第37話 「拾」の扉
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**東京都北区・旧妖異対策研究センター**
**地下最深部**
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「拾」と刻まれた扉が、ゆっくりと開いていく。
ゴゴゴゴゴ……。
その向こうから流れてきたのは、冷たい風だった。
蓮は刀を構えたまま、扉の先を見つめる。
「……何がある」
研究者は答えない。
ただ、自分の胸から溢れ出している黒い妖魂を見つめている。
その数は増え続けていた。
第一号が警戒する。
「こいつ……自分の中に、どれだけの妖魂を入れていたんだ」
第三号も顔をしかめる。
「数えられない」
第四号が拳を握る。
「俺の中にいた魂より多い」
第二号の少女は、研究者を見つめていた。
「……この人」
「ずっと、私たちの魂を集めていたんだ」
零が低い声で言う。
「違う」
全員が零を見る。
「こいつは、集めていたんじゃない」
零は研究者を睨む。
「俺たちが実験で失った妖魂を、ずっと自分の中に保存していたんだ」
研究者が静かに頷く。
「よく分かったな」
零の表情が険しくなる。
「十年前にも見た」
「お前は実験が失敗するたび、妖魂を自分の身体へ移していた」
「……そうだ」
研究者は認めた。
「捨てることができなかった」
蓮が眉を寄せる。
「だったら、なぜ今まで返さなかった?」
「返せなかった」
研究者は蓮を見る。
「受け皿がなかったからだ」
「そして今」
研究者の目が蓮へ向く。
「君がいる」
蓮の胸の奥で、適合核が震えた。
《魂域――反応》
《未知の妖魂との接続を確認》
蓮は一歩後退する。
「……嫌な感じがする」
少女が蓮の隣へ来る。
「私も」
その瞬間。
少女の身体から黒い光が伸びた。
蓮の胸へ吸い込まれる。
「っ……!」
激しい痛み。
頭の中に、また映像が浮かんだ。
白い部屋。
十年前。
幼い蓮。
そして。
その前に立つ研究者。
『神谷蓮』
『君には特別な適合核がある』
幼い蓮は怯えている。
『適合核って何?』
研究者が答える。
『妖魂と人間をつなぐものだ』
『君だけが持っている』
幼い蓮の隣には零がいた。
『帰ろう、蓮』
零が手を伸ばす。
研究者が首を振る。
『まだ帰れない』
『この子には役目がある』
零が怒鳴る。
『蓮は物じゃない!』
映像の中で。
幼い蓮が零の手を握った。
『兄ちゃん』
『俺、やるよ』
零が振り返る。
『蓮……?』
『これが終われば、兄ちゃんも帰れるんでしょ?』
零の顔が歪む。
『違う!』
『そんな約束、信じるな!』
けれど。
幼い蓮は研究者を見る。
『俺が頑張ればいい?』
研究者は答えた。
『そうだ』
蓮の目から涙が落ちる。
『じゃあ、やる』
そこで映像が途切れた。
「……俺」
現在の蓮は、息を荒くしていた。
零が心配そうに見る。
「蓮、大丈夫か?」
「……思い出した」
「何を?」
蓮は拳を握った。
「俺は、自分から実験を受けたんじゃない」
「……」
「兄さんを助けられると思ったから」
零は何も言えなかった。
蓮は続ける。
「俺が実験を受ければ、兄さんを帰してくれるって」
零が俯く。
「……そうだ」
「でも」
零の声が震えた。
「俺は、あいつを信じなかった」
「お前だけでも逃がそうとした」
「だから……」
蓮が零を見る。
「兄さんは俺を逃がした」
零は頷いた。
「その後、俺は捕まった」
「何度も実験された」
「お前を探したけど……見つからなかった」
蓮は黙っていた。
十年前。
自分は兄を助けようとした。
兄は自分を助けようとした。
そして。
二人とも研究者に利用された。
蓮は研究者を見る。
「……お前は最初から、俺たちを騙していた」
研究者は否定しなかった。
「そうだ」
「兄さんを返すつもりなんてなかった」
「なかった」
蓮の目に怒りが宿る。
「だったら、何のために?」
研究者は「拾」の扉を見る。
「君の適合核を完成させるためだ」
「十年前の実験で、それだけは成功した」
「だが」
研究者は自分の胸に手を当てる。
「適合核は君の身体から分離した瞬間、不安定になった」
「だから分けた」
「第一号」
「第二号」
「第三号」
「第四号」
「そして最後の一つを残した」
蓮が少女を見る。
「……この子?」
「そうだ」
少女が首を横に振る。
「私は、最後の一つじゃない」
研究者が少女を見る。
「まだ気づいていないのか」
少女の顔が曇る。
研究者は蓮へ視線を戻した。
「彼女は君の魂と最も深くつながっている」
「だから君と共鳴する」
「でも」
研究者の身体から、さらに妖魂が溢れ出す。
「彼女だけでは足りない」
「何が?」
研究者が笑った。
「君自身だ」
その瞬間。
研究者の胸から黒い光が爆発した。
ドンッ!
地下施設が大きく揺れる。
「全員、下がれ!」
蓮が叫ぶ。
無数の妖魂が研究者の身体から飛び出す。
しかし。
それらは蓮へ向かってこなかった。
すべてが「拾」の扉へ吸い込まれていく。
扉の奥から。
巨大な音が響いた。
ズン……。
ズン……。
まるで。
巨大な心臓が鼓動しているようだった。
第一号が青ざめる。
「……あの奥に何かいる」
第三号が答える。
「いや」
「いるんじゃない」
蓮を見る。
「生まれようとしている」
第四号が一歩前へ出る。
「何が?」
研究者が答えた。
「十年前に生まれなかったものだ」
蓮の背筋に悪寒が走った。
「生まれなかった?」
「そうだ」
研究者は笑う。
「最初の妖異災害は失敗だった」
「本来なら、あの時に一つの存在を完成させる予定だった」
「だが、君が逃げた」
零が叫ぶ。
「蓮は関係ない!」
「関係ある」
研究者が言い切る。
「君の弟が逃げたから、実験は未完成になった」
「だから十年間」
「私は待った」
「君が成長するのを」
蓮の胸が震える。
「……俺を育てるために?」
「そうだ」
「妖怪を倒させ」
「妖魂を拾わせ」
「能力を増やさせ」
「そして最後に」
研究者は蓮を指差す。
「すべての魂を受け入れられる器にする」
蓮は理解した。
今までの戦い。
鬼。
餓鬼。
河童。
大百足。
天狗。
鬼。
百目鬼。
人工妖怪。
すべて。
偶然ではなかった。
「……俺が妖怪を倒してきたことも」
「そうだ」
「俺が妖魂を拾ってきたことも」
「そうだ」
「全部、お前の計画だったのか」
研究者は答える。
「最初はな」
蓮の表情が変わる。
「最初は?」
「君が私の予想を超えた」
研究者は静かに言った。
「妖魂を吸収するだけではなく」
「守り始めた」
「仲間を作り始めた」
「そして」
研究者の視線が第一号たちへ向く。
「自分の魂から作られた存在すら、救おうとしている」
蓮は刀を握る。
「だったら」
「お前の計画は失敗だ」
研究者は笑った。
「そうかもしれない」
そして。
一歩、扉の奥へ入る。
「だから最後に、君自身に決めてもらう」
「何を?」
研究者が振り返る。
「世界を救うのか」
「それとも」
「君の仲間たちを救うのか」
蓮の目が見開かれる。
扉の奥から。
少女の声が聞こえた。
『れん……』
その声は。
目の前の少女のものではなかった。
さらに奥から。
もう一人の声が響く。
『……たすけて』
蓮は扉を見る。
その奥には。
まだ誰かがいる。
そして。
その声を聞いた瞬間。
蓮の胸の奥にある適合核が、これまでにないほど強く脈動した。




