第35話 最初の妖魂
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**東京都北区・旧妖異対策研究センター**
**地下最深部**
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照明が消えた。
完全な暗闇。
蓮は刀を構えたまま、動かなかった。
周囲から聞こえるのは、仲間たちの呼吸だけだった。
そして。
暗闇の中で、声が響く。
「……人間が、妖怪を呼び出した?」
零の声だった。
研究者は答えない。
代わりに、黒い魂がゆっくりと浮かび上がった。
その姿は、これまで蓮が拾ってきた妖魂とは違う。
妖怪の形をしていない。
鬼でもない。
天狗でもない。
百目鬼のような異形でもない。
ただ黒い。
巨大な黒い塊の中央に、赤い光が一つだけ浮かんでいる。
それが。
まるでこちらを見ていた。
「……あれは何だ」
第一号が呟く。
研究者が答える。
「名前はない」
「まだ、誰も名前を付けていないからな」
蓮は妖気感知を発動した。
瞬間。
頭の中に激しい痛みが走った。
「っ……!」
膝をつく。
「蓮!」
第二号が駆け寄る。
蓮は片手を上げて止めた。
「大丈夫……」
そう言ったものの。
視界が揺れている。
あの黒い魂から。
大量の情報が流れ込んできていた。
炎。
研究施設。
逃げ惑う人間。
そして。
空から降り注ぐ黒い光。
蓮の目に映像が流れ込む。
十年前。
まだ妖怪が公には存在していなかった頃。
研究者たちは地下施設で一つの実験を行っていた。
巨大な装置。
その中央に浮かぶ黒い球体。
『妖魂は死んだ妖怪から生まれる』
研究員が記録している。
『ならば、逆も可能なのではないか』
別の研究員が答える。
『妖魂から妖怪を生み出す?』
『違う』
研究者。
十年前の、あの男だった。
『人間の魂に妖魂を与える』
『その結果、何が起こるのかを確認する』
映像の中で。
一人の人間が装置へ入れられる。
その人物の顔は見えない。
けれど。
蓮には分かった。
「……兄さん?」
零が息を呑む。
「違う」
零が答えた。
「あれは俺じゃない」
映像が切り替わる。
別の人間。
また別の人間。
次々と実験が行われていく。
そして。
ある瞬間。
黒い魂が装置から漏れ出した。
『止めろ!』
『出力を下げろ!』
『間に合わない!』
研究員たちが逃げ出す。
黒い光が施設を包む。
地上へ。
地上へ。
地上へ。
黒い光が広がっていく。
蓮は目を見開いた。
「……これが」
研究者が答えた。
「最初の妖異災害だ」
映像が消えた。
地下へ静寂が戻る。
蓮は研究者を睨んだ。
「お前たちが……妖怪を生み出したのか」
「違う」
研究者は静かに首を横に振った。
「私たちは扉を開けただけだ」
「扉?」
「妖怪は最初から存在していた」
黒い魂が揺れる。
「この世界のどこかに」
「人間には見えない場所に」
「それを呼び寄せる方法を、私たちは見つけた」
蓮は拳を握る。
「だったら、閉じろ」
「それができない」
研究者は即答した。
「一度開いた扉は、完全には閉じられない」
「だから十年間、妖怪は増え続けた」
「そして私は、その解決方法を探してきた」
蓮が尋ねる。
「それが俺なのか?」
研究者は頷いた。
「そうだ」
「君の魂は、妖怪と人間の境界に存在する」
「妖魂を吸収するだけではない」
「保護することもできる」
「君なら、妖怪と人間の魂を一つの領域に共存させられる」
蓮は黙って聞いていた。
その横で。
第一号が口を開く。
「だから俺たちを作ったのか」
「そうだ」
第二号が続ける。
「私は魂を守るため」
「第一号は適合するため」
「第三号は不足した魂を補うため」
「第四号は、それらを全部収める器」
研究者が頷く。
「そして最後に」
男が蓮を見る。
「君自身が完成する」
蓮は首を横に振った。
「しない」
「……何?」
「俺は完成品になるつもりはない」
蓮は刀を下ろさない。
「俺は俺だ」
「第一号も」
「第二号も」
「第三号も」
「第四号も」
「兄さんも」
一人ずつを見る。
「誰かの部品じゃない」
第四号が目を伏せる。
第三号も黙っている。
第一号は。
小さく笑った。
「そう言うと思った」
研究者の顔から笑みが消えた。
「ならば、仕方がない」
男が黒い魂へ手を伸ばす。
「この魂だけでも回収する」
「待て!」
蓮が踏み込む。
その瞬間。
黒い魂が動いた。
ズンッ!
地下全体が揺れる。
壁から大量の黒い腕が生える。
「全員、下がれ!」
蓮が叫ぶ。
第一号が前に出る。
第二号が結界を張る。
第三号が妖魂を操る。
第四号も拳を構えた。
零は蓮の隣に立つ。
「来るぞ」
「分かってる」
黒い腕が一斉に襲いかかる。
蓮は刀を振るった。
斬撃が黒い腕を切り裂く。
しかし。
切ったはずの腕が再生する。
「くそっ……!」
第一号が腕を掴む。
「普通の妖怪とは違う!」
「魂そのものが本体だ!」
蓮は黒い魂を見る。
そして。
気づいた。
「……違う」
「何が?」
蓮は目を凝らす。
黒い魂の奥。
ほんの一瞬。
人間の魂が見えた。
「中に誰かいる」
研究者の表情が変わった。
「……見えるのか」
蓮は確信した。
「この魂は妖怪じゃない」
「人間だ」
研究者は答えなかった。
その沈黙が答えだった。
蓮は刀を握り直す。
「誰だ」
黒い魂の奥から。
声が聞こえた。
とても小さな。
子供の声。
『……れん』
蓮の身体が固まった。
『……たすけて』
その声を聞いた瞬間。
蓮の胸の奥にある適合核が強く震えた。
《特殊妖魂――共鳴》
《魂域――反応》
《対象魂を認識》
蓮の目が見開かれる。
「……この声」
零も聞こえたのか。
顔を青ざめさせた。
「蓮……」
蓮は黒い魂を見つめる。
そして。
その奥にいる存在へ向かって手を伸ばした。
「待ってろ」
「今、拾う」
研究者が叫ぶ。
「やめろ!」
蓮は振り返らない。
「もう決めた」
「俺は妖魂を拾う」
「誰かに命令されたからじゃない」
「そいつが助けを求めているからだ」
蓮の手から。
黒い光が広がっていく。
《魂域――展開》
地下最深部を。
蓮の光が包み込んだ。
研究者は初めて。
明確な恐怖を顔に浮かべた。
「……それだけは」
「それだけは、まだ完成させてはいけない」
蓮は答えた。
「だったら」
刀を構える。
「お前を倒してでも、助ける」
そして。
黒い魂の奥から。
一人の少女が姿を現した。




