第41話 最初の妖魂
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**東京都北区・旧妖異対策研究センター**
**地下最深部・さらに奥**
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巨大な扉が開いた。
ギギギギ……。
錆びついた金属が軋む音が、地下空間に響き渡る。
その向こうから。
冷たい風が吹いてきた。
いや。
風ではない。
妖気だった。
濃密な妖気が、地下室いっぱいに流れ込んでくる。
蓮は刀を構えた。
「……来る」
隣では零が拳を握っている。
第一号も身構えた。
第二号、第三号、第四号。
そして零号。
全員が扉の向こうを見つめている。
小さな空だけが、蓮の服を握っていた。
「蓮……」
「大丈夫だ」
蓮は空を見る。
「一緒に行こう」
空は小さく頷いた。
一歩。
蓮が扉を越える。
その瞬間だった。
――世界が変わった。
地下施設の中に存在していたはずなのに。
そこには。
巨大な空間が広がっていた。
天井は見えない。
壁も見えない。
ただ。
中央に巨大な黒い球体が浮かんでいる。
直径は数十メートル。
無数の妖魂が、その周囲を渦巻いていた。
「……あれが」
第三号が呟く。
「第一妖魂」
研究者が後ろから答えた。
「そうだ」
「十年前から、ずっとここにある」
蓮は黒い球体を見る。
胸の奥が痛んだ。
なぜか。
あの球体を知っている。
「……見たことがある」
零が蓮を見る。
「覚えているのか?」
「分からない」
蓮は目を閉じる。
すると。
また記憶が流れ込んできた。
十年前。
まだ十一歳だった蓮。
白い研究室。
その中央に。
今と同じ黒い球体があった。
そして。
その前に立つ研究者。
『蓮』
『これが妖怪だ』
幼い蓮が尋ねている。
『妖怪って、悪いものなの?』
研究者は答えた。
『そうとは限らない』
『妖怪も、生きている』
幼い蓮は黒い球体へ近づく。
『じゃあ、助けられる?』
『ああ』
研究者は笑った。
『君ならできる』
記憶が途切れる。
蓮は目を開いた。
「……そうだった」
研究者が黙っている。
「俺は」
蓮はゆっくりと言葉を続けた。
「妖怪を倒すために、ここに来たんじゃなかった」
零が聞く。
「じゃあ、何のために?」
「助けるためだ」
研究者の顔が歪む。
「そうだ」
「君は優しかった」
「だから私は、その優しさを利用した」
黒い球体が脈打った。
ドクン。
空気が震える。
そして。
球体の中から。
声がした。
『……たすけて』
蓮が顔を上げる。
「人間……?」
声は幼かった。
少年とも。
少女とも判別できない。
ただ。
ひどく苦しそうだった。
『……ずっと』
『ずっと、ここにいる』
蓮は黒い球体へ歩き出す。
研究者が止める。
「触れるな!」
蓮は振り返った。
「なぜ?」
「それは第一妖魂だ」
「触れれば、君の魂が食われる」
「それでも行く」
「君まで失えば、すべてが終わる!」
蓮は静かに答えた。
「終わらせるんだ」
研究者が息を呑む。
「十年前から続いていることを」
蓮は球体へ近づく。
魂域を展開する。
《魂域――完全展開》
黒い球体の内部が見える。
無数の妖魂。
その中心に。
一つだけ。
人間の魂があった。
しかも。
それは妖魂に食われているのではない。
逆だった。
人間の魂が。
無数の妖魂を抱えている。
「……この人が」
第一号が呟く。
「妖魂を……守っている?」
第三号も驚く。
「違う」
蓮は首を振る。
「守っているんじゃない」
「一緒に苦しんでいるんだ」
その言葉に。
黒い球体が大きく震えた。
『……やっと』
『見つけた』
蓮の胸の奥。
適合核が強く反応する。
29%。
30%。
数値が一気に上がる。
「蓮!」
零が叫ぶ。
だが。
蓮は動かなかった。
黒い球体へ手を伸ばす。
「大丈夫」
「もう拾うだけじゃない」
「一緒に出よう」
手が触れた。
その瞬間。
巨大な光が地下空間を覆った。
――十年前の記憶。
すべてが流れ込んでくる。
最初の実験。
研究者たちが妖魂を発見した日。
人間の魂と妖魂を融合させようとしたこと。
そして。
実験が失敗したこと。
妖魂が研究施設から溢れ出したこと。
それが。
十年前の妖異災害だった。
蓮は息を呑んだ。
「……違う」
零が見る。
「何が?」
蓮は震える声で言った。
「妖怪が突然現れたんじゃない」
「人間が……扉を開けたんだ」
研究者が俯く。
「そうだ」
「私たちが始めた」
「そして私は、その責任を取ろうとした」
蓮が振り返る。
「責任?」
「十年間、人間を実験台にして?」
研究者は答えられない。
蓮は黒い球体を見る。
「違う」
「責任を取るっていうのは」
「過去をなかったことにすることじゃない」
蓮は手を握った。
「終わらせることだ」
その瞬間。
黒い球体に亀裂が走った。
バキッ。
研究者が叫ぶ。
「駄目だ!」
「第一妖魂が解放される!」
亀裂が広がる。
そして。
黒い球体が砕け散った。
――ドォォォォン!
無数の妖魂が飛び出す。
蓮は両手を広げた。
「魂域!」
光が広がる。
逃げ出した妖魂を、一つずつ包み込んでいく。
研究者が呆然と見つめる。
「……そんな」
「第一妖魂まで……」
蓮の前に。
一人の少年が立っていた。
黒い髪。
白い服。
年齢は分からない。
けれど。
その顔を見た瞬間。
蓮は言葉を失った。
少年の顔は。
蓮と同じだった。
第一号とも。
零号とも。
少しずつ違う。
それでも。
確かに。
神谷家の顔だった。
少年が蓮を見る。
「……蓮」
蓮はゆっくり頷く。
「お前は……誰だ?」
少年は微笑んだ。
「僕は」
「最初に、君を拾った者だ」
研究者が震える。
「第一妖魂……」
少年は研究者を見る。
「違う」
「僕は妖怪じゃない」
そして。
蓮を見る。
「僕は――」
その瞬間。
地下施設全体が崩れ始めた。
「蓮!」
零が叫ぶ。
天井から巨大な瓦礫が落下する。
蓮は少年の手を掴んだ。
「話は後だ!」
「みんな、逃げるぞ!」
第一号が叫ぶ。
「どこへ?」
蓮は上を指差した。
「地上だ!」
「十年前に始まったなら」
蓮は走り出す。
「十年ぶりに、終わらせる!」
全員が蓮の後を追う。
その背後で。
研究者だけが立ち尽くしていた。
崩壊する研究施設。
その中で。
男は小さく呟いた。
「……そうか」
「君なら……」
「本当に、全部を救えるのかもしれないな」
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地上。
東京都の夜空に。
巨大な黒い亀裂が走った。
十年前。
妖異災害が始まった場所。
その空が。
再び開こうとしていた。
蓮は空を見上げる。
そして。
静かに刀を握り直した。
「……終わらせよう」
「今度こそ」




