第34話 俺が拾う魂
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**東京都北区・旧妖異対策研究センター**
**地下最深部**
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蓮は、迫ってくる黒い妖魂へ手を伸ばした。
触れた瞬間。
頭の中に、映像が流れ込んできた。
白い部屋。
冷たい床。
幼い自分。
その隣には、零がいる。
『蓮、怖くない』
十一歳の蓮が兄を見上げていた。
『本当に?』
『ああ』
零は笑っていた。
けれど、その笑顔はひどく苦しそうだった。
『兄ちゃんがいるから、大丈夫』
次の瞬間。
映像が切り替わる。
巨大な装置。
無数の妖魂。
そして、その中央に立つ研究者。
『人間の魂には、妖怪と同じように特殊な構造が存在する』
『問題は、適合する器が存在しないことだ』
研究者の声が響く。
『ならば、作ればいい』
幼い蓮の身体が装置へ固定されていく。
「……やめろ」
現在の蓮が呟いた。
映像の中の自分が苦しんでいる。
それを見ていた零が、研究者へ飛びかかった。
『蓮に触るな!』
研究者が振り返る。
『神谷零』
『お前も同じ実験体だ』
『弟を救いたければ、実験を完成させろ』
零は拳を握り締めた。
『そんなもの……完成させるか!』
そこで映像が途切れた。
蓮は目を開いた。
目の前には、黒い妖魂。
その中に。
小さな光が浮かんでいる。
「これが……俺の魂?」
研究者が答える。
「正確には、君から分離された適合核だ」
「十年前に分離した後、第一号、第二号、第三号、第四号を作るために利用した」
第一号が研究者を睨む。
「俺たちは……蓮の欠片だったのか」
「そうだ」
第二号の少女が胸を押さえる。
「だから……私は蓮を守りたかった」
第三号も黙っている。
第四号は困惑したように自分の手を見る。
「俺も……蓮の一部?」
研究者は淡々と答えた。
「お前たちは彼の魂を材料として作られた」
「だが、同時に別々の魂でもある」
蓮が研究者を見る。
「だったら」
蓮は黒い妖魂へ視線を戻した。
「こいつも俺の一部じゃない」
研究者の眉がわずかに動いた。
「何?」
「十年前は俺の魂だったのかもしれない」
蓮は手を伸ばした。
「でも、十年も経った」
「その間に第一号も、第二号も、第三号も、第四号も生きてきた」
「兄さんだってそうだ」
「なら」
蓮の手の中で妖魂が揺れる。
「俺の魂だからって、勝手に俺へ戻すのは違う」
研究者が初めて声を荒らげた。
「それでは君は完成しない!」
「完成する必要なんてない!」
蓮の声が地下施設に響いた。
「俺は今の俺でいい!」
その瞬間。
黒い妖魂が強く輝いた。
《特殊妖魂との接触》
《魂の意思を確認》
《妖魂保護が反応しています》
蓮の周囲に、無数の光が広がる。
第一号の魂。
第二号の魂。
第三号の魂。
第四号へ戻された魂。
そして。
零の中に残っているわずかな妖魂。
それぞれが、蓮の周囲で輝き始めた。
「……これは」
政府職員が息を呑む。
「妖魂保護が……広がっている?」
蓮には分かっていた。
自分が今までやってきたこと。
妖怪を倒し。
魂を拾い。
その力を使ってきた。
最初は強くなるためだった。
けれど。
今は違う。
「俺は……拾う」
蓮が呟く。
「でも、奪わない」
黒い妖魂が蓮の手の中で形を変えた。
吸収されない。
消えない。
ただ、蓮の周囲に浮かんでいる。
研究者が目を見開いた。
「あり得ない……」
「何が?」
「適合核が……自立している」
研究者の顔から初めて余裕が消えた。
「それは君の魂でも、妖魂でもない」
「なら何だ」
研究者は答えなかった。
その代わり。
施設全体が激しく揺れ始めた。
ゴゴゴゴゴ……。
巨大な黒い球体が、ゆっくりと割れていく。
「まずい!」
第三号が叫ぶ。
「何が起きてる?」
「球体の中にあった魂が外へ出ようとしている!」
無数の妖魂が噴き出した。
その数は、数百。
いや。
数千。
地下空間を埋め尽くしていく。
研究者はそれを見上げて笑った。
「素晴らしい」
「これほどの魂が残っていたとは」
蓮が睨む。
「何を笑ってる」
「君が選んだのだろう?」
研究者は両手を広げた。
「ならば、全部拾ってみろ」
「この施設に眠る、すべての妖魂を」
無数の妖魂が蓮へ殺到する。
「蓮!」
零が叫んだ。
第一号が前に出る。
第二号も構える。
第三号と第四号も蓮の前に立った。
政府職員も端末を操作する。
「このままじゃ全員飲み込まれます!」
蓮は迫ってくる妖魂を見る。
数が多すぎる。
全部を吸収することなどできない。
そもそも。
吸収するつもりもない。
蓮はゆっくり息を吐いた。
「……そうか」
そして。
手を広げる。
「だったら」
妖魂保護が地下全体へ広がった。
《妖魂保護――最大展開》
黒い光が走る。
一つ。
また一つ。
妖魂が動きを止める。
「……止まった?」
政府職員が呟く。
蓮の目の前で、無数の妖魂が浮かんでいる。
それぞれが違う形。
違う色。
違う気配。
妖怪として生きた時間が、それぞれにある。
蓮はそのすべてを感じ取った。
苦しみ。
怒り。
恐怖。
そして。
生きたいという意思。
「分かった」
蓮は静かに言った。
「もう、拾うだけじゃない」
「守る」
研究者の表情が凍る。
「そんなことをすれば……」
蓮は研究者を見る。
「何だ?」
「君自身が壊れる」
研究者は低く言った。
「それだけの魂を保護すれば、君の魂が耐えられない」
蓮の胸が痛む。
確かに。
身体が重い。
頭の奥が焼けるように熱い。
それでも。
蓮は手を下ろさなかった。
「だったら」
第一号が蓮の隣へ立つ。
「俺も手伝う」
第二号も続いた。
「私も」
第三号が苦笑する。
「僕までやらされるとは思わなかった」
第四号は少し迷った後。
「……俺もやる」
最後に。
零が蓮の肩へ手を置いた。
「兄ちゃんもいる」
蓮は少しだけ笑った。
「ありがとう」
その瞬間。
保護された妖魂が、一斉に光へ変わった。
《妖魂保護――対象拡張》
《複数魂の同時保護に成功》
《新たな能力を獲得しました》
蓮の目の前に文字が浮かぶ。
《固有能力――魂域》
蓮はその文字を見つめた。
「魂域……」
研究者が呟く。
「それは……私が十年間追い続けた能力だ」
蓮は研究者を見る。
「だったら」
刀を握る。
「もう終わりにしよう」
研究者は笑った。
「そう簡単にはいかない」
白衣の袖から、黒い妖魂が一つ現れる。
それは。
これまでの妖魂とは明らかに違っていた。
巨大で。
禍々しい。
そして。
人間の顔のようなものが浮かんでいる。
零が息を呑んだ。
「……まさか」
研究者が言う。
「これが、最初の妖魂だ」
「十年前の妖異災害が始まった原因でもある」
蓮の表情が変わる。
「妖怪が現れた原因……?」
研究者は黒い魂を手にした。
「そうだ」
「妖怪は、突然現れたのではない」
地下深くで。
黒い魂が笑った。
「人間が、呼び出したんだ」
そして。
施設のすべての照明が消えた。




