第42話 十年前の扉
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**東京都北区・旧研究センター跡**
**午後十一時四十七分**
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地上へ出た蓮は、夜空を見上げた。
そこには、巨大な黒い亀裂が走っていた。
まるで空そのものが割れたように、亀裂の向こうから濃密な妖気が流れ込んでいる。
「……始まった」
零が呟いた。
政府職員が端末を確認する。
「妖気反応、急激に上昇しています!」
「都内全域で反応を確認!」
蓮は黙って空を見つめた。
十年前。
同じことが起きた。
あの日を境に、日本中へ妖怪が現れた。
人々の生活は変わり、政府は妖怪討伐士制度を整えた。
そして、勇者と呼ばれる者たちが生まれた。
その一方で。
蓮は「妖怪拾い」という職業を与えられた。
「蓮」
第一号が声をかける。
「どうする?」
蓮は亀裂を見上げた。
「まず、あれを閉じる」
「方法は?」
「まだ分からない」
第一号が苦笑する。
「相変わらず、行き当たりばったりだな」
「仕方ないだろ」
蓮も小さく笑った。
その横に、第二号が並ぶ。
「私も手伝う」
第三号も頷いた。
「僕もいる」
第四号は拳を握る。
「俺も戦える」
零号も蓮の隣に立った。
最後に空が蓮の服を握る。
「僕も……」
蓮は空を見る。
「もちろんだ」
零が刀を抜いた。
「兄貴。俺も忘れるなよ」
蓮は兄を見る。
「分かってる」
八人が、空を見上げた。
その時だった。
「――来る!」
政府職員の声と同時に、巨大な妖怪が夜空から落下した。
ドォォォン!
道路が陥没し、近くの車が吹き飛ばされる。
「Aランク相当です!」
蓮は刀を抜いた。
「行くぞ!」
最初に飛び出したのは第一号だった。
「任せろ!」
拳が妖怪の身体へ叩き込まれる。
ドンッ!
巨体がよろめいた。
そこへ第二号が両手を広げる。
「守る」
淡い光の障壁が展開され、妖怪の反撃を受け止めた。
第三号が妖気の流れを読む。
「右だ!」
第四号が駆ける。
「任せろ!」
拳が妖怪の腹部へ突き刺さる。
その隙に、蓮が踏み込んだ。
鬼腕。
風刃。
金剛体。
そして魂鎧。
これまで手に入れてきた力が、一つにつながっていく。
「これが――」
蓮は刀を振り抜いた。
「俺たちの力だ!」
ズバァァン!
妖怪の身体が大きく裂ける。
飛び出した妖魂へ、蓮は手を伸ばした。
「妖魂保護」
光が魂を包み込む。
苦しんでいた妖魂が、静かに落ち着いていく。
《保護成功》
蓮は空を見上げた。
戦いが終わっても、黒い亀裂は消えていない。
むしろ、その向こうからさらに大量の妖気が流れ込んでいた。
「蓮さん!」
政府職員が叫ぶ。
「このままでは、次々に妖怪が出現します!」
「分かってる」
蓮は刀を収めた。
そして、亀裂へ向かって手を伸ばす。
「なら、元から断つ」
魂域を展開する。
《魂域――完全展開》
光が街へ広がっていく。
一キロ。
五キロ。
十キロ。
その範囲が広がるほど、蓮の身体に負担がかかる。
《警告》
《魂域範囲――限界突破》
鼻から血が流れた。
「蓮!」
零が叫ぶ。
「無理するな!」
「まだ大丈夫だ」
蓮は拭った血を見てから、再び空へ視線を戻す。
その時。
魂域の中に、七つの光が浮かび上がった。
第一号。
第二号。
第三号。
第四号。
零。
零号。
そして空。
さらに。
その中心に蓮自身の魂が重なる。
《魂域――共鳴》
《新能力を確認》
《――魂環》
「魂環……」
蓮が呟く。
第一号が笑った。
「俺たちの力を繋ぐ能力らしいな」
「そうみたいだ」
魂環から伸びた光が、黒い亀裂へ届く。
亀裂が少しずつ閉じていく。
「反応が下がっています!」
政府職員が端末を確認する。
「このままなら閉じられます!」
その直後だった。
亀裂の奥から、巨大な手が現れた。
ズズズズズ……。
空を掴むように伸びてくる。
全員が身構えた。
「……まだいるのか」
第一号が呟く。
すると。
亀裂の向こうから、人間の声が響いた。
『帰して』
蓮は目を凝らす。
「誰だ?」
『僕たちを』
『帰して』
その声とともに、無数の魂が姿を現した。
蓮は息を呑む。
妖怪ではない。
十年前。
人間の実験によって、こちら側へ引きずり込まれた魂たちだ。
「……そういうことか」
研究者が語った言葉が蘇る。
――妖怪は突然現れたわけではない。
――人間が扉を開けた。
蓮は亀裂の向こうを見つめる。
「閉じるだけじゃ駄目だ」
零が尋ねる。
「どうする?」
「帰す」
蓮は迷わず答えた。
「ここへ来てしまった魂を、元の場所へ」
第一号が笑う。
「また簡単に言ってくれる」
「でも、やるんだろ?」
「もちろん」
魂環が強く輝いた。
亀裂の向こうへ光が伸びる。
一つ。
また一つ。
黒い妖気が消えていく。
その奥から、かすかな声が届いた。
『ありがとう』
蓮は静かに目を閉じた。
「……こちらこそ」
光がさらに広がる。
十年前。
人間が開けた扉が。
今度は、人間の手によって閉じていく。
最後の魂が光へ変わった。
そして。
夜空から黒い亀裂が消える。
静かな夜が戻った。
政府職員が空を見上げる。
「……これで終わったんですか?」
蓮は首を横に振った。
「まだだ」
「え?」
蓮が振り返る。
そこには研究者が立っていた。
妖魂を失った男は、もう普通の人間にしか見えない。
研究者は蓮を見つめる。
「そうだ」
「まだ終わっていない」
男はゆっくり息を吐いた。
「最後に一つだけ、君に伝えなければならないことがある」
蓮は黙って待つ。
研究者は深く頭を下げた。
「すまなかった」
「神谷蓮」
「そして――神谷零」
二人の兄弟が、研究者を見つめる。
十年間。
止まっていた時間が。
ようやく動き始めた。




