458 『ヒロインの条件~予選二日目、旧帝都モルガーナにて⑩~』
地下第一階層「歓楽街の王」、アマルスキン・カムリィのスキル【淫紋】!
エロ漫画とかで有名なスキル【淫紋】を身体に付与された女性は、老いも若きも常時発情エロエロ状態になってしまうという助平スキルである!
「ひゃおおほほほっほっおおおおおっおっおっおっおっおっ~っっっ!!!!」
ゴイゴスタ男爵邸大浴場は、乱交パーティーが宴もたけなわ。
そんな中にあって、他の客が若干引くほど大きな嬌声を上げている全裸の女。
会場の隅で独り、ブリッジでもするかのように腰を浮かせて身悶えする彼女のヘソの下には、青紫色に発光する怪しい紋様――【淫紋】が刻まれていた。
「いやはやいやはや、お嬢さん、随分と~切なそうですなぁ~?」
そんな淫紋の女ににじり寄るフンドシ一丁の中年男。
浮き輪のような髪型のエレクチアン司祭である。
「だ……、大丈夫……でっすう! あっちいっ……なんでもなっ――んんむぐぎゅぅぅぅ~~~!!!!」
「おやおや、無理をなさらずに。見たところ手やらナニやら足りないご様子、このエレクチアンめがお役にたちましょうゾ~?」
そう言ってエレクチアン司祭は、無遠慮に彼女の尖った乳首を摘まみ――、
「ん!? ん、んんにょほおぉぉぉぉおおっおっおっおっおっおっ~っっっ!!!!」
――スキル【超振動】で刺激しながらこすり上げた。エレクチアン流「指ローター」の妙技である!
何度も絶頂し、陸に上がった魚のように裸体を跳ねさせる淫紋の女。
「ほほうほう! これはイキがいい! それに、見た目ばかりか、声までどこかあの方に似ているようだ!」
「んふぅ、ハァハァ……ハァハァ……んんんふぅ、ハァハァ……ハァハァ……」
息も絶え絶えな淫紋の女。未だその下腹部の紋様は色鮮やかに発光し、彼女を蝕み続けている。
「いやぁ、お嬢さんイイですなぁ! なにがイイって、僕の上司にそっくりってところがね、興奮しちゃいますゾ! いやはやいやはや、見れば見るほどお見事なクオリティ! そのでか乳首、そのでか尻、どっちも解釈一致、ですゾ~! さ~ぁてと~、こっちはどうなっているのかなぁ~?」
エレクチアン司祭は、無抵抗な彼女の両脚を押し広げ、その間に顔面を割り込ませると続けた。
「――ふーむ。造形は悪くないのですが……、毛を剃ってしまったのはいただけませんなぁ。あの方ならば、伸ばし放題にしているだろ~常考……、ここは解釈不一致ですな~。もっとも、僕がお会いしたのは、あの方がまだクルミナで聖女をやっていた頃なので、その頃の天真爛漫なイメージ先行、なんですケドね~」
すると、少し慌てたように淫紋の女が脚を閉じようとするが――、
「あっ、だっ……んん、ふぅーん……んんんにょほおぉぉぉぉおおっおっおっおっおっおっ~っっっ!!!!」
――ぐにゅり! と、エレクチアン司祭の頭頂部で股間の敏感な部分を撫で上げられて、また激しく絶頂し、ブザマに股を開いた。エレクチアン流「油頭皮バイブ」の妙技である!
司祭の浮き輪のような髪型のちょうど髪のない部分から、スキル【フェロモン原液】が分泌されてぴゅっぴゅと飛んだ。
「――ですがお嬢さん、せっかくなので今宵は、あえて”大司教ユーシー様”と呼ばせていただきますゾ~? むっふっふっ、その方が興奮しますからねぇ! そ~れ、ぴゅっぴゅっぴゅっ!」
「んんんにょほおぉぉぉぉおおっおっおっおっおっおっ~っっっ!!!!」
スキル【フェロモン原液】とは、上位オークなどがごく稀に所持する。体表から分泌されるネバネバしたその液体に触れた異性を、発情エロエロ状態にしてしまうという助平スキルである!
ただし、エレクチアン司祭の場合は、なぜか頭頂部の髪のない部分からのみ分泌される。
当然ながら、スキル【淫紋】との併用は効果重複で効果過多のため、使いすぎやり過ぎは頭がバカになってしまうおそれまであるのだが――、
この時のエレクチアン司祭は、「乱交パーティーで、いつも僕に冷たい美人上司とばったり会っちゃったから、ここぞとばかりにヤリ返してみた!」プレイに夢中で、相手の女性の今後のことなど全然気にかけていなかった。
***
地下第二階層、第三階層へと続く入口前。
瓦礫の山と化した広場で対峙する男女。
地味な全身鎧の小男――ヤマダと、
丈の短い着物姿で尻尾のある淑女、ルイーザの娘――次女エルニーナである。
さっきまでそこにいた、パラディン№8ロハン・ジャヤコディは、バラバラに【分裂】し、11体の小人になって、クモの子を散らすように逃げ去ってしまったので、もうここにはいない。
「さっき、奇妙な女に抱きつかれまして、どうやらニオイをなすりつけられたみたいなんですよ、エヘヘ? 痩せ型のスラッとした、目つきの鋭い女でした。あ、あっちに逃げていきましたよ、エヘヘ……?」
ヤマダは言い訳をした。エルニーナは、ご禁制アイテム「誘因玉」を使い飛竜の群れをゴイゴスタ男爵邸に誘導した犯人を追って来たという。その件に関して、実際、ヤマダは関わっておらず、完全な濡れ衣であった。
『スンスン……スンスンスンスン……』
鼻をスンスンさせ続けるエルニーナのプレッシャーに耐えきれなくなったヤマダは、「うーん、しょうがないか……」などと言いながら――スキル【空間記憶再生】空間に残存する過去の情景を立体映像として再生する――を使用した。
ついさっき、ヤマダがケーナに抱きつかれたシーンを立体映像として再生する。
映像のヤマダが、セクハラの手を伸ばしかけた時にケーナは身体を離し、「あばよ、おっさん」とか言い残して走り去っていく。なお、【空間記憶再生】に音声はない。
「あばよ、おっさん――てな感じで、飛竜にイタズラした犯人はあの女ですぜ! あっちに走って行きました! おれは無実なんです!」
『これはあなたのスキルですの? 面妖な……! ですが、まあ、言ってることは分かりましたわ、あの女の顔にも見覚えがありますし。どうやら、わたくしの早とちりだったようですわね』
「ふぅ……、誤解が解けたなら良かったです。それじゃあ、おれはこれで――」
ほっと胸をなで下ろし、そそくさと立ち去ろうとするヤマダを、『お待ちなさい』とエルニーナが引き止めた。
『よく見れば第二階層のこの惨状、どうやらブレスが使われたようですわね。広場のこの辺りから、あなたが今いるそちらへ向けて。まだ、それほど時間は経っていない。――ところであなた、お名前は?』
「……ヤマダです」
『ヤマダさん、わたくしの妹達を知りませんか? 今夜この辺りを警備しているはずのフォーリンとリンドリンドが見当たらないのですわ。おそらく二人は、ここで強敵と戦い、ドラゴンブレスを使うことになったのでしょう。母様の【神域】外とはいえ、あの子達がそう簡単に死ぬとは思いませんが――ヤマダさん、何か見ていませんか?』
「え? さ、さあ……? 見てないカモデス……あ、ほら、飛竜が暴れてるって、お屋敷の方に戻ったんじゃないですかね?」
『ヤマダさん、先程から、随分と地下第三階層で起きていることに詳しいようですわね? 飛竜が暴れているなんて、どうやって知りましたの? ――それに、スンスンスンスン……』
「あ、いや、それは……」
『あなたの剣から、うっすらと妹フォーリンの血のニオイがするのはなぜですの?』
――スキル【危機感知】反応! ヤマダが慌てて飛び退くと、地面から青く鋭い光の刃が生えていた。エルニーナがスキル【ドラゴンフィールド】によって作りだしたエネルギーの刃である。
「そ、それは……ああっ……!?」
続けて反応し続ける【危機感知】に、逃げ回るヤマダ。
その後を追うように、次々と生えては消える青い光の刃。
『ああああ~、臭い、臭い、臭い、臭い!! ウソつきの男のニオイ!! 臭い、臭い、臭い、臭い、臭い、臭い――!!』
どうやら潔癖なタイプだ――と、ヤマダは思った。
彼女、着物の下、多分なにも着ていない。だって、胸のぽっちがなんとなく判るし! スケベねえちゃんだ! どうやってセクハラしようか――などと考えていたヤマダだったが、潔癖なタイプにセクハラは命に関わると断念する。
ついつい最近のクセで、魔法【黒手八丈】尻から伸びる第三の手――を使ってしまったヤマダだったが、この期に及んでは魔法の黒い手が暴走しないように、制御下に起き続けなければならない。うっかり裾をめくったり、帯を解いたりしたら大変なことになりそうだから。
潔癖なタイプの女性はおじさんと相性最悪である。
キタナイ・クサイとか言われると、中年男性に特効なのだ。
しかしだからといって、積極的には女性を傷つけたくないヤマダは、この場をどうやって切り抜けようかと考えていた。
(幸いにしてドラゴン系女子、多少斬ったり突いたりしても死なないはず……!)
地面から次々と生える青い光の刃をかわしながら、エルニーナとの間合いを計るヤマダ。
およそ6.6m、ムチ状に変形させた「ガリアンソード」を振るう。
ブシャッ!!
その切っ先が、エルニーナの尻尾を貫いた。
例によって手首を狙ったヤマダだったが、エルニーナが尻尾を使って攻撃を受けたのだ。
だが尻尾には、あってしかるべき【ドラゴンフィールド】の障壁が無く、あっさりと貫通してしまう。
なんで? と、焦ったヤマダは、慌てて剣を引こうとするが――、
エルニーナの尻尾に発生した【ドラゴンフィールド】が、貫通した切っ先ごと包み込んで抜けない。
『捉えましたわ、ゴキブリめ……!!』
ここで、「ガリアンソード」の回転のギミックを使うかどうか一瞬迷うヤマダ。
その一瞬の隙に、ヤマダの周囲半径7mの地面が青く染まっていた。
スキル【危機感知】の反応を待つまでもない。ヤマダの足下から、一斉に無数の青い光の刃が巨大な剣山のように生えた!
剣を手放して、攻撃の範囲からとっとと離れるしかあらへんで! と、物陰から見ていたロハン・ジャヤコディは思ったが――、ヤマダは上へとジャンプした。
「ゴキブリ、なめんな!!」
スキル【飛翔】は壊れていて使用できない。ヤマダはスキル【浮遊】を使った。
エルニーナの尻尾と繋がっている「ガリアンソード」を握ったまま、空中で一回、二回とジャンプを繰り返し、エルニーナの頭上へ――!
彼女は、追い詰めたゴキブリが突然羽根を広げて眼前に迫ってくる姿を幻視した。
『わたくしに、近づくなぁぁぁ!!』
エルニーナは両手に【ドラゴンフィールド】の青いかぎ爪を纏わせると、頭上のヤマダをはたき潰そうとする――が、何かに着物の襟を掴まれて息をのむ。
それは魔法【黒手八丈】の第三の手。ヤマダの尻から伸びた「黒い手」が、エルニーナの首の後ろを掴んで下に引っ張ったせいで彼女の両乳房がまろびでる。ついでに、その瞬間、着物に引っ張られて両腕が上がらない。
――そんなエルニーナの頭上から、ヤマダの本物の手が彼女の頭に触れた。
「よくわからん魔法、【浸草心裏】! 真相は藪の中!」
ヤマダ自身、効果がよく解っていない草属性の上級魔法【浸草心裏】を使用した。750MPも使用するこの魔法。その効果は、おそらくは対象に無理矢理過去を回想させて精神にダメージを与える。ただし、ヤマダの魔法適正が低いせいで、直接触れることで対象を数秒間前後不覚にするだけの割と安全な魔法として使用されている。
『――ウソつ……はっ!?』
エルニーナが過去の回想から目覚めると、辺りは濃霧に包まれていた。
霧の中から、ヤマダが話しかける。
「24回……。おれが、あなたのおっぱいを揉めた回数です。やってませんけど、やろうと思えばできたってことです」
そう言われて、着物を直すエルニーナ。丸出しの乳房をしまう。
『……こ、こんなことで勝ったつもりですの!? 出てきなさい!! 格の違いをわからせて差し上げますわ!!』
「いいえ、おれの勝ちです。揉んではいませんが、じっくり見ちゃいましたから」
『ぐっ……薄汚い、ゴキブリめっ!!』
「煽ってどないしますねん、説得するんちゃいますのん?」
「おっとっと、いけない。潔癖タイプの女性とは因縁があってついつい。妹さん達の――フォーリンさんとリンドリンドさんのことでしたよね? お二人共、今のところ元気ですよ? 確かに、一度は敵対しましたが、和解したんです。こちらの頼み事を、快く引き受けてくださいました。飛竜のこととかも、フォーリンさんからの――」
『スンスン……そこですわ!!』
濃霧の中、ニオイでヤマダの位置を探っていたエルニーナが急加速した。
腕に纏わせた【ドラゴンフィールド】の青いかぎ爪で、無防備に佇むヤマダをなぎ払う。
「……はあ、やっぱりダメだった。潔癖タイプの女性は、みんなジャヤコディさんにいんぐりもんぐりされたらいい」
「どないやねん」
『な……に!?』
エルニーナの振るったかぎ爪は空を切った。
それはヤマダの立体映像。スキル【空間記憶再生】で作りだした、数秒過去の姿だった。
本物のヤマダは立体映像の陰で、何もない空間に小さな三角形を描く。
――スキル【超次元三角】次元の隙間へと開く三角の窓!
ンギャオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!
ヤマダがさっと身をかわすと、三角形の窓の向こう側――次元の隙間からリンドリンドが闇雲に放ったドラゴンブレス! その熱と光の奔流が、三角形の窓を抜けて――、
『ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?』
――真正面にいた姉エルニーナに直撃し飲み込んだ。
「ほら、元気だって言ったじゃないですか」
二チャリとヤマダがいやらしく笑う。
クサイとか、ゴキブリとか言われると、ついつい過去のことを思い出してイラッとしてしまう小さい男なのであった。
***
魔力を絞り込み効率的に使用する「先鋭」!
魔力エネルギーの形状を変える「変形」!
魔力エネルギーを自在に動かす「操作」!
言い方の違いこそあれ、スキル【マジックコーティング】の技はそれらの組み合わせによって派生したものだ――などと語るのは、緑色の宝石に宿る剣姫リスピーナ・アスキッスの人格である。その宝石は、女剣士の身に付けた漆黒の全身鎧の胸部で鮮やかに輝く。
漆黒の全身鎧――「クラムボンの鎧」を身に纏うのは、チハヤ・ボンアトレーである。
「中毒性のある粉薬」を嗅がされてまだ朦朧としている頭の中に、怒濤のように流れ込んでくるリスピーナの卓越した技術と膨大な経験を、一片たりとも余すことなく自分の物にしようと悪戦苦闘していた。そして同時に、歓喜していた。
(ぐっ……むぐぅぅ……凄い……凄いぞ! これが、達人の戦い! 達人の感覚! 達人が見る世界!)
フルフェイスヘルメットの中で、チハヤの顔面は汗だくであった。しかし、口元には笑みが浮かぶ。こうしている間にも、自分が一足飛びに強くなっている実感があった。
ゴイゴスタ男爵邸、ギャンブル会場でチハヤは、ゴイゴスタ男爵とルイーザの夫妻と対峙した。
何者か? と男爵に問われて、「リスピーナ・アスキッス」を名乗ったのは、リスピーナからのたっての願いであった。なお、声もフルフェイスヘルメットに仕込んだ「変声の魔道具」によって変えている。
「はて、リスピーナ・アスキッス? どこかで会ったかな? いや、アスキッスといえば剣術指南の――すると、落ち目の王族が我を排除に動いたか? 今更な気もするが」
一度はバラバラに切断された男爵夫妻であったが、あっという間に、身体も身に付けていた装備も元どおりに回復していた。
『……随分と昔、そんな剣士がいた気がしますわ~。まさか、本人ということはないでしょうねぇ……あれからそう、500年も経ちましたから』
ルイーザの方はリスピーナの名前を憶えていたらしい。
その時チハヤは、緑色の宝石から「喜び」か「悔恨」か複雑な感情が漏れ出たような気がした。
「やれやれ、上のご老人達といいサザビー殿といい、おまけに王族まで、最近もしかして舐められているのかなぁ我。愚かだねぇ、与えてやった痛みも恐怖もすぐに忘れてしまう! キミの権能も、時に善し悪しといったところだね、フアーッハッハッハ――!!」
『恐れ入りますわぁ、オ~ッホッホッホ――!!』
笑う男爵夫妻から立ち上る暗黒のオーラが無数の槍となって、チハヤに向かって放たれる。
そら、攻撃が来るぞ! 全て受け止めろ。
余計な魔力は出さなくていい。必要に応じて、出力を調節しろ。
可能なら、受け流してもいい。その方が消費魔力を節約できる。
障壁は出したら戻せ。出す戻すはいつもセットだ。
魔力を1MPだって無駄にするな。
――などと、リスピーナの指導を受けながら、チハヤは攻撃をさばいていく。
いつもよりも、素早く効率的にスキル【マジックフィールド】を扱うことができた。
苦手だった、手のひら以外に防御障壁を発生させることも、いつの間にか師範代達がやっていたように瞬間的に、滑らかにできるようになっている。
(でもこの技術は本来、長い修行の末、自分自身で到達するべきもの……バカみたいに、ただ喜んでいていいの、チハヤ?)
自身の急成長に歓喜しつつも、武の道を志す者として、どうしても後ろめたさを感じてしまうチハヤであった。
「フフッ、フアーッハッハッ! 思い出した、思い出したよー! その、なんとも泥臭くて貧乏臭い戦い方! リスピーナくんっていったかな? 要するに、キミは彼女の子孫ってことかい? フフッ、だとしたら、我の子孫かもしれないねぇー? だって戦った後、たっぷり犯してやったからさあ! フアーッハッハッハ――!!」
槍の連射では埒があかないとみて、ゴイゴスタ男爵は暗黒のオーラで長剣を作りだし、斬りかかった。
――ギィィン!! 「リスピーナの短剣」で剣撃を受け止めるチハヤ。
その瞬間、ゴイゴスタ男爵の長剣から液体が飛び散って、チハヤの顔面にかかった。酒である。
――ギィィン!! ギィィン!! 繰り返し振るわれるゴイゴスタ男爵の長剣。
チハヤが攻撃を受ける度に、男爵がスキル【大酒蔵】で生み出す酒の飛沫が彼女の全身に降りかかる。
いつもの手だ。
酒で相手を泥酔させて、フラフラになるのを待つ。
500年前から変わらない、ヤツの必勝パターンだ。
だが逆に言えば、そんな小細工に頼る程度の技量でしかない。
――と、リスピーナの声。
事前にゴイゴスタ男爵のスキルについて警告を受けていたチハヤは、最初から酒の飛沫を警戒しており、全身鎧の中に一滴たりとも侵入を許していない。
(……きっと、何も知らずに戦っていれば、私はこれで終わっていた。リスピーナさんの経験を分けて貰って、強くなったような気になって……こんなので、こんな私が勇者を目指してもいいの……? いつの間にかレベルアップしたのだって、二度と使わないつもりだった【エナジーアブソーブ】を、無意識に使ってしまったに違いない。……ああ、惰弱! 惰弱! 惰弱だぞチハヤ!)
フフッ、いいぞ、調子が出てきたじゃないか、チハヤ・ボンアトレー。
勇者を目指していいかだって? そんなの知るか。
でも、間違えるなよ? 戦闘は、試合とは違うんだ。
相手は聞いたこともないスキルや卑怯な手だって使ってくる。
負けたら終わり。ちょっと犯されるぐらいならいいが、場合によっては死ぬからね。
悪人が善人よりも強いことなんて、割とよくあることだろう?
強い悪人なんて、魔物と同じさ。大人数でよってたかってやっつけなきゃいけない時もあるだろうさ――と、リスピーナ。
(う……確かに……)
そもそも、間違ってるぞ?
私の記憶を見たからって、誰でも直ぐにマネできるってもんじゃないさ。
キミがこれまで積み重ねてきた技量があればこそ、私の経験を生かすことができるんだ。
そこは誇ったっていいんじゃないか?
(…………!)
それに、キミには私が持っていない【マジックフィールド】と、千を超える潤沢なMPだってある。
私の80年分の経験を持って、キミはもっと先へ進めばいい。
チハヤ・ボンアトレー、キミならば行ける気がするよ。多分ね――と、リスピーナ。
あ、そうそう、キミのレベルアップだけど、男爵のきんたまとかケツの穴とかを舐めた経験のせいじゃないかな――と、付け加えた。
(――ぇ!?)
「はて? 彼女、ウワバミかな? それとも、誰かに入れ知恵されたか? やれやれ」
いつまで待っても酔い潰れないチハヤに業を煮やした男爵は、ルイーザに目配せし参戦を促した。
『……リスピーナ・アスキッス。まさか本人? いいえ、今更だわぁ……!』
暗黒のオーラによって巨大なハンマーを作りだしたルイーザは、チハヤの背後に回り込み、男爵の攻撃とタイミングを合わせて殴りかかる。
見えているだろう、チハヤ?
後はキミしだいだ。
もうできるだろう? キミの判断でやってみせろ!
リスピーナに言われるまでもない――とチハヤ。ゴイゴスタ男爵とルイーザの位置関係は頭上からの視点で確認済みである。
(スキル【加速】!)
先ずは、背後のルイーザへと跳んだ!
彼女の巨大ハンマーに手を当てて、スキル【マジックフィールド】で発生させた赤い光の刃を超高速で回転させる。
(――渦巻き、回転!)
チリチチチチチチチチチチ――バキィィン!!
ルイーザの巨大ハンマーを破壊するチハヤ。
『きゃっ!?』
(――ザマ流、「童貞投げ」!)
そのままルイーザの腕をとり、逆方向から迫るゴイゴスタ男爵に向かって背負い投げでぶつける!
「むおっ――な、なんとぉ!?」
チハヤは、ルイーザを受け止めて隙だらけの男爵に向かって、「リスピーナの短剣」を振り下ろす!
――しゅぱっっ!!
赤い極細の斬撃が、男爵とルイーザの夫婦をまとめて両断した。
「フアーッハッハッハッハッハ――!!」
『オオ~ッホッホッホッホッホ――!!』
高笑いを上げながら、みるみる内に回復し元どおりになっていくゴイゴスタ男爵とルイーザの夫妻。
――しゅぱっっ!! しゅぱっっ!!
夫妻の回復を待たず、縦に横に繰り返し赤い極細の剣撃を走らせるチハヤ。
しかし、どんなに細かく、何度も何度も切断しても、回復し元どおりになってしまう。
心臓や脳、首、魔石があるであろう右胸などを攻撃しても、回復してしまう。
スキル【超回復】であれば傷口を焼くとか、スキル【再生】であれば切断した一部を【空間収納】に入れてしまうとか【石化】してしまうとか対処法もあるのだが、この場で――正確にはこの地下第三階層全域で発生している竜種限定の回復は別物なのだ。
「フアーッハッハッ、残念だったねえ? この地下第三階層で、竜種はほとんど死なないんだよ! 竜種にとって楽園なのさ! 知らなかったかい?」
『このフロアは、ワラワの神域なのだわぁ。【神域:ホーム・スイート・ホーム】! ワラワがここに留まる限り、竜種はずっと回復し続けるの。ちょっと殺したぐらいじゃ死なないわ~』
「ああ、我も竜種扱いさ! 元は人間だけどね、【黒竜の加護】で竜種ってことになってるってわけさ!」
『あなたが本物のリスピーナ・アスキッスならば、ワラワの神域のことなど重々承知でしょうに』
(こんなの……どうすれば? 男爵だけを、別フロアに引き離せば殺せますか?)
素晴らしいなチハヤ、頭の回転が速い!
その方法ならば、ゴイゴスタ男爵を殺すことは可能だ。
だが、ルイーザを引き離すということが難しい。
神域の範囲も、今は地下三階層だけらしいが、最大でどこまで広げられるかは不明だ。
彼女はマザードラゴン、飛べるからな、男爵の首を持って逃げるのも容易じゃない。
――と、リスピーナ。
(だったら、なるべく細かく斬って……)
すまないが、決着は私につけさせてもらえないだろうか?
チハヤ、キミの身体を少しだけ貸して欲しい。
「おや? いつの間にか、サザビー殿の姿が見えないね? あんなボロボロの身体で、どこまで行ったやら」
『――!? 旦那様~、何やらあの者の様子が……』
ルイーザの【直感】が、目の前の女剣士の何かが変わったと告げていた。
溢れ出る殺気はむしろ小さくなった、小さく細く研ぎ澄まされている。
剣姫リスピーナ・アスキッスが、500年ぶりに夫妻と対峙した。
「――さて男爵、何か言い残すことはあるか? できれば、今まであんたが不幸にした女達一人一人に謝罪でもしてくれたら嬉しいが」
「……むう? 急にしゃべり出してどうしたんだい? 謝罪って、なんのことかな?」
突然、明らかに雰囲気の変わった漆黒の女剣士に困惑するゴイゴスタ男爵。
女剣士は男爵を無視し、今度はルイーザに向き直って続けた。
「黒竜ルイーザ、随分待たせてすまなかった。キミとの約束、やっと果たせそうだ」
『ま、まさか本当に、リスピーナ・アスキッス……!?』
「そろそろいいかな、男爵? あれから500年、とっくに死んでると思ってたが、こうして直接引導を渡せる日が来るなんて、天の差配というべきか」
「ルイーザ、約束とは何だ!? リスピーナ・アスキッス……、まさか……まさか、キサマなのか? 我に、タネなしの【呪い】をかけたのは……!?」
「【呪い】? さてね、もっと身近な人じゃないのか?」
「なっ!? ま、まさか……、ルイーザだとでもいうのか?」
『……旦那様、なにをバカな……、【隷属】のスキルを三つも付けておいて、まだワラワを信用できぬので~?』
ルイーザはそう言ったが、ゴイゴスタ男爵はなにごとかを察して激昂する。
「そういうことか!! そういうことか!! そういうことかぁぁぁぁぁぁっ!! 黒竜ルイーザよ、我が命ずる!! さっさと殺してしまえ!! リスピーナ・アスキッスを殺すのだ!! 話は、それからだ!!」
『旦那様、仰せのままに……!』
ルイーザの身体から、禍々しい暗黒のオーラが溢れ出した。
会場全てを『黒』が呑み込み、足場を失った女剣士は暗黒の中を何処までも落下していく。




