈夫です。死にはしませんよ。ただちょっと精神をやられるぐらいですとも、うふふっ」
「「あらぁん、コワぁい。ヤマダくぅんは、ヘイキだったのぉん?」」
「いやぁ、スキル【危機感知】が反応してたので、そっち見ないように、ずっと別の子を見てました。舟が安全って知ってたら、グーラー、ひと目見たかったかもですけど……あ、ところで、さっきの――ダニエル様って、今どうなってるんですか!? 魔王ケルピーに遭遇したとかって」
「「えっとぉん、どこか別の場所、観客席のあるぅ広い場所に、魔王ケルピーとダニエルくぅんが瞬間転移したわぁん。そしたらぁん、魔王ケルピーが大きくなっちゃったのよぉん。これからぁ、デュエルが始まるみたいねぇん」」
「観客席のある広い場所? フリーダさん、どこか知ってますか?」
「おそらくは、『デュエルスタジアム』という場所だと思います……ですけど、どこにあるかは分かりかねます」
「「そうなのよぉん。ダニエルくぅんと一緒に転移した肉ゴーレムの居場所が分からないのよぉん。リンクは切れていないから、見たり聞いたりはできるのに、居場所だけが分からないのよぉん」」
魔王ケルピーの居場所が分かれば、エリアボスや支配人といちいちデュエルする必要もない。直接、魔王のいる「デュエルスタジアム」へ乗り込んでしまえばいいのだが――場所が分からないのではどうしようもない。
「ダニエル様の検討を祈りつつ、こっちはこっちで攻略を進めるとしましょうか」
――世界中誰だって、貧乏人も金持ちも、脱いだら同じ、ハダカ、ハダカ、ハダカ、ハダカ、自由な世界~♪
また一つトンネルを抜けて、小舟は次のホールへ出た。
同時に、陽気な音楽と合唱が再び始まる。
このホールでは、街中でほとんど見かけることのないオリジンエルフ、ドラゴニュート、妖精といったレアな種族の老若男女が歌っていた。
もちろん、全員が全裸である。
――ハダカになれば~汚れてもヘイキ~♪
――ハダカ一貫~やりなおせばイイ~♪
――ハダカ、ハダカ、ハダカ、ハダカ、平和な世界~♪
小舟の行く手に、奇妙な光景を目にしてヤマダは息を飲んだ。
川の岸辺に、なぜか分娩台がある。
あれを見てはいけない。
この先に、なにか見たくないものがある――そんな予感が、ヤマダの心臓をわしづかみにする。
小舟が近づくにつれ、分娩台の上に寝かされているモノの正体が明らかになろうとしている。
耐えきれず目を伏せて、ヤマダがその場をやり過ごそうとしたときだった。
「おっさん!!」
『リーダー!!』
その声に顔を上げると、分娩台の傍らで、全裸の少女二人が、なぜか女児向けアニメのヒロインのごときポーズを決めていた。
「レベッカちゃん!! エブリィさんも!!」
堰を切ったように、ヤマダの失われていた記憶が一気に戻ってくる。
その奔流に圧倒されて一瞬前後不覚に陥るヤマダ。そんな状態だったからこそ、ヤマダは後先も考えずに舟を飛び降りて、気がつけばレベッカとエブリィを二人まとめて抱きしめていた。
……あ、いかん。二人共全裸だったと、一瞬頭をよぎるが、でもまあ夢の中だから別にいいよねと、また一瞬で思い直すヤマダであった。
***
メリュジーヌ城1階ラウンジ。
リスピーナは少し焦っていた。
肩に乗せた肉ゴーレムの口を介して、ドミニクからダニエルの状況を聞かされたのだ。
「なんと! ダニエル殿が魔王と遭遇したと!? それはいったいどうやって!?」
「「カジノのスタッフ相手にデュエルで勝ちまくってたらぁ、魔王ケルピーの方から出てきたってところねぇん。エンペラーだからできたことねぇん、マネできることじゃないわぁん」」
「私とヤマダもそちらに向かうべきか? エリアボスなどと遊んでいる場合ではないだろう」
「「それがねぇん、魔王ケルピーと一緒にダニエルくぅんも空間転移したのだけど、ワッチでも場所が分からないのよぉん。『デュエルスタジアム』って所らしいんだけどぉ」」
「シンシア殿、アリーシャ殿、『デュエルスタジアム』の場所をご存じないか?」
案内人の母娘に尋ねるが、「存じません」とのことだった。
およそ四十分前、リスピーナは案内人のシンシアにエリアボスとの対面を依頼した。
しかしシンシアでは手に負えず、もう一人の案内人アリーシャを呼び出すことになる。
その到着を待つ間、リスピーナはシンシアに「デュエルサーバンツカード」のデュエルを申し込んだ。少しトロそうなシンシアならば、練習相手に丁度いいと判断したのである。
案の定、シンシアはヘタクソで、デュエル初心者のリスピーナがゲームのルールを憶えるには最適な相手だった。さらに、アンティルールによってシンシアから奪った魔法カード・罠カードのおかげで、サーバンツカードのみだったリスピーナのデッキバランスを整えることもできた。
ゲームが継続できないほどシンシアの手持ちカードが減ってしまった頃、ラウンジに案内人のアリーシャが現れた。
一瞬で、アリーシャの首に赤い光の糸が巻きつく。
それはリスピーナが操る極細の【マジックコーティング】の刃。彼女が指を少し弾くだけで、アリーシャの首は切断されて落ちるだろう。
案内人アリーシャとフリーダは、一度リスピーナ達を騙している。
勇者選考会予選参加者の肩を持つような態度をとりながら、夢と現実を誤認させ、結果的に【カード化】する犠牲者を増やしてきたのだ。
リスピーナは問う。「ここのエリアボスはどこにいる? ウソは不要だ」
怯えるアリーシャは答える。「ど、どこにいるかはー分かりませーん。ただー、会いたいならばー、女性ならばー簡単でーす。エリアボスとーマッチングすればいいんでーす」
エリアボスとマッチングするのは容易い――と、アリーシャは言う。
彼には常人には理解し難い特殊性癖があり、プロフィールでその特殊性癖を可とすれば、確実にマッチングするのだという。
出会えればいいのだ。実際にナニかいたす必要はない。エリアボスに会って、【マジックコーティング】の刃で適当に端から刻んでやればいいのだ――と、リスピーナは思っていた。そのために必要ならばプロフィールの改ざんなど、好きにすればいい――とも思っていた。
「「状況が変わったのねぇん。転移門をくぐったワッチ達は四つのエリアに分断されたわぁん。これって多分、魔王に見られてるってことなのねぇん。暴力行為でルール違反ってことになったら、記憶リセットで宿に強制転移されちゃうわぁん。でもぉ、逆に考えたら、ルールを守っているうちは、魔王もワッチらに好き勝手できないのよぉん」」
「残念ながらー、プロフィールの改ざんは不可能なのですー。普通の性癖ならばー私達も改ざんとかよくやるのですがー、エリアボスの特殊性癖は特殊すぎてー、手順を踏まないとエラーが出てしまうんですー」
「なんてこった……」
リスピーナは焦っていた。
旧帝都モルガーナで宿敵を倒し、この先は世話になった人達のために生きると決めたというのに、今の自分はあまりにも役立たずではないかと、そう思えてならなかった。
自分のカラダであったなら、いくらすり減らしたところで構わない。
しかし、借り物のカラダを粗末に扱うわけにもいかず、リスピーナはただ焦っていた。
「「そうねぇん、現実には存在しない性癖なんてぇ、ウブなリスピーナちゃぁんにはキツいわねぇん。いいわぁん、ワッチと交替しましょぉん? 代わりに、カジノのエリアボス、カラビナ・グランギニョルをお願いしてもいいかしらぁん?」」
「ウブ……いや、まあ、スマン。だが、ドミニク殿、プールのエリアボスはどうするのだ?」
「「もうすぐ終わるわぁん」」
「なっ……今、デュエル中なのか!? エリアボスと!?」
リスピーナが手をこまねいているうちに、ドミニクは既にプールエリアのボスと対戦中であった。
肉ゴーレムを介し他人の世話を焼きながら、自分の役目もきっちり果たしている。
見かけによらないドミニクの優秀さに感じ入りながら、それに比べて自分ときたらと、リスピーナはいよいよ情けなくなってくる。
だから、デュエル中とは知りながら、聞かずにはいられなかった。
「……ところで、ダニエル殿とヤマダはどんな感じだ?」
「「ダニエルくぅんは、やっと魔王とデュエル始めたわぁん。でもぉ、これはちょっと長引きそうねぇん」」
「……? で、ヤマダは?」
「「裸の女の子二人と抱き合ってるわぁん。探してたレベッカちゃんと、エブリィって尻尾のある子よぉん。なんかぁ、ヤマダくぅんって案外もてるのねぇん。童貞卒業させてあげるとか言っちゃったけど、やっぱり止めておくわぁん」」
リスピーナは少しホッとした。
若い娘にうつつを抜かしているヤマダがいる。自分よりもダメなやつがいるから、自分はまだ大丈夫だと思えた。
甚だ情けない考え方ではあるが、そんなことで保てるプライドもあるのだ。
そして同時に、ヤマダがいてくれてよかったとも思うのだ。
(クソが……)
その声は、リスピーナの頭の中だけに響いた。
これまで沈黙していた、カラダ本来の持ち主の声だった。
(リスピーナさん、やりましょう。やっと決心がつきました)
やはり、ヤマダがいてくれてよかったと思うリスピーナ。
おかげで、思わぬ所に火がついた。
しかし本当にいいのだろうか、自暴自棄になっていないかと心配になる。
(所詮は夢の中のことですから、なにごとも挑戦です。――それに、少し興味もあるんです……現実には実在しない性癖、”ニプルファック”といいましたか?)
メリュジーヌ城下、メインストリートの雑居ビル2階に「グロス医院」はある。
夢の中では死なない。病気も何にもない。手足がもげるようなケガも、乳首を噛みちぎられても数時間で元どおり。
そんな「サキュバス・ストリート」に、どうして「グロス医院」が存在するのかといえば――例えば、男性が女性になってみたいとか、オトナが子どもになってみたいとか、オーク並みのイチモツが欲しいとか、感度を三千倍にしたいとか、要するに肉体改造専門の医院なのである。
現実では躊躇してしまうような大改造も、夢の中であればヤルも戻すも自由自在。【変化】では味わえないホンモノを体感するために、「グロス医院」を訪れる客はあとを絶たない。
案内人アリーシャに導かれてリスピーナは「グロス医院」までやって来た。
【ニプルファック】とは、陥没乳首にペニスをねじ込むという、現実には存在しない妄想上のプレイとされている。しかし夢の中ならば、そんなファンタジーさえも夢ではない――いや、夢ではあるが。
メリュジーヌ城エリアのボスはその特殊性癖【ニプルファック】を所持している。
そんな彼と確実にマッチングするためには、「グロス医院」で肉体改造を受けて、【ニプルファック・可】をプロフィールに付加する必要があるのだ。
(大丈夫。夢の中だもの……大丈夫……)
待合室で順番を待つリスピーナ。
頭の中に、同じようなセリフが繰り返し聞こえてくる。
大丈夫というワリに、ぜんぜん大丈夫じゃなさそうだ。
しかしここで、リスピーナが「やっぱりやめようか?」と言っても、おそらく彼女は納得しないだろう。
『リスピーナさん、リスピーナさん、診察室へどうぞ』
何十回目かの「大丈夫」を聞き流した頃、待合室に女性の声が響いた。
(も、もしかして女医さんだったり……!?)
「お客様、がんばってくださいましー」
「お、おう」
「「ワッチわぁ、これから電車に乗るからぁ、ちょっと手が離せなくなるわぁん。がんばってねぇん」」
「……そうか」
案内人アリーシャとドミニクの激励を受け、リスピーナは席を立った。
診察中、肉ゴーレムはアリーシャに預けておくことにする。
プールエリアのボスに勝利したドミニクは、カジノエリアへ電車で向かうらしい。
診察室で彼女を出迎えたのは横に潰れた楕円形。立って歩いているのが不思議なほど太った白ビキニの女だった。
その女はリスピーナを丸椅子に誘導し座らせると、海パンに白衣の男の後ろに控える。
(違った……)
海パンに白衣の男――医師グロスは、顔の濃い中年男性だった。
白ビキニの太った女は、看護師なのだろう。
医師といい看護師といい、フルフェイスヘルメットで素顔を隠したリスピーナを見ても眉一つ動かさないのは、さすがというべきか。あるいは、そんな客ばかりがよく訪れるから当然というべきなのか。
医師グロスの問診が始まる。
「キミね、リスピーナくんね? キミは、アレなの? ニプルファックがしたいの?」
「したいというか……まあ、したいです。はい」
「ふーん、そうかそうか。ニプルファックね? おっぱいに、アレだね? ちんちんを挿入されたいんだね? ん? ん?」
「う……いや、まあ、はい。そうですけど」
(この医者、なんかイヤ……)
「ふーん、そうかそうか。ん、じゃあ、おっぱい見せて」
「……む、うむ」
(ううっ……)
リスピーナは水着のブラを外し、釣り鐘型の乳房を晒した。
グロス医師は、それを無遠慮に揉みしだき始める。
触診の始まりであった。
「ほうほう、いいね。リスピーナくん、良いおっぱいだ。良いおっぱいだ。形といい弾力といい申し分ない――おや? おやおや? どうやら、感度も申し分ないようだ」
「ぐっ……」
(うううっ……)
「よしよし、しっかりした良い乳首だね。大きさも長さも、ここまでにするには随分と苦労したよねぇ。よしよし、がんばった。がんばったね。よしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよし――よっと!」
「う、ぐぎぃぃ」
(ああっ……)
触診はせいぜい五分ほどだったが、リスピーナには随分と長く感じられた。
グロス医師に対する不信感は募るが、今更席を立ったところで触られ損である。
太った看護師は、医師の後ろで変わらぬ笑みを浮かべたまま佇んでいる。
同性の彼女がただそこにいてくれるだけで、今はとても心強く思えた。
「はい。じゃあこれから、ニップルファック用陥没乳首構築術を始めるね? はい、じゃあ、ばんざーい」
言われるがまま両手を挙げるリスピーナ。
その手を、がしりと何者かが掴んだ。
いつの間にか太った看護師がリスピーナの背後に回り込み、思いのほか強い力で腕を握っていた。
「な?」
「すぐ終わりますから、動かないでくださいね」
子どもじゃあるまいし、と思うリスピーナだったが、ここはおとなしく従っておくことにする。
そんな看護師とのやり取りに気を取られた一瞬の間隙をつくように、グロス医師の白衣の袖から溢れ出た数百の細い触手が、リスピーナの素肌に迫りつつあった。
バチュン!
触手が素肌に触れようとした瞬間、赤い光の障壁に弾かれた。
「――あ痛っ! こ、困るよリスピーナくん、そんなことをされてはさ。ちょっと気味が悪いかもしれないけどね、これはニップルファック用陥没乳首構築術の施術なのだから、ね? いいね?」
「先生は上手ですから、痛くないですよ。受け入れてくださいね」
「あ、ああ。スマナイ、つい」
反射的にスキル【マジックコーティング】による防御障壁を発生させてしまったことをわびるリスピーナ。
グロス医師の白衣の袖から数百の細い触手が再びこぼれ出る。
それらはリスピーナの乳房に触れるやいなや、ぬるりと内部に侵入した。
痛みも出血もない。まるで、乳房と触手は元々一つであったかのように溶け合う。
侵入した数百の触手は乳房の内側から先端部分に殺到した。
その部分を周囲から絞りあげ、内へ内へと引っ張り込んでいく。
「うは、ぐ、がぁぁぁぁぁぁぁあ!!」
(が、がんばってリスピーナさん! がんばって!)
両胸の先端から押し寄せる未知の感覚に、リスピーナの口からケモノじみた嬌声が漏れる。
やがて、リスピーナの長く尖った乳首の全てが乳房の内側へと沈み込んでいった。
陥没乳首の出来上がりである。
しかし、まだ施術は終わっていない。この程度の穴では、妖精のペニス程度しか受け入れられないだろう。
「よーし、よしよし。イイ子だ、リスピーナくん。もうちょっとだよ。注射するよ? 肥大化の注射だよ。ちょっとだけチクッとするよ」
チクリ。チクリ。チクリ。
チクリ。チクリ。チクリ。
グロス医師はそう言って、リスピーナの両乳房に三回づつ注射する。
針が抜かれた瞬間から、乳房はうずき始めていた。
「ふっ、ぐっ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
(なに? なに? なにがおこってるのぉ!?)
じわりじわりと巨大化していく乳房。同時に、肥大化する乳首を陥没状態に保つため、触手がそれを内側から絞りあげると、リスピーナは狂おしい快楽に苛まれた。
やがて、乳房の膨張に合わせて、陥没乳首も拡張されたことによって、ニップルファック用陥没乳首構築術は完成をみる。
にゅるん。
ぐったりとうつむくリスピーナの乳房から、侵入していた数百の触手が引き抜かれた。
触手を抜かれても陥没乳首が維持されている。それは、見事なニプルファック用陥没乳首であった。
「よーうし、いいぞー。いいぞー。良いおっぱいだ。これは良いおっぱいだよ、リスピーナくん」
おもむろに、グロス医師はリスピーナの肥大化した胸にローションを塗り始めた。
できたての陥没乳首に指を出し入れし、内側まで念入りに塗りたくる。
「うぐっ……な、なんだ!? 完成したのではないのか!?」
「完成だって!? バカを言っちゃイケナイ、バカを言っちゃイケナイよ、リスピーナくん! ボクはね? ボクは、プロの芸術家だよ!? 医者じゃない、芸術家だよ!? プロだよ!? そんなボクがね、最終チェックもなしに作品を世に出せると思うかい!? ん!? ん!?」
息を荒げて海パンを脱ぎ捨てるグロス医師。
無数の触手に紛れて、医師のイチモツがいきり立つ。
「プロの芸術家であるボクにとって、できたてのニプルファック用陥没乳首は我が子も同然! ん!? ん!? ん!? ん!? どんな具合か、パパちんがチェックしてあげるよー! 右かな左かなー、どっちかなー?」
リスピーナの陥没乳首に押し当てられるグロス医師のイチモツ。
ローションをたっぷり塗りたくられた穴は、少し力が加われば容易にそれを飲み込むだろう。
だが次の瞬間、リスピーナの右手が、グロス医師のイチモツを掴んで止めていた。
いつの間にか自由になっていたリスピーナの右腕は、看護師の切断されたばかりの太い腕に握られたままである。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「うぎゃあぁぁ!! う、う、腕がぁぁぁ!!」
医師と看護師、診察室に二人の悲鳴が響き渡る。
案内人アリーシャとその肩に乗った肉ゴーレムが、おそるおそるといった様子で診察室を覗き込み、そしてすぐに引っ込んだ。
リスピーナは堂々と肥大化した胸を反らして立ち、言い放つ。
「要するに、医師グロス、キサマがエリアボスというわけか」
「……ふぅ、痛いじゃないかリスピーナくん。何を怒っているんだい? ん? キミは、ニプルファックがしたくってしたくって、肉体改造を受けたのだろ? そして目の前には、同じくニプルファックがしたくってしたくってしたくって溜まらないボクがいるっていうのに……ん? もしかしてキミ、ボクを騙したのかい?」
「ニプルファックなんて知るか! 私はここのルールに従い、キサマを倒して魔王に挑む」
「ふーん、そうかそうか。じゃあこうしようよ、リスピーナくん。キミがデュエルでボクに勝ったら、ケルピー様のいる『デュエルスタジアム』へ案内してあげよう。でもボクが勝ったら……ん? ん? 分かるよね? キミの陥没乳首の初めてをいただくよ? どうだい?」
その申し出に、リスピーナは即答せず、しばし考え込む。
「さて、どうする? ――ふむ。いいのか? なら代わろう」
「ん? ん? 迷ってるのかな……?」
「……お待たせしました。その勝負、わたくしが受け持つことになりましたので、よしなに」
「ん? ん? ん? ん?」
少し雰囲気の変わったリスピーナに、医師グロスは困惑の表情を浮かべる。
そんな彼には目もくれず、リスピーナはフルフェイスヘルメットのバイザーを少しずらし、中から自分のデッキを取り出した。
そこで突然はっとなり、外したままだった水着のブラを付けようとするが、肥大化した乳房はどうしても入りきらず、結局諦めた。
準備を終えたリスピーナは、丸出しの陥没乳首を気にしつつ、医師グロスに向き直って告げる――。
「医師グロス、貴方にデュエルを申し込みます」




