478 『ヒロインの条件~予選五日目、サキュバス・ストリートにて①~』
気がつくとヤマダはひとりだった。
転移門に飛び込むとき、確かに握っていたリスピーナの手。武人でありながら思ったよりも柔らかかったその温もりが、まだヤマダの手の中に残っている。
目の前には、巨大な観覧車が見えた。
夜だというのに、水着姿の男女が何人も行き交っている。
そこは遊園地であった。
ただし、昨夜訪れた遊園地とは似ているがどこか違う、夢の中の遊園地である。
カップルだらけのその場所に、ヤマダだけがぽつんとひとりだった。
「ぼっちかよ……てか、いつの間にか夜になってるし」
「「こんなこともぉあるんじゃないかと思ってたわぁん」」
ヤマダが思わずこぼした独り言に、ねっとりとした声が応じた。
あわてて振り返るが、そこには誰の姿もない。
「「どうやら魔王には、ワッチらの行動なんてバレバレだったみたいねぇん」」
また同じ声がする。
その声は間違いなく、ヤマダと一緒に転移門をくぐったミスティリア・ドミニクの声だった。
もしやと思い、ヤマダが麦わら帽子を脱いでみると、そこには手のひらサイズの褐色エルフが張り付いていた。その容姿はドミニクとそっくりだったが、ホンモノと違い胸や尻は少年のようにささやかであった。
「「ワッチの作った肉ゴーレムよぉん。念のため、みんなに一体ずつ貼り付けておいたわぁん。非力だしぃ簡単な命令しか応じれないけどぉ、こうして離れ離れになっても会話できるのは便利でしょぉん?」」
「へー、カワイイですねこれ。ドミニクさんがモデルですか?」
「「イタズラしちゃダメよぉん。――さぁて、リスピーナちゃぁんはメリュジーヌ城の近くに出たのねぇん。ダニエルくぅんはカジノ。ヤマダくぅんは遊園地ねぇん。各エリアにひとりずつ……なんだかすごぉく魔王の意図を感じちゃうけどぉ、この際乗るしかないわよねぇん。――ワッチ? ワッチは今、電車の中よぉん。せっかくだから、残りのプールエリアに向かうつもりよぉん」」
「あ、その電車って……あれ? えっと……」
電車について、ヤマダはドミニクに何か伝えなければいけないことがあるような気がしたが、それが何だったのかどうしても思い出せずに沈黙した。
「「なによぉん、ヤマダくぅん?」」
「……その電車って、どんな感じですかね?」
「「はぁ? そうねぇ、なんだか急にすごぉく混んでるわぁん――あん、いやぁん! いえ、なんでもないわぁん。とりあえず、エリアボスの情報を集めてねぇん。ヤマダくぅんは、まずはレベッカちゃぁんに会うのよぉん。彼女の場所は、肉ゴーレムが案内してくれる……そこはダメぇ……あはぁん!」」
……ブツッ。
途中からドミニクの切羽詰まった声が聞こえてきたかと思うと、ぷつりと途切れた。
「……満員電車……アブナイ水着……お尻99%……長乳二つ……あ、察し」
持ち前の妄想力で状況を察したヤマダだったが、ことそっち方面に関してドミニクを心配する必要ないだろうという結論に至り、言われたとおりレベッカという女性に会うことを第一目標に動くことを決めた。
声のしなくなった肉ゴーレムを肩に乗せるヤマダ。ほんのり燻製のにおいがした。
ミスティリア・ドミニクはスキル【肉マスター】を所持する肉使いである。肉ゴーレムは、彼女が肉を素材に作り出したゴーレムだ。今回、その素材は、宿の朝食ビュッフェにあったハムかソーセージだろう。
ヤマダが「ハムニクちゃん、案内して」と声を掛けると、肉ゴーレムは無言で左斜め前方を指さした。
そちらへと一歩踏み出しかけて、ヤマダはふと立ち止まった。もう一つ、やっておくべきことを思い出したのだ。自身のデッキの拡充である。
この夢の世界「サキュバス・ストリート」のルールに従い、魔王ケルピーに「デュエルサーバンツカード」で挑むのであれば、ヤマダのデッキは甚だ未完成であった。なにしろ、魔法カード・罠カードが一枚も入っていないバランスの悪い構成なのだから。
「ハムニクちゃん、『デュエルサーバンツカード』のブースターパック売ってるところに案内して」
「「無茶言わないでよぉん……! その子が案内できるのわぁ、あくまでも耳型肉ゴーレムがくっついてるレベッカちゃぁんの所だけですからぁんんん、あはぁぁん……! あ、あとぉ、その子の素材は厚切りベーコンんんんん……ん、はぁん……!」」
……ブツッ。
再びドミニクの声で応じた肉ゴーレムであったが、言うだけ言ってまたぷつりと口をつぐんだ。
こちらの声に、耳を傾けてはいるらしい。
ただ、そんなこと言われたって、今更「ベーコンニクちゃん」とも呼びにくい。また、ブースターパックについては道すがら探すしかないだろうと判断し、ヤマダは今度こそハムニクちゃんの指さす方向へ歩き出した。
案内されるまま、ヤマダはしばらく歩を進めた。
華やかな遊園地であっても、夜ともなれば人通りの絶える場所は散見される。ハムニクちゃんが指し示すのも、そんな暗く静かな方向であるようだった。
本当にこの先にレベッカちゃんなる女性がいるのだろうか? そんな疑いを抱き始めた折り、不意に背後から複数人の駆けてくる足音が聞こえてきた。ヤマダは端に避けて道を譲る。
直後、駆けてきたポニーテイルの女性を見てギョッとするヤマダ。
なぜなら女性は全裸だったから。
道の端、そこそこの至近距離。【暗視】スキル全開で凝視するヤマダに気づいているのかいないのか、女性は背後だけを気にしながら、目の前の植え込みに飛び込んで身を潜めた。
どうやら追われているらしい。
まもなく、四人の男が駆けてくる。見たところ、まだニキビ跡の残る十代の少年達だった。
その内のひとりが、ヤマダに声を掛けた。
「おい、おっさん、今こっちに女が来たんべ? どっち行った?」
「……っと、あっちに行きましたよ」
ヤマダはウソをついた。女性はまだ、すぐそこの植え込みの中で息を殺している。
なぜウソをついたのかといえば、少年達が礼儀知らずだったということもあるが、女性が全裸だったからでもある。裸の女を追い回す趣味の悪いゲームに加担する気には、とてもなれなかった。
四人の少年達は、ヤマダが指し示した明後日の方向に向かって礼も言わずに走って行った。
しばらくの間、彼らの足音に耳を澄ましていたヤマダだったが、頃合いを見計らい植え込みに向かって声を掛ける。
「行った……みたいですけど? あ、おれもどっか行った方がいいのか」
ヤマダは、少しわざとらしくそう言った。正直なところ、女性からは一言だけでも礼が欲しかったのである。
植え込みから返ってきたのは沈黙であった。
ヤマダが諦めて立ち去ろうとしたときになってやっと、植え込みの陰から姿を現す女性。
夜の闇の中にあっても、スキル【暗視】を持つヤマダの目には、彼女の程よく均整のとれた裸体がくっきりと見えた。
「あ、あの……、ありがとうございます、お客様……」
凜々しい眼差しとスラリと長い手足、飴色の髪をポニーテールにまとめた彼女は美しく、ヤマダがかつて好きだったアニメキャラクター、セーラー戦士のマコちゃんを思い出させる。
だからだろうか、ヤマダは彼女と初対面ではないような気がした。
「もしかして、キミがレベッカちゃん……!?」
「違いますケド」
「「その子わぁ、レベッカちゃぁんじゃないわよぉん。間違えるなんて、ダメな子ねぇん。減点だわぁん」」
否定と減点をつきつけられてあせるヤマダだったが、それでも彼女のことは知っている気がした。
「待って待って! えーっと、ここまで出てるんだけど……ハ、ヒ、フ、ヘ、フ、フ……」
「……案内人のフリーダです。少し困った趣味のお客様にあたってしまいまして、助かりました」
「「あらぁん、案内人も大変ねぇん。――でもぉ、ヤマダくぅん、思い出してぇん? 案内人のフリーダちゃぁんっていったらぁ、あなた達に睡眠薬を飲ませた子じゃなかったかしらぁん? ワッチはよく知らないけどもぉん」」
「フリーダさん、フリーダさん……あはは、なんにも思い出せない」
「睡眠薬や過激な水着は演出でして……その、えっと……お客様、そ、そのお人形はいったい……?」
「「肉ゴーレムよぉん。ずっとあなたを見ているわぁん」」
「まあまあ、ドミニクさん。なんにも思い出せないので、フリーダさんを責めることもできませんよ。……そんなことよりも、案内人なら『デュエルサーバンツカード』を扱ってるお店知りませんかね?」
「もちろんです。ご案内させて頂きます。……ところで、ぶしつけなお願いで恐縮なのですが、お客様のその麦わら帽子、しばらくお借りできないでしょうか……?」
ヤマダは麦わら帽子をフリーダに貸した。
初めは意味が分からず首をひねるヤマダだったが、「「露出プレイが見つかっちゃったらぁん、とりあえずぅ顔を隠そうとする子わぁ一定数いるのよぉん」」と、ドミニクの説明があって、ようやく、「そういうものか」と合点がいったのである。
***
(なっ、なんなのこれ!? なんなのこれ!?)
「まあ、そう興奮するな。所詮は夢の中のことだろう」
黒いフルフェイスヘルメットに黒水着のリスピーナ。
彼女のカラダには今、二人の人格が共存している。
ひとりは、カラダの本来の持ち主であり、もうひとりは、500年前の剣豪の記憶であった。
その二人が、メリュジーヌ城の受付ロビーで、壁に貼られた肖像を前にそれぞれこぼした声である。
(こんなこと許せません!! ぶっ潰してやる!! 消滅させてやる!!)
「そうは言うがな。夢そのものをどう斬るか、なかなか厄介な問題だぞ」
「「さっきからどうしちゃったのぉん? リスピーナちゃぁん、ぶつぶつと――ああ、この肖像は歴代の聖女様とか大司教様のそっくりさんねぇん。そういえばぁ、リスピーナちゃぁんは、ネムジア教会の関係者だったわねぇん」」
リスピーナの内なる人格との会話は、端から見れば独り言である。その奇行を指摘したのは、彼女の右肩にちょこんと腰掛けた手のひらサイズの褐色エルフ――ドミニクの声を仲介する肉ゴーレムだった。
「いや、なんでもない。クレームを入れるにしろ、まずは夢から脱出しなければな」
「「夢なんて目覚めたらすぐ忘れちゃうものよぉん。大目に見てあげて欲しいわぁん」」
転移門をくぐったリスピーナがひとり降り立ったのは、「サキュバス・ストリート」の顔ともいうべき歓楽街のメインストリートだった。
手を繋いでいたはずの仲間達とはぐれてしまったことには彼女も驚いたが、その時、肉ゴーレム越しに聞こえてきたドミニクの声に導かれ、ますはエリアボスの情報を集めようと、目前にそびえ立つメリュジーヌ城へと乗り込んだのである。
「この城は要するに、連れ込み宿であり高級娼館でもあるというわけだ。しかも、金さえ積めば、高嶺の花の十二聖女や大司教でも呼び出せるときた」
「「男娼だってぇ、美少年からイケオジまで各種充実よぉん。ワッチが気になってるのはぁ、この子……パラディン№1ヴィクトリア(男根有りバージョン)なのねぇん」」
「はぁ? ヴィクトリア? ……その名前、この肖像、女ではないのか? 男根有りとはどういうことだ?」
「「ね、気になるわぁん」」
壁に並んだ男娼の肖像を前に、腕を組んで立ち、肩に乗せた人形にブツブツと話しかける黒水着・黒兜の女は、周囲からどれほど怪しく映ったことだろう。
しかし、”どんなブスでもチー牛でも幸せになれる”というのが、この夢の世界のポリシーである。日頃からそう叩き込まれているスタッフは、近寄りがたい黒兜の女にも笑顔で接客しなければならない。
「いらっしゃいませ~! お客様~、お相手はお決まりになりましたか~?」
話しかけたのは、フワフワの巻き毛をポニーテイルにまとめた肉感的な美女であった。
もしもお客が男性だったならば、十人中九人が「キミに決めた!」と応じることだろう。残る一人は、極端なロリコンかゲイに違いない。
「お、店の者か? 少々聞きたいことがあったのだ。この”男根有り”というのは――」
「「あらぁん、シンシアちゃぁんじゃなぁい? ワッチよワッチ、ドミニクよぉん」」
「え? あれ? ドミニク様~? あらあらあらあら、なんだかずいぶんとカワイクなってしまわれて~!」
「――おや、なんと、ドミニク殿のお知り合いであったか」
「「ついぃ数時間前に知り合ってぇ、カンチョーまでいった仲よぉん」」
「いやぁ~ん! 誰にも言わないでって、言ったのにぃ~! ――あ、”男根有り”というのは~、役を演じている中の人が~男性ってことですよ、お客様~? 基本的には~、女性のお客様向けなのですが~、ときどき、男性のお客様でもそちらを選ばれる方がいらっしゃるんです~。びっくりぽん、ですよねぇ~?」
「ほう! それは、びっくりぽんだ」
「「びっくりぽんねぇん」」
「どうされますか~? ”男根有りバージョン”になさいます~? それとも、”フタナリバージョン”になさいます~? ――あ、ここでのご指名は~勇者選考会予選参加者のお客様でも~、加算料金分のご負担が発生しますのでご注意願いま~す」
「いや、パラディン№1ヴィクトリアは、またの機会にしておこう。今宵は、なんだかとってもエリアボスという気分なのだ。シンシア殿、是非ともメリュジーヌ城エリアのボスのもとへと案内願いたい」
「え、エリア……ボス……ですか~?」
「「命令よぉん? シンシアちゃぁん」」
「はい~、エリアボスさん……をご指名ですね~? 先程も申しましたとおり、加算料金のご負担が――あ、はい~分かりました~。エリアボスさん……エリアボスさん……」
少々お待ちくださいましね~などと言いつつ、シンシアはその場から離れ、手持ちのタブレットを操作し始めた。
しばらくしゃかしゃかと画面をいじっていたが、やがて通話機能で何処かへと問い合わせを始める。
「……もしも~し? 母様よぉ~。アリーシャちゃん、稼いでる~? ――ごめんね~、お客様から~エリアボスさんにご指名なんだけど~、アリーシャちゃん、エリアボスさんって知ってる~?」
声は落としているものの、通話内容はリスピーナとドミニクにも筒抜けであった。
「彼女……シンシア殿は、なんというか、歳の割に天真爛漫というか……少し、アレな方なのかな……?」
「「シンシアちゃぁんは、元ぉマイネリーベ子爵婦人なのよぉん。こんな過酷な職場だものぉん、ちょっとアレじゃないとぉ、きっと耐えられないわぁん」」
「――え? 就業マニュアル~? そ、そんなこと言われたって、母様分からないもの~」
「……なるほど、あの場違いなほどの美貌はそういうことか。――ところで、アリーシャという名前が聞こえたのだが、私達を騙してくれた案内人のアリーシャのことか? シンシア殿の娘、なのか?」
「「知らないわぁん。ワッチが会ったシンシアちゃぁんの娘はぁ、レベッカちゃぁんだけだもぉん。ヤマダくぅんがマッチングした美少女ねぇん」」
「……む? あーこほん……、ヤマダが……その、美少女のレベッカちゃんとかとマッチングした……というのは、本当のことなのか? プロの子ではなく……?」
「「あらぁん、気になるのぉん、リスピーナちゃぁん?」」
「いや……私は、正直どうでもいいのだが……ほら、ネムジア教会の関係で、な?」
「「レベッカちゃぁんはまだプロじゃないみたいよぉん。でもぉ、ここにいたら時間の問題でしょぉん? だからぁ、ヤマダくぅんとしては、彼女のことぉ、ほっとけないのよねぇん。……夢の中のことぐらい目こぼししてあげたらぁん? せっかく美少女とマッチングしたのだしぃ」」
「ふむ……だが、ドミニク殿がヤマダに、レベッカちゃんに会いに行けと言ったのは、魔王ケルピーと対峙した記憶を取り戻すためであったよな」
「「ヤマダくぅんは二度記憶を奪われているわぁん。一度記憶を奪われたあとぉ、レベッカちゃぁんと再会して色々思い出したみたいよぉん。きっと、もう一度会えばぁ、また色々と思い出すと思うわぁん……そしてぇ、二人はいっそう燃え上がると思うわぁん」」
「――うん。うん。……ごめんね~。――メリュジーヌ城の待合室よ~。――うん。うん。……助かるわ~お願いね~」
さらにドミニクを問い詰めようとしたリスピーナだったが、ちょうどその時、シンシアの通話が終わったので口をつぐんだ。
戻って来たシンシアが、にこやかに伝える。
「問い合わせをいたしましたところ~、担当の者が参りますのでこちらで少々お待ちくださ~い。だいたい、三、四十分ぐらいで来てくれるそうです~」
「そうか。待たせてもらおう」
「「いやぁん、乗り過ごしちゃったわぁん……いえ、こっちのことよぉん」」
「……? どうぞこちらにおかけになってお待ちください~」
そう言って、シンシアは待合室のソファを薦めた。
薦められるまま腰掛けるリスピーナ。
それを見届け、ひと仕事終えたとばかりに立ち去ろうとするシンシアに、リスピーナはもうひとつ重要な依頼を口にする。
「ところで、シンシア殿にデュエルを申し込みたいのだが」
「え」
デッキは持っているものの、リスピーナはまだ一度もデュエルしたことがない。
デュエル初心者の彼女にとって、あきらかに少しアレなシンシアは、最初の対戦相手にふさわしいように思えた。
ここ「サキュバス・ストリート」のルールその1、スタッフはデュエルを挑まれたら受けなければならない。
担当者が来るまでの数十分、リスピーナは「デュエルサーバンツカード」を学ぶことにした。また、なるべくなら勝利して――
ルールその2、デュエルの勝者は相手のカードを一枚奪えるアンティルール。ただし、再戦を挑むたび、賭けるカードは一枚ずつ増えていく。
――シンシアのデッキから、魔法カードや罠カードを手に入れたいとも思っている。
***
ミスティリア・ドミニクは、プール前の駅を乗り過ごしてしまった。
彼女が乗る線路一本の電車は、カジノ駅を経由して終点の遊園地駅に到着し、そのまま折り返して、またカジノ駅を経由して数十分後、やっとプール前の駅に戻ってくる。
全裸のドミニクが電車を降りると、同じ車両に乗り合わせていたおよそ四十人ほどの電車好きの水着男達も一緒に降車した。
彼女のカラダは白濁した粘液がこびりついてベトベトであったが、男達がよってたかってトイレットペーパーで拭って清めた。
その作業が終わると、男達はドミニクに新品のアブナイ水着を着せる。
身だしなみが整うと、男達は一斉に彼女の足下に跪いた。
電車内で何があれば、初対面の電車好き四十人がここまで従順になるのか? それは、ドミニクと彼らだけの秘密である。
「みんなのなかにぃ、『デュエルサーバンツカード』に詳しい子いないかしらぁん?」
跪いた男達のうち、数十人が手を挙げた。
かなりの高確率である。これは彼らが電車好きの男達であったからであり、ナイトプールで遊ぶイケてる風の男達にアンケートを取ったとしても、こうはいかなかっただろう。
ドミニクは重ねて尋ねた。
「じゃあ今もぉ、自分のデッキを持ち歩いてる子わぁん?」
手を挙げる人数はぐっと減り、十人弱が残った。
夢の中「サキュバス・ストリート」にまでデッキを持ってくる彼らならば、真のデュエリストといっても差し支えないだろう。
ドミニクは自身のデッキを取り出し、言った。
「ワッチぃ、『デュエルサーバンツカード』とかぁ、ぜぇんぜぇん分かんないからぁん、一番強いデッキを作ってぇん」
ドミニクのデッキを手にした真のデュエリスト達は、あーだこーだと検討を始める。
自分のデッキから使えるカードを抜き、あるいはカードショップで自腹を切って、ドミニク用の最強デッキを構築してくれることだろう。
そんな彼らは一旦放置し、ドミニクは残った男達に尋ねた。
「実わぁ、このプールエリアのエリアボスとぉ、デュエルしたいのよぉん。どこにいるかぁ、見つけてきてぇん。お願いよぉん? ご褒美わぁ、一番がんばった子にシテあげるわぁん。ワッチわぁ、プールサイドで待ってるから、よろしくねぇん」
そう言い残し、ドミニクはナイトプールへと歩いて行く。
彼女を見送り、しばらく呆気にとられていた男達だったが、やがて我先にとプールで遊ぶ男女へ向かって駆けていった。
ナイトプールに侵入する電車好きおよそ四十人。
相性は最悪である。
それは電車好き達にとっても最悪であるが、おそらくナイトプールで遊ぶ男女にとっても目障りな異物であろう。
このエリアのボスが、ドミニクの仕組んだ嫌がらせに耐えかねて自ら姿を現すのも、時間の問題かもしれない。
***
「ナッハッハ! 我のターン、ドロー! フィールド魔法『マッスル・エンパイア』の効果発動! 手札から”マッスル”と名の付くサーバンツを墓地に送ることで、フィールド上の魔法カードまたは罠カードを破壊できる! 我は、手札の『マッスル・アマゾネスファイター』と『マッスル・アマゾネスニンジャ』を墓地に送り、相手フィールド上の魔法カード『時間停止の護封結界』と伏せカードを破壊する! 砕けるがいい、【筋肉執行】! ――続いて、手札から魔法カード『陽気過ぎた葬式』を発動! 墓地から☆3以下の”くっころ族”サーバンツを呼べるだけ特殊召喚する! ただし、この効果で特殊召喚されたサーバンツはエンドフェイズ終了後に破壊される。我は墓地から、☆3『マッスル・アマゾネスニンジャ』と☆3『マッスル・アマゾネスアサシン』と☆2『マッスル・アマゾネスビッチ』と☆1『マッスル・アマゾネスに憧れる少女』以上4体を特殊召喚! ――更に、手札の『マッスルトレーナー・ダンベイ』とフィールド上の『マッスル・アマゾネスに憧れる少女』をリリースして、マッスル・ドッキング召喚! 少女よ、今こそ美しく咲き誇れ! 目覚めよ! ☆8『マッスル・エンプレス アナルシア』! ――『アナルシア』の効果発動! フィールド上の”マッスル”と名の付くサーバンツ1体につき攻撃力が200アップする! そして、1ターンに一度、攻撃力を半分にすることで、自分フィールド上の”マッスル”と名の付くサーバンツ全員で相手プレイヤーのライフポイントにダイレクトアタックを行うことができる! ――おや? 自らの運命を悟ったかの? しかし容赦はいたしませぬゾ? 我は、エンペラーの称号を持つ者、故に――さて、いよいよバトルフェイズ!! 皆の者、総攻撃である、【筋肉突貫】!! ナッハッハ!! ナーッハッハッハッハ!!」
転移門を抜けたダニエル・チンチコールは、カジノエリアに降り立った。
身に纏うのは海パン一丁と、分厚い筋肉の鎧。
腰に携えるのは、自慢のイチモツと、クルミナ領で無敵を誇った「デュエルサーバンツカード」デッキ――その名も、「マッスル・アマゾネス」デッキである。
嘘か誠か、界隈では彼のことをエンペラー・ダニエルと呼ぶとか呼ばないとか。
エンペラーの右肩には、手のひらサイズの褐色エルフがちょこんと腰掛けている。
見た目かわいらしいそれは、ドミニクの肉ゴーレム。筋肉質の彼にはあまりにも似合わないが、本人はまったく気にしていない。
カウガールが腰を振る派手な看板がまぶしい、地上八階建てのビル。
おそらくこの夢の中で、メリュジーヌ城の次に高い建物だろう。この建物全体が、カジノエリアである。
ダニエルは昨夜もカジノを訪れているが、現実世界のそれと夢の中のそれとでは、似ているようでどこかが違うようだ。
「「こっちの看板のカウガール、乳首が見えちゃってるわぁん」」
なるほど、そこが違うのか。
――と、そんなことを考えながら、ダニエルは正面から堂々とカジノへ乗り込んだ。
ダニエルが最初に向かったのはブラックジャックのテーブルである。
ディーラーにブラックジャックで負けたばかりの男性客を強引に押し退けて卓を奪うと、おもむろに自らのデッキをテーブルへ叩きつけた。
「デュエルを申し込みたい。まさか、断るとは言わんな?」
「……もちろんでございます、お客様。ですが、ここはカジノでございます」
「それがどうした? 我が邪魔だとでも言いたいのか?」
「いえいえ。ただ、カジノでございますれば、併せてチップを賭けていただく必要がございます。勝利した時に残っていたライフポイント×1万チップを敗者が負担して支払うというルールになっておりますが、よろしいですかな?」
「ナッハッハッ! なんだ、そんなことか。我は別にかまわんが?」
こうしてダニエルは、このフロアのディーラー達や給仕係、景気のいい客と続けざまにデュエルを繰り返し、五回すべて勝利した。
勝利の度にチップも増えて、手持ちは既に1億Gを超えている。
「ナッハッハッ! そうれ皆の者、総攻撃である、【筋肉突貫】!! 【筋肉突貫】!! 【筋肉突貫】!! で、あーる!! ナーッハッハッハッハ!!」
「「すごいわぁん、エンペラー・ダニエルくぅん! 筋肉のくせに、すごいわぁん! 本当に得意だったのねぇん、『デュエルサーバンツカード』! とってもすごぉく、エンペラーだわぁん!」」
ダニエルが六度目の勝利をおさめた時のことだった。
小さい黒水着に蝶ネクタイ、サングラスを身に着けた男がダニエルに声を掛けた。
次はこの男かと身構えるエンペラー・ダニエル。男はダニエルと同じぐらいの長身で、肉体もそれなりに鍛えられており、戦えばそこそこ強そうに見える。少なくとも、中堅冒険者程度は歯牙にも掛けない実力者だろう。
だが、それでも、「デュエルサーバンツカード」ならば関係ない。ダニエルは、自分こそが最強のデュエリストであると疑わない。なぜなら、数多の強敵を退けて勝ち取った”エンペラー”の称号を背負っているのだから。
「ぬ? キサマではないのか、我の相手は?」
「いえ、お客様とどうしてもデュエルしてみたいとおっしゃる方が最上階のVIPルームにてお待ちです。お客様にはご足労おかけして誠に恐縮ですが、どうかご同行願います」
恐縮と言いつつも、同行するのが当然という物言いには腹が立ったが、ダニエルとドミニクにとってこの誘いは待ちかねた反応である。
エリアボスがいるとすれば、最上階のVIPルーム。そんなのは、ありそうな話だ。
そもそも、カジノの運営がダニエル達を放っておくわけがない。なぜなら、意図せず手に入れてしまった1億G超相当のチップ。これをそのまま換金されてしまっては、カジノは大打撃に違いないのだから。
蝶ネクタイ男に案内されて、エレベーターで最上階に向かうダニエル。
ガラス張りのエレベーターから見渡す夜景は美しく、若い頃、妻ベルリンダと共にここ「ケルピーランド」を訪れ、観覧車から見た光景を思い出し、ダニエルは思わず苦笑した。あれが現実だったのか夢の中のことだったのか、十数年が経過した今となっては思い出せない。
肩に乗せていた肉ゴーレムは、念のためダニエルの海パンの中に押し込められている。
なにもみえないわぁん、とは言っていたが、ドミニクからそれほどの反発はない。彼女は彼女で、他の二人をフォローしながら、自分自身もいろいろとヤル事があって忙しいのだろう。
エレベーターを降りると、階下よりも幾分かこぢんまりとしているが、そこはかとなく高級感の漂うプレイルームで、数人の紳士淑女が上品にギャンブルを楽しんでいた。
そんな中にあって、金色のスリングショット水着を身に着けた、言ってみれば少々品がない大女はひときわ目を引いた。
ダニエルは彼女のことを知っている。
「カラビナ殿ではないか! さては、このエリアのボスは貴女か」
「あーら、ダニエル様、お久しぶりでございますねー。おっしゃるとおり、アタクシがここのボスなんてやっておりますわー」
「おお、やはり! では、早速――」
「いえいえー、勘違いなさっては困りますよーダニエル様。アタクシにデュエルなんて申し込まないでくださいましよー。言われるままデッキなんて持ち歩いちゃいますが、一度も使ったことないのでございますよー」
「ふむ、そうか。ならば、手っ取り早く、クラウド殿に会わせてくれ! ご存じかと思うが、我ら勇者選考会予選参加者一同、この夢の世界から抜け出せなくて困っておるのだ! そちらにもいろいろと事情があるのかもしれぬが、当家とグランギニョル家の長い付き合いに免じて、せめて我と……仲間数人だけでも便宜を図っていただくわけにはいかぬか?」
「あーら、ダニエル様、ここのルールはご存じのようでー? ルールは絶対。それは、アタクシ達であっても、例外ではないのです。アタクシに図れる便宜など何もございません。というのも、実は夫ダニエルが数時間前から行方が分からなくなっておりまして、捜索しているのですー。まだこの『サキュバス・ストリート』内から出ていないのは分かっているのですが、どこへ行ったやらー」
「そ、それは、心配でありますな」
「いえいえ、それはそれとしてー、ダニエル殿に便宜を図るわけではないのですがー、目的とするところは案外早く叶えられるやもしれませんねー。どうぞ、こちらへ――」
そう言ってカラビナはダニエルの案内を蝶ネクタイ男から引き継いだ。
軽く頭を下げて去って行く男。その後ろ姿を見送りながらダニエルが「あれは騎士か」と尋ねると、カラビナは「元・騎士ですわ。今は、アタクシのオスイヌ」と答えて、ニタリと笑う。
この女、やはり少々品がないな――とダニエルは思った。
ダニエルはカラビナに個室へと通される。
その部屋には男がひとり待ち受けていた。
ひとりがけのソファーに腰掛けた、人間の身体に首から上だけが馬の怪人。
『コォォォングラチュレェェェェェション!! よくぞ、来てくれたのデース、エンペラー・ダニエル・チンチコール!! ミーは神獣!! 夢に棲む神獣ケルピー!! お見知りおきを、エェェェンペララララァァァー!!』
「な……ナハハ……、我を呼び出したのが他でもない魔王ケルピーであったとは。いささか驚かされましたぞ、カラビナ殿」
「うふふっ、サプラーイズ成功といったところかねー、ダニエル様? だけどー、手間が省けましたでしょー?」
『神獣と名乗っているのに、最初から魔王扱いデース!! なんだか、切なーい!!』
「ルールとやらはよろしいのですかな、カラビナ殿?」
「ケルピー様がエンペラー様と今すぐデュエルしたいって言うからー、仕方ないですなー」
『――さあさあさあさあ、ごちゃごちゃ言ってねーで、正々堂々勝負といきましょうヨー!! デュエエエル、スタンバァァァイ!!』
カジノエリア、最上階のVIPルームにて、ダニエル・チンチコールが人サイズの魔王と遭遇。
その後、二人揃って何処かへと空間転移する。




