第36話 黒い魂の少女
―――――――――――――
**東京都北区・旧妖異対策研究センター**
**地下最深部**
―――――――――――――
黒い魂の中から、一人の少女が現れた。
長い髪。
白い肌。
年齢は、十六歳ほどに見える。
裸足のまま、黒い光の中に立っている。
少女はゆっくりと目を開けた。
その瞳が、蓮を捉える。
「……蓮」
蓮は息を呑んだ。
「君は……誰だ?」
少女は答えなかった。
ただ、蓮を見つめている。
そして。
小さく笑った。
「やっと……会えた」
蓮の胸の奥で、適合核が強く震えた。
《特殊妖魂――共鳴》
《対象との魂同調率――上昇》
《適合率26%――変動》
「また適合率が……」
政府職員が端末を見る。
数値が変化していく。
26%。
27%。
28%。
「止まらない……!」
蓮は胸を押さえた。
熱い。
身体の奥に、何かが流れ込んでくる。
「蓮!」
零が駆け寄る。
その瞬間。
少女が零を見た。
「……零」
零の動きが止まった。
「俺を……知っているのか?」
少女は頷いた。
「知ってる」
「十年前から」
零の顔が強張る。
「十年前……?」
研究者が口を開いた。
「そうだ」
「彼女は十年前から、この場所にいた」
蓮が研究者を見る。
「第二号とは違うのか?」
研究者は首を横に振る。
「違う」
第二号の少女が一歩前へ出た。
「……じゃあ、この子は」
研究者は答える。
「第二号の『本体』だ」
全員が黙った。
「本体……?」
蓮が聞き返す。
研究者は少女を見る。
「第二号には二つの魂が存在する」
「一つは現在の彼女」
「もう一つが、ここに封じられていた」
第二号の少女が胸に手を当てる。
「だから私は……」
「ずっと何かが足りなかった」
少女が頷く。
「私の本当の魂は、ずっとここにあった」
「あなたは……私だった」
第二号の少女と黒い魂から出てきた少女。
二人はしばらく見つめ合った。
やがて。
黒い魂の少女が微笑んだ。
「でも、もう違う」
「私は私」
第二号も頷いた。
「うん」
蓮はそのやり取りを見ていた。
研究者は苛立ったように言う。
「そんなことはどうでもいい」
「重要なのは、彼女の魂が蓮の適合核と完全に連動することだ」
研究者が手を伸ばす。
「戻れ」
少女の身体が震えた。
「……嫌」
「戻れ」
「嫌!」
少女の声が地下施設に響く。
黒い妖気が爆発した。
ドンッ!
研究者の身体が吹き飛ばされる。
壁に叩きつけられた男は、ゆっくりと立ち上がった。
「……やはり」
その顔には笑みが浮かんでいた。
「完成している」
蓮が刀を構える。
「何を喜んでる?」
「君たちが、自分の意思で動き始めたことをだ」
研究者は両手を広げる。
「それこそが実験の最終段階だ」
「……最終段階?」
「そうだ」
研究者の声が低くなる。
「人間に妖魂を入れるだけでは、失敗する」
「妖魂を制御する人間を作るだけでも失敗する」
「必要だったのは――」
研究者が蓮を見る。
「人間と妖怪、そのどちらも自分の意思で選べる存在だ」
蓮は眉をひそめる。
「それが俺だと言いたいのか?」
「違う」
研究者は首を横に振った。
「君一人ではない」
「第一号」
「第二号」
「第三号」
「第四号」
「そして彼女」
研究者は全員を見渡す。
「君たち全員で、一つの完成形になる」
第一号が吐き捨てる。
「またそれか」
「俺たちは部品じゃない」
第三号も続く。
「何度言えば分かる」
第四号は拳を握った。
「俺は……俺だ」
研究者は静かに笑う。
「そうだ」
「それでいい」
蓮が違和感を覚えた。
「……何?」
研究者は蓮を見る。
「君たちが自分自身を選べるようになること」
「それこそが、私の研究の目的だった」
「だったら、なぜ俺たちを苦しめた?」
「必要だったからだ」
蓮の目が鋭くなる。
「その言葉は聞き飽きた」
研究者はしばらく黙っていた。
そして。
初めて疲れたような表情を見せた。
「……十年前」
「私は失敗した」
蓮は黙って聞く。
「最初の妖異災害で、数え切れない人間が死んだ」
「研究施設も崩壊した」
「私は研究を続けるしかなかった」
「なぜ?」
研究者は答えた。
「妖怪が人間を襲うからだ」
「妖怪を止める方法が必要だった」
「だから人間を妖怪に近づけた」
蓮は拳を握る。
「そのために、俺たちを使った」
「そうだ」
「兄さんを壊した」
「そうだ」
「俺の記憶まで奪った」
「……そうだ」
研究者は目を伏せた。
「私は、正しいと思っていた」
蓮は刀を握る。
「でも違った」
「違ったな」
研究者が認めた。
「だからこそ、最後に君へ託したい」
蓮は眉をひそめる。
「何を?」
研究者が地下の奥を見る。
そこには。
先ほどまでなかった巨大な扉があった。
扉の中央には。
「拾」
という文字。
その下に。
もう一つ。
「器」
という文字が刻まれている。
研究者は扉へ向かって歩き出した。
「この先に」
「十年前のすべてがある」
「最初の妖異災害を起こした理由も」
「君の魂を分けた理由も」
「私が十年間、何を待っていたのかも」
蓮が尋ねる。
「そして?」
研究者は振り返った。
「君が最後に拾うべき魂も」
蓮の胸の奥で。
適合核が再び震えた。
少女も同時に胸を押さえる。
そして。
二人の間に一本の黒い光が伸びた。
蓮は目を見開く。
「……つながってる」
少女が呟いた。
「ずっと」
研究者は扉の前に立つ。
「開けろ」
蓮は刀を下ろさない。
「お前は入らないのか?」
研究者は笑った。
「私はもう必要ない」
その言葉に。
零が反応した。
「……どういう意味だ?」
研究者は答えなかった。
ただ。
自分の胸に手を当てた。
そこから。
黒い亀裂が広がっていく。
「まさか……」
第一号が呟く。
研究者の身体から。
大量の妖魂が溢れ始めた。
「十年間」
「私は自分自身を器にしてきた」
「そして今」
研究者の身体が大きく揺れる。
「ようやく、全部を返す時が来た」
蓮が構える。
「誰に返す?」
研究者は笑った。
「君だ」
その瞬間。
地下施設全体に警報が鳴り響いた。
そして。
「拾」の扉が。
ゆっくりと開き始めた。




