第32話 目覚めた妖魂
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**東京都北区・旧妖異対策研究センター**
**地下最深部**
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パキッ。
巨大な黒い球体に入った亀裂が、さらに広がった。
蓮は刀を握ったまま、その奥を見つめていた。
何かがいる。
それだけは分かる。
けれど、妖気感知を使っても正体を捉えられない。
「……見えない」
蓮が呟く。
第一号も同じように球体を見ていた。
「俺にも分からない」
第二号の少女が、蓮の袖を掴む。
「近づいちゃ駄目」
「どうして?」
「これは……妖怪じゃない」
蓮が少女を見る。
「じゃあ何だ?」
少女は首を振った。
「分からない」
その瞬間。
黒い球体から、低い音が響いた。
ドクン。
まるで心臓の鼓動。
ドクン。
もう一度。
その音に合わせて、蓮の胸の奥にある特殊な魂も震える。
《特殊妖魂――共鳴》
《対象との距離、危険域》
《適合率――26%》
「……俺の魂と繋がってる」
蓮は胸を押さえた。
第三号が静かに口を開く。
「違う」
「何が?」
「あれは、お前と繋がってるんじゃない」
第三号は球体を見る。
「あれがお前を呼んでる」
その言葉の直後。
黒い球体から、声が響いた。
『――蓮』
蓮の身体が固まる。
その声は、少年の声だった。
十一歳の自分とも違う。
第一号とも違う。
第三号とも違う。
聞いたことのない声。
それなのに。
なぜか懐かしい。
『――蓮』
「……誰だ」
蓮が問いかける。
返事はなかった。
代わりに。
球体の表面に、無数の映像が浮かび上がった。
妖怪。
人間。
研究施設。
十年前の東京。
そして。
妖怪が現れる前の日本。
蓮は目を見開く。
「これは……」
第一号が呟いた。
「記憶だ」
「誰の?」
「分からない」
映像が次々と流れていく。
妖怪が現れた十年前。
最初の妖異災害。
政府が討伐士制度を作った日。
勇者が誕生した日。
そして。
妖魂を研究する者たち。
蓮は違和感に気づいた。
「待て」
映像の一つを指差す。
「この研究施設……」
十年前のものではない。
もっと古い。
建物も違う。
研究員が着ている服も違う。
「妖異災害より前から、研究していた?」
政府職員が息を呑む。
「そんな記録はありません」
蓮は映像を見つめる。
研究員の一人が、黒い球体に手を触れていた。
『妖魂は妖怪だけのものではない』
『人間にも存在する』
『ならば――』
映像が途切れる。
次の瞬間。
球体に大きな亀裂が入った。
ドンッ!
地下施設が激しく揺れる。
「まずい!」
第三号が叫ぶ。
「完全に目覚める!」
「どうすればいい?」
「壊すしかない!」
蓮は球体を見る。
「本当に?」
第三号が振り返る。
「何?」
「中に何かいる」
「分かってる」
「なら、壊したらどうなる?」
第三号は答えられなかった。
その沈黙だけで十分だった。
蓮は刀を下ろす。
「壊さない」
「蓮!」
零が叫ぶ。
「危険だ!」
「分かってる」
蓮は球体へ近づいた。
「でも、ここにいるものが何なのか分からないまま壊すのは違う」
少女が頷く。
「私もそう思う」
第一号も一歩前へ出た。
「なら、俺が先に行く」
「危険じゃないのか?」
「俺は適合核から生まれた存在だ」
第一号は笑う。
「たぶん、あれに一番近い」
第一号が球体へ手を伸ばす。
その瞬間。
黒い球体が大きく脈動した。
ドクンッ!
そして。
第一号の身体から黒い光が抜け始める。
「ぐっ……!」
「第一号!」
蓮が駆け寄る。
第一号は苦しそうに顔を歪めた。
「大丈夫だ!」
「いや、離れろ!」
蓮が手を伸ばした瞬間。
第一号の身体から抜けた黒い光が、球体へ吸い込まれた。
《特殊妖魂――第一号の一部を検出》
《対象との融合を確認》
「……何だ?」
第一号が膝をつく。
「俺の魂が……」
球体の表面に、一つの顔が浮かび上がった。
第一号の顔だった。
そして。
その顔が、ゆっくりと蓮を見る。
『返して』
蓮の背筋が凍る。
「……何を?」
『私の魂を』
声は少女だった。
第二号の顔が青ざめる。
「……私?」
球体の表面に、今度は第二号と同じ顔が浮かぶ。
『返して』
第二号が震えた。
「違う……」
『返して』
少女は首を振る。
「私は、ここに置いてきた」
蓮が少女を見る。
「何を?」
少女は胸元を押さえた。
「私の本当の魂」
蓮は息を呑んだ。
「じゃあ、今のお前は……」
少女は悲しそうに笑う。
「器」
その言葉と同時に。
球体が大きく震えた。
第三号が叫ぶ。
「蓮!」
「分かってる!」
蓮は妖魂解析を発動した。
球体の内部が見える。
無数の妖魂。
第一号の魂。
第二号の魂。
第三号の魂。
第四号から解放された魂。
そして。
その中心に、巨大な核がある。
「……全部、ここに集められてる」
零が問う。
「じゃあ、あれは何なんだ?」
蓮は答えを探す。
そして。
一つの答えにたどり着いた。
「魂の墓場じゃない」
「じゃあ何だ?」
「逆だ」
蓮は球体を見る。
「ここは……魂を戻すための場所だ」
第三号が目を見開く。
「戻す?」
「誰かが、ずっと魂を集めてる」
蓮は球体へ手を伸ばした。
「俺たちの魂を」
その瞬間。
スピーカーから、研究者の声が響いた。
「ようやく気づいたか」
蓮が顔を上げる。
「お前は何者なんだ」
しばらく沈黙が続いた。
そして男は答えた。
「私は、この研究の最後の管理者だ」
「名前は?」
「必要ない」
「なら、目的を言え」
男は笑った。
「君を救うことだ」
蓮の目が険しくなる。
「俺を?」
「そう」
「十年前、君は自分の魂を分けた」
「兄を守るために」
「自分を守るために」
「そして、他人を守るために」
声が低くなる。
「その結果、君は不完全なまま生きてきた」
「だから私は、君の失った魂を集めている」
蓮は球体を見る。
無数の魂が浮かんでいる。
「これを全部、俺に戻すつもりか」
「そうだ」
「断る」
即答だった。
男が笑う。
「そう言うと思っていた」
「だから――」
地下の奥で、巨大な扉が開いた。
「君に選択肢を与えよう」
蓮が振り返る。
その先には。
研究施設のさらに奥へ続く通路。
そして。
その先に立つ一人の男の姿があった。
白衣。
黒い手袋。
顔の半分を覆う仮面。
蓮は初めて、その男を肉眼で見た。
「……お前が」
男はゆっくり仮面へ手をかける。
「そうだ」
そして。
仮面の下から現れた顔を見て。
零が凍りついた。
「……お前は」
蓮も目を見開く。
その男は。
十年前の研究記録に写っていた研究員だった。
それなのに。
十年経った今も。
ほとんど年を取っていなかった。




