第43話 最後の記録
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**東京都北区・旧研究センター跡**
**午前零時十二分**
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夜の静けさが戻っていた。
つい先ほどまで空を覆っていた黒い亀裂は消え、街には少しずつ明かりが戻り始めている。
それでも。
蓮たちは誰一人、動かなかった。
目の前にいる研究者。
十年前と変わらない姿をした男が、深く頭を下げている。
「すまなかった」
蓮は黙って男を見る。
「何についてだ?」
研究者は顔を上げた。
「すべてだ」
「君を実験に利用したこと」
「零を利用したこと」
「そして、あの子たちを作ったこと」
研究者は第一号たちへ視線を向ける。
「すべて私の責任だ」
零が一歩前へ出る。
「だったら聞かせろ」
「十年前、何があった?」
研究者はしばらく黙っていた。
そして。
「記録を見せよう」
男が研究施設跡へ戻る。
蓮たちも後を追った。
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地下へ戻ると。
研究者は一台だけ残っていた端末を起動した。
画面に古い映像が映し出される。
十年前。
まだ研究施設が稼働していた頃の記録だった。
白衣を着た研究員たち。
その中央に。
幼い蓮がいる。
そして。
隣には零がいた。
「……俺たちだ」
零が呟く。
研究者は映像を止めた。
「この時点では、まだ妖怪は存在していなかった」
蓮は画面を見る。
「じゃあ、妖魂は?」
「存在していた」
研究者は答える。
「ただし、人間の世界からは認識できなかった」
「別の場所に存在していたんだ」
画面が切り替わる。
黒い空間。
そこに無数の光が浮かんでいる。
「私たちは、それを妖魂と呼んだ」
「そして研究を始めた」
研究者の声が重くなる。
「最初は単純な研究だった」
「妖魂とは何なのか」
「なぜ存在するのか」
「人間と接触できるのか」
「そして――」
画面に一人の研究員が映る。
「融合できるのか」
蓮は拳を握った。
「それが……始まりだったんだな」
「そうだ」
研究者は頷いた。
「人間の魂と妖魂を融合させる」
「それが成功すれば、病気も、肉体の限界も超えられると考えた」
零が睨む。
「そして俺たちを使った」
「最初は違った」
「何?」
研究者は画面を見る。
「最初の被験者は、私自身だった」
映像の中。
若い研究者が装置の中に立っている。
妖魂が身体へ流れ込む。
研究者は苦痛に顔を歪める。
しかし。
死ななかった。
「私は生き残った」
「妖魂に適応した人間として」
蓮が尋ねる。
「だから、今も十年前と同じ姿なのか」
「ああ」
研究者は自分の手を見る。
「老化が止まったわけではない」
「妖魂が私の細胞を修復し続けている」
「その代わり」
男は苦笑した。
「人間としての寿命も、もう分からない」
沈黙が落ちる。
研究者は話を続けた。
「私は成功例になった」
「だから研究は止まらなかった」
画面が切り替わる。
そこには。
**第零号**
の文字。
「これが最初の実験体だ」
空が画面を見る。
自分と同じ顔。
「零号は、人間と妖魂を完全に融合させるために作られた」
「だが、完全ではなかった」
次に。
**第一号**
「第一号は、蓮の魂から切り離した適合核を使った」
第一号が画面を見る。
「だから俺は……」
「君は蓮の一部から生まれた」
研究者は淡々と答えた。
「だが、今の君はもう蓮の一部ではない」
第一号が顔を上げる。
研究者は続けた。
「君自身の魂を持っている」
第一号はしばらく黙っていた。
そして。
「……それならいい」
小さく笑った。
次に。
**第二号**
**第三号**
**第四号**
次々と記録が流れる。
蓮は画面を見つめる。
誰もが。
自分を完成させるための部品として作られていた。
「最低だな」
零が呟く。
研究者は否定しなかった。
「その通りだ」
映像が最後の記録へ切り替わる。
日付は十年前。
そこには。
巨大な黒い球体が映っていた。
「これが……」
蓮が呟く。
「第一妖魂だ」
研究者が答える。
「私たちは、ついに妖魂の中心へ触れた」
「そして」
画面が激しく揺れる。
警報。
研究員たちの悲鳴。
黒い光。
「扉が開いた」
研究者の声が震える。
「こちら側と、あちら側が繋がった」
画面の中で。
無数の妖魂が研究施設へ流れ込む。
その直後。
日本各地で妖気反応が発生している。
「これが……妖異災害」
「そうだ」
研究者は目を閉じる。
「私たちは扉を閉じようとした」
「でも、間に合わなかった」
蓮が尋ねる。
「その時、俺は何をしていた?」
研究者は画面を切り替える。
幼い蓮が映る。
少年は泣きながら。
装置の前に立っている。
「零を助けて」
幼い蓮が言っている。
「兄ちゃんを助けて」
研究者が答える。
『君の魂を使えば、零を救える』
蓮の顔が固まる。
「……嘘だったんだな」
「ああ」
研究者は認めた。
「零を救う方法などなかった」
「私は君の魂を研究したかった」
「だから嘘をついた」
零が拳を握る。
「俺のために……」
蓮は兄を見る。
「兄さんのせいじゃない」
「俺が勝手に信じただけだ」
「違う」
零は首を振った。
「子供だったんだ」
「俺たちは、まだ何も知らなかった」
蓮は黙った。
研究者が続ける。
「そして私は、君の魂から適合核を切り離した」
「それが第一号になった」
「さらに別の魂を使って、第二号、第三号、第四号を作った」
「だが」
研究者は画面を見る。
「一つだけ、計画通りにならなかった」
蓮が顔を上げる。
「何が?」
「君自身だ」
研究者は蓮を見た。
「私は君を器にするつもりだった」
「妖魂を吸収し続ける、人間と妖怪の完成体に」
「だが君は」
「妖魂を吸収するだけではなく、守り始めた」
蓮は自分の手を見る。
「妖魂保護……」
「あれは、研究では確認されていない能力だった」
研究者は苦笑する。
「君自身が、私たちの計画を壊したんだ」
その言葉を聞いた瞬間。
第一号が笑った。
「なるほどな」
第三号も頷く。
「だから、蓮だけは予測できなかった」
第四号が拳を握る。
「俺たちが部品じゃなくなったのも、そのせいか」
第二号が蓮を見る。
「蓮が私たちを守ったから」
零号も。
空も。
蓮の隣に立った。
研究者は静かに言う。
「君は十年前から変わっていない」
「何?」
「誰かを助けようとする」
「自分が傷ついても」
「誰かを置いていかない」
蓮は研究者を見る。
「だったら」
「なぜ今まで止めなかった?」
研究者は答えなかった。
長い沈黙の後。
「怖かったんだ」
その一言に。
蓮たちは黙った。
「自分が間違っていたと認めるのが」
研究者は俯く。
「十年間」
「私は研究を続ければ、いつかすべてを取り戻せると思っていた」
「君の魂も」
「零の人生も」
「失われた命も」
「だが」
男は顔を上げる。
「取り戻そうとするほど」
「私は多くのものを壊していった」
蓮は何も言わない。
研究者は最後に。
一枚の古い記録を端末へ表示した。
そこには。
十年前の実験記録の最後に。
一行だけ文字が残っていた。
【実験対象・神谷蓮】
【適合率――測定不能】
蓮の目が見開かれる。
「……測定不能?」
研究者が頷く。
「当時の君の適合率は」
「23%ではなかった」
「最初から、測定そのものができなかった」
蓮の胸の奥で。
魂環が微かに輝いた。
そして。
第一号たちの魂も。
同時に反応する。
研究者が呟いた。
「君の本当の能力は」
「妖魂を拾うことではない」
蓮は黙って男を見る。
研究者は。
静かに告げた。
「魂と魂を繋ぐことだ」
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画面が暗くなる。
十年前の記録は。
そこで終わっていた。
蓮はしばらく動かなかった。
そして。
ゆっくりと刀を鞘へ戻した。
「……もういい」
研究者が顔を上げる。
「え?」
「十年前のことは分かった」
蓮は仲間たちを見る。
第一号。
第二号。
第三号。
第四号。
零号。
空。
そして。
兄の零。
「これからどうするかは」
蓮は前を向いた。
「俺たちで決める」
研究者は目を閉じた。
「……そうか」
その顔には。
初めて。
安堵のような表情が浮かんでいた。




