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ずっこけ3紳士! はじめての異世界生活~でもなんかループしてね?(ネタばれ)~  作者: 犬者ラッシィ
第十一章 3紳士、無双したり成り上がったり、ずっこけたりする
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457 『ヒロインの条件~予選二日目、旧帝都モルガーナにて⑨~』

 ゴイゴスタ男爵邸、正面玄関前。

 ご禁制アイテム「誘因玉」に誘われて群がる飛竜達。

 全長6~8m、全高3~4mの巨体が四十体以上も押し寄せるその光景は、まるでパーキングエリアに停車中の観光バスが一斉に出発するがごとし。

 いかに巨大で堅牢なゴイゴスタ男爵邸であっても、容易に轢き潰し、平たく整地してしまいかねない大群であった。


 バシッッ!! ビシィィツ!! ビシィィツ!!

 最前列の飛竜達が青く長大なムチに弾き飛ばされる。

 玄関前に現れた尻尾のある美女――マザードラゴンの娘達の内ひとり、三女ベルイッタは【ドラゴンフィールド】の青いエネルギーをその尻尾に纏わせて、長大なムチのように振るう。

 彼女の表情に怒りはない。ただ、残虐な笑みがあった。



『品位のない竜は発情したオークも同じね。あなた方には……そう、痛みが必要だわ!』


 ビシィィツ!! ビシィィ――ッ!!

 青い尻尾のムチが繰り返し振るわれるにつれ、飛竜の群れは後退し、正面玄関前に扇状の空間が広がっていく。その中心に、残虐なベルイッタが佇む。





『あら楽しそう。ベルちゃん、楽しそうね。でも、やり過ぎはだめよ~』


 邸内から、長女エアリアルが現れる。

 両手にそれぞれ引きずってきた飛竜二体を、無造作に群れの中に放った。

 豊満ではあるが引き締まった肉体の彼女が、ゴミ出しでもするように観光バス並の飛竜を扱う姿は、物理法則は? などと考えるだけむなしい。



『……姉様の方こそ。生きてますアレ?』


『竜種よ~? アレでも竜種だもの、手足や羽根をむしったぐらいじゃ死なないわぁ』


 そう言って、飛竜の群れを見渡すエアリアル。

 それだけで、興奮し我を忘れていた飛竜がやにわに大人しくなる。

 静かで何気ない威嚇によって、飛竜達が正気を取り戻しつつあった。

 

 どんなに身体が丈夫でも、時に心は死んでしまうのに――と、ベルイッタは震える飛竜達を憐れんだ。



『姉様、邸内はもうよろしいので?』


『お客様方なら地下に避難を始めたわ~。うふふっ、エブリィちゃんの戸惑う顔が目に浮かぶわね。――あら? そういえば、ニーナちゃんは一緒じゃなかったのかしら~?』



『エルニーナ姉様は、この嫌なニオイを追って竜舎の方に向かってしまいましたわ。誰がこんなことをやったのか、姉様でなくても確かに気になるところではありますから』


『うふふっ、ニーナちゃんは鼻が利きますものねぇ~』




 ***




 同じ頃、地下第二階層――、

 ドラゴンブレスになぎ払われた街並み。

 地下第三階層へと続くスロープの入口前広場。

 瓦礫の上に二人の男が座り込んでいた。



「うまくいきますかねー?」


 一人は地味な全身鎧の小男、ヤマダと――、



「さてな、どっかのアホがご禁制アイテムなんぞ使うたせいで、屋敷に飛竜の群れがぎょうさん押し寄せとるらしいですわ。なんなら様子、見に行きまっかー?」


 ――もう一人は、髪の長い小太りの男、パラディン№8ロハン・ジャヤコディである。

 彼は今、スキル【分裂】によって身体から分かれた十二分の一の分身体を、マザードラゴンの娘達の内ひとり、五女フォーリンの体内に【侵入】させており、ゴイゴスタ男爵邸で暗躍する彼女の状況を逐一把握しているのだ。



「どっかのアホってどこのアホです?」


「知りまへん」


 もしかしてリスピーナさんかな? と一瞬考えたヤマダだったが、いかにも手の込んだやり方がなんとなく彼女らしくないかな? とも思う。



(てか、リスピーナさんがゴイゴスタ男爵のことを知って、戦う決意をしたのって、まだ今朝のことだもんな、あの人の言ってたことがホントなら)


 都合良く、ご禁制アイテムとかを所持してるってのも不自然か――と、リスピーナさんってアホですか説を振り払う。

 

 そんなヤマダに、ジャヤコディが尋ねる。



「ところでヤマダはん、ヤマダはんの例のスキルで三角形ん中落ちよったドラゴン娘の妹ちゃん、今どないなっとるんです? 中って空気とかあるんでっか?」


「あっ、そういえば……あ、いや、空気はなんとなくありますよ。でも、あの妹ちゃん、上も下もない次元の狭間に閉じ込められて、今頃どうしてますかね? もしかして、泣きベソかいてたりして、ゲヘヘ……ちょっと覗いてみまひょか?」



「ゲヘヘてヤマダはん、めっちゃゲスい顔してはりますよ」


 ええから、ええから――などと口走りながら、ヤマダは目の前の空間に指で小さな三角形を描いた。

 ――スキル【超次元三角】! 描いた三角形の内側が、次元の隙間へ繋がる窓となる。


 ゲヘヘ……とゲスい笑みを浮かべながら、三角形の窓を覗きこむヤマダ。

 しかし、次の瞬間――スキル【危機感知】反応!? ヤマダが慌てて上体を反らすと、 

 

 ンギャオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!

 たった今作りだした三角形の窓の向こう側から、熱と光の奔流がヤマダの顔面をギリギリかすめるように走り抜けて、地下第二階層の夜空を写しだす天井を真っ赤に焼き焦がした。

 ヤマダによって次元の隙間に閉じ込められている、マザードラゴンの娘達の内ひとり、六女リンドリンドが放ったドラゴンブレスであった。

 

 慌てて、三角形を閉じるヤマダ。スキル【危機感知】が反応しなければ、顔面が消失していたかもしれない。



「あ、ぶな~」


「……ほな、とりあえず妹ちゃんはまだまだ元気そうやったって、お姉ちゃんには伝えときますわ」



「てか、そのお姉ちゃんは男爵のお屋敷から脱出できそうなんですか? 飛竜が押し寄せてるんでしょ?」


「男爵邸の地下から第四階層に、お客はんもスタッフも避難しとるみたいでっせ。ほいで、そっから正規ルートで第三階層に戻って、飛竜がうじゃうじゃおる男爵邸まわりを避けて第二階層へ脱出――って流れでっしゃろか」



「ほーん、正規ルートね。……ここでただ待ってるのもあれだし、お迎えに行こうかな」


 てか、お屋敷の地下以外に四階層に下りるルートがあるのかよ――とか考えながら腰を上げるヤマダ。

 地下第三階層へと続くスロープの方へと歩き出した。





 スロープの下から、痩せた女が歩いて来る。

 A級冒険者パーティ「クレパスライサー」のケーナである。彼女の鋭い眼光が、正面から歩いて来るヤマダの姿を捉えた。


 思わず立ちすくむヤマダ。

 

 ゆっくりと近づくケーナ。

 その歩みは徐々に早くなって、

 やがて駆け足になって、

 そして――、





 ドン……!

 その痩せた身体ごと、ヤマダの胸に飛び込むケーナ。





(や、られた……!!)


 ヤマダはそう思った。

 なんだかワケありっぽい、眼光の鋭い女が突然体当たりしてきたら、誰だってそう思うだろう。ドラマとかでよくあるシーンだ。


 ……また死んでしまうのか、おれは? だったら仕方ない。せっかくだから、いきがけの駄賃に女体の抱き心地を堪能して……っと、でもこの子、あんまり胸ないな――とか考えていた。



(ならば、尻だ……!!)


 ヤマダが尻を狙ってセクハラの手を伸ばしかけたその時――、





 ぎゅぎゅっっ!

 なぜか、ケーナにキツく抱きしめられて、ヤマダは伸ばしかけた手を止めた。

 

 トゥンク! 童貞の心臓が跳ねた。

 脳内に、90年代トレンディードラマのテーマが流れだす。



(なんか始まった! もしかして、やっとなんか始まった! 薄い胸の何が悪い!)


 ここは抱きしめ返す場面か――と、方針転換したヤマダだったが、


 不意に、死んだナタリアのことが頭をよぎり、固まる。

 薄い胸からの連想であった。


 また不意に、ケーナが身体を離した。



(もしかして、チューか!? いや、しかし……)


 ナタリアのことを思い出して躊躇うヤマダ。


 だが、やれるときにやるべきことをやっとかないと、年とってから恥ずかしい思いすることになるんべ? と、日本で同僚だった風俗マスター小林の言葉を思い出し、ヤマダは静かに目を閉じた。





「じゃ、そういうことで。あばよ……おっさん!」


「え?」


 ケーナはそう言い残すと、廃墟と化した街並みへと走り去っていく。

 呆然とそれを見送りながら、「あれは結構鍛えてる走りだな」とか考えているヤマダであった。





「ヤマダはん、お財布盗られてへん? 昔、ああいう手口流行ったことあったような」


「え? ……うそ!?」


 慌てて財布を確認するヤマダ。

 しかし、財布は盗られていなかった。



「ほんなら、一体なんやったんでっしゃろ? ヤマダはんに一目惚れなんて、まず有り得まへんやろし」


「……まあね」

 

 ジャヤコディとヤマダ、二人はその場でしばらく頭をひねったが、「多分、人違いやったんちゃいます?」ということで、この件は一応の決着を見た。

 

 その後、案外早く、二人はことの真相を知ることになる。





 再び、地下第三階層へと続くスロープを歩き出すヤマダ。

 彼の目に、下の階層から高速で接近する女の姿が映った。


 背中の羽根に【ドラゴンフィールド】の青いエネルギーを纏わせて、重力を操り飛行する彼女の名はエルニーナ。マザードラゴンの娘達の内ひとり、次女エルニーナであった。


 ――スキル【危機感知】反応!!

 彼女が、フリーハグを求めているわけではなさそうだと判断したヤマダは、今度は飛び退いて突進をかわす。



「ま、待ってください! おれは別に地下三階層に行こうとしたわけじゃないんですよ! ちょっと覗いてただけでして、エヘヘ……?」


 ヤマダは、エルニーナの青いオーラと尻尾を見て、先に戦ったフォーリン達姉妹と同格の強敵と判断した。そして、とっさに媚びた。



『スンスン……あなたですね?』


「え? ち、違いますよ?」

 

 とりあえずヤマダはそう答えた。

 もしかして、さっきドラゴン姉妹と戦って、妹を次元の隙間に閉じ込めた挙げ句、姉にジャヤコディ(十二分の一)分身体を【侵入】させて、屋敷に潜入させてることがバレたのか? とも思ったが、イチかバチかとぼけてみる。



『とぼけても無駄ですわ!! ご禁制アイテム「誘因玉」を使用し、飛竜どもに屋敷を襲わせたのはあなたの仕業ですね!! 竜舎からニオイを追ってきたのです!! 私の鼻はごまかせませんよ!!?』


「ニオイ……ああっ!」


 ヤマダは、さっきの女、ケーナが突然抱きついてきた理由を察した。

 ニオイである。あの時、ヤマダはケーナに、ニオイをべっとりなすりつけられたらしい。




 ***



 

 ゴイゴスタ男爵邸玄関ホールで表の様子を窺う逆バニー姿の女。

 ベテラン派遣コンパニオンのカルメンは、背中に意識のない巻き毛の少女を背負っている。

 ――その少女、実はマザードラゴンの娘達の内ひとり、末っ子グレーテルである。玄関前で飛竜の群れを相手に過激なしつけを施すのに忙しい姉二人と同類の、人間とは隔絶した高位存在であるのだが、そんなことはカルメンが知る由もない。

 というのも、その時のグレーテルはカルメンと同様、逆バニー衣装を身に付けていたので、カルメンが彼女を逃げ遅れた派遣コンパニオンの一人と勘違いするのも無理からぬことであった。



(こんな綺麗な子いたっけ? なんか尻尾の形が違うから、余所の事務所から来てる子かもね)


 ――ズン!! ゴズン!!

 断続的に聞こえてくる建物全体を揺さぶるような戦闘音に、カルメンは身をすくませる。

 音は、ギャンブル会場か大浴場の方面から聞こえてくるようで、まだ邸内の危機は去っていないのだと彼女は察する。

 背中に背負った少女のこともあって、カルメンは邸内の探索を一旦諦め、地下へ避難することを決心するのであった。


 ちょうどその時、8人の少年少女がスタッフ控室から走り出て来てカルメンとはち合わせになる。ウィリアム少年と、キャサリン嬢他、脱衣マージャン要員の少女達だった。

 ギャンブル会場を脱出した少年少女達であったが、全員が半裸全裸であったため、スタッフ控室に寄って、脱ぎ捨ててあった接待尼僧の衣装を拝借し身に着けていた。


 思わず絶句する逆バニーのカルメン。少年少女達との間に気まずい沈黙が流れる。

 だが、カルメンが言葉を失ったのは着替えを盗られたからというワケではなく、年若い少年少女達がまだこんな所をうろうろしていることにショックを受けたからである。

 そして元冒険者として、年長者として、少年少女達を無事に避難させなければならないという彼女の使命感に火が着いた。



「アンタ達、もたもたしてないで、さっさととんずらするよ! そっち――正面はダメさ! みんな地下に避難してるから、遅れずに、このカルメン姐さんに付いて来な! いいね!?」


 勢いに圧倒されて、口々に「ハイ」と返事する少年少女達。

 その内、ウィリアム少年が、背中に背負ったグレーテルを見かねて、カルメンに声をかける。



「あっ……あの、背中のその子、僕が背負いますよ――カルメン姐さん?」


 実のところ、グレーテルが玄関ホールに倒れていたのは少年少女達の誰もが把握していた。しかし、自分たちのことでいっぱいいっぱいだった若者達は、彼女のことを放置していたのである。

 それなのに、カルメンという年上の女性は自分自身まだ逆バニー姿だというのに、あたりまえのようにグレーテルを背中に背負って一緒に避難しようとしている。少年少女達の内何人かは、そのことに少しだけ後ろめたさを感じており、ウィリアム少年もまたそのひとりであった。

 もっとも、愛するキャサリン嬢を助けに来たにもかかわらず、逆に助けられることになってしまったウィリアム少年が、ちょっとでも役に立つ所を見せて名誉挽回したかったというのもあるだろう。



「ははっ! 男気おとこぎは買うけどさ、少年にはちぃと刺激が強いかもね? それとも、結構慣れてんのかい?」


 言われてみれば、グレーテルは胸、尻、股間丸出しの逆バニー姿である。そのことに思い至り、やはり自分には荷が重そうです……と、引き下がるウィリアム少年。そしてキャサリン嬢からは、「ウィル、エッチね」などと言われてしまうのだった。少年は赤面するばかり。


 ところで――と、カルメンが少年少女達に向き直って尋ねた。



「――アンタ達、アタシらとおんなじ格好してる逃げ遅れた子、そこら辺で見てないかい? ちょっと性格のキツそうなお嬢様っぽい子と、もう一人は、なんていうか……印象の薄い、そう、ケツのでかい子なんだけど見なかったかい?」


 首を振る少年少女達に、カルメンは残念そうに「そうかい」と返した。

 まだ探していないギャンブル会場や大浴場の方は気になるが、年若い少年少女達と背中に背負った少女を避難させるのが先決かと気を取り直し、カルメンは地下へ向かって走り出す。


 元冒険者にして、ベテラン派遣コンパニオン、カルメン(35歳・独身)。

 彼女は、一度地下に避難したものの、新人と思しき同僚二人――チハヤとリスピーナの姿が避難場所に見当たらないことを心配してわざわざ引き返してきた、筋金入りの世話焼きのお人好しなのだ。



(あの子達、無事だといいんだけど……)


 人呼んで、”お節介なカルメン姐さん”とは彼女のことである。







 走り去っていくカルメンと少年少女達を、2階廊下の陰から吹き抜け越しに見送る人影があった。

 肩には、シーツに巻かれた大きな荷物を担いでいる。



「救出目標のひとり、キャサリン嬢はあのウサミミ姐さんと坊っちゃんに任しといたら大丈夫そうやね。しっかし逆バニーて、ほんまええ趣味してはりますわ」


 二階廊下の人影は、マザードラゴンの娘達の内ひとり、五女フォーリンであったが、その声は彼女の体内に【侵入】し胸の隙間から人面瘡じんめんそのように顔を覗かせているロハン・ジャヤコディ(十二分の一)分身体の声であった。


 その分身体に対して、今度こそフォーリンが口を開く。



『まだ誰か連れ出す者が居るのですか? いい加減、次元の隙間に閉じ込められたままのリンドリンドのことが気掛かりなのですけど』


「妹ちゃんのことでしたらご心配なく。元気に、んぎゃおおん! 言うてはりますわ」


『んぎゃおおん?』



「それはそうと、もうひとりの救出目標、チハヤ嬢ですねん。ちゃっちゃと自分で逃げ出しとったらええんですけど、あのお嬢ちゃん、巻き込まれ体質やし、なんやまたどっかで面倒くさいことになっとる気ぃしてしゃあないんですわ」


『はあ、ならば残るは、ギャンブル会場か大浴場のほ、う――!?』


 フォーリンが歩き出そうとした次の瞬間、ゴイゴスタ男爵邸全体を禍々しい暗黒のオーラが包み込んだ。

 押し潰されそうなプレッシャーに、肩にかついだ荷物を取り落としそうになるフォーリンであったが、辛うじて踏みとどまる。


 同じプレッシャーに、ジャヤコディ分身体も戦慄していた。



「な、なんやねんこれ!?」


『……母様のオーラです。悪いことは言いません、もうひとりの捜索は切り上げて、早々にここを去ることをお薦めします』



「せやな! ほなそうしまひょ! チハヤ嬢には悪いけど、ワイら密偵は任務のため、時に非情な決断もせなあきまへんねん。ひゃ〜怖い怖い! 危うく大っきいほう漏らすとこでしたわ!」


『なっ!?』


 大きい方も小さい方でも、体内に【侵入】された状態で漏らされてはたまらないと、一目散に駆け出すフォーリンであった。



 

 ***




 渦巻き……渦巻き……渦巻き……渦巻き……!

 頭の中に深い霧がたちこめているかのように、チハヤ・ボンアトレーは朦朧もうろうとしていた。

 命令されるがまま、くわえ、しゃぶり、尻の穴まで舐めさせられた。

 何も考えず、言われるとおりにしていれば、世界には苦しいことなど何もない。恐ろしいことも、痛みも、悲しいことも何もない平穏で静かな世界がずっと続くのだ。


 渦巻き……渦巻き……渦巻き……渦巻き……!

 それなのに、そう思っているのに、チハヤはスキル【マジックフィールド】を、自身の手首と手枷の隙間で回転させ続けている。

 なぜなのか、自分でも解らない。わざわざ、平穏を乱すような行為をなぜ続けているのか、解らない。


 命令されるがまま、命令されたことだけを、水が低い方に流れるように、逆らわず従っていれば、ずっと気持ちがいいままでいられるのに、チハヤは――。





 マザードラゴン・ルイーザの権能【黒】の修正によって、ゴイゴスタ男爵邸大浴場から、死体が消え、壁や床、天井の破壊跡も消えた。血で真っ赤に染まっていた湯船も、張り替えたかのように透明な湯をたたえている。

 一見、全て元どおりのようでそうではない。失われたものは戻らない。ただ、最初からそうであったかのように、何事もなかったかのように修正されて、やがて誰もが本当の光景を忘却してしまう。記憶のつじつまを合わせてしまうのだ。


 半分以下に数を減らした客達を残し、全裸のゴイゴスタ男爵とルイーザの夫妻は連れだって大浴場を去って行く。

 大浴場外へと吹っ飛んでいった、襲撃者サザビー・ダモクレスを追い詰めて、初めからそんな人物は存在しなかったことにしてしまうのだ。





 大浴場に残った客達は、ついさっきこの場で起きた惨劇などすっかり忘れて、乱交パーティーを再開する。


 さっきまで肌を重ねていたパートナーがなぜか見当たらなくなってしまった者は、新たなパートナーを物色する。いなくなったパートナーの顔など、もう二度と思い出さないだろう。


 今夜ここで、血生臭いことなどなにもなかった。





「私は、憶えている」


 あえて声に出して、リスピーナは言った。



「キサマが行った蛮行。失われた命。そして未だに苦しみ続けている女のことも、ずっと憶えている。500年前から、ずっと憶えているぞ……!」


 抗いがたい淫欲に痺れた身体を引きずって、彼女はにじり寄る、後ろ手に手枷をはめられた少女の元へと。





 リスピーナとは、スキル【記憶】に刻まれた擬似的な人格である。緑色の宝石として加工された【記憶】のスキルの欠片は、彼女――身体の本来の持ち主の口の中にあった。

 頭の中で会話する、身体の本来の持ち主とリスピーナ。



(私のことは大丈夫ですよ。なにを隠そう得意なんです、一人でするの。だてに三十年も独り身やってませんから)


(それは恐れ入るが、経験豊富な私でもこのザマだ。せいぜい流されないようにな。もっとも、純潔など護ったところで……いや、まあ、キミが婚約者のためにそうしたいならそうするがいいさ。ただ……キミが思っているよりも、キミの身体は完全に発情しきっていると警告しておく)


 

(そ、そうですか。なんか……恐いなぁ)


(やっぱり止めておくか?)



(いいえ、やりましょう。ここまで来て引くのは、恥の上塗りです)


(キミの決断力には敬意を表するよ。しかしくれぐれも……いや、自分自身の身体のこと、知っておくことで避けられるリスクもあるだろう。多分)



(…………?)


(――さて、となると、後は彼女しだいか。はたして、すんなり手を貸してくれるかどうか)



(それはきっと大丈夫でしょう。彼女のこと、思い出しました。彼女はチハヤ・ボンアトレー! 武の名門と誉れ高いボンアトレー家の人間です。此度の勇者選考会には、並々ならぬ意気込みをもって臨んでいたように見えましたから。……そんな彼女が、なぜこんな所にいるんでしょう?)


(キミがそれを言っちゃうか? しかし、ボンアトレーか、奇妙な縁もあったものだな。どういう経緯にせよ、彼女はまだ完全には屈していないようだ。まだ折れていないならば、肩入れしてやりたくもなる。キミの婚約者にとっては、厄介なライバルになるかもしれんがな)



(……まずい。よく考えたら彼女の方だって、私のこと憶えてるかも……!)


(さあ、始めるぞ。覚悟はいいか?)



(ちょ、待っ――)


 身体の主導権はまだリスピーナにあった。

 言いかけた言葉を遮るように彼女は、チハヤの唇に自身の唇を押し付けた。

 それだけでは終わらない。

 口内に舌を滑り込ませると、緑色の宝石を口移しにする。

 


「待っままっまぁっっ!!? んんんにょほほほっほっおおおおおっおっおっおっおっおっ~っっっ!!!!」

 

 身体の主導権が戻ったことで、これまでリスピーナが受け止めていた身体の感覚を一身に感じてしまう本来の持ち主。ブリッジでもするかのように身体をのけぞらせ、繰り返し絶頂する。ヘソの下に刻まれた【淫紋いんもん】が、青紫色に怪しく輝く。





 渦巻き……渦巻き……渦巻き……渦巻き……!

 唇を奪われた。

 なぜか女に。……この人、どこかで見た?

 口の中に何か入れられた。意味が解らない。

 なんでこの人が? 意味が解らない。

 獣のような女の嬌声を聞きながら、チハヤはスキル【マジックフィールド】を回転させ続けている。



(おっと、吐き出すなよ? チハヤ・ボンアトレー)


 チハヤの頭の中に、知らない女の声が響いた。

 突然のキスも拒まないし、吐き出すなと命じられれば、その通りにする。

 今の彼女はそんな状態であったから、味のしないアメ玉を舐めるように、口の中で宝石を転がした。



(舐めてればいいんですか? それとも、呑み込んだ方が?)


(いや、呑み込むのは勘弁してくれ。私は今、その宝石の中から話しかけている。――そこでブリッジしている女は、とりあえず見なかったことにして欲しい)



(……なにがなんだか、さっぱり解りません。何がしたいんです?)


(私の名前は、リスピーナ・アスキッス。私と一緒に、あの男――ブラッケン・ゴイゴスタ男爵と戦って欲しい)



(解りません。どうして戦わなければならないのです? 私は弱いのに)


(理由なら、くわえさせられたり、しゃぶらされたり、ケツの穴を舐めさせられたりしたからだろうさ。それとも、キミにとっては、そんなことは日常茶飯事で、戦う理由にはならないとでも?)



(解りません……解りません……解らない……解らない……!)


(レベル41。スキルは――【加速】、【マジックフィールド】、【エナジーアブソーブ】、【空中歩行】に【俯瞰ふかん視点】、その他各種耐性か。進化形の【マジックフィールド】まで持っているとは、嬉しい誤算だ――はて、【エナジーアブソーブ】? 魔物由来のスキルか?)



(……解らない……解ら……41? レベル41!? ――あ、本当だ。いつの間に? スキルは……【俯瞰視点】。コウガ先輩と同じ、【俯瞰視点】……!)


 ゴイゴスタ男爵邸に来る前、今朝まではレベル39だったチハヤ。ステータスを確認してみると、いつの間にか2レベル上昇し、レベル41になっていた。

 そしてレベル40を超えたことで、新しいスキルを一つ取得していた。

 スキル【俯瞰視点】は、自分とその周囲を上空や背後から第三者視点で見ることのできるスキルである。チハヤの初恋の君、コウガ・ハクケンも所持していたスキルであった。



(いいスキルだな【俯瞰視点】。もう一度、自身を客観的に見つめ直してみるのもいいんじゃないか?) 


 頭の中に響くリスピーナの声。

 チハヤは、スキル【俯瞰視点】で天井付近から自身の姿を第三者視点で見下ろした。

 乱れた髪、虚ろに呆けた顔には涙とヨダレの跡。薄い衣がはだけて乳も尻も丸出しのみっともない姿の自分。



「う、うう……」


 あまりにも情けない自分の姿に、思わず声を漏らすチハヤ。

 やはりもう、誇り高い自分はどこにもいないのだと目を閉じる。


 

(恥ずかしいか? くじけそうか? だが、目を逸らすな! よく見てみろ! どうしてキミは、手首で【マジックフィールド】を回転させている!? その渦巻きはなんのためだ!?)


「……渦巻き……コウガ先輩の、渦巻き……!」


 チハヤは見た。後ろ手にはめられた手枷と手首の間で回転し続ける【マジックフィールド】の赤い渦巻き。



(キミはまだ屈していない! 身体の奥底で、反骨心が息づいている! 思い出せ! 目指す高みがあるならば、何度でも立ち上がれ! 挑み続けろ!)


「コウガ……先輩……、渦巻き! ……渦巻き! ……渦巻き!」



(キミが立ち上がり、キミの誇りを踏みにじった者達と戦うというならば――)


 チハヤは自身の【マジックフィールド】と、かつて見たコウガの【マジックフィールド】を比較する。

 どこかが違う。単なる渦巻きではなく、もっと複雑な回転。

 コウガのそれを幻視しつつ、チハヤは自身のそれを修正し改良し、

 

 チリチリチリチリチチチチチチチチチチ――パキィィィン!!

 やがて一致した。

 

 破壊された手枷が外れて落ちる。



「私はまだ負けていない! 勇者になるんだ! 強くなってやる! コウガ先輩、あなたよりも強く!」


(――キミが高みをめざし、更にそれを超えて道を極めようとするならば、私が、リスピーナ・アスキッスが少しだけその先を見せてやろう!)


 チハヤの頭の中に、リスピーナが武の研鑽に費やした一生分の記憶が流れ込み、エレクチアン司祭の【教導】によって雑に詰め込まれていた性知識を押し流していく。

 スキル【マジックコーティング】を極限まで使いこなす達人の戦い方は、剣と槍の違いこそあれ、チハヤが数十年修行を修めたに等しい経験となって蓄積されていった。







 暗黒のオーラに塗りつぶされたギャンブル会場に、赤い極細の斬撃が走る。

 スキル【マジックコーティング】の赤いエネルギーを纏った短剣が、ゴイゴスタ男爵とルイーザの身体を一瞬でバラバラに切断した。

 

 壊れた壁の向こうから歩み出た漆黒の女剣士。

 彼女が携えるのは漆黒の短剣。その名も「リスピーナの短剣」。

 素肌のごとくフィットした漆黒の鎧は「クラムボンの鎧」。

 その鎧の胸元には、鮮やかな緑色の宝石が埋め込まれていた。



「……何者か?」


 床に転がったゴイゴスタ男爵の生首が問いかける。



「リスピーナ・アスキッス、推参……!」


 クラムボンの鎧を身に付けたチハヤは、フルフェイスヘルメットの中からそう答えた。

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