第45話 帰る場所
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**東京都・妖異対策本部**
**三日後・午前九時**
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窓の外を、何台もの車が走っている。
東京は、いつも通りだった。
人が歩き、電車が走り、店が開く。
三日前まで地下に巨大な研究施設が存在していたことなど、知らない人間のほうが多い。
蓮は、対策本部の会議室に座っていた。
向かいには政府の職員が並んでいる。
隣には兄の零。
さらにその後ろには、第一号、第二号、第三号、第四号、零号、空がいる。
全員、どこか落ち着かない様子だった。
無理もない。
これまでずっと、彼らにとって世界は「研究施設の中」だった。
今は違う。
外に出て。
自分の意思で生きることができる。
それが嬉しい反面、何をすればいいのか分からない。
やがて、政府職員の一人が口を開いた。
「まず、今回の件について確認します」
机の上に厚い資料が置かれた。
「旧研究センターで発見された資料について、現在、専門チームが解析を進めています」
「研究者本人からも証言を得ています」
零が資料を見る。
「十年前の妖異災害についても?」
「はい」
職員は頷いた。
「これまで公表されていなかった研究の存在。そして、人間の魂と妖魂を融合させる実験が行われていたこと」
「かなり大きな問題になります」
零は黙った。
蓮も資料を見る。
十年前の記録。
自分の名前。
兄の名前。
そして。
第一号から第四号、零号までの記録。
そこには、自分たちが人間としてではなく、実験対象として扱われていた証拠が残っていた。
けれど。
蓮は資料を閉じた。
「それで」
職員を見る。
「俺たちは、どうなるんですか?」
「それについてです」
職員は少し言葉を選んだ。
「政府としては、皆さんを保護対象とする案が出ています」
第二号が反応した。
「保護?」
「はい。生活場所を用意し、必要な教育や医療を受けてもらう形です」
零号が小さく俯いた。
蓮はその表情を見る。
「それは、命令ですか?」
「いいえ」
職員は首を振った。
「皆さん自身に選んでもらいます」
その言葉を聞いて。
第一号が顔を上げた。
「選べるのか?」
「はい」
「俺たちは、研究対象じゃない?」
「違います」
職員ははっきりと言った。
「あなたたちは人間です」
室内が静かになった。
その言葉を。
第一号はしばらく聞き続けていた。
やがて。
「……人間」
小さく呟く。
空がその隣に立った。
「僕も?」
「もちろんです」
「名前がなくても?」
職員は少し笑った。
「名前は自分で決めればいいでしょう」
空は嬉しそうに笑った。
蓮は、その様子を見ながら思った。
十年前。
自分たちには選択肢がなかった。
何をするのか。
何者になるのか。
誰と生きるのか。
全部、誰かに決められていた。
今は違う。
だから。
これからは自分たちで決めればいい。
「俺は」
蓮が口を開く。
全員の視線が集まった。
「俺は、今まで通り妖怪討伐を続けたいです」
職員が少し驚く。
「妖怪拾いとして?」
「はい」
「理由を聞いても?」
蓮は少し考えた。
そして答える。
「俺には、それしかできないと思っていたんです」
自分の手を見る。
最初に鬼の魂を拾った時のことを思い出す。
あの時は。
ただ、生き残るためだった。
力が欲しかった。
追放されたことを見返したかった。
けれど。
今は違う。
「でも、今は違います」
蓮は顔を上げた。
「俺が拾った魂には、それぞれ意思があった」
「だから、これからはその力をどう使うのか、自分で決めたい」
職員は黙って聞いている。
「妖怪を倒すことだけが、俺の仕事じゃないと思っています」
蓮は続けた。
「その後に残ったものまで、ちゃんと見届けたい」
零が小さく笑った。
「やっぱり、お前は妖怪拾いだな」
「うん」
蓮も笑う。
その時。
会議室の扉が開いた。
別の職員が入ってくる。
「失礼します」
そして。
蓮に一枚の書類を差し出した。
「神谷さん」
「はい」
「正式な辞令ではありませんが、政府からの提案です」
蓮が書類を見る。
そこには。
**【特別妖怪討伐士候補】**
と書かれていた。
「……俺が?」
「はい」
職員が頷く。
「あなたの実績を考えれば、通常の昇格基準では判断できません」
「ただし」
一枚、別の書類が置かれる。
「あなた自身が希望するなら、正式な登録を進めます」
蓮は書類を見る。
少しだけ迷った。
昔なら。
「勇者」という言葉に憧れていたかもしれない。
いや。
正確には。
勇者に認められたかった。
けれど今は。
必要ない。
「勇者には、ならなくていいです」
職員が目を丸くする。
「よろしいのですか?」
「はい」
蓮は頷いた。
「俺は、俺の仕事をします」
その時。
第一号が笑った。
「それなら俺も手伝う」
第二号も続く。
「私も」
第三号が手を挙げる。
「僕も行く」
第四号は腕を組みながら頷いた。
「俺も、戦うことしかできないからな」
零号は少し考えてから。
「僕も妖怪を見てみたい」
空が笑う。
「僕も!」
零が呆れたように笑った。
「お前ら、本当に蓮についていくんだな」
蓮は仲間たちを見る。
そして。
胸の奥が少しだけ温かくなるのを感じた。
帰る場所。
そんなものは、最初から決まっているわけではない。
誰かに与えられるものでもない。
自分たちで作っていくものなのかもしれない。
蓮は立ち上がった。
「じゃあ」
窓の外を見る。
東京の街。
その向こうには、まだたくさんの妖怪がいる。
そして。
自分たちの知らない未来も待っている。
「そろそろ行こうか」
零号が頷く。
空が走り出す。
「どこに?」
蓮は笑った。
「まずは、外」
会議室を出る。
その背中を。
政府職員は静かに見送った。
そして。
机の上に残された一枚の書類。
そこには、新しく書き込まれた名前があった。
**神谷蓮――特別妖怪討伐士候補。**
その名前の横には。
もう一つ。
小さくこう記されていた。
**旧・勇者パーティ所属。**
蓮はまだ知らない。
この日の午後。
かつて自分を追放した者たちと。
再び顔を合わせることになることを。




