459 『ヒロインの条件~予選二日目、旧帝都モルガーナにて⑪~』
昔――、
ケンゴは、冴えない中年冒険者だった。
酒好きの女好きであったが、妻と息子が一人いた。
ダンジョンに潜った後は、なかなか家に帰らず、酒場や娼館でその日の稼ぎを使い切ってしまうこともしばしばだった。
ケンゴはレベル32で、【大酒蔵】というスキルを手に入れた。
手のひらから酒が無尽蔵に湧き出すスキルだったが、味はイマイチ。売り物にはならなかった。
妻は、「酒代が浮くね」と喜んだが、ケンゴは酒場に行くのを止めなかったし、こっそり娼館にも通い続けた。
ある日、ケンゴは酒場で美しい女に酒をおごった。
酒を飲ませて飲ませて、金が尽きると、スキルで出したタダ酒を飲ませて飲ませて、ついに酔い潰したその女を宿へと連れ込んだ。
そして、いつか使ってやろうと秘蔵していたご禁制アイテム【隷属】の<スキルの欠片>を女に呑ませることに成功した。
翌朝目覚めた女ルイーザは、自身が【隷属】状態であることを知ると、【隷属】を解いて欲しいとケンゴに懇願した。自分が、黒竜の化身であることを打ち明け、【隷属】を解く代わりに財宝を差し出すとケンゴに持ちかけた――が、
「え? いやだよ? ルイーザさん、あんたは永遠に俺の奴隷だぜ! 黒竜の力も財宝も、全部俺の物なのさ! フヒャッ! 今どんな気分だよ? 黒竜のくせに、俺みたいな男の奴隷にされた気分はよお! フヒャッ、ファヒャヒャヒャヒャ――!」と言って、まったく取り合わなかった。
それ以来、ケンゴは家に帰っていない。
妻と息子がその後どうなったのか彼は知らない。
やがて月日は流れ、ケンゴは爵位を得て、ブラッケン・ゴイゴスタ男爵と名乗るようになる。
【黒竜の加護】を得た彼の容姿は、100年経っても老いることがなく、傍らには、二人目の妻ルイーザの姿があった。
ゴイゴスタ男爵のステータスに、いつしか【呪い】の状態異常が現れるようになった。
何度解呪しても解呪しても、またすぐに戻ってくる【呪い】。そのせいで彼は、常に倦怠感に苛まれ、全ステータスが半分に減少してしまう。
また、子どもができなくなった。
それから更に、500年が経過して――今。
黒竜ルイーザの権能『黒』に塗りつぶされた暗黒の空間を真っ逆さまに落ちていくリスピーナ。
周囲には彼女と同じように落下している六体の飛竜と、少し離れ他場所にまだ意識のない四女ディスペナの姿があった。会場に残っていた数人の客達とローションゴブリン十体の姿は、既に『黒』に塗りつぶされて忘却の彼方に消失している。
六体の飛竜は、翼に【ドラゴンフィールド】の青いエネルギーを纏わせて飛ぼうとするが、『黒』にまとわりつかれて上手くいっていない。なおも落下し続けていた。
暗黒の中でリスピーナは、身体の本来の持ち主であるチハヤに話しかける。
(これから、技を一つ披露する。言ってみれば、奥義みたいなものだ。技名は決めてないし、キミに伝えた記憶の中にもないはずだ。なにしろ、私も初めて使う技だからな)
グァガオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!
空間そのものを震わせる咆哮――そして、膨大な熱と光の奔流が暗黒を切り裂く。
リスピーナは、チハヤのスキル【空中歩行】で中空を蹴って身をかわす。
巻き込まれた二体の飛竜が塵になって、回復する間もなく『黒』に呑まれて消えた。
暗黒の中に巨大な黒竜が滞空していた。人化を解いた黒竜ルイーザの本来の姿である。
その頭上には、腕組みしたゴイゴスタ男爵が立つ。
「放て!!」
グァガオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!
再び放たれる、黒竜ルイーザのドラゴンブレス。
リスピーナは、スキル【空中歩行】を駆使し、また、落下する飛竜を足場にして身をかわす。
彼女を追ってドラゴンブレスが暗黒を薙ぎ、残りの飛竜もチリとなっていく。
足場を失い、【空中歩行】では避けきれないタイミングで、リスピーナは【マジックフィールド】の赤い糸を意識のない四女ディスペナに放つ。巻き付いた糸を収縮させて、ディスペナの背に降り立った。
(奇妙に思うか? 簡単な話さ。生前の私には使いたくても使えなかったんだ、MPが少なすぎてね。私が死ぬまでどうにもできなかった悩みがそれさ。どんなにレベルを上げても、私のMPは200にも満たなかった。とにかく省エネを心がけた挙げ句に、「先鋭」の極地とも言うべき例の極細斬撃に至ったわけだが――おっと、話が逸れたな。まあ要するに、奥義は結構MPを喰うんだ)
「おのれ、ちょこまかと!! 構うものか、我が命ずる!! ディスペナもろともやってしまえ!!」
『……っ!?』
タネなしの男爵にとってディスペナは血の繋がりのない娘である。しかし、ルイーザにとっては違う。
命令に抗おうとするルイーザだったが、【隷属】によって身体は勝手にドラゴンブレス発射の準備を始める。
閉じた黒竜のあぎとがまさに開かれようとした時、その鼻先に【マジックフィールド】の赤い糸が何重にも巻き付いてドラゴンブレスを封じた。
「何をもたもたしている!? そんな糸など、さっさと『黒』で塗りつぶせ!!」
ゴイゴスタ男爵に命じられるまま、ルイーザは湧き出す暗黒のオーラで赤い糸を侵食していく。
(MPは爆食いする。でも、きっといつか役立つ技だと思うから、よく見て憶えるがいい!)
リスピーナの手のひらから【マジックフィールド】の赤い糸が放たれた。
その糸は、黒竜ルイーザの身体に幾重にも巻き付く。
溢れ出す暗黒のオーラが糸を侵食するが、更にその上から糸が巻き付く。
細い糸が幾重にも幾重にも幾重にも幾重にも巻き付いて、黒竜ルイーザの巨体を丸ごと赤い繭玉の中に封じ込めてしまう。
「な、なんじゃぁこれぇぇぇ!!?」
暗黒の空間が砕けて、赤い繭玉は元のギャンブル会場にズシンと落ちた。
その繭玉の上からブザマに転げ落ちるゴイゴスタ男爵。
リスピーナも、ディスペナの背に乗ったままムギュっと落ちた。
続けて、無造作に振るわれる「リスピーナの短剣」。
赤い極細の斬撃が、男爵の四肢を切断する。
「――さて男爵、最後だ。謝罪の言葉なら聞こう」
「フアハッ、無駄だと言っている! ルイーザの神域の中ではっ――!? な、なぜ回復しない!? 切断された手足が、なぜっ!? なぜ、いつまで経ってもくっつかない!? ……い、痛いっ!! 痛いっ!! 痛いっ!! 痛いっよぉぉぉぉぉっ!!」
「見てのとおり、【マジックフィールド】でルイーザの『黒』の権能も、【神域:ホーム・スイート・ホーム】も封じた。その傷はもう治らない」
「おいっ!! ルイーザ、サボってんじゃねぇ!! さっさと、我の傷を治せ!! おいっ!! おいっ!! ぐぅ……い、痛いぃぃぃ!! ぎぃぃ……おいっ、ルイーザ!! ルイーザ!! ルイーザ――!!」
「やれやれ、結局、謝罪はなしか……」
しゅぱっっ!!
赤い極細の斬撃が、ゴイゴスタ男爵の首をあっさりと切り落とした。
一番近くで戦いを見届けたチハヤ・ボンアトレーは大いに興奮し、【神域】さえも封じるその奥義を「赤繭」と名付けた。
見たままじゃないか――と、リスピーナは笑った。
『クソ男爵が、やっと死にましたのね?』
奥義「赤繭」を解かれた黒竜ルイーザは、人化してそう言った。
「クソ男爵は死んだよ、ルイーザ」
『まさか、まさか本当に来てくださるとは……ありがとう、リスピーナ・アスキッス……!』
とめどなく溢れる涙がルイーザの頬を濡らす。
500年前、リスピーナを倒したルイーザだったが、ゴイゴスタ男爵に囚われたリスピーナの脱出を手引きしたのもルイーザだった。
その時にルイーザは、自身が男爵に【隷属】させられていることをリスピーナに打ち明けた、救済に淡い期待を込めて。
「ずいぶん待たせてすまなかった」
『いいえ。リスピーナ、あなたはもう……?』
「ああ。キミと戦えるようになるまで、人の寿命では短すぎた。魂と記憶だけをこの宝石に残して死んだ。この身体は借り物だよ。たまたま今夜そっちの大浴場でクソ男爵の尻穴を舐めさせられていたから、意気投合したんだ」
『クソの尻穴を……それはお気の毒だわねぇ。ところで、そのクソ男爵の死体、なかったことにしてもよろしいかしら?』
「そうしてくれ。この子のためにも、キミと娘達のためにも」
クソ男爵にまつわる記憶は私だけが憶えていればいい――と、思うリスピーナ。
ただその一方で、
あれ、何か大事なことを忘れているような――とも思うリスピーナ。
それは、「ゴイゴスタ男爵の首にかかった懸賞金四千四百万G」のことであり、「大浴場に残してきたもう一人の気の毒な女」のことなのだが、彼女がそれらを思い出すまでにもうしばらくの時間を要するのだった。
***
「おほほほっほっおおおおおっおっおっおっおっおっ~っっっ!!!!」
他の客が引くほどうるさい女の嬌声が大浴場に響き渡る。
下腹部に【淫紋】のあるその女は、自らの裸の股間をエレクチアン司祭の頭頂部にひたすら擦りつけていた。机のカドなどに股間を擦りつける所謂「カドオナ」の体勢であったが、彼女の場合使っているものが浮き輪頭の髪のない部分なのでそれをなんと呼ぶべきか?
【淫紋】と<フェロモン原液>の相乗効果で発狂し、身も世もなくハゲオナにいそしむ彼女であったが――、
「おおっおっおっおっおっ――っ!? お、お?」
その時突然、彼女の瞳に理性の光が戻ってくる。
理由は、ついさっきまで下腹部にあった【淫紋】が、どういうワケか消失していたからである。
だがしかし、彼女のハゲオナは止まらなかった。エレクチアン司祭の頭頂部から分泌されるフェロモン原液が股間の粘膜に十分すぎるほど浸透しており、女の肉体が更なる快楽を求めて勝手に腰を動かし続けているのだ。
(あれ? あれ? あれ? あれ? なにやってんの? なにやってんの私~? と、止まらない! 止まらない! 止められないよぉぉぉぉ~~~!!)
そんな彼女の微妙な変化をエレクチアン司祭は見逃さなかった。
併せて、下腹部の【淫紋】が消えたことにもめざとく気付く。
(はてさて? 【淫紋】が消えるなどどうしたことか? カムリィ殿に何かあったのかな?)
「んんんんおっおっおっおっおおおおっ――っ!!」
エレクチアン司祭は開いている両手で女の尻や尻穴を刺激しつつ体勢を変える。
押し倒して一気に挿入する構え。
「いやはやいやはや、大司教様もそんな下品な声でなくのですな? なんともイイ気分ですゾ~! さあて、そろそろ合体といきましょうか! 僕の肉奴隷になれよ大司教ユーシー!」
(だ、だめ……ヤられる! ヤられちゃう! かくなるうえは――)
――殺そう。ヤられる前に殺るしかない! 事ここに至って、そんな結論に女は辿り着いた。なぜ今まで思いつかなかったのかと思うほど、その考えはとてもしっくりきた。
彼女は、両手の人差し指と親指を組み合わせて長方形を作り、そのキャンバスにエレクチアン司祭の頭部を捉える。
ぐしゃっ!!
スキル発動よりも一瞬早く、エレクチアン司祭の顔面に何者かのキックが入った。
「ふべっ!?」
ごしゅ!! どぐしゅ!!
続けてキックが入り、更に続けてキックが入った。
乱入してきた女三人による、エレクチアン司祭への執拗な暴力がなおも続く。
ごしゅ!! どぐしゅ!! ばぎっ!! どごっ!! ぐしゃ!! ぐしゃっ!!
彼女達は、ガンガンズガン団のノノ、セリカ、アンネローゼの三人組であった。
エレクチアン司祭によって、”中毒性のある粉薬”とスキル【教導】で、チハヤ共々簡易な洗脳状態にされていた三人であったが、チハヤが再び立ち上がったことに感化されて彼女達も正気を取り戻したのである。もっとも、チハヤが去り際に彼女達の手枷を破壊したこと、すぐ傍で引くほど喘いでいる女がいたこと、その女の股ぐらに憎きエレクチアン司祭の浮き輪頭があったことも洗脳解除の一助となったであろうことは否めない。
「ひぃぃ……も、もう、止めてぇ! 勘弁してくださいぃぃ! ど、どうか、どうか……命ばかりわぁぁぁ~!」
「死んで」
「死ねばいい」
「死になさい」
【風刃】、【石礫】、【火球】、次々と放たれる魔法で動かなくなるエレクチアン司祭。最後は、魔法の得意なアンネローゼの【炎柱】によって、遂に息絶えるのであった。
***
ルイーザの娘、次女エルニーナは気がつくと大浴場にいた。
そう、今夜はエルニーナが初めて乱交パーティーに参加する日。
丈の短い着物一枚を着せられて、ゴイゴスタ男爵と母ルイーザの後ろに佇み、ガチガチに緊張して肌色と肌色が絡み合う光景をぼんやりと見るともなしに眺めていた。
そこへ、長身で筋肉質の涼しげな目をした男がやって来る。
男はフンドシ一丁で、エルニーナは目のやり場に困ってうつむいた。
おっと、エルニーナ嬢ちゃんは今夜が初めてじゃねえですかい? なんなら、最初は俺なんてどうですかねえ? と、男がエルニーナを誘う。
おお、これは願ってもない。ダモクレス殿ならば安心だ。とゴイゴスタ男爵。
あらいいわねえ~。エルニーナ、最初はサザビー君にお願いなさいな。と母ルイーザ。
父母に言われるがまま、エルニーナはサザビー・ダモクレスの手を取った。
スンスン……汗と獣のニオイ。これが、男のニオイなのだと、エルニーナは知った。
別れ際、「よかったぜ、またな」とサザビーは言った。
以来8回、パーティーの度に、エルニーナはサザビーの姿を目で追い続けている。
だって彼は「またな」と言ったのだから。エルニーナは次を待ち続けている。
「またな」と言ったのに、次を待ち続けているのに――サザビーとはそれっきりだった。
――ウソつき!
――ウソつき!
――ウソつき!
『ウソつ――!?』
目覚めると、エルニーナは全裸だった。
そこは、地下第二階層、地下第三階層へと続くスロープの入口前広場。
エルニーナは、自分がヤマダという小男と戦って敗れたことを思い出す。
空間に開いた三角の穴、そこから噴き出した凄まじい熱線に飲み込まれて――
『――いや、あれは確かに、【ドラゴンブレス】……』
「せやで」
その声が、自分の下腹部から聞こえたような気がしてビクッとなるエルニーナ。
よく見れば、自身の下腹部に小さな男の顔が張り付いていた。
『な、なんだぁぁぁぁ!!?』
「どーもー、ロハン・ジャヤコディですー」
『な、なにぃぃぃぃっ!!?』
エルニーナの下腹部に、ジャヤコディから【分裂】した十二分の一の分身体が【侵入】しており、顔半分だけをまるで人面瘡のように覗かせていた。
「おっと、お目覚めですかお姉さん? あんな黒こげだったのに、服以外はもう新品同様でビックリです」
『キサマ!! ヤマダ、これは何だ!? わたくしに、何をした!?』
「落ち着いてください、お姉さん。暴力反対です。先ずは、名前を教えてください。おれは名乗ったのに、お姉さんの名前は聞いてないじゃないですか」
『これは何だと聞いてい――んぎゃぁぁぁぁああああああ~!!?』
「そーれ、いんぐりもんぐり、いんぐりもんぐり……!」
「どないでっかぁ? 内側からそこぃら辺、いんぐりもんぐりされとる感じはー?」
『ぬほおおおおおお~~~っ!?』
「――って、それワイのセリフやん。なんで先に言いますねん!」
「お姉さん、さっきの【ドラゴンブレス】、妹さんのやつって気付きました? ぎゃおおんって聞こえましたか? 妹さんは今、次元の隙間に取り残されているのです。自力ではなかなか出られないと思います。今のところは、まだまだ元気そうでしたけど、このままだったら飢え死にしてしまうかも」
『この薄汚いゴキブリがぁぁぁぁあああああ!!!!』
「いんぐり……もへ? な、なんや? なんやぁぁぁぁぁぁっ!?」
エルニーナの素肌に金属色のウロコが浮き上がる。
全身が青い【ドラゴンフィールド】に包まれると巨大化し、全高およそ20mの灰色のドラゴンの姿に変身した。いやむしろ、その巨大ドラゴンの姿こそが彼女達姉妹の本当の姿なのだ。
変身の課程で、彼女の体内に【侵入】していたジャヤコディ(十二分の一)分身体は【ドラゴンフィールド】に捻り潰されてしまった。ジャヤコディ本体の命には別状ないが、その分の体重とステータスの減少はすぐには元に戻らない。しばらく暴飲暴食して太り直さなければならないのだ。
「ちょ、だから、おれが死んだら、妹さんが次元の隙間から出られないんだ――って、ダメだこりゃ……」
ヤマダは早々に説得を諦めた。エルニーナが【ドラゴンブレス】を放つ準備に入ったと、スキル【危機感知】が知らせていたからだ。
――魔法スキル【身体強化】三重がけ!
――スキル【勇気百倍】発動!
――スキル【遅滞】発動!
ヤマダは即座に戦闘態勢をとった。相手が美女形態を止めたので、途端に躊躇いがなくなっていた。
彼の尻から「黒い手」が伸びる。魔法【黒手八丈】は発動してからしばらく経つがまだ消えていない。
ゆっくりと流れる時間の中、「黒い手」がエルニーナの首辺りのウロコを掴み、ヤマダの身体を引っ張り上げる。
巨大な竜形態となったことでかえって俊敏さを欠いたエルニーナは、容易に小柄なヤマダの接近を許してしまったのだ。
ヤマダはスキル【浮遊】で空中を蹴り体勢を整えると、「ガリアンソード」をエルニーナの左目に突き立てた。
『グリュウウウウゥゥ!!?』
黄金色のオーラを纏った「ガリアンソード」は、【ドラゴンフィールド】の青い障壁を易々と貫き、エルニーナの眼窩の奥に触れる。
「ヤマダ流<雑草突き>からの――回転!」
今度は躊躇なく、「ガリアンソード」の回転ギミックを作動させるヤマダ。
ギュリュリュリュリュ――バチュン!!
エルニーナの左頭部が内側から弾け飛んだ。
ズッスーーーン!!
倒れ伏すドラゴンの巨体。
辛うじてまだ息はあるが、致命傷であった。
『なっ!? ね、姉さまぁぁぁぁぁっ!!!!』
「あちゃー、やってもうたかー」
ちょうどその時、下の階層から五女フォーリンが戻ってくる。
瀕死の姉エルニーナの姿に取り乱し、担いでいた大きい荷物を取り落とす。
「あーいや、だってさ、ブレスみたいなの撃とうとするからさ、つい……」
『ああああ~、エルニーナ姉様の脳ミソがぐちゃぐちゃに……おいぃ、ヤマダぁ!! キサマ~、許しませんよ!! 我ら姉妹の総力をもって人類ごと――』
「そんなことより、はよお姉ちゃん地下第三階層に連れてったら、まだなんとかなるんちゃいますのん? 【神域】の中やったら死ににくいみたいなこと言うてはりましたやん」
激怒するフォーリンだったが、彼女の胸に人面瘡のように張り付いたジャヤコディ(十二分の一)分身体に諭されて『はっ!』となる。
『た、確かに! 母様の【神域】ならばこの程度の傷……! ヤマダっ! キサマ、ここで待っていなさい! 絶対に逃げてはいけませんよ!? いいですねっ!?』
そう言い残し、フォーリンは瀕死の巨大ドラゴンを引きずって地下第三階層へと走り去っていった。
「はっ!? なんだ……どこだここは? 俺は確か、逆バニーのシールを……」
フォーリンが落とした大きな荷物。それは、シーツにくるまった全裸のアマルスキン・カムリィであった。
その背後に、パラディン№8ロハン・ジャヤコディ(本体)が忍び寄る。
「おはようさん。ほな、おやすみなさい」
ズブッ……!!
カムリィの心臓を背中から貫く刃。
「ぐはっ……!? な、なんで俺が、こんな場所で……!?」
死ぬときは極上の美女の腹の上で――と常々こぼしていた。地下歓楽街の王、アマルスキン・カムリィの不本意な最後であった。
こうしてヤマダは、一千二百万Gの賞金首を手に入れる。
同盟している全員分の記念メダルを購入してもおつりが出る金額である。
しばらく後――。
「それじゃあ、こちらが約束の報酬になりまーす」
『おおっ!!』
『……!!』
ヤマダは、フォーリンに自家製ダイヤモンドの粒を一掴み手渡した。
フォーリンは、人化した姉エルニーナを連れて地下第三階層から戻って来ていた。
あれほど激怒していた彼女だったが、胸に張り付いたジャヤコディ(十二分の一)分身体になだめられて、とりあえずの平静を取り繕っている。
というのも、瀕死のエルニーナが母ルイーザの【神域】の効果ですっかり回復したというのもあるし、姉を倒したヤマダと戦っても勝てないかも知れないということに思い至ったというのもある。また、妹リンドリンドは、未だヤマダのスキル【超次元三角】によって次元の隙間に囚われたままなのだ。
更に付け加えるならば、ヤマダが「賞金首アマルスキン・カムリィの拉致」と「キャサリン嬢救出」を依頼した時に提示した報酬のダイヤモンドのことが、全く頭をよぎらなかったかといえば嘘になる。
メスドラゴンは、光り物好きで肛門が弱い――というのは、ヤマダの持つ「ドラゴンに対する偏った常識」であったが、「光り物好き」という点においては間違いとはいえなかった。
事実、フォーリンは小さなダイヤモンドの粒に端から見て分かるほど大喜びしているし、脳を破壊されたせいでまだボーッとしているエルニーナでさえも、フォーリンの手の中の小さなダイヤモンドを羨ましそうに目で追っている。
ひとしきりダイヤモンドを愛でていたフォーリンだったが『はっ!』と我に返り、姪っ子にお年玉を渡した時のような顔でニマニマしていたヤマダを睨みつける。
『さっさとリンドリンドを開放しなさい! あの子は無事なんでしょうね!?』
「あーはいはい。無事でしょうけど危険なんで、ちゃんとお姉さんの方から説得してくださいね?」
ヤマダはそう言って、空中に一辺1m程の三角形を描く。
スキル【超次元三角】次元の外に開く三角の窓――である。
ただ、少し嫌な予感がしたヤマダは、その場からさっと身をかわす。
ンギャオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!
次元の隙間へと三角の窓が繋がった次の瞬間、闇雲に放たれるドラゴンブレス。
その熱と光の奔流は、今日だけで四度、地下第二階層の見せかけの夜空を焼いた。
『へっ、ハハッ!! とうとう当ててやったぜ、ザマーミロ!! 人間ごときが、手こずらせやがってよぉ、ふしゅるるる……!!』
三角形の枠を乗り越えて、次元の隙間から出てくる六女リンドリンド。
次元の隙間に囚われている間、何度ドラゴンブレスを無駄撃ちしたのか、さすがに疲労の色が隠せない。
『……へっ!! アレをまともに食らっちゃぁ、骨も残さず消し飛んだか――なにぃ!?』
自身の焼き払った地下第二階層を見渡すリンドリンドであったが、たった今自分が抜け出てきた三角形の裏側に、無傷のヤマダの姿を見つけて驚愕する。
マジかよ!? アレを食らって無事なのかよ!? と、警戒し身構えるリンドリンドだったが――その時、ゾクリ! と、目の前のヤマダのことなどどうでもよくなるほどに恐ろしい気配を感じてあわてて振り返る。
『――え!? う、いや……違っ……あれぇ?』
そこには黒こげの姉エルニーナと姉フォーリンがいた。
着ていた服もダイヤモンドも燃え尽きて、明らかに激怒していた。
リンドリンドが闇雲に放ったドラゴンブレスは、姉二人に直撃していたのである。
そうして、姉二人に折檻されるリンドリンドの姿を、「昔の漫画のオチみたいだな」とか思いながら、ニヤニヤしながら見守るヤマダであった。
***
その日の深夜、日付をまたぐ頃。
地下第二階層の冒険者ギルドに転がり込む男の姿があった。
全身血まみれ満身創痍、フンドシ一丁のその男――ギルドマスター、サザビー・ダモクレスは命からがら、ここまで逃げ延びて来たのである。
しかし灯りだけはついているものの、荒れ果てたギルドには人気がなく静まりかえっていた。
「……おい!! 誰か、いねぇのか!! 誰か!!」
ここまでの道中、ドラゴンブレスでなぎ払われた街並みをサザビーも見ている。
そちらの対応に追われているとしても、誰かしらは留守番に残すだろうといぶかしむ。
……? よく見れば、受付カウンターに見知った女の顔があった。
二年前、「飛竜牧場」への潜入を命じたA級冒険者パーティ「クレパスライサー」の下っ端の……サザビーは、ケーナの名前までは憶えていなかった。
「おい!! てめぇ、居眠りしてんじゃねぇよ!! さっさと起きろ!! おいっ!!」
沈黙を続ける女に苛立ち、フラフラと立ち上がるサザビー。
しかし、立ち上がってよく見れば違和感に気がついた。
女には、首から下がなかった。
女――ケーナの生首だけが、カウンターの上にぽつんと置いてあったのだ。
「な、なにぃぃぃ!?」
驚愕し振り向いた瞬間、サザビーの胸から下が消滅した。
彼の視界の端に、顔を包帯でぐるぐる巻きにしている男の姿が映る。
包帯男の手には、抜き身のサーベルが握られていた。
『……こいつ、もしかして懸賞金二千七百万のサザビー・ダモクレスか? フフッ、やっぱ俺ってついてるよな』
消えかかる意識の中、サザビーが最後に聞いた包帯男のその言葉は、彼の知らない国の言語であった。
ありがとう、エレクチアン司祭! あんたいいキャラだった。




