第5話 Cランク妖怪・大百足
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**東京都足立区・旧工業団地**
**午後九時**
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人の気配がない。
街灯もほとんど消えている。
閉鎖された工場。
ひび割れた道路。
雑草に覆われた空き地。
そんな場所を、蓮は一人で歩いていた。
「大百足……か」
スマートフォンに表示された討伐情報を確認する。
【対象:大百足】
【危険度:Cランク】
【推定全長:十五メートル】
【討伐推奨人数:五名以上】
「五人以上、ね」
蓮は苦笑した。
自分は一人。
しかも、つい昨日まで妖怪拾いとして後方にいた人間だ。
まともな戦闘経験はほとんどない。
「まあ……やるしかないか」
その瞬間。
ガサッ。
道路脇の草むらが揺れた。
蓮は足を止める。
「……来たか」
地面の下から、何かが這い出してくる。
最初に見えたのは――脚。
一つ。
二つ。
三つ。
次々と地面から現れる。
やがて、その全貌が姿を現した。
「……でかいな」
全長十五メートル。
黒褐色の巨大な身体。
無数の脚。
頭部には、鋭く伸びた二本の牙。
大百足。
その身体から、紫色の妖気が立ち上っている。
「キィィィィィッ!」
大百足が鳴いた。
次の瞬間。
巨大な身体が地面を滑るように動いた。
「速い!」
蓮は横へ飛んだ。
直後。
大百足の牙が、蓮のいた場所をえぐった。
ガガガガッ!
アスファルトが砕ける。
「まともに受けたら、一撃で終わるな」
蓮は刀を構えた。
大百足が振り返る。
無数の脚が一斉に動く。
「気持ち悪い……!」
迫ってくる。
蓮は走った。
正面からは無理だ。
大百足の横へ回り込む。
「ここ!」
刀を振る。
ザンッ!
硬い外殻に刃が食い込んだ。
「浅い……!」
大百足が身体を大きく振った。
蓮は咄嗟に腕を上げる。
ドンッ!
「ぐっ!」
身体が吹き飛んだ。
十メートルほど転がり、地面に叩きつけられる。
「痛っ……」
立ち上がろうとした瞬間。
右腕に違和感があった。
見ると、腕に赤い傷が走っている。
「毒か?」
傷口の周囲が紫色に変色していく。
指先が痺れる。
「まずい……!」
大百足が迫ってくる。
逃げなければならない。
蓮は走った。
足が重い。
呼吸も苦しくなる。
「毒が回ってる……!」
大百足の牙が迫る。
蓮は地面を転がってかわした。
間一髪。
そのまま距離を取る。
「……鬼腕だけじゃ、厳しいな」
大百足の外殻は硬い。
攻撃速度も速い。
しかも毒まである。
Cランク。
Dランクの河童とは、明らかに格が違う。
蓮は刀を握り直した。
「それでも……」
逃げるつもりはなかった。
ここで逃げれば、妖怪拾いとして先へ進めない。
「倒す」
蓮は大百足を睨んだ。
「お前の力を、拾う」
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**旧工業団地・敷地内**
**午後九時十分**
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大百足が突っ込んできた。
「来い!」
蓮も走る。
大百足の牙が振り下ろされる。
蓮は右へ。
続いて左。
さらに後ろへ。
攻撃を避けながら、相手の動きを観察する。
「……身体が長い」
大百足の弱点。
それは身体の長さだった。
頭部を狙えば牙がある。
胴体中央は外殻が硬い。
なら――。
「後ろだ!」
蓮は一気に走った。
大百足が振り返る。
無数の脚が地面を削る。
蓮は跳んだ。
「鬼腕!」
右拳を大百足の最後尾へ叩き込む。
ドゴォン!
巨大な身体が横へ吹き飛んだ。
「今だ!」
蓮は大百足の身体を駆け上がる。
一匹。
二匹。
三匹。
無数の脚を踏み越える。
そして――頭部へ到達した。
「ここなら!」
刀を振り上げる。
大百足が身体を激しく振る。
「うおっ!」
蓮は落ちそうになる。
それでも刀を離さない。
「終われぇぇぇ!」
全身の力を右腕へ集める。
鬼腕。
その力を乗せて――。
刀を振り下ろした。
ズガンッ!
刃が頭部へ突き刺さる。
「キィィィィィィッ!」
大百足が絶叫した。
身体が激しく暴れる。
蓮は刀を握り締めた。
「これで……!」
さらに力を込める。
バキンッ!
頭部の外殻が砕けた。
大百足の動きが止まる。
巨大な身体が、ゆっくりと地面へ倒れていく。
ドォォォン!
土煙が舞った。
静寂。
「……勝った」
蓮は肩で息をする。
身体中が痛い。
右腕の毒も残っている。
それでも。
目の前の大百足は動かない。
その死体から――。
紫色の光が浮かび上がった。
「妖魂……!」
蓮は近づいた。
《妖魂を確認しました》
《対象――大百足》
《妖魂を取得できます》
蓮は迷わず手を伸ばす。
「拾う」
指先が光に触れた。
《妖魂の取得に成功しました》
《固有能力『毒耐性』を獲得しました》
直後。
右腕を襲っていた痺れが消えた。
「……!」
紫色に変色していた傷口も、少しずつ元に戻っていく。
「毒が効かなくなった……」
蓮は自分の腕を見る。
これまでなら、毒を受ければ治療が必要だった。
今は違う。
妖怪の力を拾えば、その妖怪に対抗する力まで手に入る。
「毒耐性……」
蓮は笑った。
「これは便利だな」
鬼腕。
飢餓耐性。
水中呼吸。
毒耐性。
まだ四つ。
それでも、昨日の自分とは別人だった。
蓮は大百足の死体を見る。
「ありがとう」
そして。
スマートフォンを取り出した。
討伐報告を送信する。
【Cランク妖怪・大百足】
【討伐完了】
送信ボタンを押す。
数秒後。
返信が届いた。
【討伐者:神谷蓮】
【討伐ランク:C】
【単独討伐を確認】
蓮は画面を見つめた。
「……俺の名前が出た」
昨日まで。
蓮は誰にも知られていなかった。
勇者パーティの後ろで妖怪を拾うだけ。
名前を呼ばれることも少なかった。
今は違う。
自分一人の力で、Cランク妖怪を倒した。
「次は……」
蓮は空を見上げる。
そのとき。
スマートフォンに新しい通知が届いた。
【討伐実績を確認しました】
【あなたの討伐士ランクが更新されます】
蓮は目を見開いた。
「ランク更新?」
画面を開く。
【神谷蓮】
【旧ランク:E】
【新ランク:D】
「……Dランク」
たった数日。
それだけで、一つ上がった。
蓮はスマートフォンを握り締める。
「もっと倒せば……もっと上がる」
そして。
もっと強い妖怪を倒せば――。
もっと強い力を拾える。
蓮は歩き出した。
その背中を、遠くから一台の車が見つめていた。
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**東京都内・政府妖異対策本部**
**午後九時三十分**
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「……神谷蓮?」
モニターに表示された名前。
一人の女性職員が眉をひそめる。
「昨日、勇者パーティを追放された妖怪拾いです」
「その神谷が?」
「はい」
女性職員は討伐記録を確認する。
【Dランク・河童】
【討伐者:神谷蓮】
【Cランク・大百足】
【討伐者:神谷蓮】
「二日で……?」
隣にいた男が画面を見る。
「偶然じゃないのか?」
「河童は水中戦闘です。大百足は単独討伐」
女性職員は首を横に振った。
「偶然にしては、出来すぎています」
その画面には。
まだ誰も知らない名前が表示されていた。
神谷蓮。
元・勇者パーティ所属。
職業――妖怪拾い。
その評価が、今。
少しずつ変わり始めていた。




