↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/42

第11話 スタンピード(前編)

第2シーズンは、楔を抜く話です。


一本抜くたびに土が戻り、何十年も涸れていた井戸に水が湧きます。そのかわり、主人公の中から何かがひとつ減ります。

減ったぶんは、誰かが代わりに持ちます。痛がる子がいて、止める王女がいて、疑う闇将がいて、全部を書き留める記録係がいます。

主人公は、まだ強いです。ただ今回は、強さだけでは戻せないものに、初めて出会います。


それでも彼は、行く先々で、やっぱり飯を作ります。


おはようございます。

私もそうですが、今日からお仕事の方多いと思います。

大変かとお思いますが頑張ってくださいね。

私も頑張ってきます!


 馬は、いらなかった。

 碧がギルドの前の通りで手をかざすと、石畳の上に骨組みが生えた。車輪が四つ、その上に箱があり、前方に流線型の頭部が突き出している。屋根はなく、座席が六つ並んでいた。

「……これは」

 ダインが、顔を引きつらせた。

「馬車です。馬がいないやつ」

「何が引くのでございますか」

「引きません。押します」

 碧は後部に手を当て、そこへ構造を追加した。空気を後ろへ押し出す仕組みを二基。動力は魔力ではなく、圧縮した空気の膨張にした。碧がいなくても動くようにしておきたかった。

「乗ってください」

 誰も乗らなかった。

「……アオイ殿」

 リュシェが、珍しく声を硬くしていた。

「これは安全なのですか」

「たぶん」

「たぶん」

「乗り物を作るのは初めてなので」

 背後で、ギルドマスターのゴルドーが吹き出した。

 老人は誰より先に座席へ飛び乗り、手すりを掴んだ。

「俺は乗る。死んだら記録に残る」

「マスター、それ記録の意味が違います」

 受付嬢のニナが悲鳴を上げた。彼女は緊急連絡の伝令役として、なぜか一緒に来ることになっていた。

 結局、全員が乗った。ダインは最後まで難色を示していたが、リュシェが乗ったので従うしかなかった。

 碧が前方の座席に着き、右手を操作盤に置く。

 車体が、浮いた。

 正確には、車輪が石畳から二センチほど離れた。

「浮きました」

「浮かせないでください!」

「そのほうが速いので」

 碧は、出した。


 王都から北の砦まで、馬で丸一日。

 それを、一時間二十分で走った。

 街道の上を、鉄の箱が音もなく滑っていく。すれ違った隊商が全員荷を落とした。牛が逃げた。畑の真ん中で農夫が鍬を取り落として膝をついた。

 後部座席では、ニナが両手で口を押さえたまま何かを唱え続けていた。祈りらしい。

 その隣でゴルドーが大笑いしていた。

「いいぞ! もっと出せ!」

「これ以上出すと、後ろの人が飛びます」

「飛ばしてかまわん!」

「マスター!」

 ダインは石像のように身を硬くしたまま、一言も喋らなかった。

 リュシェだけが、風で髪を乱しながら、前を見ていた。

「アオイ殿」

「はい」

「これが十台ございましたら、この国の物流は変わります」

「作りますよ」

「……本気で言っておりますか」

「帰ってから作ります。今日は間に合わせないと」

 王女は何か言いかけて、やめた。

 やめた代わりに、前を向いたまま小さく笑った。


 北の砦が見えてきたのは、昼前だった。

 石造りの城壁が、谷の入口を塞ぐように築かれている。高さは十メートルほど。その向こうに大森林が広がり、木々の輪郭が地平まで続いていた。

 砦の手前で、碧は車を止めた。

 城壁の上に、人が並んでいる。弓を構えた兵が、こちらを振り返った。

「止まれ! 何者――」

「冒険者ギルド王都支部だ!」

 ゴルドーが立ち上がって叫んだ。

「マスターのゴルドーが来た! 指揮官を出せ!」

 門が開くのに、三分かかった。

 迎えに出てきたのは、まだ三十そこそこの男だった。甲冑のあちこちが凹んでいて、左腕に血の滲んだ布を巻いている。

「砦司令代理、レンドルと申します」

「代理」

「司令は昨夜、斥候に出て戻りませんでした」

 男は淡々と言った。感情を出す余裕がないのだ。

 碧は、その顔を見て理解した。この人はもう、自分が今日死ぬと決めている。決めた人間の顔は、妙に静かになる。

「状況を」

「森の縁が、昨夜から動いております」

 レンドルは城壁のほうを指した。

「最初は地響きでした。夜明けに斥候を三隊出して、戻ったのが一隊。報告では、先頭はゴブリンとコボルト。その後ろにオーク。さらに後ろに、見たことのない個体が」

「数は」

「二万と申し上げましたが、修正いたします」

 男は、そこで初めて言葉を詰まらせた。

「三万を超えます」

 城壁の上の兵たちが、こちらを見ていた。

 千五百人が、三万を相手にする。計算が成立していない。

「避難は」

「村への伝令は出しました。ですが、いちばん近い村まで馬で三時間。住民が荷をまとめて動くには、丸一日かかります」

「砦がもつのは」

「半日でございます」

 レンドルは、そこで初めて碧の顔を正面から見た。

「勇者様。お越しいただいたことには感謝いたします。ですが、お引き取りください」

「は」

「ここは死ぬ場所でございます。貴方様が死ぬ場所ではございません」

 碧は、その言葉を最後まで聞いた。

 聞いてから、城壁のほうへ歩き出した。


 城壁の上に立ったとき、碧は初めて、それを見た。

 想像はしていた。三万という数字も聞いていたし、地響きも足の裏で感じていた。それでも、実物を見るまで数字は数字のままだった。

 森が、動いていた。

 木々の隙間ではない。森の縁そのものが、黒い帯になって押し寄せてきている。距離は三キロほど。その帯の幅は、視界の端から端まで途切れることがなかった。

 音が、遅れて届いた。

 地響きと、咆哮と、何千という足が同時に地面を叩く音。それが混ざり合って、一つの低い唸りになっている。

 城壁の上で、若い兵が弓を落とした。

 拾おうとして、手が震えて拾えなかった。

 碧は、その兵の横に立った。

 年齢は自分とそう変わらないように見えた。兜が大きすぎて、頭の上でわずかにぐらついている。支給品のサイズが合っていないのだろう。

「名前は」

「え」

「名前です」

「……ト、トルグと申します」

「トルグさん。今日、死ぬ予定ですか」

 兵が、碧を見上げた。

「予定でございます」

「じゃあ、予定を変えましょう」

 碧は城壁の縁に手を置いた。

 石に触れた瞬間、この砦がどう作られているかが全部わかった。基礎の深さ、石の積み方、二百年前の補修の跡、そして現在の脆い箇所が十七か所。

 碧は右手を城壁の外へ向けた。

「みなさん、下がってください」

 誰も動かなかった。

「下がってください」

 二度目で、ようやく兵たちが後退した。それでも全員が下がりきったわけではなく、何人かは城壁の縁にしがみついたまま動かなかった。見届けるつもりなのだ。

 碧は、地面に意識を向けた。

 やることは、南の井戸と変わらない。地面の下に何があるかを見て、そこへ手を入れる。違うのは規模だけだった。

 碧は、押した。

 砦の前方、三百メートルの地点で、大地が盛り上がった。

 土が隆起し、岩が押し上げられ、それが幅二キロにわたって同時に起きた。盛り上がった土は競り上がりながら空中で締め固められ、表面から順に石へ変わっていく。

 碧がやっているのは、土を積むことではなかった。地中にある岩盤の一部をそのまま引き上げ、足りない分を周囲の土から補って再構成している。地面に手を触れた瞬間から、どこにどれだけの材料があるかは全部見えていた。

 地響きは、魔物の群れが立てているものより大きかった。城壁の上の兵が、手すりにしがみついて姿勢を保っている。

 三十秒後、そこには高さ二十メートルの城壁が生えていた。

 城壁の上の千五百人が、声を失った。

 碧は手を止めなかった。

 二つ目の壁を、その二百メートル手前に作った。三つ目を、さらに手前に。四つ目、五つ目。

 ただの壁ではなかった。それぞれの壁は、中央に向かってごくゆるやかに傾斜している。壁を登れない個体は自然と横へ流れ、流れた先でまた次の壁に当たる。何度もそれを繰り返すうちに、群れは一本の道へ押し込まれていく。

 発想の元は、実家の裏にあった溝だった。母が雨水を逃がすために掘ったもので、まっすぐではなく、わざと折れ曲がっていた。水は勢いを殺されながら流れ、最後には静かに排水口へ落ちる。

 三万の魔物を止めるのに、その理屈がそのまま使えるとは思わなかった。

 碧は最後に、その谷の出口に立った。

 壁を五本作るのに、四分もかからなかった。魔力は一滴も減っていない。疲労もない。あるのは、これから自分がやることへの静かな覚悟だけだった。

 自分が立つべき場所は、そこだった。谷から出てくるものは、全部ここを通る。ここを通らせなければ、この先に何も行かない。

「アオイ殿!」

 城壁の上から、リュシェの声が飛んだ。

「一人で行かれるのですか!」

「はい」

「なぜ!」

 碧は振り返った。

 城壁の上には千五百人の兵がいて、その全員がこちらを見ていた。

「三万いるので」

 碧は答えた。

「誰かが手伝うと、誰かが死にます」


 最初の波が、壁に当たった。

 ゴブリンだった。小柄な個体が数千、壁にぶつかり、登ろうとして落ち、後続に踏み潰されながら横へ流れていく。

 流れた先に、次の壁がある。

 群れは、碧の作った谷へ吸い込まれていった。

 その光景は、上から見ていた兵たちにとって現実感のないものだった。黒い帯が壁に当たり、割れ、横へ流れ、また当たる。それを四度繰り返すうちに、視界を埋めていた三万の塊が、一本の細い線へと変わっていく。

 二番目の波はコボルトだった。三番目がオーク。谷の幅は最終的に五十メートルまで絞られ、そこを毎秒数百体が通過していった。

 碧は、その出口に立っていた。

 一人で。

 そのとき、碧は気づいた。

 谷へ吸い込まれていく密度のなかに、魔物ではないものが混ざっているかもしれない。森の縁には人が住んでいた。群れが動き出したあと、逃げ遅れた者が巻き込まれていない保証はどこにもない。

 確かめる方法はあった。

 構成をほどく前に、一体ずつ中身を見ればいい。碧の目なら、生き物の内側を読むのに数秒あれば足りる。

 数秒だった。

 いま、谷の出口を通過しているのは毎秒数百体である。一体に数秒かければ、その間に千体が背後へ抜ける。抜ければ谷は溢れ、溢れた先には砦の千五百人がいて、その向こうに村が四つあり、住人が二千人いる。

 碧は、確かめないことを選んだ。

 選ぶのに、一秒もかからなかった。

 最初の一体が、谷を抜けた。

 二メートルを超えるオークだった。棍棒を振り上げ、まっすぐに突っ込んでくる。目には血が溜まり、口の端から泡が垂れている。理性のある生き物の走り方ではなかった。

 碧は右手を上げた。

 光は出なかった。音もしなかった。

 ただ、そのオークが立っていた場所に、オークがいなくなった。

 碧がやったのは、攻撃魔法ではなかった。創造の力を逆向きに使っただけだ。ものを作れるということは、ものを構成する関係をほどけるということでもある。碧はその関係を、必要な範囲だけ解いた。

 次の三体が同じように消えた。次の十体。次の五十体。

 消えた個体は、痛みを感じる時間すら持たなかった。それが碧にとって唯一の救いだった。

 碧は歩かなかった。腕も振らなかった。ただ、そこにいてほしくないものが、そこからなくなっていく。

 そのあいだじゅう、碧は自分の内側を観察していた。

 嫌悪感がなかった。罪悪感もなかった。三万の生き物を消している最中だというのに、心拍は一定で、呼吸も乱れていない。まるで台所で野菜の皮を剥いているときと、同じ精神状態だった。

 これは、いけないやつだと思った。

 人間がこれだけのことをすれば、普通は手が震える。震えないということは、何かの感覚が最初から欠けているか、あるいはあとで一気に来るかのどちらかだ。

 碧は覚えておくことにした。今日の自分が、何も感じなかったということを。

 城壁の上から見ていた兵たちには、何が起きているのか理解できなかった。谷の出口に一人の若者が立っていて、その前方の空間が、少しずつ空になっていく。それだけだった。

 一分が過ぎた。

 五分が過ぎた。

 谷の中の密度が、目に見えて下がり始めた。

 十分が過ぎたとき、後続が止まった。

 止まったのだ。押し寄せていた群れが、谷の手前でぴたりと足を止め、それから少しずつ後ずさり始めた。

 先頭の個体が向きを変え、それに後続が続く。押し合いになり、転んだものが踏まれ、それでも全体としては後退していく。

 理性のない魔物が、逃げようとしていた。

 碧は、そこで初めて手を下ろした。

 逃げる背中を撃つ気にはならなかった。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

次話もお楽しみにしていただけると嬉しいです。

感想やご指摘をいただけると、今後の励みになります。


今日は2回投稿でした。

少しハラハラする内容でしたがいかがでしたでしょうか?


(更新:毎日8時投稿予定)

隠岐群青

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。