夜会もおわり
二人のファーストダンスはあっという間に終わってしまい、今度は軽快な音楽を楽団の人達が奏でている。
「もう少し静かな音楽になったら踊りに出てみる?」
「え!?それは密着系の…」
「冗談冗談」
「もう!」
とは言え、今でも普段から考えると密着はしているよなあ…とドキドキする。
この場では、頼れる人はヴィリン様だけだ。
ホールではファーストダンスがすんで会場にいる人達はそれぞれに談笑したり、踊りに興じていたり、その人達なりに夜会を楽しんでいるようだった。
「夜会ってこんな感じなんですね」
「ああ、いつもというわけではないだろうけど、今日はとくに気取らない会みたいだね」
だからセルジュ様も呼んでくれたのだろうか。
会場にいる人達の服装を見ているだけでも目の保養になる。
「ヴィリン様も踊りたかったですか?」
「んー…一応は踊れるけど得意というわけでもないからな。レイチェルとなら踊りたいという気持ちも多少はあるけど、レイチェルは踊りたいわけじゃないようだし、またの機会にとっておくよ」
またの機会があるのかもわからない私達だから、それはつまり私の気持ちを尊重してくれたのだろう。
「セルジュ様とナターシャさん、優雅でしたね」
「本当だね。俺もセルジュくらい踊れればなあ…」
二人で落ち込むと、不思議と笑いがこみ上げてくる。
「飲み物でももらってきましょうか」
「そうだね。また外に出て少し涼んでこようか」
でもヴィリン様が普段こういう場所に来る時はどうしてるんだろうかとは、尋ねられなかった。
「すっかり夜ですね」
庭園はライトアップされ、城の連なる大きな窓からは明かりが漏れている。
「早いね。今日はどうだった?」
「思ってたよりもどうという事もなくて、気が抜けました」
「そっか。何となくの雰囲気は掴めた?」
「はい。何とか」
「じゃあ、また俺やセルジュが誘ったら付き合ってくれる?」
「い、いや…それはどうかなあー…」
すると、ヴィリン様が笑いだした。
「…わかった。セルジュにも伝えておく」
「わ、私からも今日のお礼はメッセージしなきゃ」
でも、セルジュ様の返信はゆっくりなんだよなあ…。
ヴィリン様とは違うんだろうかと思いながらも、それも聞くのはやめておいた。
帝国のお城でのはじめての夜会。知らない世界を垣間見た気がして、嬉しかったな。
☆★☆
「ありがとうございましたー」
昼下がり。出しているのは軽食だけとはいえ、ランチに来るお客さんもいたりする。
そんなお客さんも帰っていき、やっと一息つけるなあとカウンター内に置かれた折り畳み式の椅子を開き腰掛ける。
たまに足や体をぶつけて痛い思いをするけど、それも愛着のうちだ。
その時ちょうど文字通信が入ってきて、開いてみれば生まれ育った街の友達からだった。
『今から行くね』
『ん。わかったー』
短く返事をして座ったばかりの椅子から立ち上がり、流しにおきっ放しになっていた食器を洗いだす。
夜会から二週間。
あの二人の貸切の予約もまた入っているし、ルクレチア様も良く顔を出してくれる。
ルクレチア様はこの店に来るのに軽装を心掛けているせいか「クローゼットが少し狭くなりました」と報告をくれた。
実は一度訪ねてみたいけれど、いまだ言えずにいる。
カランカランとドアベルが鳴る。
「いらっしゃいませー。あ、早かったね」
栗色の髪にヘーゼルの瞳の友人、クラウディアの姿があった。
「うん。連絡入れようかも迷ったくらい近くにいたんだけどね、一応入れておいた」
「助かった、ありがと」
洗っていた食器も片付き、コーユポットを火にかける。
「何にする?」
「ミルクティー、ホットで」
「了解」
ティーポットとカップに残っていたお湯を注ぎ、新しいお湯が沸くのを待つ。
その間に砂時計と茶こしを用意して、ミルクも鍋に入れて軽く温める。
お茶を入れるにもお湯はコーユポットで沸かしてしまっているのは、ご愛嬌かもしれない。
「お店に来るのは久しぶりだよね」
カウンター席に座ったクラウディアが両肘をついて顔をのせながら言う。
「ん、クラウディアは久しぶりだね」
ミルクが温まりすぎないように火を弱くする。
火にかけるのは茶葉を蒸らす時間で良かったかもと思ったけど、今日はしょうがない。
今度からそうしよう。
「街には帰って来ないの?」
「そう言えば最近帰ってないなあ。すぐだと思うとなぜか帰るタイミング逃してたりする」
「あー、それはあるかもね」
魔術もあるのにね、とはお互い言わずにしばし沈黙する。
「アルフレッドとはうまくいってる?」
「うん。相変わらずだけどね」
「そっかー」
「そういうレイチェルこそ、好きな人の一人くらい出来た?」
「え!?私はね…そうだな…」
咄嗟に思い浮かんだのは、セルジュ様とヴィリン様の二人だった。




