第33話 十年前の研究者
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**東京都北区・旧妖異対策研究センター**
**地下最深部**
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男が仮面を外した。
その顔を見た瞬間。
零の身体が強く震えた。
「……お前は」
男は零を見る。
「久しぶりだな、神谷零」
零の拳が震える。
「……生きていたのか」
「当然だ」
男は淡々と答えた。
「私は死ぬわけにはいかない」
蓮は男を睨む。
「十年前の研究員……」
男は頷いた。
「そうだ」
「お前の兄を実験台にしたのも」
「君の魂を分離したのも」
「全部、私だ」
蓮の目が鋭くなる。
「名前は?」
「必要ない」
「俺には必要だ」
男は少しだけ笑った。
「なら、好きに呼べばいい」
「私はこの研究の責任者だ」
蓮は刀を抜いた。
「……研究者」
その一言に、男は満足そうに頷いた。
「それでいい」
零が一歩前へ出る。
「お前が……俺を何度も実験した」
「そうだ」
「俺の中に妖魂を入れた」
「そうだ」
「蓮まで利用しようとした」
男は首を横に振った。
「利用したのではない」
「必要だった」
零の顔が歪む。
「同じことだ!」
零が男へ飛びかかる。
しかし。
男は動かなかった。
零の拳が届く直前。
床から黒い壁がせり上がった。
ドンッ!
零の拳が弾かれる。
「くっ……!」
蓮が前へ出る。
「兄さん!」
男は冷静に零を見る。
「十年前から何も変わっていないな」
「力だけでは、私には届かない」
蓮が妖気感知を発動する。
男の身体を見る。
そして。
蓮は眉を寄せた。
「……妖気がある」
男の身体から、ごく微弱な妖気が流れている。
人間のものとは明らかに違う。
「お前も妖魂を入れてるのか?」
「正確には違う」
男は自分の胸へ手を当てた。
「私は、妖魂に身体を合わせた」
蓮は目を細める。
「……どういう意味だ?」
「君たちとは逆だ」
男が答える。
「君たちは人間の身体に妖魂を入れた」
「私は、自分自身を妖魂に近づけた」
零が吐き捨てる。
「だから年を取らないのか」
男は頷いた。
「そういうことだ」
蓮は男を見つめる。
十年前とほとんど変わらない姿。
その理由がようやく分かった。
「自分まで実験台にしたのか」
「当然だ」
男の目が細くなる。
「他人だけを実験台にして、結果を待つ研究者など三流だ」
「私は自分自身で証明した」
蓮は刀を構える。
「だったら、お前がどれだけ強いのか確かめてやる」
「待て」
第三号が蓮を止める。
「こいつとは戦うな」
蓮が振り返る。
「なぜ?」
「勝てないからじゃない」
第三号は男を見る。
「こいつは、妖魂を直接操れる」
「お前の能力を奪うこともできる」
蓮は男へ視線を戻す。
「……だから第四号も」
「そうだ」
男が答える。
「第四号は、私が制御するために作った」
「でも、君はそれすら奪った」
男の表情に、初めて興味が浮かんだ。
「素晴らしい能力だ」
「妖魂を吸収するのではなく、保護する」
「君は私たちの研究を、まったく違う方向へ進めてしまった」
蓮は言った。
「お前たちは間違っていた」
「魂を道具にした」
「人間も妖怪も、全部実験材料にした」
「だから兄さんも」
「第一号も」
「第二号も」
「第三号も」
「第四号も苦しんだ」
男は黙って蓮を見ている。
やがて。
「だから君に任せたい」
「……何?」
男は地下の巨大な黒い球体を指差した。
「あれを完成させてくれ」
蓮は即座に拒否した。
「断る」
「まだ何も聞いていない」
「聞く必要がない」
「そうか」
男は少し笑った。
「なら、これを見ろ」
巨大なモニターが点灯する。
映し出されたのは、十年前の映像。
幼い蓮。
零。
そして。
研究者たち。
『実験体・神谷蓮』
『適合率23%』
『魂分離を開始』
映像の中で、幼い蓮の身体から黒い光が抜けていく。
第一号が生まれる。
続いて。
別の光が取り出される。
第三号が生まれる。
そして。
最後に。
幼い蓮がベッドへ横たわった。
零が叫んでいる。
『蓮!』
研究者が言う。
『記憶処理を開始』
蓮の目が見開かれた。
「……記憶処理?」
男が頷く。
「そうだ」
「君は十年前の出来事を忘れていた」
「いや」
男は訂正する。
「忘れさせられていた」
蓮の手が震える。
「じゃあ……今までの俺の記憶は」
「偽物ではない」
男は答える。
「君が生きてきた十年間は、本物だ」
「ただし」
男の声が低くなる。
「十一歳の君が持っていた記憶だけが封じられている」
蓮は胸を押さえる。
頭の奥が痛む。
白い部屋。
零の声。
研究員の声。
そして。
自分自身の声。
『兄ちゃんを助けたい』
『俺は、どうなってもいい』
蓮の呼吸が乱れる。
「……俺は」
男が静かに言う。
「十年前、自分から実験を受けた」
零が叫ぶ。
「違う!」
「蓮は騙されていた!」
男は零を見る。
「それも正しい」
「だからこそ、彼は自分の魂を分けた」
「自分が壊れる前に」
蓮は顔を上げる。
「……だったら」
「俺が十年前に分けた魂は、全部ここにあるのか?」
男は黒い球体を見る。
「ほとんどな」
「ほとんど?」
「一つだけ」
男が蓮を指差した。
「君の中に残っている」
蓮の胸の奥で。
特殊な魂が震えた。
《特殊妖魂――共鳴》
《適合率――26%》
「これが……」
男は頷く。
「君の最後の欠片だ」
蓮は拳を握る。
「だったら、なおさら渡さない」
「俺の魂は俺のものだ」
男の表情が変わった。
「……そうか」
次の瞬間。
研究室全体が赤く染まった。
『警告』
『地下妖魂貯蔵量――限界突破』
『封印解除』
蓮が振り返る。
黒い球体に入っていた無数の妖魂が、一斉に浮かび上がった。
「何をするつもりだ!」
男は答えた。
「君が拒むなら」
「こちらから取りに行く」
妖魂が、蓮へ向かって一斉に飛んでくる。
「蓮!」
第一号が叫ぶ。
蓮は妖魂保護を発動した。
《妖魂保護――展開》
無数の黒い光が蓮の周囲で止まる。
しかし。
その中に、一つだけ。
異様な妖魂が混じっていた。
蓮の胸へ一直線に向かってくる。
《未知の妖魂》
《特殊妖魂との同調を確認》
蓮はそれを見つめた。
「……この魂は」
男が笑う。
「それが、君の本当の始まりだ」
「拾え」
「十年前と同じように」
蓮は首を横に振った。
「もう違う」
蓮は刀を構える。
「俺は、誰かに言われたから拾うんじゃない」
「俺自身が決める」
そして。
迫り来る妖魂へ、自ら手を伸ばした。




