第40話 忘れていた記憶
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**東京都北区・旧妖異対策研究センター**
**地下最深部・第零号実験室**
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『……蓮』
黒い魂の中から、少年の声が響いた。
蓮は立ち尽くしていた。
その声を聞いた瞬間。
胸の奥が締めつけられる。
知らない声のはずなのに。
知らない人間のはずなのに。
なぜか。
懐かしい。
「……誰だ」
蓮が呟く。
研究者は笑った。
「思い出せないか」
「無理もない」
「君の記憶から消したのだから」
零が一歩前へ出る。
「待て」
研究者を見る。
「俺はそんな奴を知らない」
「君も知らないさ」
研究者は淡々と答えた。
「彼は存在した人間ではない」
「……何?」
「正確には」
研究者の手の中で、黒い魂が脈打つ。
「神谷蓮から切り離された、もう一つの魂だ」
蓮の目が見開かれた。
第一号が息を呑む。
「また……俺たちと同じなのか」
「違う」
研究者は首を横に振った。
「第一号は適合核」
「第二号は保護のための魂」
「第三号は補完」
「第四号は器」
「零号は、人間と妖魂を融合させるための最初の実験体」
そして。
黒い魂を見る。
「こいつは、そのすべてが始まる前に存在した」
蓮の頭に。
突然、映像が流れ込んだ。
白い部屋。
幼い自分。
そして。
もう一人の少年。
少年は蓮より少し年上だった。
「蓮」
少年が笑っている。
『怖くないよ』
『俺が一緒にいるから』
蓮は頭を押さえた。
「……やめろ」
「蓮?」
「やめろ!」
頭の中が割れるように痛む。
零が駆け寄る。
「蓮!」
「兄さん……」
零の声を聞いた瞬間。
記憶がさらに鮮明になった。
幼い蓮。
零。
そして。
知らない少年。
三人で手をつないでいる。
けれど。
その少年の顔だけが。
黒く塗り潰されていた。
「……俺たち、三人だったのか?」
零の顔が青ざめる。
「違う」
「俺の記憶にも……そんな奴はいない」
研究者が静かに笑う。
「それが記憶操作だ」
「君たち兄弟が三人だったわけではない」
「最初から、二人だったわけでもない」
蓮が顔を上げる。
「じゃあ、こいつは何なんだ」
研究者は答えた。
「君が十一歳だったあの日」
「私は君の魂を調べた」
「そして分かった」
「君の魂には、最初から余分な部分があった」
第一号が口を開く。
「余分な部分……?」
「そうだ」
研究者の目が細くなる。
「それは人格ではなかった」
「記憶でもない」
「もっと原始的なものだ」
「生きたいという意思」
「守りたいという意思」
「そして――誰かを救いたいという意思」
蓮は黙って聞いていた。
研究者が続ける。
「私はそれを切り離した」
「そして妖魂を与えた」
「その結果、生まれたのが第一号だ」
第一号の表情が変わる。
「……俺が?」
「そうだ」
第一号が自分の手を見る。
「じゃあ、俺は……」
「蓮の兄弟ではない」
研究者は言った。
「君は蓮から生まれた」
第一号が息を呑む。
蓮は彼を見る。
そして。
ゆっくり首を横に振った。
「違う」
研究者が眉をひそめる。
「何が違う?」
「お前の言い方だ」
蓮は第一号を見る。
「こいつは俺から生まれたのかもしれない」
「でも」
「こいつが何者なのかを決めるのは、お前じゃない」
第一号の目が揺れる。
蓮は続けた。
「俺もそうだった」
「妖怪拾いだから役立たず」
「勇者パーティに必要ない」
「妖魂を吸収する器」
「全部、誰かが勝手に決めた」
蓮は刀を握る。
「でも俺は、俺だ」
第一号が小さく笑った。
「……そうだな」
その瞬間。
黒い魂から、少年の声が再び響いた。
『蓮』
蓮は黒い魂を見る。
『僕も……俺なんだ』
「……そうだな」
『怖い』
「分かる」
『一人だった』
「もう一人じゃない」
蓮が手を伸ばす。
研究者が叫んだ。
「触れるな!」
蓮の手が黒い魂に触れた。
その瞬間。
巨大な衝撃が地下施設を揺らした。
ドォォォン!
「蓮!」
零が叫ぶ。
研究者が後退する。
「なぜだ……!」
黒い魂が蓮の身体へ流れ込む。
けれど。
吸収ではない。
魂域が包み込む。
《妖魂保護――発動》
《対象――未登録魂》
《保護しますか?》
蓮は迷わず答えた。
「する」
《保護を開始します》
黒い魂が光に変わる。
その中から。
少年の姿が現れた。
十歳にも満たないような、小さな姿だった。
黒い髪。
蓮によく似た顔。
けれど。
どこか違う。
少年は蓮を見上げた。
「……名前」
蓮はしゃがみ込む。
「名前が欲しいのか?」
少年は頷いた。
蓮は少し考えて。
笑った。
「自分で決めればいい」
「俺が決める必要はない」
少年は黙って考える。
やがて。
小さな声で答えた。
「……空」
「空?」
「ずっと、暗かったから」
少年は天井を見る。
「いつか……明るいところに行きたい」
蓮は頷いた。
「いい名前だ」
「今日から、お前は空だ」
少年――空が微笑んだ。
その瞬間。
研究者の身体が大きく揺れた。
「そんな……」
研究者は自分の胸を見る。
そこにあった大量の妖魂が。
次々と抜け落ちていく。
「私の中の魂が……!」
第三号が言った。
「研究者の身体を維持していた魂まで離れている」
第四号も続く。
「もう戦えない」
研究者が膝をついた。
「私は……」
「私はただ……」
その顔に。
初めて恐怖が浮かんだ。
「君を救おうとしただけだ」
蓮は静かに答える。
「違う」
「救うっていうのは」
蓮は研究者を見る。
「相手の意思を奪うことじゃない」
「俺たちが選ぶ」
「どう生きるか」
「誰と生きるか」
「それを決めるのは、俺たち自身だ」
研究者の顔が歪む。
「……ならば」
男は最後に残った力を振り絞った。
「君たち全員を消してでも――」
その瞬間。
研究施設全体に警報が鳴り響いた。
《警告》
《第一妖魂――暴走開始》
蓮の顔から笑みが消える。
「……第一妖魂?」
研究者も顔を上げた。
そして。
地下最深部のさらに奥。
これまで閉ざされていた巨大な扉が。
ゆっくりと開き始めた。
その向こうから。
十年前。
日本中を妖異災害へ巻き込んだ。
巨大な妖気が溢れ出す。
零が呟く。
「……これが」
第一号も立ち上がる。
「全部の始まりか」
蓮は刀を構えた。
魂域の中で。
六つの魂が輝く。
そして新たに。
空の小さな魂が、その輪の中へ加わった。
蓮は前を見る。
「行こう」
「もう、誰も捨てない」
巨大な扉の向こうから。
何かが目を開いた。
その瞳は。
人間のものだった。




