第44話 最後の選択
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**東京都北区・旧研究センター跡**
**午前零時四十分**
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古い端末の画面が消えた。
地下施設には、静かな空気が流れている。
誰も口を開かなかった。
研究者が語った十年前の真実。
それは、蓮たちがこれまで戦ってきたすべての始まりだった。
零が拳を握る。
「……これで全部か?」
研究者は頷いた。
「私が知っていることは、すべて話した」
「だったら」
零が一歩近づく。
「お前を許す理由はない」
研究者は抵抗しなかった。
「分かっている」
零の拳が震える。
十年間。
自分は実験台にされ続けた。
蓮も。
第一号たちも。
みんな同じだった。
零は拳を振り上げる。
「兄さん!」
蓮が声をかけた。
零の拳が止まった。
「……蓮」
「殴ってもいいと思う」
零が振り返る。
「え?」
「兄さんが受けたことを考えれば、それくらいしてもいい」
蓮は研究者を見る。
「でも」
一歩前へ出る。
「それで終わらせたくない」
零は拳を下ろした。
「……お前らしいな」
研究者が蓮を見る。
「君は、私を殺さないのか?」
「殺さない」
「なぜだ?」
蓮は少し考えてから答えた。
「お前が苦しんだからって、俺たちまで同じことをする必要はない」
研究者は黙った。
その時。
第一号が口を開いた。
「蓮」
「どうした?」
「一つだけ聞きたい」
第一号は研究者を見る。
「俺たちは、これからどうなる?」
第二号も蓮を見る。
第三号も。
第四号も。
零号も。
空も。
全員が蓮を見つめていた。
蓮は少し考える。
そして。
「好きに生きればいい」
「……それだけ?」
第二号が尋ねる。
「それだけでいい」
蓮は頷く。
「名前も」
「仕事も」
「住む場所も」
「誰と一緒にいるかも」
「自分で決めればいい」
第四号が拳を開いた。
「俺は……まだ何をしたいか分からない」
「なら、探せばいい」
第三号が笑う。
「僕は東京を見てみたい」
「いいんじゃないか」
第二号が続く。
「私は……人を守りたい」
零号が考える。
「僕は……学校に行ってみたい」
蓮は笑った。
「行けばいい」
空も小さく手を上げる。
「僕は空を見たい」
「いくらでも見ればいい」
一人。
また一人。
それぞれが、自分の未来を口にする。
研究者はその光景を黙って見ていた。
やがて。
男は小さく笑った。
「……私が十年間かけても作れなかったものを」
「君は一瞬で作ったな」
蓮は首を振る。
「違う」
「俺が作ったんじゃない」
「こいつらが自分で選んだんだ」
その言葉に。
研究者は目を閉じた。
「そうか」
男は白衣を脱いだ。
床に置く。
「ならば、私も選ばなければならないな」
蓮が見る。
「何を?」
「罪を償う」
研究者は端末を操作する。
施設内に保存されていた研究データが次々と表示された。
「この施設に残っているすべての研究記録を政府へ渡す」
「十年前の事件についても」
「私自身が証言する」
零が驚く。
「本気か?」
「ああ」
研究者は頷いた。
「もう逃げる理由がない」
その時。
施設の奥から。
警報音が鳴った。
《緊急警告》
《地下構造体、崩壊開始》
床が揺れる。
「まだ終わってないのか!」
政府職員が叫ぶ。
研究者が端末を見る。
「……第一妖魂が消えたことで、施設そのものを維持していた装置が停止した」
「このままでは地下施設が崩れる」
蓮が周囲を見る。
「どれくらい持つ?」
「十分もない」
零が叫ぶ。
「全員、地上へ!」
全員が走り出す。
だが。
研究者だけが動かなかった。
「先に行け」
蓮が振り返る。
「お前は?」
「最後にやることがある」
研究者は端末を操作する。
「研究データを外部へ送る」
「それをやったら、逃げろ!」
「分かっている」
蓮は迷った。
研究者を置いていけば。
ここで死ぬ。
それは。
十年前と同じことになる。
誰かを切り捨てる。
蓮は踵を返した。
「……俺も残る」
「蓮!」
零が叫ぶ。
「大丈夫」
「すぐ戻る」
第一号も残った。
「俺も行く」
第二号も。
「私も」
第三号。
第四号。
零号。
空。
全員が足を止めた。
研究者が目を見開く。
「なぜだ……」
蓮は答えた。
「一人で残る必要はないだろ」
研究者は俯いた。
「君は……」
その声が震える。
「本当に……変わらないな」
蓮は笑った。
「俺は俺だからな」
その時。
天井が大きく崩れた。
「走れ!」
全員が駆け出す。
研究者が最後に端末を操作する。
《全研究記録――送信完了》
男は画面を確認した。
「……これでいい」
蓮が手を伸ばす。
「行くぞ!」
研究者はその手を見る。
一瞬。
ためらった。
そして。
その手を取った。
二人で走る。
地下施設が崩れていく。
巨大な瓦礫が落下する。
第一号が受け止める。
「早く!」
第四号が瓦礫を押し退ける。
第二号が結界を張る。
第三号が安全な道を探す。
零が空を抱える。
「こっちだ!」
そして。
全員が地上へ飛び出した。
直後。
旧研究センターが。
轟音とともに崩壊した。
ドォォォォン!
大量の土煙が夜空へ舞い上がる。
蓮はその場に座り込んだ。
「……終わった」
隣では。
研究者も地面に座っている。
男は空を見上げた。
十年前と同じ夜空。
けれど。
もう黒い亀裂はない。
「……長かった」
研究者が呟く。
蓮は答えなかった。
ただ。
隣に座っていた。
やがて。
遠くからサイレンが聞こえてくる。
政府の部隊が到着した。
研究者は立ち上がる。
そして。
自分から両手を差し出した。
「連れていけ」
政府職員が近づく。
「あなたには、十年前の妖異災害について詳しく聞く必要があります」
「ああ」
研究者は頷く。
そして最後に蓮を見る。
「神谷蓮」
「何?」
「君は、妖怪拾いでよかったな」
蓮は少しだけ笑った。
「そうだな」
研究者は連行されていく。
その背中を見送りながら。
蓮は仲間たちを見る。
第一号。
第二号。
第三号。
第四号。
零号。
空。
そして兄の零。
誰一人。
欠けていない。
蓮は空を見上げた。
十年前に始まった物語は。
ようやく。
終わりへ向かって動き始めていた。




