477 予選5日目――ブースターパックを買うこと、ですよね!?
バザールの細い路地を抜けた先、そこには静かな湖が広がっていた。
自然のままの光景は、この「ケルピーランド」全体が透明なドームに覆われていることをしばしば忘れさせる。
湖の外周に設けられた遊歩道をしばらく行くと、長い石段とその頂上に赤い鳥居が見えてくる。
これを登るのか? と、ドミニクさんに尋ねたのはダニエル様だったが、同時におれは――「これを……登るのですか?」と、レナリス婦人が心底だるそうに似たようなセリフを口にする姿を思い出していた。
ドミニクさんによれば、おれがここを訪れるのは初めてではないらしい。
奪われた記憶。朝、目覚めた時から度々感じていた既視感の正体がそれだったのだと、今更ながら実感し始めている。
目の前にドミニクさんの褐色のお尻。彼女のか細い水着は食い込んで、99%お尻である。
おれとダニエル様がその尻に気を取られていると、いつの間にか長い石段の頂上に到着していた。
赤い鳥居をくぐると、境内には黒い水着の女がいた。
拳法の型のような動きをひとり黙々と繰り返し汗だくになっている。
汗だくなのに、黒いフルフェイスヘルメット、クラムボンの鎧(頭部)で素顔を隠したまま、少し弛んだ尻肉をぷるんぷるんとふるわせ続けていた。
……リスピーナさん! そうか、彼女はおれを置いていったわけではなかったんだ! 宿に居なかったのは朝っぱらからこんな所で、だらしないお尻を引き締めるエクササイズを――!
「だらしなくない! ――って、ヤマダじゃないか。地下の寝殿で寝てるハズのキミが、なんで石段を登ってくるんだ?」
***
境内の裏手、注連縄が巻かれた大樹のウロには、両開きの扉が設けられていた。
リスピーナさんが加わったおれ達四人は、その扉を抜けて地下へと続く長い階段を下りていく。
自然の洞窟をコンクリートでそのまま固めたような壁面のくぼみに飾られた、いくつもの絡み合う男女の塑像。それらを照らし出すピンク色の照明と相まって、おれ達の道行きは怪しく淫靡に彩られていく。
「ふむぅ。オトナしか見つけられない幻のエリア『サキュバス・ストリート』が夢の中にあるというウワサは、我も聞き及んでおる。記憶は既に曖昧になりつつあるが、我が妻ベルリンダとのことは、夢の中で本当にあったことなのかもしれぬ……ぐぬぬぅ、なんとも気まずい……」
「夢の中!? それは盲点でした……。それで、夢の中から戻って来ないスプリングさん、キャサリン嬢、ウィリアム君、エブリィさんを連れ戻すために、レナリス婦人とディスペナさんとおれが夢の中に救出に向かって、リスピーナさんは眠っているおれ達の護衛に残った、と……あれ? キャプティンは?」
「案内人のフリーダ殿とアリーシャ殿の話では、ここの支配人やら上層部の連中が勇者選考会予選参加者を意図的に夢の中から出られないようにしているのではないかとのことだったのでな、無防備になるカラダを見張る者を残す必要があったのだ。――ああ、キャプティン殿はこの話をまだ知らぬ。今朝方、プール方面の捜索に出たまま戻っていないのだが……少し心配だな」
階段を下りながら、ダニエル様とおれはリスピーナさんと情報のすり合わせを行う。
彼女の話では、おれはこの先の大広間「千人寝殿」とかで睡眠薬を飲んで眠りにつき、レナリス婦人とディスペナさんと共に夢の中「サキュバス・ストリート」へと向かったらしい。……さっぱり思い出せないけれど、案内人のフリーダさんとアリーシャさんのことはもうちょっとのところまで出かかっている。
なお、ダニエル様とキャプティンは別行動だったようだ。
「あらぁん、キャプティン・アザリンなら捕まっちゃったと思うわぁん。ヤマダくぅんと一緒に魔王ケルピーに挑んだけど、負けちゃったのねぇん」
一番先を歩いていたドミニクさんが、おれ達三人の話に口を挟んできた。
……おれが、魔王ケルピーに負けた? 神獣じゃなくて? てか、なんでこの人そんなこと知ってるんだろ?
そもそもこの人って、おれらとどういう関係だっけ? 色香に負けて、なんとなく付いて来ちゃったけど……。
あの……と、おれが口を開きかけたところ、先に声を発したのはダニエル様だった。
「はて、ドミニク殿は夢の中の事情に詳しいご様子だが、記憶を奪われていないのですかな?」
そこはおれも気になっていたことなので耳を傾けるが、ドミニクさんは「そのことは下に着いてから話すわぁん」と言ったきり、口をつぐんでしまう。
仕方がないので話を変えて、気になっていたことをリスピーナさんに尋ねてみることにした。
「ところで、見張りで残ったハズのリスピーナさんが、なぜ外に?」
「う……それは、その……、ただ待っているのは退屈だったので、徒手の型をさらっていたのだが……つい熱が入りすぎてしまってな。フリーダ殿に、寝ているお客様の迷惑になるから外でやってくれと言われてしまったのだ。外部から襲撃があるとしても境内を押さえておけば問題なかろうと判断したのだが……やはり、マズかっただろうか?」
……さて、思い過ごしならいいんだけど。
階段を下りきると、そこには両開きの重厚な鉄扉が待ち受けていた。
扉の上部に掲げられた額縁の看板には「千人寝殿」の文字が読み取れる。
また扉の両脇には、仁王像のようにひときわ巨大な塑像が起立しているが、その頭部は馬であり、股間には長大なイチモツがそそり立っていた。
こんな、忘れたくても忘れられないような光景に――いや、そんな光景でさえ全然思い出せない自分自身にびっくりしながら、その鉄扉の奥へと足を踏み入れる。
そこは、畳敷きの広大な部屋だった。
扉の正面には巨大な馬頭の神像がまつられており、祭壇のロウソクだけが室内を照らし出す。
薄暗い室内をよくよく見渡せば、畳に数百枚もの布団が敷き詰められていた。
ただし、その布団の上には誰の姿も見当たらない。
「ふむぅ!? なんだこの部屋は胡散臭い! しかもなんだあの馬面は!? あれが、神獣ケルピーだとでもいうのか!? 股間のモノがギンギンにおっ立っておるではないか!」
「……てか、誰もいませんね」
「布団の上には400人以上の人間が眠っている。ただ、神獣ケルピーのスキル【認識無効】によって認識できなくなっているだけなのだ――と、案内人は言っていたのだが……」
敷かれた布団の上を踏み越えて、ドミニクさんは歩みを止めずに真っ直ぐ進む。
そこでもし本当に誰かが寝ているとしたら、何人が彼女に踏まれたことだろう。
足下の布団を避けながらおっかなびっくり進むおれ達を尻目に、ドミニクさんはいち早く正面の祭壇へと辿り着くと、胡座をかいた馬面の神像へとよじ上り――唐突に、神像の股間から起立する極太のイチモツを両手で掴んだ。
がちゃり! ドミニクさんが極太のそれを手前に倒すと仕掛けが作動し、祭壇上に更なる地下への入口が出現する。
「はぁい、到着ぅん。この先に、『サキュバス・ストリート』への転移門があるわぁん」
「転移門とな!?」
「つまり、『サキュバス・ストリート』へ瞬間転移できるワープ床みたいな?」
「なにをバカな。ここで眠りにつくことで夢の中にある『サキュバス・ストリート』へ行けるのだと案内人のフリーダ殿とアリーシャ殿は言って……はっ! ま、まさか……」
「ヤマダくぅんは魔王ケルピーとの勝負に負けて、全てを忘れて朝を迎えたわぁん。だけどぉ、ヤマダくぅんはまた魔王ケルピーとの勝負に負けて、全てを忘れて朝を迎えたのぉん。……でもねぇん、勇者選考会予選5日目の朝わぁ、まだ一度も明けていないのよぉん」
「なんと! リーダーは二度も記憶を奪われて……あいや、もしやそれは我も同じか!?」
「え? え? 二度朝を迎えたのに、まだ一度も明けていない……?」
「私としたことが、なんたる不覚……つまり私達はまだ目覚めていない……!」
「そうなのよぉん。ここはまだぁ、夢の中なのよぉん」
「な、なにィ!? ここが夢の中だとぉ!?」
「が、がちょーん……!」
動揺して、思わず、いにしえのギャグが口をついた。
……夢の中? ここが夢の中と言われても正直さっぱり実感がない。
頬をつねったら普通に痛いし、ドミニクさんの長乳に相棒も反応するだろう。
しかし、だからこそ恐ろしい。日本のマンガとかアニメでも、夢とか幻術とか使ってくる敵はやっかいだったと記憶している。
それこそ、歴戦の強者である炎柱とかリスピーナさんですらその術中におとしいれることができるほど――よもやよもやである。
「……どこからが夢だ? 一日早く到着した私とディスペナ嬢は、昨日は普通に目覚めている。そうじゃなければ、ヤマダ達と合流できていないから。ディスペナ嬢は勇者選考会予選参加者ではないからよいとして、私はなぜ目覚めることができた? ……同室のディスペナ嬢に起こされたからか?」
そう言って頭を振るリスピーナさん。額に手をやり、顔面を覆う黒い兜に触れる。
「――そうか、クラムボン! 最初の夜は警戒してこの兜をつけたまま眠ったから、ケルピーの干渉を受けなかった。だけど昨夜は兜を外したまま寝てしまったから……いや、スマナイ。なんのヒントにもならないことで騒がせた」
すかさず、「被っておるではないか」と指摘するダニエル様に、「これは今朝目覚めた時に身に着けたものだ」と返すリスピーナさん。
……思えば、おれの潜水ゴーグルと麦わら帽子も朝起きたときに身に着けたものである。夢の中のモノには、見た目以上の効果は期待できないということじゃないかと思う。
ただし、「ケルピーランド」側で用意したモノ……「転移門」とかは別かもしれない。
「要するに、ここと『サキュバス・ストリート』は地続きで、睡眠薬なんか飲まなくても転移門で行き来できると……?」
「そうなのねぇん。さっき階段の途中で聞かれたことだけどぉ、今答えるわぁん。”なんでワッチだけ記憶を奪われていないのか”って質問よぉん? ――ワッチわぁ、強制転移で宿まで戻されたんじゃなくってぇ、自分で勝手に戻ったからだと思うわぁん。なんでかっていったらぁ、ヤマダくぅんを連れ戻すためよぉん」
「おれを?」
「ワッチとヤマダくぅんは『サキュバス・ストリート』で会っているのよぉん? 捕まっているところを助けてもらったのねぇん。でもぉん、ヤマダくぅんは若い女の子、レベッカちゃぁんって子に夢中でねぇん、ワッチを置いて行っちゃったのよぉん」
「若い女の子……レベッカちゃん……!?」
レベッカちゃん……レベッカちゃん……なんか聞いたことあるぞ。
くちづけを交わした日は……いやいやいや、それじゃなくって。
ポケットのコイン集めて……いやいやいや、だから違うって。
ああ、もう頭の中に夕映えに似合うあの曲がリピート始めちゃったよ。
そしてその曲をBGMに、すらっと背の高い、蜂蜜色の髪の美少女の姿と声が頭をよぎる。
――おーい!! その電車待ってくれ!! アタイ達も乗せてくれよー!!
――おっさん、ロリコンなのか? ――じゃ、ロリコンってことだな。
――いいわけねぇよ! 少なくともアタイはイヤだから、おっさんを外に誘ったんだぜ。
「しゃくにさわったからぁん、別れ際にヤマダくぅんとレベッカちゃぁんに極小の肉ゴーレムをくっつけてぇ、その後のことを盗聴してたのねぇん」
「は?」
……肉ゴーレム!? 盗聴!?
慌てて麦わら帽子を脱ぎ、髪の毛をかき回すと――むにゅり、と奇妙な感触があった。
髪の中から摘まみ上げたそれは、”小さな耳”だった。耳そのものの本体に、細い手足が付いていて、摘まんだ指の隙間でジタバタともがいている。
「いつセックスするのかと思ってぇん、シンシアちゃぁんとワクワクしながら聞いてたのにぃ……結局、魔王ケルピーと勝負が始まっちゃったからぁ、二人でずっこけちゃったわぁん」
「はぁ……」
はらいせに、おれは手の中の肉ゴーレムを投げ捨てた。
……そうか。やっぱ、ダメだったんか。
「だからワッチは知っているのだわぁん。この夢から抜け出す方法がぁ、魔王ケルピーと勝負して勝つことってねぇん。でもぉ~ワッチじゃ『デュエルサーバンツカード』なんてぜぇんぜんわかんなくってぇ、ヤマダくぅんに頼るしかないって思ったのよぉん」
「な、なにィ!!? 『デュエルサーバンツカード』だとぉ!!?」
「うぉ!?」
おれを押し退ける勢いで自己主張するダニエル様。
ドミニクさんがおれを頼ったのが面白くなかったんだろうか?
……てか、「デュエルサーバンツカード」ってなに? 勝負して勝つってハナシだから、カードゲームの類いなんだろうけど。
「なんなのよぉん、びっくりするじゃなぁい。ダニエルくぅんも詳しいのぉん? 『デュエルサーバンツカード』」
「ナッハッハッ! 詳しいなどというレベルではないぞドミニク殿! 『デュエルサーバンツカード』クルミナ大会2年連続優勝者にして『エンペラー』の称号を持つ我こそはダニエル・チンチコール、ここに在り! 『デュエルサーバンツカード』のことならば、リーダーよりも我を頼るが良かろう!」
――みたいな、終始ハイテンションで語られるダニエル様の説明によれば、「デュエルサーバンツカード」は、こっちの世界で流行っているトレーディングカードゲームらしい。
そしてどういうわけか、おれがよく知る日本のトレーディングカードゲームのルールとほぼ同じらしい。……不思議なこともあるもんだ。
不思議と言えば、そもそもなんで魔王との勝負がトレーディングカードゲームなんだよ……!
そう考えたのはおれだけじゃなかったようで、リスピーナさんが質問する。
「……夢の中からの脱出手段が、神獣……いや、魔王でいいのか? 魔王ケルピーとカードゲームをして勝つこと――というのは分かった。だけど、相手は魔王なのだろう? だったら、いっそ討伐してしまったらダメなのか?」
「ダメっていうかぁ、デキないのよぉん。魔王ケルピーは夢そのもの。実体のない現象の魔王といわれているわぁん。【神託】スキルを持つ者に魔王出現の知らせがあってから数百年、誰にも討伐できなかった無敵の魔王なのよぉん」
「”現象の魔王”……”意思のある呪い”のようなモノだろうか? 確かに、やっかいだな……」
やっかいだな……とか言いつつも、まだブツブツとなにやら考え込んでいるリスピーナさん。もしかすると、盾に取り憑いているどこぞの悪霊のことなど考えているのかもしれない。
「リスピーナさん、今は夢からの脱出を急ぎましょう。幸い、ダニエル様は『デュエルサーバンツカード』のチャンプとのことだし――あ、そういえばデッキはどうやって手に入れたら?」
「ナッハッハッ! あまいあまい、あまいぞリーダー! 真のデュエリストたる者、デッキは常に携えるべき剣も同じ! いつどこで、デュエルを挑まれてもかまわんようにな! ナッハッハ!! ナーッハッハッハッハ!!」
――おお、マジか……!
高笑いしながら海パンからデッキケースを取り出すダニエル様。
最初は、「――とかなんとか言って、どうせ噛ませ犬なんでしょ?」って思ってしまったけど、デッキを常に持ち歩いているのはちょっとホンモノ臭い。「もしかしたら、やってくれるのかも知れない」と、今は思い始めている。
いよっ、エンペラー! エンペラー・ダニエル様……!
そんなおれに、不意にカラダを寄せてきて、耳元でそっと囁くドミニクさん。
「それでもぉん、ワッチはヤマダくぅんにいっぱい期待しているのぉん。だってぇ、ヤマダくぅんは、もう2回も魔王ケルピーと勝負しているのよぉん?」
……あれ? ドミニクさんおれのこと好きなのかな? ドキドキ……。
「で、でもおれ、そのこと全然憶えてないんですけど……あとほら、デッキもないし?」
「おい、ヤマダ! 夢の中だからといって調子に乗るなよ、童貞のくせに――っと、スマン、ちょっと言い過ぎた」
しゅん……。
おそるべきはリスピーナさんの眼力。おれが調子に乗っている高齢童貞なのがバレバレだったようだ。
スイマセン。「ドミニクさんおれのことすきなのかな?」とか考えちゃってスイマセン。
「なんと! リーダーは童貞であったか! ならば、夢の中で経験しておくのはよい予行練習になるであろう! やはり、魔王との勝負は我に任せて、『サキュバス・ストリート』で羽を伸ばすがよかろう!」
「あらぁん、だったらこうしましょぉん。ヤマダくぅんが魔王に勝ったらぁ、ワッチが童貞卒業させてあげるわぁん。もちろん、目が覚めてからよぉん……!」
――お、おお、マジか……!!
やっぱり、ドミニクさん、おれのこと好きなのかも。ドキドキ……。
「待て待て待て! ヤマダの童貞は、大司教ユーシー猊下から管理を一任されている。私を通さずに勝手なことをされては困る!」
……イカン。そういえば、リスピーナさんはネムジア教会関係者だった。
しかし、童貞を管理ってなんだよしかし!
「そうは言ってもリスピーナ殿、いかに大司教猊下といえども夢の中のことまで管理するのは、リーダーがいささか気の毒ではないか?」
ですよね。
「あらぁん、正直、ヤマダくぅんにそこまで興味なかったけどぉ、”大司教様から童貞くぅんを寝取る”ってシチュエーションに俄然燃えてきたわぁん」
興味なかっ……で、でも、結果オーライ!
なんとなくノリで誘ってきた肉食系女子にペロリといただかれてしまう童貞おれ。
……アリです! なんだか初めて、童貞である自分に価値を見いだせた気がする。
「こら、ヤマダ! 勘違いするな! アラフォーの童貞になど価値はない! 後悔しても知らんぞ!?」
「分かってますよ、リスピーナさん。今は夢からの脱出を急ぎましょう。分かってますってば」
ぬふふっ。
……長乳! 長乳! 長乳! ひゃっほ~い! 褐色エルフの長乳! 長乳! 長乳! ふぅ~ぅ!
「あ~そうそう、デッキのことだったわねぇん? 布団の上をよく見てぇん。カードが乗ってるでしょぉん? よさそうなカードがあったらぁ、持ってっちゃえばいいと思うわぁん」
ドミニクさんにそう言われて見渡せば、確かに足下に敷き詰められた四百枚以上の布団のうち、いくつかの上にカードが一枚ずつ置かれているのが分かった。
「わっ、ホントだ! ――てか、なにコレ!? 絵柄が、まるで写真みたいだ」
「な、なんと!? どれもこれも、我の知らないカードばかりではないか!?」
「ふーん、これが『デュエルサーバンツカード』。ATK……DEF……なるほど、この数値で勝った負けたと競い合うわけか。……なにが面白いんだ?」
こうして、各々カードを拾い集めること数十分。
気がついたのは、どれもこれもキャラクターが描かれたサーバンツカードばかりであること。魔法カードや罠カードは一枚も見当たらなかった。
「どうやらぁ、それらのカードは、夢の中に長居しすぎた勇者選考会予選参加者の成れの果てらしいわぁん」
「えっ!?」
「なっ!?」
「……!?」
「仮にぃ何日も飲まず食わずで眠り続けたらぁ死んでしまうからぁん、カードになってずっと夢を見続けるのですってぇん。でねぇ、ここでは誰も死なないしぃ、歳もとらないそうよぉん。いいことばっかりみたいよねぇん? でもぉ、それでもワッチは目覚めたいわぁん。理由わぁ、そうねぇ、勇者選考会予選をクリアしたいからっていうのもあるけどぉん、一番はぁ魔王ケルピーがムカつくからかしらぁん? みんなはどぅおぉん?」
「ナッハッハッ! ムカつきますなあ、魔王ケルピー! クルミナのエンペラーこと我、ダニエル・チンチコールを差し置いて王様気取りとは笑止千万!」
「たとえセックスできなかったとしても、おれにとって女の子との思い出は宝物だから、それを奪った魔王ケルピーを絶対に許さない……!」
「あのとぼけた馬面がムカつく。これ見よがしにおっ立てたイチモツがムカつく。性懲りもなく、若い女子とよろしくしてたらしいヤマダがムカつく」
……え、おれ?
リスピーナさんってば、いい歳こいてヤキモチかよ……!
とか都合よく考えていたら――ぐぇっ! 腹にヒジ鉄を入れられた。
達人ってスゲェ。超能力レベルで心を読んでくる……って、あれ?
一瞬、彼女のだらしないお尻が、よく知る誰かのお尻と重なって見えた気がした。
……いや、気のせいか。開会式の時、あの場に二人同時に居たもんな。
「いいわぁん。そうしたらぁ、転移門をくぐる前に『サキュバス・ストリート』のルールを説明しておくわぁん」
なんでも、魔王ケルピーの【魔界】であるこの夢の世界はルールに則っているからこそ万能の権能が保たれているとのことで、魔王自身であってもそのルールに縛られているらしい。
ルールの公平性を担保するため、それらは「ケルピーランド」の正面ゲート脇の看板に細かく記載され、客達に常時開示されているとのこと。……そんなの、普通誰も読まないって!
ところで、ドミニクさんはスキル【肉マスター】を所持する肉使い。メダマ型の肉ゴーレムを作って、看板を読みに行かせたそうな。メダマ型の肉ゴーレムを介して、ドミニクさんはルールにざっと目を通したらしい。そこは、よく読んで! と言いたいところだが、「だってぇん、細かいし長いんだもぉん」とのこと。……気持ちは、分からないでもない。
ルールの概要をざっくりまとめると、次のとおり。
1、「サキュバス・ストリート」のスタッフは、デュエルを挑まれたら受けなければならない。
2、デュエルの勝者は相手のカードを一枚奪えるアンティルール。ただし、再戦を挑むたび、賭けるカードは一枚ずつ増えていく。
3、「サキュバス・ストリート」は四つのエリア、メリュジーヌ城、プール、カジノ、遊園地に分かれており、それぞれにエリアボスがいる。
4、四人のエリアボスを倒すと、支配人に挑むことができる。
5、支配人に勝利すれば、真のラスボスに挑むことができる。
6、ラスボスに勝利した場合、あらゆる願いが叶うだろう。
「ちょっとだけ捕捉しておくわぁん。このルールだと、あたかもぉ『デュエルサーバンツカード』でデュエルして勝利しなければイケナイみたいに感じちゃうけどぉ、実はどう勝ってもいいみたいよぉん。でもぉん、魔王ケルピーとはどっちみち『デュエルサーバンツカード』しなくちゃだからぁん、デッキ強化のためぇスタッフとかエリアボスのカードを狙うのもありよねぇん?」
「それを聞いて正直ホッとした。この『デュエルサーバンツカード』、私には少々ルールが複雑すぎて眉毛がかゆくなっていたところだ」
「ナッハッハッ! 我は正攻法で行くのみ! なぜなら、エンペラーだから!」
……よし、おれはブースターパックを買える店を探そう。
なにを隠そう、日本にいた頃、おれはこの手のゲームにはまっていたことがあるのだ。
デッキを組んだことだってあるが、実際に誰かとデュエルしたことはない。だけど、携帯用ゲーム機でCPU相手だったら散々やったので大丈夫。
そんな経験者のおれから見て、魔法カード、罠カードなしのこのデッキはどう考えてもバランスが悪い。
なにをするにしても、まずはデッキを整えてからだ。当たり前だ。対人戦とか、ビビってねーし……!
「ヤマダくぅんには、最初にやるべきことがあるわぁん」
「ブースターパックを買うこと、ですよね!?」
「違うわぁん。魔王ケルピーと勝負した記憶を思い出すことよぉん」
「あ」
そういえばおれ、どうやって魔王ケルピーまで辿り着いたんだろう?
エリアボスとか支配人とかを倒したんだろうか?
そもそも、デッキはどうしたんだ? お店で買ったのかな?
「情報は重要よぉん。奪われた記憶を思い出すためにぃ、ヤマダくぅんは、まずはレベッカちゃぁんに会うべきよぉん。彼女は今ぁ、遊園地エリアにいるわぁん……!」
レベッカちゃん……レベッカちゃん……確かに聞いたことあるんだって。
くちづけを交わした日は……いやいやいや、それじゃなくって。
ポケットのコイン集めて……いやいやいや、だから違うって。
ああ、また頭の中に夕映えに似合うあの曲がリピート始めちゃったよ。
そしてまた、その曲をBGMに、すらっと背の高い、蜂蜜色の髪の美少女の姿と声が頭をよぎる。
――ぐすん、ぐすん……くそっ……あいつら、好き放題しやがって……ぐすん……。
――ぷはっ! やるじゃん、おっさん! ぷははっ! アイツら、ざまぁねぇぜ!
――ちぇっ、おっさんは、あの子のことばっかりだな……アタイのことだって、ちょっとは気にかけてくれたっていいのに……。
……う、うぐっ。なんか甘酸っぱくて切ない。
まるで、中学の時好きだった同級生のナギサちゃんが出てくる夢を見た朝みたいだ。
この切なさは、カラダに悪い。なにもしたくなくなる毒だ。
でも、よく考えたら、ナギサちゃんもアラフォーなんだよね。
きっと、とっくの昔に結婚して、子どもが2~3人居たりするんじゃなかろうか。
「おい、ヤマダ! ボケッとするな」
おっとイカンイカン。ナギサちゃんの家族円満を祈ってる場合じゃなかった。
あわてて、リスピーナさんの差し出した手を握り返すおれ。
ドミニクさん、ダニエル様、リスピーナさんとおれ。四人、はぐれないように手を繋ぎ――いっせーのーせ! で転移門へと飛び込んだ。




