第39話 六つの魂
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**東京都北区・旧妖異対策研究センター**
**地下最深部・第零号実験室**
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蓮が踏み込んだ。
床が砕ける。
「うおおおおっ!」
研究者の身体から伸びた巨大な腕が振り下ろされる。
蓮は横へ跳んだ。
ドンッ!
床が大きく陥没した。
「速い……!」
政府職員が息を呑む。
研究者の身体は、もはや人間のものではなかった。
黒い妖魂が全身を覆い、腕は四本。
背中からは無数の触手が伸びている。
「これが……研究者の本当の姿」
第一号が呟く。
「違う」
第三号が答える。
「これは姿じゃない」
「何?」
「中にいる妖魂全部を、一気に表へ出している」
研究者が笑った。
「その通りだ」
四本の腕が一斉に振り下ろされる。
蓮は刀で受けた。
ガキィン!
「ぐっ……!」
重い。
これまで戦ってきたどの妖怪よりも強い。
蓮の足が床へ沈む。
「蓮!」
第一号が叫ぶ。
蓮は歯を食いしばった。
「大丈夫!」
魂鎧が輝く。
その瞬間。
身体が軽くなった。
第一号の魂から力が流れ込む。
《魂鎧――第一号》
《能力補助――適合率上昇》
蓮の動きが変わった。
巨大な腕を受け流す。
さらに。
第二号の魂が光る。
《魂鎧――第二号》
防御力が上昇する。
「これが……魂鎧」
蓮は驚いた。
吸収していない。
それなのに。
確かに力を借りられている。
第二号が笑う。
「私たちが、あなたを守る」
「ありがとう」
蓮が踏み込む。
鬼腕を発動。
刀を握る右腕が一気に膨れ上がる。
「おおおっ!」
ズバァン!
研究者の腕を斬り裂いた。
黒い妖魂が大量に飛び散る。
しかし。
すぐに再生する。
研究者が笑った。
「無駄だ」
「私の中には、十年間集め続けた妖魂がある」
「一つ壊しても、いくらでも補充できる」
蓮は研究者を見る。
「だったら全部、助ける」
「何?」
蓮の周囲に魂が集まる。
第三号が妖魂を制御する。
「左!」
蓮が振り向く。
巨大な腕が迫っていた。
風刃。
ズバッ!
腕が切断される。
「右!」
今度は背後。
伸縮。
蓮の身体が大きくしなり、攻撃をかわす。
「上!」
第四号が叫ぶ。
蓮は跳んだ。
その頭上を黒い触手が通り過ぎる。
そして。
金剛体。
身体を固めたまま着地する。
ドンッ!
「まだ終わらない!」
蓮が走る。
研究者が腕を振るう。
蓮は拳を叩き込んだ。
鬼腕。
金剛体。
魂鎧。
三つの力が重なる。
ドゴォン!
研究者の身体が吹き飛んだ。
壁を何枚も突き破る。
「やった!」
政府職員が声を上げる。
しかし。
瓦礫の中から。
研究者が立ち上がった。
「……素晴らしい」
口元から黒い血が流れている。
「まさか、ここまで使いこなすとは」
蓮は息を整える。
「お前の妖魂を全部助ける」
「できるものならやってみろ」
研究者が両手を広げる。
地下室全体の妖魂が動き始めた。
数百。
数千。
無数の魂が蓮へ向かって飛んでくる。
「蓮!」
零が叫ぶ。
「魂域を広げろ!」
蓮は目を閉じる。
「……分かってる」
妖気感知。
妖魂解析。
そして。
魂域。
すべてを同時に展開する。
世界が変わった。
無数の妖魂が。
一つ一つ。
蓮にはっきり見える。
鬼。
狐。
蛇。
鳥。
虫。
名前すらない小さな妖怪。
そして。
人間の魂。
「……こんなに」
蓮は息を呑んだ。
「こんなに苦しんでいたのか」
妖魂の中には。
怒りも。
憎しみも。
恐怖もある。
けれど。
その奥には。
生きたいという意思があった。
蓮は手を伸ばした。
「もう大丈夫だ」
魂域が広がる。
《魂域――範囲拡大》
黒い魂が次々と光へ変わる。
研究者が叫んだ。
「やめろ!」
蓮は止まらない。
「お前は、こいつらをずっと利用してきた」
「でも」
「俺は違う」
「俺は妖怪拾いだ」
「だから」
蓮の手のひらに光が集まる。
「拾った魂は、最後まで俺が守る!」
その瞬間。
研究者の身体から大量の妖魂が抜けていった。
「ぐっ……!」
男が膝をつく。
「私の……妖魂が……」
第一号が驚く。
「蓮が直接、奪っているわけじゃない」
第三号も理解する。
「研究者の中から、魂だけを救い出してる」
第二号が微笑む。
「それが、魂域なんだ」
蓮の周囲に無数の光が集まる。
一つ。
二つ。
十。
百。
それ以上。
《保護対象――増加》
《魂域――安定》
《妖魂保護――強化》
蓮の適合率が表示される。
**28%**
そして。
**29%**
「また……」
政府職員が端末を見る。
「29%になった」
蓮自身も驚いた。
強くなる。
それは確かに実感できる。
けれど。
今までとは違う。
妖魂を奪っていない。
誰かを犠牲にしていない。
それなのに。
自分は強くなっている。
「……これが」
蓮は自分の手を見る。
「俺の力なのか」
研究者が苦しそうに立ち上がる。
「違う」
「これは……私が作ろうとしていたものだ」
「お前が作ったんじゃない」
蓮は答えた。
「俺たちが選んだんだ」
研究者の顔が歪む。
「……ならば」
男の胸に。
最後に一つだけ黒い魂が残った。
その魂を見た瞬間。
蓮の表情が変わる。
「……あれは」
零も気づいた。
「蓮」
研究者がその魂を掴む。
「これだけは渡さない」
「それは……何?」
研究者は笑った。
「君の始まりだ」
蓮の胸の奥で。
適合核が激しく震える。
第一号が顔を上げた。
「……まさか」
第二号の少女も。
第三号も。
第四号も。
同時に黒い魂を見る。
そこには。
幼い蓮の記憶があった。
そして。
その隣にいた。
もう一人の少年。
零ではない。
第一号でもない。
第三号でもない。
誰も知らない少年。
研究者が言う。
「十年前」
「君が逃げる直前」
「最後に作られた存在だ」
蓮の顔から血の気が引いた。
「……誰なんだ」
研究者は答える。
「君が忘れている」
「もう一人の兄弟だ」
地下室が静まり返る。
そして。
黒い魂の中から。
少年の声が響いた。
『……蓮』
『やっと、見つけた』
蓮は動けなかった。
研究者が笑う。
「さあ」
「最後の魂を拾え」
「君自身の過去を取り戻すためにな」




